憲法改悪、教育基本法改悪に反対する連続講座 第7回
「抵抗への招待〜私が出遭った『平和市民』」
講師:田中伸尚さん (ノンフィクションライター)

揺るがない「抵抗の正当性」
教基法改悪は違憲立法 徹底した抵抗を!


 12月3日エル大阪において、憲法改悪、教育基本法改悪に反対する連続講座第7回「抵抗への招待〜私が出遭った『平和市民』」(署名事務局主催)を、講師にノンフィクションライターの田中伸尚さんを招いて開催しました。安倍政権が今国会の最重要課題と掲げた教育基本法の改悪を阻止できるか否かという切迫した状況の中で、日曜の夜という時間帯にもかかわらず、50名以上の市民が参加し、田中さんの熱のこもった講演に耳を傾けました。
 冒頭の署名事務局からのあいさつでは、愛国心と徳目を注入する教基法改悪、教育再生会議における徹底した教職員管理・統制と教員攻撃、「教職員評価育成システム」の導入、特に東京での先取り等々、教育反動の動きが急速に進んでいること、それだけでなく「防衛庁省昇格法案」による自衛隊海外派兵の本来任務化や憲法改悪に向けた国民投票法での妥協など、国のあり方全体を変えていこうという、いわば時代の転換点とも言うべき危険な状況にあることが指摘されました。その中で私たちは闘いをどう進めていくのか。−−「平和市民」を長年にわたって取材し続けてきた田中さんから、抵抗する人々の闘いや生き様からぜひとも学び取りたい、と提案がなされました。


「6年の任期中の改憲」を公言する安倍政権の異常さと危険

 田中伸尚さんが講演でまず問題にしたのは、安倍政権の特異な性格とその危険性です。その異常さは、安倍首相が自分の6年の任期中に憲法を変えると公言したところに表れています。それは、歴代の首相ではじめて改憲を公約として明言したということだけではありません。首相の任期は3年であり、6年というのはすでに再選が前提にされています。これは、党内派閥の政治力学から総裁=首相が選ばれ、「軽武装」を条件に経済成長を実現してきた保守本流の支配が終焉したことを意味します。日本会議が政権中枢に入り込んだ安倍右翼反動政権の長期化が想定されているのです。田中さんはこれを「自民党の崩壊」と表現しました。アメリカにむけたメッセージでもある改憲発言を安倍首相が堂々と言えるまでに権力構造が変化したのです。それとの関係では、防衛庁の省昇格法案が極めて危険です。制服組の発言力を強めてシビリアンコントロールを破壊し、「恒久法」、海外派兵、集団自衛権の行使などで、自衛隊を「帝国軍」へと変えていく第一歩であり、日本の自衛隊を根本的に転換するものなのです。


安倍政権の意図は、国民を「国のために死ねる国民」に作り替えること

 田中さんはまた、戦後史の中で安倍政権をどう捉えるかという問題提起をおこない、安倍政権の意図は、国民をつくり変えることにあると批判しました。安倍氏の著作『美しい国へ』(田中さんは、安倍を9条で封じ込めるという意味を込めて、この本に“アーティクルナイン”という憲法9条をデザイン化したブックカバーをしている)では、アンケート調査で日本では「自国に誇りをもっている」中高生が少ないことを理由に「志ある国民」をつくるべきという主張がが紹介されていますが、「もし戦争がおこったら国のために闘うか」という18歳以上を対象にしたアンケート調査もあります。これでもYESと答える割合は15%で日本が一番低い。田中さんは、これは教基法による民主主義教育の結果とも言えるが、手放しで喜ぶことはできないと言います。なぜなら、「わからない」が37%と異常に多いからです。
 田中さんは、社会意識が変わるのに10年はかからない、7〜8年、あるいは3〜4年でかえられてしまうと、「国民をつくりかえる」危険性を指摘します。またこのアンケート調査は小泉政権が登場する以前の2000年のことであり、小泉の5年間が入っていない、決して安心することはできないと語りました。
 田中さんによると、安倍首相の掲げる「戦後レジームからの脱却」とは、日本国憲法からの脱却なのであり、つまるところ「国のために死ねる国民」をつくることなのです。
 加えて、教基法や有事法制などをまともに取り上げないメディアを批判しました。田中さんは、商業メディアの姿勢を批判するとともに、「視聴率を稼げない」というのは言い訳にすぎない、安倍首相の「あいまい戦術」について「豹変」「半化け」などと表現し、事の本質を見抜けない、教基法改悪で何が問題になっているのか、靖国の本質が何なのかわからない、そのような記者が多すぎると、自身の新聞記者としての経験もふまえてマスコミのあり方を批判しました。


