闘いは参議院の場に==================
憲法改悪国民投票法の廃案めざし全力を挙げよう!
−−衆院審議の過程でさらに明らかになった露骨な狙いと危険性−−

[1]与党修正案可決過程で、“言論弾圧法”としての性格がますます明らかに

(1) 4月13日自民・公明両与党によって衆院本会議において強行可決された国民投票法案は、16日から審議の場を参院に移した。与党は「毎日審議すれば憲法記念日の5月3日までの成立は可能」などと、審議時間だけをいたずらに稼いだ上での強行採決の方針を崩していない。安倍政権は、国民投票法案だけでなく、改悪教基法を具体化する教育3法案や、アメリカへの戦争協力を強化する米軍再編特措法案、イラク特措法の延長法案等々において、右翼的強硬的姿勢を前面に押し出し攻撃を掛けてきている。反対運動は安倍政権との対決を強め、参院での廃案のために全力を挙げなければならない。
※成立視野に投票法案で攻防 与党、審議加速へ
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007042101000347.html

 各種の世論調査では、「『憲法改正』は時期尚早」との意見が圧倒的多数を占めている。読売新聞が3月に行った憲法問題世論調査では、「憲法改正」賛成は46%で3年連続でダウン、昨年比9ポイントの減少となった。自民支持層でさえ10ポイントも賛成が減っている。また、産経新聞の4月3日付きのFNNとの合同世論調査でも、後半国会の最優先課題に「憲法改正手続きの確立」と答えた人はわずか1.9%にとどまり、8つの選択肢の内で最低であった。実に40.7%の人が「年金・医療・福祉」と答え、第二位に18.5%の「経済格差」が続いている。大多数の人々にとっての喫緊の課題は「憲法改正」ではなく「格差是正」や福祉の充実であり、悪化し窮乏化する生活を何とかしてほしいという要求なのだ。このような世論の状況に対する危機感から読売新聞は4月6日の社説で、「『改正』への小休止は許されない」と主張したほどである。産経、読売といった改憲の旗振り役を務めてきた右翼マスコミが、世論が思うように動かないことにいらだちを強めているのである。
※憲法世論調査 「改正」へ小休止は許されない(4月6日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070405ig90.htm
※憲法改正に賛成微減 9条改正は44%が不要 共同通信調査
http://www.saitama-np.co.jp/news04/17/05p.html
 共同通信が14日、15日に行った世論調査でも、賛成派が減り、反対派が増えている動向が表れている。また、戦争放棄と戦力不保持を規定した9条については44・5%が「改正する必要があるとは思わない」と回答し、「改正する必要がある」の26・0%を大きく上回った。

 また、政府がアリバイ的に開催した公聴会でも「審議は慎重に進めるべき」、「有効投票の過半数では多数意見が反映されない、有権者の過半数とすべきだ」、「最低投票率が定められないのはおかしい」等々いくつもの問題が指摘され、反対・慎重意見が相次いだ。院内外の反対運動も高まっている。


(2) 国民投票法案はすでに様々な問題が指摘されている。国の規範であるが故にその改定には厳しい規制が加えられている日本国憲法の改定手続き法案にしてはあまりにもお粗末で、あまりにも人民を愚弄した与党案の中身は、強い批判を浴びているのである。
−−最低投票率が設けられていないこと。賛成と反対を足した数を有効投票総数とし、その半分を過半数としていること。極めて少ない投票率と賛成票で成立してしまう危険性があること。
−−公務員・教育者がその「地位を利用した」投票運動が禁止されていること。国民投票法による罰則は削除されたが、公務員法などによる罰則が適用されること。
−−これとは別に、公務員法にある政治的行為の制限については付則で定められ、公務員の国民投票運動には広範な規制がかけられるおそれがあること。
−−広範なマスコミ規制が存在していること。当初からあった有料広告規制だけでなく、放送局が行う番組内容そのものへの規制が加わったこと。また有料広告は、投票日14日前まではやり放題であり、資金力でまさる与党側・改憲側が圧倒的に有利であること。
−−「組織的多数人買収罪」の適用による、大衆的な勧誘活動の規制があること。この「買収罪」の範囲が曖昧であること。
−−改憲案の広報を行う「国民投票広報協議会」の構成を、所属国会議員の比率によって決めることで、現在のような国会情勢では、反対意見を大きく制限すること。
−−国会発議から国民投票までの期間をわずか60日ないし180日とすることで国民が「憲法改正案」について深く検討・考慮する時間を与えないこと。等々。
 また、18歳以上とした投票権者の法的扱いや、法案提出権が、憲法で想定されている議会だけでなく、内閣にあることことを排除していないことなども問題点として挙げられている。
※日本国憲法の改正手続に関する法律案・日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案に対する併合修正案
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/164shuho_shusei.pdf/$File/164shuho_shusei.pdf


