シリーズ:ブッシュのイラク新政策と戦争拡大の危険(その1)
イラク新政策=米軍増派とブッシュの暴走
−−バグダッド掃討作戦でさらに深刻化する殺戮と破壊。高まるイランへの戦争拡大の脅威−−

はじめに−−ほとんど世界で唯一ブッシュのイラク新政策を支持した安倍政権。日本のイラク反戦運動がさらに重みを増す

(1) ブッシュ大統領が1月10日に打ち出したイラク新政策は、バグダッドでの大規模な掃討作戦の開始とイランに対する戦争挑発のエスカレーションによって、ますますその危険性が高まりつつある。イラクでは、米軍とイラク軍が激しい大規模掃討作戦を展開していることで、反米闘争が激しさを増し、市民の犠牲者が急増するとともに、米兵の犠牲者も急増している。バグダッドからは連日のように、数百人規模の死傷者を生み出す「大規模テロ」の情報が飛び込んでいる。シリア国境には大量の避難民が押し寄せている。被害を食い止めるために今すぐ軍事作戦を中止させなければならない。
 一方2月20日イギリスBBC放送は、すでに米軍がイランの核施設とすべての軍事施設を対象とした攻撃計画を策定していることを暴露した。イラク国内における対米攻撃へのイラン関与の証拠が明確になった場合と核開発の証拠が明らかになった場合の二点を攻撃の条件としている。ブッシュは徐々にイランに対する外堀を埋め、ありとあらゆるデマとでっち上げをマス・メディアに売り込むことで「攻撃の大義」を作り上げようとしている。イラク開戦の当時と同じようには世界をだませないだろうが、極めて危険な局面に入ったことは確かだ。イラクに対する米軍の増派と併せてすでにペルシャ湾には空母アイゼンハワーに続いて空母ステニスが派遣され、米軍は2空母体制でイランとシリアに対する軍事的恫喝を加えている。最近、空母がさらに増やされ、3隻体制になると報道された。イランもペルシャ湾で対艦ミサイルの試射を実施、急速に緊張が増している。イスラエルに空爆を実行させる作戦も、繰り返し報道されている。
※US 'Iran attack plans' revealed (BBC) http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6376639.stm

 米国内では、ブッシュが大統領である限りイラク戦争はなくならないという世論が強まり、3月20日のイラク戦争開戦4周年に向けて、波状的な行動が計画されている。3月17日には、1967年のベトナム戦争まっただ中での対ペンタゴン行動の40周年にちなみ、ペンタゴンへの大デモンストレーションが計画されている。アメリカの反戦運動は「ブッシュ弾劾」「ブッシュ辞任」のスローガンを掲げ、昨年秋の中間選挙で歴史的な大敗北を喫しながら戦争拡大政策を強めるブッシュを辞任に追い込むための新しい攻勢を準備しつつある。
※MarchOnPentagon.org http://answer.pephost.org/site/PageServer?pagename=m17_homepage
※ImpeachBush http://www.impeachbush.org/site/PageServer

 ブッシュは国内外で孤立を強めている。英ブレア首相は、国内の反戦世論の高まりを受けて2月21日、バスラに駐留するイギリス軍を撤退させる事を決定し、第一陣として1600人、年内には3000人規模の撤退を行うことを表明した。2003年の開戦以来はじめてのことである。イタリアはすでに昨年11月末に撤退を完了し、デンマークは今年8月までに、ポーランドは今年中に撤退することを明らかにしている。米軍の増派決定に逆らうように、イラクからの撤退の新しい流れが生まれているのである。


