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緊急報告:空爆下のバグダッドにて・伊藤政子

(その2)第1次攻撃 1998年12月17日(木)

 日が変わった深夜0:15頃、ホテルの自室で仕事をしていたら、突然に警戒警報が鳴り響き、ホテルの人がロビーに集まるように呼びに来ました。広げた仕事をしまってから階下に降りて行こうと思っているうちに、いきなりバリバリという飛行機の音とドーン、ドーンという爆発音が鳴り響きました。

 窓辺にカメラを持って飛んで行くとバグダッド市内(中心部から遠くないドーラという街)にある石油施設付近から大きな炎が上がりました。0:30頃でした。9階の私の部屋からはバグダッドの街がよく見渡せるし、必死でカメラを構えていたのですが、突然にバリバリ音がして街の明かりの上空に花火のように光が弾け、いきなりドーンと激突音が聞こえ、街の一ヶ所から炎が上がります。

 どこにその花火が上がるかが全く予測ができないため、とてもカメラでは追い切れません。その後から、方向違いにイラク側の迎撃の光がヒョロヒョロと走るのですが、こちらは高さも低く速度も遅いため CNNなど外国の報道の映像はほとんどイラク側のものでした。爆風が窓から激しく吹きつけてくるし、諦めて窓を閉めました。巡航ミサイルによる攻撃だったと後で CNNのニュースを見た人から聞きました。

 ニューバグダッドに住む私の会のバグダッド支部長のイラク人青年は「突然屋根の上をヒューンとミサイルが風を切って飛ぶ音がした1,2秒後にドガーンと爆発音がして、その後でイラク側の警戒警報が鳴ったんだよ」と言っていました。妻も子どもも姉妹や母も、皆震え泣きながら「私たちどうなるの」と彼にすがっていたそうです。

 誰にとっても突然だったのに、イギリスのTV局 BBCだけは、アメリカの第1撃を正確に映像にとらえていたそうですが、つまり BBCはいつどこから爆撃が始まるかを知っていたということです。フランス政府も知っていたのでしょう。バグダッド駐在の WHOの医師も知っていたものと思われます。インタビューを申し込んでいたのに、16日に急遽国外へ出ていきましたから。

 その後2:30a.m.、3:00a.m.、4:00a.m.と同様の攻撃がくり返されました。1回の攻撃は10分から15分程度のものでしたでしょうか。3:30a.m.頃の攻撃では、正確な場所はわからないけど外務省や情報省のある官庁街の方向で炎のあときれいなきのこ雲が上がりました。通常のミサイルや爆弾でもこのような煙の上がり方をするものかどうか私は知りませんが、風の具合なのか、ここだけがそんな煙の上がり方でした。

 この攻撃によって、 ANNの報道によると昨夜だけで45人もの人が亡くなったそうです。カラダやハイ・アデル(どちらもバグダッドの中の街です)では、直爆を受けた住宅や商店もあります。子どもを含め、何人もの市民が、予告さえなかった爆撃の標的となり、犠牲になりました。

 昨夜の爆撃による怪我人は、市内 3ヶ所の病院に運びこまれました。そのうちの一つのアル・ヤルムーク病院だけでも、夜のうちには 5人だった死者が一夜をあけた今日には14人(内、子ども1人)になっていました。怪我をした人たちも全身にやけどを負い、傷だらけの体から血を垂れ流し続け、目をそむけたくなる惨状です。経済制裁下の劣悪な医療状況で、重ねてのこの仕打ちです。日本なら助かる人も助からなくて当然です。ハイ・アルアデルの自宅を直撃され重傷を負った父親がふたりの娘たちの身を案じ続けていますが、誰もその子どもたちがすでに死亡したとは告げられずにいます。

 私だけでなく、今もこの国で救援活動を続けている諸外国の NGOの人たちは、カンカンに怒っています。彼らは口々に「(この攻撃は)罪もない人々への虐殺にすぎない」「アメリカは、何もないところから戦争を作り出す!」「人間の生きる権利を根こそぎ奪い尽くそうとする」「戦争と経済制裁とで苦しみ続けている人たちを殺し尽くそうとでも言うのか」と、非人道的な武力大国アメリカの横暴を責めています。

 現在イラクに残って救援活動を続けている外国の NGOは5団体程(イタリア、フランス、中東のキリスト教グループ、カナダや北米を中心とするイスラム教のグループ)ですが、それぞれの国からイラクへ派遣されているのは1人かせいぜい2人です。どこの団体も、徹底している反イラクキャンペーンのためお金集めに苦労しながら、イラクの人たちと力を合わせて子どもたちや市民のための活動を細々と続けています。

 すぐに NGOの皆で話し合い、抗議声明を出したのですが、外国の報道陣は取り上げてもくれません。

 昨夜の爆撃の被害は、その他に国内数ヶ所(バグダッド、バスラ、ティクリットなど)の大統領官邸(王宮)とイラクの衛星テレビの中継局や発電所(1ヶ所)、小麦粉の(配給のための)倉庫などでした。その倉庫には部分解除の合意による26万トンの米が調度届いたいたところでした。衛星テレビでは爆撃の始まる 1-2時間前に、イラクの手によるイラク内の劣化ウラン弾とその被害についての(かなりしっかりした調査に基づく) 1時間番組が放送されたばかりのところでした。私たちはそのビデオフィルムをもらう約束をしていたのですが…。アダミーヤに住むアル・リファイ元駐日イラク大使宅の近所の家の庭にもミサイルが着弾したそうです。幸いにも不発弾だったのですが、アル・リファイ夫人が「(不発弾だったことが)信じられない。奇跡だ」とくり返していました。

 爆撃直後からバグダッド市内全域で水が止まり、テレビも写らなくなりました。

 ラジオは放送を続けていますが、ニュースが遅いため、私たちは情報省のプレスセンターで情報集めをします。

そこには衛星放送の設備があってアメリカのTV局 CNNやイギリスの BBCなどの外国から入ってくる放送も見ることができます。また、外国の報道陣や彼らと一緒に被害現場を走り回っている情報省のガイドたちやイラク側のジャーナリストたちがいて、必死で自分たちの目や体で知ったことの突合せをしては、正確な情報を集めようとしているからです。報道陣だけでなく NGOはじめ自分で確かめたい人たちは、そこで知ったことをもとに現場へ飛びます。ホテルでもマネージャーが、従業員たちがそれぞれの居住地で見聞きしたことをもとに情報整理をしています。各職場や街でも同様です。

 私自身、夜が明けて爆撃が間遠くなってから、被害地へも直接足を運びました。カラダでは2軒の家と4軒の小さな商店がめちゃくちゃになっていました。バスを壊された運転手は、飛び込んだ大きな破片を振りかざしながら「これがアメリカのすることだ!」「世界の人たちに知らせてくれ」と訴えます。死んだり怪我をしなくてすんだ人たちだって、経済制裁下で家族に十分に食べさせることさえままならない中で、生計の道を絶たれ、家屋の再建などできようもなく、怒り以前に途方に暮れています。

 イラクの今朝のニュースでは、イラク全土での死者数は25人、負傷者数は75人でした。政府側の情報は、私たちがかき集める情報に比べ、明らかに遅れています。

 日中も、10:00a.m. 、11:30a.m. に爆発音を聞きました。

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