(3) 3月27日の与党修正案、いわゆる「併合修正案」の提出と強行採決に至る過程では、この法案が、特に安倍政権が依拠する右翼議員連中が先導して、憲法に関する自由な議論を封じ込め、反対意見や運動を圧殺するために巧妙に仕組んだ言論弾圧法であるということが改めて明らかになった。日教組の教員が日本国憲法の意義を語り平和教育をすることができないようにする、良心的なテレビプロデューサーが改憲に疑問を呈する番組を作れないようにする、国民投票を拒否するボイコット運動を封じ込める等々改憲に反対する人たちを標的にして、反対の声を上げる者は片っ端から弾圧する、言論圧殺の意図が自民党総務会や憲法調査会などで公然と語られたのである。これに先だっては、安倍自身が首相就任まで副幹事長を務めていた右翼議員グループ「日本会議国会議員懇談会」が会合を開き、与党修正案が「憲法改正阻止法」化していると主張し、「教職員が立場を利用して、学生に『憲法改正は戦争への道だ』というような恣意的な指導をする恐れがある」「事実関係が間違った報道をされたら取り返しがつかない」などと、メディア統制や教員・公務員への運動規制を強めるよう要求した。与党修正案での右翼的巻き返しはこのような自民党内の動きを背景としている。まさに安倍の強硬路線への転換は、自民党内右翼タカ派グループの巻き返しと一体のものなのだ。
※国民投票法案の与党修正案「改正阻止法」と懸念
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070314-00000007-san-pol

 私たちは、このような目論見を絶対に許すわけにはいかない。先に挙げたようにマスコミなどでも与党修正案の内容とその問題点は指摘されているが、特にこの露骨な言論弾圧法であるという側面については十分問題にされているとはいえない。また、マスコミの批判は手続き法としての不備を指摘するにとどまっており、改憲のための国民投票そのものに反対ではない。私たちは改めてこの法案の危険性について明らかにし、反対の必要性を訴えたい。
※たとえば朝日新聞は4月14日「国民投票法案―廃案にして出直せ」という社説を載せたが、強行採決で民主党との軋轢を深めると国会での2/3の賛成を要する憲法「改正」そのものの発議もおぼつかなくなる、よってここは一度廃案にして、一から合意をめざせという全く反動的なものであった。
http://www.asahi.com/paper/editorial20070414.html#syasetu2

 この法案には、国民全体に広範に議論を巻き起こし賛成・反対を問うという「手続き法」としての中立性も透明性もなにもない。あるのは、できるだけ準備を秘密裏にすすめ、できるだけ少人数で投票を行い、いかに抜け穴を作って低いハードルで改憲を成立させてしまうかという暗くて陰険な意図だけである。憲法の意義を語ることさえはばかられるような自粛ムードを全国的に作り出し、まともな言論活動をがんじがらめにし、いつの間にか憲法が変えられてしまうというような、クーデター的な内容をもっているのだ。世論を無視して国民投票法成立に邁進する強硬姿勢自身が、安倍政権が進める憲法改悪の危険性を表している。