(2) 安倍政権は、ブッシュの新イラク政策が世界中から非難にさらされ孤立する中で、ほとんど唯一これに「理解」を示し「支持」を表明した。この理解と支持こそは、イラク民衆を殺戮することへの支持、イラクの難民を激増させることへの支持、イラクの街と生活基盤を破壊することへの支持に他ならない。それは、中東の石油支配と軍事支配に対する帝国主義としての共通の利害の表明である。
 安倍は支持率を急落させている。支持率は3割台に突入し、多くの世論調査で支持と不支持が逆転した。改憲を政治公約として掲げる安倍の右翼的で反人民的な政策は、世論と乖離している。私たちはブッシュの無法な戦争への協力を絶対に許してはならない。航空自衛隊の対米支援を即刻やめさせ、全ての自衛隊を今すぐ完全撤退させなければならない。この7月にも予定されているイラク特措法の延長を許してはならない。
 私たちも、イラク戦争開戦4周年に向けて、ブッシュの戦争拡大政策と安倍の対米加担に対する批判と闘争を強化していきたい。今回、新たに「シリーズ:ブッシュのイラク新政策と戦争拡大の危険」を開始し、ブッシュの新イラク政策の批判を中心に、バグダッド増派・掃討作戦のもたらす被害と犠牲の甚大さ、対イラン戦争挑発の危険、アメリカの反戦平和運動の新しい動きなどを伝えていく予定である。
※Iraq: More nations plan pull-out(independent)http://news.independent.co.uk/world/politics/article2293479.ece

2007年2月25日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




[1]すでに甚大な市民の犠牲を生み出し始めたバグダッド増派・掃討作戦

(1) 2月14日、イラクの首都バグダッドにおいて、米軍とイラク治安軍8〜9万人を動員した大規模掃討作戦が始まった。2003年の開戦以来最大という極めて大規模な軍事作戦である。ブッシュ大統領が1月10日に表明したイラク新政策に基づき、すでにバグダッドには8000人の米兵が追加投入されている。米とマリキ政権は、1月半ばよりすでにバグダッドの治安作戦に着手してきたが、本格的な体制を整え、大規模掃討作戦を開始した。しかしこの作戦は、作戦の期間さえ明確になっていない、文字通りいつ果てるともしれない泥沼の掃討作戦である。アンバル州などでは、引き続きスンニ派反米勢力に対する掃討作戦が展開されている。

 現時点で確かなことは、米軍とイラク軍が開始したバグダッドの掃討作戦が、イラクに甚大な被害・破壊をもたらしており、今後一層もたらすであろうということである。イラク新政策が発表され、軍事作戦が始まって以降、バグダッドでは連日大規模な「テロ」が起こっている。バグダッド東部の大学近くで1月16日、自動車爆弾が爆発し、女子学生ら60人が死亡、110人が負傷した。1月22日、バグダッド中心部の商業地区で、2発の自動車爆弾が爆発し少なくとも65人が死亡、110人が負傷した。2月3日にはサドリヤ野外市場で少なくとも135人の死者、305人の負傷者が出た。これは、2003年のイラク戦争開戦以来最悪の「自爆テロ」となった。2月12日、ショルジャ卸売り場で少なくとも76人が死亡、160人以上が負傷した自動車爆弾テロが起こった。2月18日には、市内南東部「ニュー・バグダッド」の商業地区で少なくとも60人が死亡、131人近くが負傷した、等々。ここに挙げたのは数百人の死傷者を出し、小さい扱いながらも日本のメディアで取り上げられた事件だけである。まさに氷山の一角である。これらの事件の主体が誰によるものなのか詳細はわからない。明らかなのは、ブッシュのイラク新政策と米軍による直接の治安弾圧に対する抵抗闘争が活性化しており、それが多大な市民の犠牲を伴っているということである。
 私たちはもちろん一般市民を狙った無差別テロを容認することはできない。しかしそれが、治安強化と首都制圧を目論む米軍に対して行われているぎりぎりの武装抵抗の巻き添えになったとすれば、最大の責任は米国にある。また、米軍が、バグダッドの治安活動を主として担ってきたサドル派の民兵マハディ軍を掃討作戦の標的にすることから、マハディ軍が攻撃を逃れるために治安活動を停止させたことによって、スンニ派の武装勢力の活動の余地を広げ、「大規模テロ」を誘発しているという見方も広がっている。米軍の露骨な直接介入がバグダッドの「宗派バランス」を崩し、殺戮の応酬を激化させているという見方である。米軍の増派と軍事作戦が、おびただしい数の犠牲者を生み出しているのだ。
※バグダッド自爆テロ、死者135人に…開戦以来で最悪(読売新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070204-00000103-yom-int
※イラク:バグダッドで爆弾テロ、70人以上死亡(毎日新聞)http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070213k0000m030035000c.html


