京大ユニセフクラブ2002年度11月祭研究発表
「水家族」

2 逆浸透膜の科学

第2章 工業用水(文責:高垣)


2−1 膜が起こす淡水化革命
 ここでは、皆さんの生活に密接している技術を紹介します。九州地方、沖縄、離島では、地下水や河川から得られる原水量が少なく十分な飲料水を確保することが出来ません。これらの地域では、海水から飲料水を作り出す必要があります。また、医療・製薬分野ではウィルスや病原体を取り除いた純水を作り出せることはとても重要です。さらに、携帯電話やパソコン等電子機器を作る過程では純水よりもさらに高品質の超純水を使用する必要があります。これらの水を作り出す技術で現在主力となっているのが逆浸透膜を使った方法です。



 海水の淡水化ははるか昔から行われていたと考えられています。しかし、当時使われていた技術は「蒸留」と呼ばれるもので、海水を120℃〜150℃程度に熱して気体にしてから、その気体を冷却することで塩分を取り去るというものでした。この技術は洗練されて現在でもサウジアラビア等の産油国で使われています。しかし、水を120℃まで熱するのにはとてもエネルギーを必要とするので、日本のようなエネルギー資源の乏しい国では利用することが出来ません。そこで考え出されたのが、高分子化合物で作られた樹脂膜でろ過するという方法です。樹脂膜の種類により使用方法・効率がだいぶ違いますが、現在一般的に使われているものは「浸透」(*1)という原理を逆に用いた逆浸透膜法(*2)と呼ばれるものです。逆浸透膜は1960年代にアメリカで発明されました。原料は酢酸セルロースという、植物繊維(セルロース)にお酢の成分を付加したような化学物質で作られました。


 逆浸透膜が作り出されて以来、研究が積み重ねられ(*3)、現在世界最大の施設では一日に14万立方メートルもの純水を作り出すことができます。この施設は、サウジアラビアで日本企業によって作られ、60万人の人に生活用水を供給することが出来ます。じつは、海水淡水化分野では世界のベストテンに日本企業が5つも入っており、シェアの約半分を占めています。21世紀に水不足が叫ばれる中、日本の持つこの技術は多くの人々の役に立つかもしれません。


 逆浸透膜法の発達で、淡水化技術はますます効率的となりましたが、これには弱点もあります。それはコスト面です。現在の技術では海水から作られた飲料水は河川由来の上水道水の約10倍の値段です。そのため、そのようにして作られた水の水質を保ったまま低コスト化する必要があるでしょう。



より詳しく知りたい人のために
*1)「浸透」についてより詳しい説明をします。液体は以下のファントホッフの法則で表される浸透圧 Πを持ちます。
              Π=cRT 
Π:浸透圧[atm]、c:モル濃度[mol/l]、
R:気体定数(=0.082)、T:絶対温度[T]
これによると、図2で、左にモル濃度c1[mol/l]の淡水、右にはモル濃度c2=[mol/l]の海水が入っているとき、
              ρShg=(Π2-Π1)S  
 よって     h=(Π2-Π1)/ρg=(C2-C1)RT/ρg
で表されるような高さhだけ、海水は上昇します。また、逆浸透とは、海水側に 以上の圧力をかけることで、淡水側に水を押し出すことを言います。



*2)逆浸透膜法には主に二つの方法がありますが、ここではそのうちのひとつ中空糸法について説明します。中空糸法の仕組みは以下のとおりでる。
@海水が圧入される。
A中空糸の内部に海水が浸透し、純水になってエレメント(中空糸の束のこと)の外へ摘出される。
B中空糸の間をすり抜けてしまった海水は、次のエレメントへ流れていく。
C次のエレメントへ圧入される。
DAと同じ
E中空糸の間をすり抜けてしまった海水は、外部へ排出される。