(4) 憲法に関する国民投票を、産廃問題や原発建設問題、米軍基地問題などに対する住民投票と同列に扱い、改憲反対派も正々堂々と国民投票に応じよというような論調が、未だにごく一部でみられる。これは日本国憲法についての無知に基づいた全くナンセンスな考えである。国民投票法は、国を縛る規範である日本国憲法を、縛られている当の政府自身が変えようとしてかけてくる攻撃である。住民投票は、住民たちが地域や環境を守ることを目指して問題に決着をつけるために、国や自治体の政策を住民自らが問う運動である。全く性格の違うものを国民(住民)が投票して賛否を問うという形式的な一致点だけを理由に同列視することなど絶対にできない。
 それだけではない。すでに述べたように、現実に政府与党が強行している国民投票法が、“言論弾圧法”の性格を強めているときに、それと真正面から闘わずして、抽象的な「中立法」を要求することは、安倍政権の思うつぼである。
 また、国民投票法に反対することは、96条に定められた国民投票という権利を国民自らが放棄する事だというような見当はずれの意見もある。しかし、96条は国民の権利を定めたものではなく、国会の多数決などによっては改憲を容易にさせないための最後の防波堤であり、国家権力の横暴を縛るためのぎりぎりの抵抗線である。なぜ最初から、最後の防波堤にまで後退することを主張しなければならないのか。憲法改悪を阻止するためには、投票のための手続き法を成立させないこと、憲法草案を国会に提出させないこと、憲法草案を国会で可決させないこと、そして最後には国民投票で否決すること等々、闘いは中長期的な観点から、次々と新たな段階に直面することになるだろう。これら一つ一つの闘争過程の中で、政府与党や右翼勢力の狙いを暴露・批判することによって憲法改悪を阻止する条件と基盤を築き上げなければならないのである。これら全てを無視して、最終局面での抵抗を主張するなど全くばかげている。これらは「改憲反対派」を装いながらを実は改憲派を利する政治的に極めて有害な主張である。現在は、国民投票法の成立を跳ね返すことに闘いを集中し、憲法改悪の波をくい止めなければならない。



[2]最低投票率の規定を拒否する魂胆−−わずかな数で憲法改悪が可能になる危険

(1)4 月17日付きの朝日新聞世論調査では、最低投票率が必要という人は実に79%にのぼっている。最低投票率と過半数の規定の問題は一大争点になっている。マスコミもこの問題を大きく取り上げている。まずはこの問題で徹底して追及しなければならない。最低投票率が定められなければ、わずか1割〜2割の賛成で改憲が実現してしまうことにもなる。ここには、政府・与党が国民の多数の賛成を得ることなく、憲法で定められた手続きを事実上踏み外すことによって、できるかぎり少人数で改憲を実現できるように巧妙に仕組んでいる国民投票法案の危険性がもっとも露骨に表れている。
※国民投票法案、79%が最低投票率は必要 朝日新聞調査
http://www.asahi.com/politics/update/0416/TKY200704160251.html

 与党修正案は、憲法「改正」の成立の条件について、「投票総数(憲法改正案に対する賛成の投票の数及び反対の投票の数を言う。)の二分の一を越えた場合」となっている。「投票総数」とは、どう考えても賛成、反対、白票、無効票を合わせた合計の数であるはずだが、与党は「投票総数」という言葉を使いながら、その定義を勝手に「有効投票」にすり替えている。日本国憲法第96条では「・・・この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と明記されている。これをすなおに読めば、国民の過半数の圧倒的承認があってはじめて改憲が成立するのであり、少なくとも総投票数が分母にされるべき事は明かである。
 

(2) 自民党の葉梨委員は、4月12日の委員会審議の答弁において、最低投票率を設けない意図を露骨に語っている。「我々としては、ボイコット運動の問題、あるいはなかなか高い投票率が期待できないような案件もあるという問題、さらにはやはり憲法改正が必要じゃないかというような問題、これも踏まえて現在のところは最低投票率を設けないという制度設計にしている。」この訳の分からない答弁は一体どういうことなのか。「やはり憲法改正が必要じゃないかというような問題」?「なかなか高い投票率が期待できない」問題?? つまり右翼連中は憲法「改正」はどうしてもやりたいが、国民の関心は薄く高投票率は期待できないかもしれない、そこでボイコット運動でも起きたら大変だ、だから最低投票率は設けないんだ−−要するに開き直っているのである。与党自身が、国民投票と憲法改正への国民の支持が低いことを認めた上でごり押しする論理を公然と語っているのだ。
※第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第5号
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/015116620070412005.htm