(2) 米軍は、市内の家屋を強制収容し、各地に軍事拠点を形成しながら、しらみつぶしの家宅捜索と急襲、そして激しい空爆によって、「反米武装勢力」の掃討作戦に乗り出した。増派自体はこれまでもあったことだが、確かに新政策は新しい要素を持っている。これまで米軍の主力部隊はグリーンゾーンを拠点にして立てこもり、主たる治安活動はイラク軍に委ねていた。その米軍が直接前面に立って戦闘と掃討作戦を行い、しかも掃討以後もその地域を占領し制圧する方針に転換するというのだ。しかし、それは標的としての米兵を反米武装勢力の前面に登場させることであり、米兵の犠牲を飛躍的に高める。さらに自らを防衛するために過剰な攻撃や反撃を招くことで、イラク民衆の犠牲者も格段に増大させる。
※現在イラクには15個程度の旅団が配置されてる。それぞれが3000から3500人の戦闘部隊を持つ。新たに5個の旅団を配備するというのは従って戦闘部隊を30%増加させることを意味する。バグダッドを中心に配備するとすれば、バグダッドの兵力集中はそれなりに上がると考えられるが、「バグダッドの治安」を回復させることはできないだろう。米軍はバグダッド市内に拠点を作り始めている。米軍は拠点に集中、直接米軍が前面に立って戦闘・掃討を行い、その地域を占領し制圧する方針に変えることになる。しかし、それは標的としての米兵を反米武装勢力の前面に登場させることであり、米兵の犠牲を飛躍的に高めるだろう。さらにバグダッドの全域にわたって掃討を行うことなど所詮不可能だ。スンニ派地域だけでも兵力が足らないのであり、結局失敗に終わる可能性が高い。
 もう一つはアンバル州での掃討作戦である。掃討作戦は、空爆を含む激しいものとなるであろう。しかし、ファルージャのような殲滅作戦は不可能である。ファルージャでは1万数千人の海兵隊とイラク兵数千人を動員して包囲殲滅作戦を行ったが、あの時はバグダッドに兵力を割かなくて済んだ。しかし今回は主要な増派部隊をバグダッドに集中するため、アンバル州に十分な兵力を割くことはできない。アンバル州全体で1〜2万人の海兵隊が配置されている。詳しい数字は明かではないが、それに4000人が加わっても、大規模な集中的掃討戦は不可能だろう。もちろん4000人の部隊があれば小都市での局地的な包囲戦闘は可能だが、米軍に対する襲撃が増加している下では、各地に兵力を分散せざるを得ないだろう。


(3) 早くも、米軍の目論見が狂い始めている。米軍への精密かつ巧妙な攻撃がエスカレートしているのだ。1月20日以降に攻撃型アパッチヘリなど7機の米軍のヘリコプターが撃墜され、昨年1年間に撃墜された数を越えた。反米勢力による組織的な対応と戦闘技術の高度化を表している。2月20日から21日にかけては、ヘリコプターの墜落や武装集団との衝突などにより、米兵27人が死亡した。21日の米兵の死者は、2003年3月に米軍がイラクに侵攻して以来、1日としては3番目に多い犠牲者である。米軍は、陸上移動の際の路肩爆弾攻撃などを避けるため、ヘリによる移動を多用する傾向にあった。米軍のこの対応をあざ笑うかのように、反米武装勢力は機関銃やロケット弾、携行型地対空ミサイルなど多様な形態によって、ヘリコプター攻撃を激化させているという。
※New York Times: Iraqi Insurgents Targeting US Helicopters(voanews.com)http://www.voanews.com/english/2007-02-18-voa17.cfm

