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秘密日記 秘書の独り言


11月16日(水)晴れ

「真相の深層」組版と内職のダブルパンチで、秘書半生状態。夜10時過ぎまでパソコンにへばりついているのは、秘書がパソコンオタクだから・・・ とでも思っておいでの御仁がおりまして、イラストレーターとワードを一緒に立ち上げたらシステムリソースが足りないから難鱈寒鱈アプリケーションを終了せいと命令されて、でも強制終了も利かなくなって止むなく電源プッツンして再起動すれば、キチンと終了しなかったからシステムを調べてあげるよ、とエラーチェックが勝手に立ち上がって、だけどチェックの途中で止まってるよ・・・ という時に、テレビが映らないだとぉ数台繋いだダビング用ビデオに音声が流れないだとぉパソコンのプリンターが言うこときかないだとぉ電子レンジが火を噴いただとぉ砂糖ツボ引っくり返しただとぉコレはなんだアレはどこにいったソレは違うドレがどうだ・・・

うるせいやいっ。

近頃、秘書の性格がまた一段と悪化いたしました。人間は環境に左右され易いものなのです。やんごとなきお方はやんごとなき状況におられましてお悩みもやんごとなきが故にやんごとなきお方なのでございます。ドブに蹴落とされるような日常においては人間はおのれの生存を掛けた野趣あふれる戦いを展開するのであります。

いよいよ明日、編集長の新しい御本が全国発売になります。ほんとに出るのかね、と半信半疑でおりましたら、あらん、綺麗なおべべと腰巻きまとって(けど近頃の本は腰紐はないのですね)、見本が届きました。さすがプロの仕事、木村書店の本とはひと味出来具合が違いますなあ。勉強しなくっちゃ。

さて、テレビが映らないのはアンテナコードが断線していました(いまどき平行フィーダーだよん)。音声が流れないもコードの断線、しかもステレオとモノラルのデッキがごちゃ混ぜなもので、音声コードの片っぽだけ繋いであったり。不良箇所を突き止めるのに、各種のコードを新たに断線させないように抜いたり差したり、秘書は頭蓋骨内の配線がぶっちぎれそうになりまして、おお、これはいけません用心しなくては、と深呼吸。

それにしてもですね、我が社の編集長がこれほどのメカ音痴とは知りませなんだ。その昔、秘書の目の前で、これ見よがしにPowerBookを広げて、偉そうにホームページの解説をしましたよね。秘書はその当時はワープロしか使ってませんでしたからへええと恐れ入って頭を低くしておりましたら、みよこの文明の利器パソコンを、それを使いこなす我が輩を、と鼻がひくひくしとりましたっけ。今から思えば、ちゃらっぽこを並べてたぶらかしておったのですね。

まあ、今さらどうでもいいです、そんなこと。ゴミ箱に叩き込んで回収車が持っていってしまったような過去のことなど、今さら・・・

今はもうこれ以上モノを壊さんで下さいまし。パソコン、プリンター、電子レンジ、水道のカラン、テレビ、ビデオデッキ・・・ 今年中に他に何を破壊なさるお積もりでしょう。せっかく本の印税がはいってきそうなのに、もろもろの修理代で消えるのは切ないです。毎日晩ご飯のおかずが南瓜なのにそろそろ飽きてきました。せめて棒茄子など頂いてみたいかと・・・

11月4日(金)晴れ

お外は晴れでも秘書の心の内はじとじと。頭が痛くって気分が冴えなくって仕事なんかしたくなくって、ああ秋だわメランコリーだわ乙女の心は切なくってよ。

昨日3日は文化の日でありましたが、それがどうかしましたでしょうか、秘書は1日ベッドの友になっておりました。人生の倦怠期とでも申せましょうか何もする気がしなくって、でも根が貧乏性なものだから無為にも徹し切れなくってベッドに潜り込んだままビデオ鑑賞となりました。

秘書は裕ちゃんこと石原裕次郎さんの映画を見たことがございません。お友達が集まったときなど、「裕ちゃんかっこよかったもんねえ」と言われましても、「ふーん」としらけまくった返事をしておりました。秘書の知ってる裕次郎さんは、テレビの中のぼてぼてっとした中年男でした。かっこいいと言われても・・・

テレビで裕次郎さん映画特集をやっておりましたときに、少々録画をしまして、でも見る気がしなくて放ったらかしにしておいたのをデッキに突っ込みました。「赤い谷間の決闘」(1966年)。題名からして、これはきっと往年の日活無国籍映画だぞ、と思っておりましたが、当たりい〜、舞台こそ北海道のジャパニーズウェスタンでありました。絵に描いたような西部劇のお約束をちりばめて、馬は走る鉄砲はぶっ放す入り乱れて殴り合いはする、おおっ楽しいぞぉ。

敵陣の酒場へ繰り出して、文無し男が相手方の柄の悪いのに絡まれて、馬のマネしてひひんと鳴いたら酒呑ませてやる、なんて場面は「リオ・ブラボー」でディーン・マーチン演ずるアル中が酒代を恵んでもらうシーンを彷彿させますなあ(言っておきますが「リオ・ブラボー」はテレビの名画劇場で見たんです。劇場公開じゃありません)。拳銃で打たれたマダムが階段から落ちるシーンなんかもう定番中の定番でありまして、今風のリアルなぐずぐず落ちなんぞは1966年には受けなかったんでしょうなああああ・・・

冒頭、東京からきた学生渡哲也さんが地元のチンピラと殴り合いをして、着ていた白いコートが泥まみれになるのですが、シーンが変わると、元の下ろしたてのようなきれいなコートに戻っておりまして、これが何回も繰り返されまして、結局最後まできれいなまんまでして、あれ楽しいなこの時代は映画の中に魔法使いが住んでいたんだわな。

勢いづいてもう1本見ちゃいました。「世界を賭ける恋」。世界に掛ける恋、の誤植じゃないかと思ったのですが、「世界を賭ける恋」でした。世界の何を賭けたんだかは見終わっても分かりませんでした。内容は一言で言えば「純愛」物語。「仲良きことは美しき哉」のカボチャおじさん武者小路実篤氏の原作であります。

内容はまあどうでもよくて、秘書が興味津々で最後まで見てしまったのは、1959年当時の東京の上流家庭のセレブっぷりのすごいこと。戦争に負けて日本は一億総貧乏になったのかと思っておりましたが、戦争でスッカラカンになったのは秘書のご先祖様のような元からの貧乏人だったのですね。貧乏が代々遺伝するようにセレブも遺伝するのですね・・・

もう一つ面白かったのは、1959年当時、海外旅行など夢にも見られない庶民のために映画に観光案内を兼ねさせたようで、飛行機の離着陸航空シーンの長いこと、海外の観光名所のよく登場すること。SASの後援とかで、SASマークが頻繁にでてきました。「エーゲ海に捧ぐ」が確かワコールの後援で、新製品の「フロントホックブラ」のホックをつけたり外したりが意味も無く出てきたのを思い出しました。

で、2本見てくたびれ果てて、歯も磨かないで夕方から寝てしまって、朝目が覚めて非常に気分が悪いぞ・・・


御来訪ありがとうございました。またのおいでをお待ちしております。
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