1.外国人が行く病院では... 〜京都第一赤十字病院


 外国人労働者問題と大上段に振りかぶって、労働現場やエンターテイナーの現状を調べるのもいいけど、外国人だって普通に生活しているんだし、ふだんの生活の中での悩みだってあるはず。特に、病気になったら、ケガをしたら・・・という不安は誰にでもある。私たちだったら、保険証を持っていけばそんなにお金を払わなくても済むけど、外国人の場合はどうなるんだろう?

 そんなわけで、京都の中では比較的外国人の患者を多く受け入れている京都第一赤十字病院(京都市東山区)におじゃましました。この病院は外来患者が1日1600人、入院患者が現在650人程度と、京都でも比較的大きな病院です。お話をしてくださったのは、医療社会事業部でソーシャルワーカーとして働いている藤原久子さんです。(1996.11.5取材)

 

外国人の患者について

---医療社会事業部では何をしているのですか?
「この部には2つの課があって、私がいる医療社会事業課では主に患者さんの心理的・社会的な問題の調整をしています。」

---外国人の人はよく来ますか? どんな人が多いですか?
「観光客をはじめ、よくいらっしゃいますよ。多いのは留学生で、特にお産で来る人がたくさんいます。この病院は助産制度(注1)が使えるので、外国人の方が出産のときに利用されることが多いのです。また普通の病気などの場合でも、留学生の場合は国民健康保険(注2)を使えることが多いので、問題が起こることは少ないです。」

注1: 特に問題のない通常の出産の場合、健康保険が適用されないので、30万円前後の費用は出産する人が負担することになります。お金がなくてその費用を払えない人には、児童福祉法に基づき国から補助がでます。これを助産制度といいます。

注2: 私たちは病院などにかかっても、医療保険制度に入っていれば、医療費の1〜3割を負担するだけで済みます。外国人でも、1年以上の滞在が見込まれる人は、国民健康保険に加入できます。市町村で加入の手続きを取り、毎月の保険料を支払えば、日本人と同じく医療費の一部を負担すればいいことになっています。

---外国人で、違法で働いていたり、オーバーステイ(注3)の人は来ますか?
「時々いらっしゃいます。その都度個別に対応することになりますが、病院として入管(注4)に通報することはありません。お金を全額払えない場合も、いろいろな方法を考えて払ってもらうようにしています。ただ、市・区役所など行政が絡む手続きをすることをいやがる人はいますね。」

注3: ビザで定められた期間を越えて日本に滞在することをいいます。

注4: 入管とは外務省出入国管理局のことで、外国人・日本人の国内外への出入りを管理している役所です。外国人が、定められた期間を越えて日本にいたり、認められていないのに賃金をもらって働いている場合、その事実が入管にわかると強制退去になることがあります。そのため、自分たちの存在が入管にばれるのを恐れて公的機関を利用することをいやがる人も少なくありません。

---外国人だからかかりやすい病気などはありますか?
「いや、日本人と同じだと思いますよ。いろいろな病気にかかる人がいます。」

---入院している外国人と他の日本人の入院している人との間の文化・言語上のトラブルはありませんか?
「特にありません。看護は日本人と平等にしています。いろいろな国の方が入院しておられましたが、周りの人ともうまくやっておられましたよ。」
「ただ、慣れない外国での入院生活で、ストレスがたまったり、精神的に疲れていることもあります。」

医療費の支払いについて

---医療費のことですが、今まで外国人で未払いになったケースはありますか?
「私たちが担当しているのは主に入院患者と長期の通院患者ですが、そちらの方では未払いになったことはありません。外来患者でお金を払えなかったということは何件かあるかもしれませんが、そう多くはないと思います。」

---十分なお金をもっていなかった場合はどうしているのですか?
「以前は生活保護が適用できた(注5)のですが、今はできないので、分割払いにして少しずつ返してもらうなどして、払いやすいようにしています。また、働いている場合は、仕事中のけがなどであれば、労災保険(注6)も申請できますし、雇用主と交渉して医療費を出させることもあります。交通事故であれば、外国人でも自賠責の範囲内で保障されます。ボランティアを通じてブレンダ基金(注7)の方から援助してもらうケースもあります。基本的には患者さんの意志を尊重しながら、払ってもらえるように様々な手を打ちますので、未払いになることは今の所ありません。」