 すでにペンタゴンは昨年末に出した報告書で、「反米武装闘争の成功」として、今でも武装勢力の主要な敵は米軍とイラク治安部隊であり、その攻撃数が増加し、その内容も高度化していることを認めている。報告書では、米と多国籍軍の死傷者の数が8月中旬から11月中旬まで32パーセント急増し、同じ期間に1週当たりの攻撃の数は22パーセント上昇して784から959になったことを明らかにしている。攻撃件数の内、米軍に対するものは7割近くに達し、イラク治安部隊への攻撃も合わせれば全体の9割近くを占める。この傾向は今年に入ってますます強まっている。
※Pentagon Cites Success Of Anti-U.S. Forces in Iraq(washingtonpost)
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/12/18/AR2006121800791.html


(4) 現時点においては、今回の米・イラク軍によるバグダッド掃討作戦は、結局はスンニ派武装勢力に対する掃討作戦という性格が前面に出ている。多くの民間人が巻き込まれ、虐殺と破壊がエスカレートしている。スンニ派が多数居住するアンバル州では、イラク新政策を先取りするように昨年末から米軍の空爆が強化されていると言われている。民間人を巻き込んだ悲惨な事件が報道されるようになっている。昨年末バグバでは、女性、子供を巻き込んだ米軍の空爆があり、地元住民が怒りの声が伝えられている。
※Residents blame U.S. for deadly attack in Baquba(CNN) http://www.cnn.com/2006/WORLD/meast/12/23/iraq.main/index.html

 スンニ派武装勢力も黙ってはいない。米軍に対するすさまじい抵抗闘争を引き起こしている。そのことがさらに一般市民の犠牲を著しく高めつつある。
※塩素爆弾、ヘリ標的…スンニ派新戦術で戦線拡大は必至(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20070224id22.htm

 また、1月28日シーア派の聖地ナジャフでは、巡礼者の一群にイラク警察が発砲し、さらに米英軍が空爆を加え250人もの市民を無差別虐殺するという事件が起こっている。この事件は当初、「狂信的なカルト集団」による聖地への攻撃に対する防衛措置であるかのように宣伝されたが、それは米軍による全くのでっち上げあることが暴露されたのである。
※Official Lies over Najaf Battle Exposed(dahrjamailiraq.com)http://www.dahrjamailiraq.com/hard_news/archives/iraq/000534.php (邦訳はhttp://teanotwar.seesaa.net/article/32693448.html#more

 米軍は、バグダッドでの掃討作戦に伴い、反米武装勢力の流出入の阻止を名目にシリア国境を閉鎖した。しかしバグダッドやアンバル州での掃討作戦を恐れて国外避難をめざす市民が殺到して大混乱に陥り、パスポートの厳密なチェックなどを断念、わずか3日で国境の閉鎖を解除せざるをえなくなった。早くも重大な影響が出始めているのだ。
 国連機関などによれば、イラクでは占領支配の長期化で180万人が国内避難民となり200万人が周辺国へ難民として掃き出されている。3千人を越えるイラク人が毎日イラクから脱出しているという。
 またイラク政府の中央統計情報局は、イラク国民の1/3は貧困ライン以下の生活をし、5%は極度の貧困にあるという報告を発表した。水や電気、医療施設が欠乏し、食糧にも事欠く状況が続いている。そして世論調査では60%を越えるイラクの人々が、現在の状況がフセイン時代よりも悪くなっていると答えている。大規模掃討作戦の強行は、イラクの人々にさらに破壊的な影響を与えることになるだろう。
※<イラク>国内避難民、新たに100万人 国際機関が推計(毎日新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070217-00000023-mai-int
※U.S. agencies offer dim outlook on Iraq(IHT)http://www.iht.com/articles/2007/02/02/news/iraq.php
※Now It Is Lack of Food Security(commondreams)http://www.commondreams.org/headlines07/0219-01.htm
※Iraqi Red Cresent: US is Biggest Humanitarian Threat(commondreams)http://www.commondreams.org/headlines06/1216-05.htm
 

