[投稿]アレイダ・ゲバラさん@神戸 「キューバ医療」を語る
人間と生命を大切にする社会―それがキューバ
私たちも、そんな夢に向かって一歩踏み出したい

 アレイダ・ゲバラさんが5月下旬に来日され、各地で講演会が開催された。
 20日の大阪・22日の神戸の講演会を聴きに行ったのだが、いずれのも会場にもあふれんばかりの人がやってきて、そのことにまずビックリした。

 特に神戸は、平日のお昼間の時間であり、 どのくらいの人が来るんだろうかと思いきや…。500くらい並べられていた椅子は、すぐに埋まってしまい、講演会場のスペースからあふれたお客さんが、エレベーターホールにまでたまっている。通路にも人が座り込んで、トイレにも容易には行けないという、そんな感じで始まった。

 平和をメインに語った大阪での講演とは大きく趣を異にした、神戸原田の森美術館での講演会。内容は「キューバ医療について」だ。

 かねてから、日本の医療の荒廃を痛感していた今日この頃。以前、少し本で読んだキューバ医療の実際が、アレイダさんから語られる。

 キューバ医療の基本をなすもの── 国民が健康を維持していくことが大切であることからはじまり、 そのためには、子どもが生まれる以前からケアしていくことが必要だと続き、そして、人間を、一人の人間を診ていくのだという基本が重要なのだと伝わってくる。痛む足や、荒れた胃腸を診るのではなく、総体としての一人の人間を診ていくのだということ。

 一人の人間を診ていくのだという意識が、日本の医療において、どの程度浸透しているのだろうかと、今さらながら大きな疑問を持った。「専門性」を追求していく一方で、人間性が忘れ去られているのではないかと…。

 キューバは第3世界に属するので、経済的にはたいそう厳しいということを、アレイダさんは何度も話した。交通の便が悪いため医者に行こうとしてもなかなか行けなかったり、救急車が不足していることもある。こういう問題を解決するためにシステム化されたのが、住民のそばに医師を置くというファミリードクターの制度である。住民のすぐそばに診療所を造り、その建物にドクターが住むということを始めたのだとの説明がある。工場や学校にも、このファミリードクターをおいている。ファミリードクターは「総合一般医」であり、小児科・産婦人科・内科・外科その他全てのことを知っていなければならない。
 診療所の次に少し大きな施設として、ポリクリニコがある。ポリクリニコには、大きな病院から専門医が派遣されていて、診療所よりももう少し専門性の高い診察や治療が施されている。

 キューバでは、医療は基本的に無料であり、 誰でも必要な時に医者にかかることができる── こんな基本の基本である考えが、今の私たちの周りで、だんだん当たり前でなくなっていくように思う。キューバでは、経済的にどん底になった時期にも、教育と医療に関する予算は全く削減しなかった。それどころか、逆に軍事に関する予算を削減しても、教育と医療に廻してきたという事実。「豊かに」暮らす私たちは、一体、何を求めて、何を大切にして、どういう方向に進もうとしているのだろうかと、アレイダさんのお話を聞きながら、何度も何度も自分の中にこんな疑問が湧き起こった。

 そして、アレイダさんはそんな私の心を見透かしているかのように、さらにグイッとトドメを刺してくるのだ。「第3世界と言われているキューバにできることが、どうして皆さんにできないのか」と!「自分たちの社会を作るのは自分たちだと理解するべきだ。私たち人間は唯一、夢を見ることができ、それを実現することができるのだ」と!

 キューバは経済的に貧しい国でありながら、一体どうやって他の国の人々を助けることができているのか。キューバ革命が起こる前には、国際支援というものはなかったのだという。1959年にキューバ革命が起きた時、キューバの医師のうち半数以上がアメリカに逃亡した。この経験から、人間として、自分が物質的に豊かに暮らすということではなく、キューバの人民に役立つような医師を養成しようという方針を立てたのだ。その結果、今のキューバの医療があるのだと思った。

 キューバは革命の翌年1960年には早くもチリ地震の救援のための医師団を送り始め、次々と様々な国への医師の派遣を行ってきた。決して余っている医師を出しているのではなく、必要なものを出しているのだ。6万8千人もの医師を94カ国に送り出してきた。そして、貧しい国々からは、医師が居続けてほしいと熱望されている。
 キューバは、ワクチンの生産も有名だが、100万人分もの生産が可能だ。また、医師団が派遣された国々では、それ以前に比べてめざましい成果があらわれている。乳児死亡も妊婦の死亡も、ほとんどの国で激減しているのだ。

 アレイダさんは、小児科医としてアンゴラに行った経験を持つが、その体験は非常に貴重なものだったと話される。平和というのは、爆弾を作らせないことだけではない。本当の平和とは、飢えや貧しさと闘っていくことだと。そしてそれは、みんなが助け合って、つながっていけば可能になることなのだと。助け合い、つながりあうことの重要性がここでも再確認できる。このいわゆる「簡単な」ことを実践することが、本当の未来へ導くためのキーワードなのだと痛感した。

 日本に住む私たちの周りを見渡してみると、本当に有り余るほど様々なものがあふれかえっている。物質的には、それが豊かだと規定するなら、どの国よりも最高に豊かなのかもしれない。しかし、人々の心はどのくらい豊かなのだろうかという疑問が湧き続ける。アレイダさんの講演に、これほどたくさんの人が集うことも、心の豊かさを求める人の多さを物語っているように思えてならない。

 アレイダさんのお話を聴いて学んだ「キューバの医療」が素晴らしいと感じたのは、決して無料であるということだけではない。そこから見える「キューバの社会」には、私たちの周りからドンドン失われつつある大切なものが存在しているのだと確信できたからだ。例え自分の暮らしに充分なゆとりがなかったとしても、隣で倒れそうになっている人がいれば、手をさしのべ、一緒に生きていこうと心を寄せ合うことが当たり前の社会。助け合い、つながりあう──そこが原点なのだと感じられた。

 人を愛する心、生命を大切にする心、そこから全てが始まる。

 私たちは、今一度「夢」を見て、それを現実にするために、新たな一歩を踏み出していかなければならない。

2008.6.14 Keiko