 ボイコットも国民投票に対する国民の意思表示である。投票率が最低投票率に届かず、国民の多数がボイコットをしたとしたら、それは多くの国民が改憲に反対であったこと、国民投票そのものに反対であったこと、あるいは賛成ではなかったということに他ならない。
 そもそも「憲法改正」は、国民の中から強い衝動として生まれてきている要求ではない。「憲法改正」がなければ、国民の生活が成り立たない、日々の暮らしがやっていけない−−このような声が国民の中から出てきているわけではない。政府と支配層が、アメリカの戦争に参戦し協力するために、また格差社会の広がりと深刻化の中で出てくる不満や反抗を封じ込めるために民主主義や基本的人権を剥奪することを狙って、何が何でも改憲を押し通そうとしているのである。それをあたかも憲法改正が差し迫った課題であるかのようにでっち上げるために、「時代おくれ」、「押しつけ憲法」等々様々な形で宣伝をしているのである。
※とくに、05年にはじめて憲法改悪を公然と打ち出した日本経団連は、今年1月の「希望の国日本」(御手洗ビジョン)の中でも、憲法9条改悪、自衛軍保持と集団的自衛権行使、さらに公徳心、愛国心の涵養による教育再生、等々安倍が進める教育基本法改悪と憲法改悪をストレートに主張した。http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2007/vision.html


(3) まともに憲法の改正に対して賛成か反対かを問えば、「いますぐに必要とは思わない」というの声が出るのは間違いない。このことはすでに述べた世論調査でも明かである。安倍首相の任期中にそう変わるとは思えない、このことは政府も知っている。だからこそ、政府も、すくなくとも国民が積極的に投票所に足を運んで反対票を投じないように手を打とうとしているのである。政府の戦術としては、できるだけ国民投票の存在を国民から隠し、わすが2ヶ月から6ヶ月間しか考える期間をあたえずに投票を強行することである。政府にとっては賛成が必ずしも増える必要はない。強固な反対が増えないようにすればいい。政府にとっては、第一には国民の賛成、第二には国民の無関心が都合がいいのである。投票率、投票数を極力抑えた上で、秘密裏に変えてしまおうとしているのである。
 最低投票率も定めず、有効投票の過半数で国民投票が実施されたらどうなるか。たとえば、過半数の得票率で石原が圧勝した今回の都知事選では、有権者数が10238704人、投票率は54.35%で投票者数は5565127人、石原の得票は 2811486であった。東京都の全有権者を対象にした石原の絶対得票率はわずか27.5%にすぎない。すなわち、都選挙民一千万人のうち740万人、4分の3近くは石原を支持しなかったのである。結局政府は憲法「改正」国民投票を、極右石原だけがはしゃぎ回り、多くの都民がしらけているという都知事選と同レベルのものとしてやろうと言うことなのである。石原への支持とは政策ではなくムードであり、与党自民党が全面的に支援した宣伝効果である。
※ザ・選挙 07年統一地方選挙 http://www.senkyo.janjan.jp/election/2007/13/00005580.html



[3]平和教育、人権教育、在日教育、解放教育など、教員による“憲法教育”を恐れる自民党

(1) 教育者・公務員の「地位利用」による国民投票運動の禁止なる項目は、昨年5月に国会に提出された与党案から一貫して盛り込まれ、当初は、罰金と懲役などの罰則も盛り込まれていた。12月の民主党との修正合意では、規制は残すが罰則は削除することで合意された。今回の与党修正案作成過程では、罰則なしでは規制にならないという意見が与党内から噴出し、一度罰則が復活しそうになったが、最終的には公明党の反対によって法律そのものには罰則は設けないが、公務員法などの罰則を適用するという玉虫色決着となった。
 一連の経過からは、与党・自民党が、改憲反対運動とりわけ教職員と公務員の運動をいかに規制するかに血道を上げていることが浮き彫りになる。もちろん130万人の教育者一般、400万人の公務員一般の活動規制が想定されているのであるが、その標的は反対運動弾圧にある。安倍の盟友である右翼中川昭一が委員長を務める自民党国民投票法特命委員会では、「自治労や日教組に、改憲反対で自由に活動させるわけにいかない」「公務員による運動への規制を強めるべきだ」との与党案への異論が相次いだ。また、自民党総務会でも、「憲法改悪が戦争への道というような教育をされたらたまらない」「教員が教え子に反対教育をする」等々という意見がでたという。標的は日教組と自治労、とりわけ日教組の教職員である。まさに、「子どもたちを戦場に送るな」ではなく、「憲法を変えて子どもたちを戦場に送れ」ではないか。
※公務員への罰則規定を撤回 国民投票法、自民が修正案
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/politics/K2007032602900.html