9.21「日の丸・君が代」強制反対予防訴訟全面勝訴の意義−−不服従の自由

 さていよいよ本題の「私が出遭った『平和市民』」の話に移ります。田中さんは、これまで出会ってきた様々な人々の姿を紹介することで「抵抗」の意味を、その精神を明らかにしていきます。田中さんがその冒頭に言及したのは、9.21「日の丸・君が代」強制反対予防訴訟の違憲全面勝利判決です。この勝利判決の意義を田中さんは、「不服従の自由、不服従の権利が認められたこと、不当な命令に従わなくてもいいということが認められたことだ」と語りました。そして、自分は何十年と靖国裁判をやっているが、この判決のすごいところは主文で違憲の勝利判決が出たこと、3万円の賠償が命じられたことだ、靖国裁判でも違憲判決が出ているが、いまだにこの壁は越えられないと語りました。同時に田中さんは、9.21勝利判決や国に賠償命令を出した神戸の中国残留孤児訴訟勝訴、11月30日に住基ネット裁判で「本人同意なければ違憲」との判決を出した大阪高裁の事例を挙げた上で、昔の学生時代は「裁判なんて」という感じだったが、今では、裁判が運動の最後のよりどころとなるほど反動化が進んでいるという厳しい状況を指摘しました。


合祀はイヤだと言う市民が登場した衝撃−−自衛官合祀拒否訴訟

 田中さんは、まず抵抗とは「現場と現在を手放さない」ことだといいます。田中さんが取材した500人もの無名の抵抗する人たちに共通する精神は、国家に包摂されず、自分が立っているところを守り通すことなのです。もっとも、田中さんは、「自分が描いた人のに中に一人だけ有名人がいる、それは昭和天皇だ」と言い、全8巻におよぶ『ドキュメント昭和天皇』での昭和天皇とその戦争責任に対するこだわりを明らかにしました。
 田中さんは抵抗する人を書くのがライフワークだと語りましたが、そのきっかけとなったのが1973年に自衛官合祀拒否訴訟を起こした中谷康子さんとの出会いであったと言います。
 勤務中に事故死した自衛官の夫を、事前の了解も何もなく自衛隊が山口県護国神社に合祀しました。それは、士気高揚のため現職自衛官を祭り上げる行為でした。戦前・戦中であれば合祀を当然受け入れたであろうけれど、キリスト教徒であった中谷さんは自然に「イヤです」と本音をいいました、それだけではなく訴訟まで起こしました。田中さんにとってこれは二重の意味で衝撃的だったと言います。一つは、70年代になって、護国神社に祭られることを拒否するという自由を表現する市民が出てきたことです。社会から地域から激しい非難が浴びせられ、当時中谷さんの子どもはまだ小さく、爆弾を仕掛ける、ぶっ殺すなどのすさまじい脅迫がある中で、本音を言い通した−−「この抵抗こそ揺るがぬもの」です。政教分離の憲法は、訴訟の手段として「後からついてきた」のであり、この抵抗がまずあったのです。同時に、田中さんが衝撃を受けたのは、戦後30年も経つにもかかわらず、戦争が全く克服されてこなかったことが明らかになったということです。


4人の死者の言説から−−執念の闘い

 田中さんは、自らが描いてきた500人のうち、まず「死者の言説」として、生前には会うことのできなかった4人を紹介しました。

○1907年の日露戦争で村出身の死者の追悼碑に「忠君愛国滅す」と刻んだという安藤正楽。この一文は、3年後には大逆事件がおこるという当時の天皇制支配のもとで信じがたいことです。全文が削除された「のっぺらぼうの碑」として放置されてきましたが、拓本が発見されたことで93年に復刻されました。田中さんは、今「愛国」が復活しようとしている中で、正楽は何と言うだろうと問いかけました。

○「憲法違反は全議会が承認しようとも憲法違反である」と法廷で証言した、箕面忠魂碑違憲訴訟の神坂哲。彼は弁護士を頼まない本人訴訟で3つの裁判を勝訴した「鮮やかな抵抗者」です。田中さんは『反忠 神坂哲の72万字』という分厚い本で、神坂さんの闘いを描いています。これは、「感動の物語」だと表現しました。