 
[2]傀儡マリキ政権の新たな危機−−米国とサドル派の間で根底から動揺

(1) イラク新政策の最大の特徴は、サドル派とその軍事部門であるマハディ軍の掃討・鎮圧に着手しようとしていることである。これまで専らアンバル州などのスンニ派武装勢力の壊滅に重点を置いてきた作戦に加え、シーア派の反米強硬派のサドル派=マハディ軍を最大の標的とする「二正面戦略」への転換である。それはサドルシティなどを中心とするバグダッド全域における掃討作戦である。
 しかし、マハディ軍をも掃討の対象にした今回の新政策はあくまでも米国側の要求であり、マリキ政権がそのまま受け入れるかどうかは、全く別の問題である。一歩間違えば、命取りになる。なぜなら、サドル派は、昨年のマリキ政権成立に当たってキャスティングボートを握り、現在イラク議会での議席数においても閣僚ポストにおいても無視できない存在となっているからである。
 そもそもマリキ政権は、以下のような政治勢力の対抗と宗派バランスの上に成り立つ極めて脆弱な傀儡政権である。@イラク革命評議会(SCIRI)とこの傘下にある悪名高きバドル旅団、A政権内に深く食い込みながら、反米武装闘争を継続するサドル派とその軍事組織であるマハディ軍、Bクルド人勢力とその配下にあるペシャメルガ、C親米のスンニ派の諸勢力、等々。米の政策は、これらの勢力のいずれもが突出することを許さず、宗派間対立を利用して政権そのものを弱体化し、またシーア派革命政権であるイランの影響力を排除しながらコントロールしていくという綱渡り的なやり方であった。今回の新政策と増派は、ガラス細工のような勢力の微妙な均衡の上に成り立ち、すでに機能麻痺に陥り経済活動や生活基盤整備を遂行する行政機構さえまともに機能していないマリキ政権の土台を一挙に揺るがす可能性を持つのだ。


(2) マリキ政権の政権基盤が脆弱なだけではない。マリキ政権と米国との関係も、最近特に微妙になっている。とりわけサドル派に対する両者の対応をめぐっては複雑である。
 ブッシュは新政策において、マハディ軍を武装解除しサドル派の反米闘争を封じ込めることをマリキ政権に突きつけ、イラク軍のバグダッドへの増派などの約束の履行、バグダッド全域で米軍の行動を一切制約しないこと、米軍の拘束作戦などにイラク側が政治的な干渉をしないことなどを強く要求した。
 私たちは、昨年8月の論評の中で、マリキ政権が米軍の宗派分断支配の下で、崩壊する瀬戸際にまできていることを主張したが、その後の過程で、サドル派・マハディ軍に対する治安弾圧と掃討作戦を巡ってマリキ政権は、米軍の活動を制約し軋轢を生み続け、深刻な対立が生じるまでに関係が悪化したことが明らかになっている。
「マリキ政権発足後のイラクで何が起こっているのか−−崩壊の危機に瀕するイラク傀儡政権」(署名事務局)