 つまり、この国民投票法は、日教組と自治労を最大の攻撃対象とした大弾圧法という性格をもっている。両者の組織的組合活動は確かに低下しているが、その組織力と中身は与党にとっては最大の攻撃対象である。とりわけ日本国憲法と教育基本法のもとで進められてきた平和教育、人権教育、在日教育、解放教育など、憲法の意義を確認し、改悪反対を想定するような教育をどう圧殺するのかに大きな関心が置かれているのである。
 政府与党、右翼勢力は、昨年12月の教基法改悪の過程でも、日教組の教員が日本の教育をゆがめているかのようなデマゴギーを垂れ流した。同じく中川昭一は「日教組の一部活動家は(教育基本法改正反対の)デモで騒音をまき散らしている」「下品なやり方では生徒たちに先生と呼ばれる資格はない。免許はく奪だ」と発言するなど日教組と教職員組合への敵意をむき出しにし、「教育改革支持」のための世論操作を行ってきた。憲法改悪ではこれを大規模に、しかも法律に明記した形で行おうというのである。


(2) それでは「教育者の地位利用による国民投票運動」とは何なのか。ところがこれが、全く明確にはされていない。いやわざとあいまいにされている。どこまでが規制の範囲でどこからが許容の範囲なのかが明らかでなく、広範な自主規制が生まれる可能性がある。
 大学で教授が学生に日本国憲法の意義についての講義をおこなったり、中学校で先生が生徒に9条の成り立ちについて教えたりすることが違反となる危険性がある。さらに、大学教授が、教授の肩書きでテレビに出演し、憲法改悪反対の意見を述べる。これは、大学教授という「教育者としての地位を利用した国民投票運動」にあたるのか、また後で述べる放送局がそのような番組を作ることで「放送の中立」を犯したことになるのか。きわめてあいまいなのである。
※衆院可決に前後して、各紙がシミュレーションを掲載した。その中で、「高校教師Aさんが『平和主義の根幹である9条を守らなければ』と授業で訴えて教育委員会から処分を受けた」例(4月14日朝日新聞『改憲手続きどう進む』)などが上がっている。

 さきにも述べたように、修正案の作成過程で、罰則規定を復活させようと言う意見があったが、一部の反対によって削除されたという。しかしそれは、罰金や懲役がないということにすぎない。政府にとってはそんなものは必要ない。日の丸・君が代の強制に反対した教職員に対して、逮捕や罰金・懲役の刑が問題になっていただろうか。教育委員会による処分が猛威を振るっているのである。減給や停職、懲戒免職さえ想定される重い処分によってまともな教育活動が封じ込められている。教職員の処分について、君が代のピアノ伴奏拒否、斉唱や起立拒否に、「国民投票運動」が付け加わる。誰か一人をスケープゴートにして、授業で国民投票運動をしたといって処分を加えるだけで、その萎縮効果は十分なのだ。


(4) 政府は、何が「教育者による地位利用の国民投票運動」なのかをわざと曖昧にし、あとでも述べるように「上司の判断」「懲戒権者の判断」に任せるだろう。これに教職員評価・育成システムが結合されるとどうなるか。校長が「教員の評価」を口実に、授業をのぞいて、「あなたは社会の授業で『憲法が改正されたら、日本の自衛軍はアメリカの侵略戦争に加担しそうだ』などと言っていましたね。国民投票違反ですよ。」などと言い出したらどうなるか。自己申告票を出していない教職員だけではなく、教員全体に激しい萎縮効果を生み出すだろう。
 また教科書検定によって、日本軍慰安婦や沖縄戦での集団自決への日本軍関与の記述が削除された。このような内容を教員が自主的に教えたらどうなるか。日本国憲法は、天皇制軍国主義が犯した過去の侵略戦争への深い反省の上に成り立っている。沖縄戦、日本軍慰安婦の真実を子どもたちに教えることは、侵略戦争の反省に基づいた日本国憲法の意義を教えたというようなでっち上げがないと言えるだろうか。



[4]「憲法を金で買う」ことも可能に−−改憲CMの垂れ流しとマスコミ規制。「法案に反対のテレビ番組は許されない」!?