注5: 生活保護法の医療扶助は、貧しくて医療費を払えない人の医療費を、国と自治体とで負担する制度です。以前は外国人にも適用されましたが、1990年に厚生省が方針を変更し、現在は永住者・定住者等以外の外国人には適用されません。

注6: 勤務中の事故などの場合、労働災害と認定されれば労災保険が適用され、医療費は保険から支払われます。労災保険は国籍や就労の合法・不法に関わらず適用されます。

注7: フィリピン人女性のブレンダさんが開頭手術を受けた際の、400万円の医療費を支払えないという事件をきっかけに、そのことを知った人たちが支援のために集めた募金を元に作られた、外国人の緊急医療費のための基金です。

---お金を持っていなさそうな外国人が来ても治療しますか?
「もちろん、そういったことには関わらずきちんと治療は行います。」

言葉の壁

---外国人の方だと、日本語がわからないことがあると思うのですが、病院の方で通訳を用意しているのですか?
「いいえ、正式な通訳体制はありません。事前に連絡していただければ、ボランティアの通訳を探すことはありますが。」

---職員に語学の研修をすることはありますか?
「していません。」

---それでは、外国人の方がいらっしゃったら、どうやってコミュニケーションを取るのですか?
「大抵の方は日本語か英語のどちらかがある程度使えるので、それぞれの医師の方でカタコトで対応しています。それで何とかなっているみたいですよ。通訳を自分で連れていらっしゃる方もいますし、中国人の場合だと漢字で症状を伝えることもできます。また、スタッフの中でその言葉ができる人に臨時に通訳になってもらうこともあります。薬の服用の仕方なども、何とか絵で書いたり手振り身振りで伝えているようです。」

その他

---この病院では外国人の患者でもきちんと受け入れていますよ、ということを広報することはありますか?
「そこまではしていません。予算もありませんし。ただ、口コミレベルで噂で伝わるということはあるようです。」

---その他、現在の外国人労働者の医療についてどう思いますか?
「今の制度では、労働災害や交通事故などの限られた範囲でしか外国人の医療保障が確保されていません。今の日本が小子高齢化社会を迎え、外国人労働力抜きでは考えられない社会になってきているのですから、外国人の医療も、日本人と同様きちんと保障していかなくてはいけないと思います。」

---ありがとうございました。

 

医療保障制度と外国人

 私たちがケガや病気をして病院に行った時は、様々な医療保障制度によって負担が軽くなる仕組みになっています。そういった制度が、外国人にどのように適用されているのか、主な制度である医療保険と生活保護に分けて見ていきましょう。

1.医療保険

 医療保険は社会保険の一種で、毎月お金を保険料として積み立てて、実際に医療を受けた際に医療費の大部分が給付される制度です。主に健康保険と国民健康保険に分かれます。

 健康保険は、企業などに勤めている人が加入するものです。これは外国人でも自由に加入できますが、合法的に就労していることが前提になることや、臨時雇用の労働者には適用されないことなどから、外国人の加入はあまり多くありません。

 国民健康保険は、主に自営業者や農業者などが対象で、各市町村が事業主体となっています。1986年に外国人の加入が認められるようになり、1年以上の滞在が見込まれる外国人は市町村の役所で手続きすれば加入できます。しかし、1年未満の短期滞在者やオーバーステイ者は加入することができませんし、不法労働をしている人には窓口でその事実が発覚することを恐れて手続きをしに行かない人もいます。

2.生活保護

 生活保護は公的扶助の一つで、、一定の基準を下回る生活水準の世帯に対して、生活費や医療費などを国と地方自治体で扶助する制度です。

 1946年に定められた旧生活保護法では内外人平等主義をとり、国籍に関わらず生活保護が認められていましたが、1951年に改正された現行生活保護法は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とした憲法第25条を基に、生活保護の対象を日本国民に限定してしまいました。しかし、1952年のサンフランシスコ平和条約を受けて多くの「外国人」が生まれたことを受けて、厚生省は1954年に通知を出し、在日韓国朝鮮人については生活保護法の規程を準用すること、また非定住外国人に対しても事態が急迫している場合は生活保護を認めることを各自治体に指示し、各自治体はこの通知に基づき外国人への生活保護の適用を行ってきました。