*3)逆浸透膜で水にかけなければならない圧力は、現在50気圧程度です。今後は改良されて80気圧かけられる逆浸透膜が作られる予定です。気圧を上げることはそれだけコストが高くなることを意味しますが、全体的にみるとこのほうが効率が良くなるのです。ところで、50気圧とはどれぐらいでしょうか?
単純に高さh、断面積1cm×1cmの水柱を考えると、水の密度をρ、水柱の底での圧力をP、重力g(=9.8 [m/s^2])として、ρhg=P より、h=510[m]となります。つまり、50気圧の水圧をかけるのは、510mの水柱を立てるエネルギーに等しいのです。






2−2 膜が作る社会基盤


 電子機器産業(ハイテク産業)と水の関係はとても深いものがあります。ハイテク産業が出現する以前には医療分野を除くと水に飲料水以上の純度を要求する産業はありませんでした。ハイテク産業、つまりICやLSIといった集積回路を使用する産業では、なぜ高純度の水が求められるのでしょう?
 純度の低い水には、漏電を促す無機質や、腐食の原因となる有機物、また自己増殖していく生菌等たくさんの有害物質が含まれています。これらが、IC基盤の上に付着すると大変なことになります。IC上の配線はその間隔(これをデザインルールといいます)が0.6?mであり、問題を起こさない粒子の大きさはデザインルールの10分の一以下、つまり直径0.06?m以下です。このため、バクテリア(最小直径0.1?m)やコロイド(約0.1?m)の大きさのものでさえすべて取り除かなければなりません。
 



 さて、直径0.06?m以上の微粒子はどのようなものであれ、すべて取り除かなければならないのなら、そのような超純水はどのように製造し、どのように保管すればよいのでしょうか?製造機器でさえ、0.06?m以上の微粒子を吐き出している気がしますが。


 図5のとおり、そのシステムはかなり複雑です。システムは@前処理システム、A純水システム、B超純水システム、C廃水回収システムの4システムからなっています。まず、前処理で逆浸透膜に欠ける必要もないほど大きな粒子を取り除きます。次に、逆浸透膜にかけます。これで、ほとんどの微粒子は取り除かれます。しかし、逆浸透膜はすべてのイオンを取り除く能力に欠けるため、最後にイオン交換膜にかけます。システムはコスト面からも眺められます。つまり、前処理は逆浸透膜に過度の負担をかけないために、また逆浸透膜はイオン交換膜に過度の負担をかけないためにこの順番になっているのです。このようにして作られた純水は適切な容器で貯めておく事ができます。そして純水は超純水システムに流れてゆき、紫外線殺菌を施されたあと、もう一度逆浸透膜にかけられます。これで超純水の出来上がりです。しかし、超純水は貯めておく事ができません。これは貯蔵タンク等からイオンの溶解があったり、取り除かれなかったバクテリアが繁殖したりするからです。そのため、作られた超純水は乱流にならないスピードで流されつづけます。渦巻いた水の流れ:乱流にしないことにも理由があります。乱流だと導管内の金属分子が剥離する恐れがあるためです。


流しつづけられる超純水はユースポイントと呼ばれる超純水使用地点で使われないことの方が多くあります。ユースポイントで使われなかった水は廃水扱いになるのではなく、純水の扱いとなり、もう一度超純水システムに入ります。また、ユースポイントで使われた水は適切な処理を施されたあと、前処理システムに組み込まれます。


 ところで、水にこれほどの純度を要求するのと同様に、他の場面でも高純度が要求されています。まず、半導体工場の発展と共によく聞くようになった「クリーンルーム」があります。クリーンルームでは防塵服を着て、その上から純水のシャワーを浴びることで微粒子を部屋へ入れさせない工夫がなされています。また、床が金網状になっており、上から下へ空気の流れが作られています。クリーンルームは「クラス○○○」と定義づけられており、例えばクラス100とは、直径0.5?m以上の微粒子が1立方フィート内に100個存在することを意味します。また、通常の部屋ではクラス数百万のようです。


 最後に超純水システムの問題点について考えてみます。1つ目の問題点は、蒸留のように相変化(気体になること)がないため、原水として使われる水の精度に大きく影響を受けます。二つ目の問題点は、システムが複雑化すること、そして三点目は閉鎖したシステムなので浄化しにくいことです。今後はこれらの問題点を解決するような超純水システムが望まれます。



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