(1) 政府与党は、修正案の作成過程で、12月の民主党との修正合意ではかなりの程度まで後退させていたマスコミに対する規制を大幅に復活させただけでなく、憲法問題に関するテレビの番組内容にまで介入する一方、潤沢な資金を使って改憲派がコマーシャルなどをやりたい放題できる条項を盛り込んだ。
 まず、「国民投票運動のための有料広告放送の14日前からの禁止」(第105条)の条項がある。これは、2週間前までは、資金力のある政党、つまり自民党や公明党の大規模なCM宣伝が可能になることを意味する。もちろん政党だけではない。経団連をはじめ潤沢な資金をもつ改憲推進諸団体が好き放題のコマーシャルをシャワーのようにテレビから垂れ流し続けることができる。電通などの広告制作会社と一体となって国民に浸透するCMを作りだす。民放向けにはCMをテコに提供番組に介入することも当然可能である。とりわけ与党はテレビ放送を重視している。論理立てて国民を説得すると言うよりも映像や音声による刺激によって感性的に刷り込むことが可能と考えている。それには、改憲そのものの宣伝だけでなく、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の「脅威」の宣伝も、「国民は義務を果たしていない」という宣伝も付け加わるだろう。まさに洗脳である。「憲法を金で買う」ことが可能となるのだ。


(2) さらに修正過程で新たに加わったのが、放送法の第三条の二第一項の規定の適用(第104条)である。与党はこれをテコに、番組そのものに対して、「政治的な公平さを」「虚偽報道の禁止」「多様な角度からさまざまな意見をなるべく紹介するように」等々と主張し、介入を強めようと言うのである。このような新しい介入方針の条文化は、自民党総務会などで右翼的議員連中から、修正案作成過程で「法案に反対のテレビ番組は許されない」といった意見が相次いだことを背景にしている。彼らの言う「虚偽報道」とは、まさしく憲法改悪に疑問を呈する番組、自衛隊の侵略軍化に対して警鐘をならす番組、日本の侵略戦争に真正面から向き合おうとする番組、日本国憲法の3原則の意義を明らかにする番組等々である。そして「政治的な公平さ」とは、日本軍「慰安婦」問題に関して天皇制軍国主義を断罪したNHK番組に対して、安倍が「公正中立の立場で報道すべき」と主張して番組を改ざんさせたことそのものなのである。改憲を疑問視するような番組はことごとく「虚偽報道」とデッチあげ、テレビを通じて、政府の大本営発表のみを垂れ流させようというのである。
政治家の圧力によるNHK番組改ざんは違法−東京高裁で画期的勝利判決 安倍首相は、判決の歪曲・開き直りをやめよ!NHKは上告を取り下げ、判決を受け入れよ! (署名事務局)

 すでに国会では民放のねつ造番組報道をテコに、放送法等を改悪し、放送に対して露骨な政治的介入を行おうという動きがある。放送法では、報道に「政治的な公平」「事実を曲げない」などの義務を定め、事実と違うなどの違反には、放送法による注意、厳重注意、警告の行政処分と、電波法に基づく電波の停止、免許取り消しなどの行政処分があるが、電波停止などは行使されたことがなく、これまでは警告などの指導にとどまっている。
 昨秋には菅総務相が、NHKの短波ラジオ国際放送で拉致問題を重点的に放送するよう命令した
が、これら法律の厳密適用と法改悪は、国民投票にむけた露払いとなるだろう。
※捏造防ぐ「法改正」 放送の独立を侵す恐れ http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200702150151.html



[5]何と、国民投票法違反を判断・認定するのは教育者・公務員の「上司」!?際限ない拡大解釈と拡大適用の危険性

(1) 国民投票法は、際限ない拡大解釈と処分、拡大適用の危険性をもっている。教育者・公務員の地位利用による国民投票運動における国民投票法違反、放送法に基づく放送の中立違反などについてはすでに述べた。
 組織的多数人買収及び利害誘導罪(第109条)も同様である。条文は「国民投票に関し、次に掲げる行為をした者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」とし、金銭、物品、接待、財産上の利益の供与などをもって国民投票を勧誘することが違法になるとしている。しかし、これらが何に該当するかが明かではない。チラシと一緒にティッシュを配るのがどうかなども問題も明確に否定されていない。また、たとえば、著名なロックバンドが「平和憲法をまもろう」と訴えるライブを無料で開催する、あるいは改憲反対の集会で、CDを参加者全員に無償で配布するなどの行為も、一万円近いコンサートチケットが利益供与された、数千円のCDが無償供与されたと違法行為となる危険性も指摘されている。問題は、これらが違法であるというだけでなく、違法であるかどうかが定まっていないという点なのである