○わだつみ会の会長として、機関誌『わだつみの声』で10年間天皇の戦争責任を問い続けた渡辺清。田中さんは、どんなグループでも、天皇批判一本で10年間機関誌を維持し続けたようなところはないだろうと、その執念のすごさに舌を巻きました。渡辺清は「この国に戦後はあったのか」と名言を残しています。

○朝鮮人被爆者の実態調査と援護を死ぬまで要求し続けた岡まさはる。彼は「それを忘れているのが長崎の平和運動だ」と平和運動のあり方を厳しを批判しました。死後「岡まさはる長崎平和資料館」が設立されています。


抵抗の精神に共通すること=「二度とくり返さない」そして「明るい」

 さらに、田中さんが出会って直接取材した「平和市民」の紹介が続きます。生き生きとした抵抗と闘いが語られます。田中さんは、「平和市民」を何十年も追い続けてきた理由を、誰一人として同じではない、人の数だけ抵抗の理由や衝動があると語ります。田中さんが講演で紹介したのは以下の6人です。田中さんは、これらの人々を本当に生き生きと語りました。残念ながらここではここでは簡単なエピソードの紹介にとどめます。

○津地鎮祭の本人訴訟で高裁逆転違憲判決を勝ち取った関口精一の「たった一人の反乱」
 津地鎮祭の違憲訴訟は、最高裁では逆転敗訴してしまうわけですが、安倍首相が『美しい国へ』でこの判決を無理矢理靖国参拝合憲と結びつけていることを厳しく批判しました。安倍氏は「いわゆる『津地鎮祭訴訟』の最高裁判決(1977年)で・・・合憲という判断が下されて以来、参拝自体は合憲とされている・・・」と書いています。しかし、この訴訟は靖国を問題にしたものでも何でもありません。地鎮祭への公金支出を問題にしたものです。一国の首相が著書の中で堂々とウソを書き平然としているこんな事が許されるでしょうか。

○横浜事件被害者で再審請求人木村亨。「抵抗こそがわが人生」

○福岡県の愛国心通知表に抗議したチョン・ギマン。彼は、自分の息子が、愛国心通知票でB評価されたことに対して「二度と『B級日本人』などという評価する通知票を子どもにわたすな」と怒ります。それだけでなくチョン・ギマンさんは、現に愛国心通知票で子どもたちを評価した教員の中から疑問の声や反発が出なかったことを恐れているのです。田中さんは、それは犯罪だとまで言い切りました。

○「表現の自由って権力にノーという自由」と、福岡の築城自衛隊基地で毎月2日に20年以上座り込みを続けている酪農家の渡辺ひろ子。
 彼女は高校時代に、社会科教員から「自衛隊をどう思うか」と問われ、「憲法9条に違反しているから反対」と答えたところ、「では憲法を変えればいいのか」と言い返されて答えられなかったことが活動の原点にあるといいます。「自衛隊は戦争装置だから反対」という意識を表現しつづけているのです。

○山梨で、教育勅語を盛り込んだ校歌に異議を申し立て、住民訴訟に持ち込んだ川西久。

○86世帯中85世帯が離農したにもかかわらず、「ここにいたい、いやいなければ」と矢臼別自衛隊演習場に住み続ける川瀬氾二。

 田中さんは、彼らに共通の精神は「繰り返さない」ことだと語りました。過去の過ちを繰り返さないことです。そしてさらに共通しているのは皆が明るいこと。苦しいことをやっているからこそ、明るくなければ続けられないと語りました。


不服従の権利と義務−−不当な命令に従うのは犯罪である

 田中さんは、先日亡くなった木下順二氏が天皇の戦争責任にこだわり続けたことを紹介し、彼が昭和天皇の死去と代替わりに際して発した問い、すなわち「戦争責任の問題はもう終わったのか」、「戦争責任を問わなかった私たちはどうすればいいのか」という問いに答える形で、「もうひとつの東京裁判」を提起したと言います。95年に開催された3日間に及ぶ大法廷の判決で、「不服従権」を宣言しました。それは、「国家の不条理な命令、指示、指導に抗し、従わず、協力しない『不服従』『抗命』の権利と義務(不服従権)が、基本的人権の一つである」と宣言しています。
 ここで田中さんは、服従しないこと、抵抗することは権利であるだけでなく、義務であると主張しました。戦後の私たちは過去の経験を知っているだけでなく、法や制度によってどうなるのかを知りうるからです。また、「被害者に対して償いきれない過去を背負っている」私たちにとっては、単なる権利だとはいえないのです。そしてそれでも抵抗しないなら、「加担」であり、「犯罪」だと厳しく批判します。