 ところが、生活保護費全体の抑制傾向や非定住外国人の急増に伴い、1990年厚生省は、非定住者に生活保護を適用しないよう各自治体に口頭で指示しました。これによって、在日韓国朝鮮人や定住者以外の外国人には医療扶助が認められなくなり、病院の中には医療費が未払いになることを恐れて外国人患者をいやがる所もでてきました。

 自治体によっては独自の外国人医療のための予算を用意したり、行旅病人法(注8)の適用により医療費を支援している例もありますが、全体として、外国人の医療が十分に保障されていないのが現状です。

注8: 正式には「行旅病人及び死亡人取扱法」といい、旅行中や定まった住所がない人が病気・ケガで倒れたり死亡した時の援助が定められた法律ですが、非定住外国人への生活保護が認められなくなってから、外国人医療費の援助にも使われるようになりました。ただ、日常の生活圏外での病気やケガでなければならないため、適用例はいくつかあるだけです。

<外国人医療と私たち>

 ここで見えてくる問題は、あくまで「病院に行く(ことができる)」外国人が抱える問題点です。実際に外国人にあって、病気になったら、ケガをしたらどうするのかを聞き、「外国人が病院にいくまで(あるいはなぜ行かないのか)」を調べることができなかったのは残念です。しかし、こうしてお話しを伺っているだけでも、外国人が医療を受けることがいかに困難かを垣間見ることができました。

 国境を越えるのがますます容易になりつつある今、各国間の人の移動は非常に盛んです。毎年1000万人以上の日本人が海外に出かけていきますし、200万を越える外国人が新たに日本にやってきます。アジアの発展途上国に行くと、日本に働きに行ったことがあるという人ににあちこちで出くわします。

 私たちも、海外旅行に簡単に行くことができます。その行った先の国で、病気になったらどうしよう、ちゃんと病院でみてくれるだろうか、言葉は通じるだろうか・・・と不安になることも多いと思います。人が安心して暮らせる社会、病気やケガを心配することなくのびのびと生活できる社会を理想とするならば、どこにいるか、どこから来たのかを問うことなく安心して医療を受けることができる仕組みが必要です。外国人労働者を受け入れるか否かという議論とは関係なく、身体の安全、医療の提供という人間の最低限の必要を満たさなければなりません。私たちも、いつどの外国で大病になるか分からないのですから。

 そういった観点に立つと、現在の外国人の医療保障は、とても十分なものとはいえません。外国人が普通に病院を利用できるには、まだまだハードルが高く、病院側も不十分な制度の下で努力する羽目になっています。
具体的には、まず生活保護の外国人への適用を再開すること急務です。口頭通知のみで、非定住外国人に生活保護が適用されなくなってから、外国人医療は大きな困難を抱えるようになりました。最低限の生活を実現するための最後の砦としての生活保護は、国籍に関わらず適用されるべきです。

 また、生活保護による扶助は本来社会保険で保障できない貧しい家庭などに最低限の保障を提供するのが目的であり、将来的には短期滞在の外国人の医療保障制度を作っていく必要があります。短期滞在で国民健康保険に入れない外国人でも、入国の際に保険料を徴収するなどの方法で保険制度に加入できる仕組みを整えることも可能でしょう。

 さらに、現在でもいくつかの制度が利用可能なのにも関らず、それが十分に周知されていないために泣き寝入りをしていることも少なくありません。外国人自身の権利意識を促す広報活動が必要ですし、また行政、特に市町村の役所レベルで、外国人に対する相談窓口を充実し、通報される恐れなく気軽に相談できる場を作っていくことも必要です。

 残念なことに今までの外国人の社会保障の拡大は、日本の内部での政策変更ではなく、条約(とくに難民条約)批准の結果でした。外国人の抱える問題を自分たちの社会の問題としてきちんと考えてきたとはとてもいえないでしょう。私たちは、私たちの社会が「外国人がいる社会」であることを認識し、同じ社会の構成員としての外国人とどのように生きていくのかを自分たちの課題として考えていかなければならない時に来ています。

 外国人が何かに脅かされることなく、私たちと同じ社会の一員として一緒に歩んでいけるように、これから何をするのか、政府も、私たちも、問われています。

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1996年11月祭研究発表 「わたしたちのまちの外国人労働者」へ