(2) ここでは特に公務員に対する規制を問題にして、拡大解釈と拡大適用の危険を明らかにしたい。
 国家公務員に対しては人事院規則で、地方公務員については地方公務員法三十六条で政治活動を規制している。当初、国民投票については、選挙と違い広範な議論や運動を保障するという観点から公職選挙法などで適用される政治活動の制限を適用しないという動きがあったが、結局適用することで決着した。そして適用の中身については付則に「公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう」に「必要な法的措置」をとるとしている。つまり、基本的には適用するが、何を適応除外するかということについては今後3年の内に詰めていこうというのである。
 国民投票法案の提出者である船田元氏は3月29日の答弁で、「ビラの配布であるとか機関紙であるとか、・・・一定の制限も必要である」といいながら、「少なくとも普通常識的に考えられる賛否の勧誘あるいは意思の表現、表示、こういったことについて制限されない」と相反するようにとれることを言っている。「ビラの配布は制限されるべきだが、普通常識的に考えられる意志の表現は制限されない」?「普通常識的に考えられる意志の表現」とは極めて曖昧である。だが16日の参院本会議では、同じく船田が「特定の政治活動の制限規定を適用しないということになりますと、・・・署名活動や、デモであるとか、機関紙の発行、配布であるとかさまざまなものがあるわけですが、そういったことが惹起されかねない。」などと発言している。これらから考えれば、公務員が行うビラ配布や機関誌を通じての憲法改悪反対の意思表示、組合活動としての改憲反対の署名運動などはことごとく違法になる。合法なのは、友人に立ち話で「おれは憲法改悪に反対だ、おまえも反対してくれ」という程度のことになってしまうだろう。
※第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第4号
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/015116620070329004.htm
 船田の答弁の該当カ所は以下である。「政治的行為の制限規定をこの国民投票運動に限っては適用除外とすべきではないか、このような考えを一時我々としては考えた次第でございます。しかしながら、すべて適用除外といたしますと、先ほど申し上げましたようなビラの配布であるとか機関紙であるとか、あるいはその他のさまざまな政治活動ということについて自由になってしまう。果たしてこれでいいんだろうか。やはり公務員は公務員としての職務の公正さということを考えた場合には、一定の制限も必要である、また自由度も必要であるということで、そこを丁寧に仕分けしていこう、こういうふうな考えに至ったわけでございます。
 ただ、具体的に何が自由であるか、何が制限される行為であるかということについてはなお検討が必要であるということで、現段階におきましてはこの適用除外というのは採用しないことといたしましたが、少なくとも普通常識的に考えられる賛否の勧誘あるいは意思の表現、表示、こういったことについて制限されないように国家公務員法、地方公務員法を改正していこう、見直していこう、そのための検討をこれからやっていきましょうということを附則に入れて、この三年間の間に鋭意検討するべきではないか、このように整理をした次第でございます。」