 ブッシュのイラク新政策の提案に当たって、マリキ首相は自己の保身と政権の存続のために支持を表明したのであるが、それは発表から2日後でのことであり、その2日間にバグダッド地区のイラク軍総司令官にシーア派の反米将軍として知られるカンバル中将を任命するなど、バグダッド掃討作戦に対して先手を打ったとも伝えられている。また、マハディ軍が首都から逃避する時間稼ぎをしたとも言われている。真偽は明らかではない。しかし、2月17日のライス長官による電撃訪問でのマリキとの会談において、ライスが、バグダッドの掃討作戦がスンニ派地域に偏っていることなどに対して不満を表明したことからも、今回の軍事作戦で必ずしも両者の思惑が一致していないことを伺わせる。
 もちろんこの軋轢、対立を過大評価してはならない。あくまでもマリキ政権は米国の傀儡政権である。だが、両者の関係を“機械的従属関係”だけで捉えることも間違いだろう。イラク国内の政治的・宗派的力関係、周辺諸国との関係、何よりも米国そのものの軍事的政治的覇権の後退の下で、その傀儡政権が限定された範囲内で“相対的独自性”を持ち始めたとしてもおかしくはない。イラク情勢の泥沼化に対する米の焦りやイランに対する挑発の異常なエスカレーションを評価する上で、この側面を見落としてはならない。
※マリキ政権と米との対立が目に見える形で曝けだされたのが、11月末、マリキが米とヨルダンとの三者会談を欠席した事件である。その理由には、サドル派が三者会談に抗議して閣僚の職務を放棄したという事情があったといわれる。さらには、その直前に「マリキは統治能力がない」との米政府の内部文書がリークされている。また米は12月に、イラクのシーア派連合から反マリキ派を離反させそれによって、マリキを辞任に追い込む策略を立てたが、シーア派の分裂を恐れてシスタニ師がこれに反対し、この策略は挫折したと言われる。
 マリキと米の対立が極まったのが、昨年末のフセイン元大統領の死刑執行であった。マリキ首相は、米の処刑延期要請を無視して、12月30日イスラム教最大の祝事「犠牲祭」の初日にいわば祝賀として処刑を強行し、米からの「独立性」を鮮明にした。米が主導したフセイン裁判と死刑判決が、マリキに利用される形となったのだ。しかも、処刑映像がメディアに流出し、執行者が「ムクタダ」とサドル師の名を連呼する様子は、反米強硬派のサドル派が主要な勢力として入り込むマリキ政権の性格を見せつけた。もはや、マリキ政権の存在を米が脅威と見るまでに対立は先鋭化したというのである。
 もっとも、このような見方とは全く別の見方もある。フセインの処刑に対する米側の「不快感」は「やらせ」であり、サドル派は2004年夏のナジャフの闘いの時点のような反米的性格を後退させ、サドルとマリキ、さらには米軍との間すでにバグダッド制圧で裏取引がなされており、サドル派・マハディ軍がバグダッドを当面明け渡して、その間に米軍がスンニ派の武装勢力を制圧したようにみせかけ、「治安回復」を宣伝するという見方である。要する関係者全てがイラクを舞台に猿芝居を打っているというのである。確かにサドル派が軍事対決一辺倒でなく、傀儡としてのマリキ政権内に閣僚ポストを得た時点で、従来のスタンスからの変更があったことは否定できない。しかし、サドル派が一貫して米軍の即時撤退を要求していること、サドル派への掃討作戦をライスが執拗にマリキに迫っていることなどを考えれば、この見方も十全な説明がつくものではない。
※クローズアップ2007:「短期決戦」米イラク新政策 抗争拍車の恐れ
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/archive/news/2007/01/12/20070112ddm003030025000c.html
※イラク首相、「フセイン処刑が裏目」日本経済新聞2/1夕刊
※US targets Sadr, threatens Maliki in Iraq(greenleft.org)http://www.greenleft.org.au/2007/696/36141

 ブッシュ政権はマリキ政権にどこまで強い態度に出るのか。マハディ軍との曖昧な関係を黙認するのか、それとも要求通りマハディ軍の掃討を本気でやることをあくまでも迫っていくのか。マリキ政権も、米国側の要求通りサドル派とマハディ軍に対する攻撃を徹底したらしたで、逆に曖昧な態度をとり続けたらとり続けたらで、いずれにしても自らの政権基盤を掘り崩すという究極のジレンマを抱え込んだのである。