教基法改悪は違憲立法−−抵抗の正当性は揺るがない

 田中さんは、つい最近起こった北星学園女子中での出来事に強い関心を示します。この中学校の3年生の生徒たちが「国を愛する心は・・・押しつけられるものではない」などと教育基本法「改正」に反対する意見書を安倍首相に送ったことに関して、学校に脅迫メールが届いた事件です。まずこの事件をマスコミがほとんど報道を行っていないことを批判しました。そして、子どもたちが教基法をめぐる動きを真剣に学び、意見を表明したことを高く評価し、デモや集会も大事だが、子どもたちが声を上げるのを支えることが一番大事だと運動に対して要求しました。そして、木下順二氏の言葉を引用しながら、思想・良心の自由、表現の自由は、国家権力に対する自由であり、「表現の自由は、こっちから守る」と、権力に抵抗して闘いとらなければならない権利であることを強く主張しました。
 最後に田中さんは、 教基法改悪は違憲立法であり、仮に今国会で教基法改悪が成立してしまったとしても、日本国憲法を根拠として抵抗と闘争は続けられるだろう、抵抗の正当性は揺るがないだろうと確信を持って語りました。

2006年12月5日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




講師紹介 田中伸尚さん
 ノンフィクションライター。著書に『憲法九条の戦後史』『靖国の戦後史』『日の丸・君が代の戦後史』『遺族と戦後』『ドキュメント 憲法を獲得する人々』『ドキュメント 憲法を奪回する人々』『反忠 神坂哲の72万字』『国立追悼施設を考える』など多数。






(資料:案内文)
憲法改悪、教育基本法改悪に反対する連続講座のご案内

第7回(12月3日)
抵抗への招待〜私が出遭った『平和市民』
 講師:田中伸尚(ノンフィクションライター)

日時:12月3日(日) 午後6時15分〜9時(開場6時)
場所:エル大阪(地下鉄天満橋下車5分)    <地図>
会場費:700円
主催:アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局


 教育基本法改悪に反対する闘いは11月12日に東京で8000人を結集する全国集会を実現し、与党が衆院本会議を強行採決した16日には、5000人を超える人々が国会を包囲して抗議の声を挙げ続けました。国会会期が1ヶ月を切る中、全国の反対運動は安倍右翼政権と対峙し、改悪法案を必ず廃案に出来るという確信を持って闘いを一層強化しています。
 連続講座第7回では、日本国憲法と教育基本法を守るための闘いに焦点を当てます。憲法9条を守るための闘い、自衛隊の海外派兵に反対する闘い、政教分離を守るための闘い、首相の靖国参拝に反対する闘い、合祀を拒否する闘い、教育への不当な介入を許さない闘い、日の丸・君が代の強制に反対する闘い、戦後補償のための闘い等々。講演にお招きする田中伸尚さんは、これらの闘いを丹念に取材し、闘う人々を生き生きと描くことで、それらの闘いの持つ意味を明らかにします。全国各地で、歴史的に闘われてきた抵抗と闘争こそが憲法や教基法の精神を生かし反動化をくい止める重要な役割を果たしてきたのです。特に最近では、東京地裁での日の丸・君が代強制違憲予防訴訟の9.21全面勝訴が全国の闘う人々に勇気を与えています。私たちは、闘いを学ぶ中から、日本国憲法の意義、教育基本法の意義を改めて確認したいと思います。

2006年11月19日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局






これまでの講座

第1回 (3月5日)
「憲法改悪の本質〜自民党改憲草案と国民投票法を批判する」
講師:西原博史さん(早稲田大学・憲法学)

第2回  (4月2日)
「日本国憲法の成立過程と天皇制」
講師:岩本勲さん(大阪産業大学・政治学)

第3回  (5月7日)
「共謀罪が危ない!! 差し迫る国会成立の危機」
講師:弁護士 永嶋靖久さん


第4回  (6月3日)
「新自由主義と教育破壊〜教育基本法の理念を否定する「改正」法案に反対する」
講師:大内裕和さん (松山大学・教育社会学)


第5回  (7月2日)
「国家構造の根本的転換を目論む反動的改憲阻止のために−−「公益」の名による権利の包括的制限」
講師:冠木克彦さん(弁護士)

第6回 (9月24日)
「靖国参拝=政教分離原則の形骸化と思想統制への途」
講師:中島光孝さん(弁護士・台湾靖国訴訟弁護団事務局長)