(3) さらに問題なのは、国民投票法違反を誰が判断するのかという点である。4月12日の参院審議で、社民党辻元清美氏の「これはだめで、これはいいとだれが判断するんですか。」という質問に対して船田は、「そういうことも含めて今後三年間にきちんと議論をしようということでありますので、そこは御理解いただきたいと思っています。」と逃げようとした。そして、食い下がる辻元に対して今度は葉梨が、「国家公務員法、地方公務員法の世界で、懲戒処分の対象になりますから、それは組織の上司といいますか、懲戒権者が判断することになります。」と「上司」なるものの恣意的な運用に任せるということを平然と語り、その基準を3年かけて整備すると主張した。なんと警察でも検察でも裁判官でもなく、上司だと言うのだ。ここに、さらに際限ない拡大解釈、拡大運用の危険性が生まれるということが判明した。
 上司とは極めてあいまいである。課長も部長もある者にとっては上司であり、部下である。葉梨が言い換えているように上司が懲戒権者をさすとすればそれは人事権をもつ任命権者である。市の職員であれば、市長、府の職員であれば、知事である。国家公務員法、地方公務員法の罰則の適用では、人事院および人事委員会がそれぞれ公務員の国民投票法違反を判断、認定し、懲戒処分を下すことにもなる。場合によっては警察と一体となって逮捕・罰金・懲役が科せられる。教育者・公務員の地位利用による国民投票運動についても、罰則はないが国民投票法違反が問われる。これも、「組織の上司」が判断する。また、公立学校では校長であり、市や府の教育長であり、教育委員会と教育行政そのものである。さらに私立学校では、校長や理事長によって直接処分が下されるだろう。
 教育者や公務員に対する「国民投票法違反」での処分は、マスコミを動員した世論誘導的なやり方で煽られる危険が最もありうる。「○○の高校では、日教組教員が、憲法9条改悪反対と生徒に教えていた」などと、都道府県議会などで右翼議員が質問しつるし上げる、あるいは、産経や読売といった右翼マスコミが、「公務員の違法なビラまきや署名活動」について「スクープ」する等々。当の上司=懲戒権者がゴリゴリの改憲派であったり、右翼であったりする必要はない。彼らが懲戒処分に踏み切らざるを得ないような状況を、周りが煽って作り出せばいいのである。もっとも、極右知事を戴く東京都などでは、都教育委員会などが率先して、処分に動くだろう。もちろんそれは個人を対象としているのではなく、日教組、自治労組合員を貝のように殻に閉じこめることを目的としているのである。
※第166回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第5号
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/015116620070412005.htm
○辻元委員 では、これはだめで、これはいいとだれが判断するんですか。
○船田委員 そういうことも含めて今後三年間にきちんと議論をしようということでありますので、そこは御理解いただきたいと思っています。
○辻元委員 だれが判断するかもわからない法律を出すわけですか、世に。要するに、これは物すごく、主権者とはだれで、何が国民投票運動なのかという本質なんですよ。そこをだれが判断するのか、これはいい、これは悪いと。それも含めて今から三年以内に検討する、それで本当に提出者として答弁しているとお考えですか。
○葉梨委員 だれが判断するかということですけれども、与党案においては、適用除外といいますか、国民投票についての勧誘あるいは意見の表明を自由にするということは、国家公務員法、さらには地方公務員法の世界にゆだねたわけです。ですから、国家公務員法、地方公務員法の世界で、懲戒処分の対象になりますから、それは組織の上司といいますか懲戒権者が判断することになります。
 しかし、懲戒権者が判断をするということになりますと、具体的にどの行為は大丈夫で、どの行為はだめだというようなことをしっかりと法律に書いていかなきゃいけない。そういうような技術的なことを検討するということであって、それは除外をすることを検討することじゃなくて、必ず必要な法制を、三年までに、三年間の間に整備するということが法律でうたわれているんです。具体的な、技術的な検討は行いますけれども、この勧誘行為あるいは意見の表明を自由にするというのは、三年以内に確実に行うということが法律に書いてあるはずです。



[6]憲法改悪問題は例外なく市民一人一人に襲いかかってくる。国民投票法反対の闘争を全人民的課題として闘おう!

(1) 憲法改悪問題は、戦争のできる国造りと侵略戦争への人民の動員、現行憲法で保障されている基本的人権や国民主権の制限と蹂躙、言論の自由や生存権などの諸権利の剥奪等々、例外なく国民一人一人に襲いかかってくる。それだけでなく、改憲のための国民投票実施に向けた準備そのものが重大な人権侵害、言論封じ込め、運動弾圧を含んでいることが明らかになった。この危険性を暴露し、反対の声を大きくしていかなければならない。


(2) 全国各地で闘われている反戦平和運動、反基地闘争、改悪教基法の具体化に反対する教職員の闘い、日の丸・君が代の強制反対闘争、日本軍慰安婦等の戦争責任追及の闘い、医療社会保障切り捨て反対の闘い、賃金や労働条件のため、労働基本権のために闘う労働組合運動、資本の横暴に抵抗する職場・生産点の闘い、「ワーキングプア」の生存権のための闘い、反原発闘争、環境保護運動、差別反対と人権のための闘い等々、ありとあらゆる人民諸運動は、日本国憲法で保障された権利を守るための闘いという性格をもっている。これを意識化し自覚し、憲法改悪阻止の闘いと結合して闘うこと、全人民的課題として闘うことが必要である。ありとあらゆる力を結集し、参議院の場で憲法改悪国民投票法案の廃案を目指し闘おう!

2007年4月21日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局