(3) もちろん、バグダッドの治安問題は、サドル派=マハディ軍を黙らせれば済むというものでは決してない。米国防長官は、イラクでは以下の4つの紛争が同時に進行していると語っている。すなわち、@武装勢力によるイラク政府や米軍への攻撃、A国際テロ組織アルカイダの活動、Bイスラム教シーア派とスンニ派の抗争、Cシーア派の内部抗争である。そしてAの比重がますます低くなり、@が前面に出始めていることを認めている。そして「内戦の危機」と言われるBとCにしても、一般的な宗派間の憎悪などではない。米の占領支配体制とそれに対する抵抗闘争、米・イラク政府の諜報機関の暗躍、傀儡であるイラク政権を巡るシーア派内部の権力闘争が複雑に絡み合ったものなのである。
※増派成功なら年内撤退開始も=イラク、「4紛争が同時進行」−米国防長官(時事通信)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070113-00000048-jij-int
※中心であるスンニ派勢力の構成も多岐にわたると見られている。ある報道では、50近くの反米武装組織が存在している。1)元バース党員、ネオバース党員、2)スンニ派復古主義者、原理主義者、3)部族に基盤をおく組織、4)都市に基盤をおく組織等々。これらは、テロ組織ではなく、一般民衆である。

 この作戦でブッシュが依拠しようとしているのは、イラク革命評議会(SCIRI)とこの傘下にある悪名高きバドル旅団、つまりアメリカが80年代に中南米の暗殺部隊として作り上げた「サルバドル方式」の“死の部隊”そのものである。さらにクルド勢力をも動員した掃討作戦に乗り出し始めた。石油支配と中東覇権にあくまでしがみつき、自ら都合のいい親米政権を作り上げるために、テロ行為を繰り返す“死の部隊”に肩入れするという残忍極まりない暴力的強硬策は、人々の怒りをかき立て、反米闘争をますます激化させずにはおかない。米軍の即時無条件撤退以外に、イラクの治安回復も、内戦の危機の回避も出来ないことがますます明らかになるだろう。
※バグダッド一帯の掃討作戦、クルド兵が初参加(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20070224i314.htm



[3]ネオコンへの回帰としてのブッシュの新イラク政策

(1) ブッシュのイラク新政策は、バグダッドに1万7500人の陸軍戦闘部隊、アンバル州に4000人の海兵隊、計21500人、陸軍5個旅団、海兵隊2個大隊から構成される戦闘部隊を、バグダッドの治安回復とスンニ派武装勢力掃討に向けて繰り出そうというものである。マスコミは新政策を「ブッシュ最後の賭け」などと評価した。まさにイラクの泥沼化は最後の局面にさしかかった。
※大統領の国民に向けてのイラク新戦略に関する演説(在日米国大使館)http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20070208-51.html

 昨年11月の中間選挙に向けて、イラク政策の転換を巡ってアメリカ国内では支配層の間で大論争が巻起こり、泥沼化するイラクからの脱出策として複数のオプションが登場した。@イラクを南部シーア派、中部スンニ派そして北部クルド人勢力に3分割し、自治を営ませ、米軍が漸次的に撤退するシナリオ、Aイランやシリアとの対話を進め、外交的努力によってイラク内の武装闘争を沈静化させ、イラク軍に治安権限を委譲し、米軍が漸次撤退するシナリオ、B米兵を一時的に増派し、特に治安崩壊が深刻な首都バグダッドを中心に徹底的な掃討作戦を行うというシナリオ。これらはいずれも、そもそも主権国家であるはずのイラクの政治体制や軍事・治安機構のあり方について、アメリカが好き勝手にいろいろな選択肢を検討するという極めて帝国主義的・覇権主義的なものであった。
 イラク3分割案は、早期の段階で、イラクの分断と不安定化を促進し、内戦をかえって誘発するという理由で、机上の空論として退けられた。
※イラク3分割案 America ponders cutting Iraq in three(timesonline)http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2089-2393750,00.html


(2) ブッシュ共和党の中間選挙での大敗北を受けて出された、超党派のべーカー=ハミルトン委員会(ISG)の報告は、上で述べたAのシナリオに従ったものであった。これは、イラク情勢が、すでに強権的な政治支配と、軍事的治安弾圧だけではどうしようもないところまで来ており、ブッシュが批判し対抗するイランやシリアとの外交的協調無しにはイラクの現状を好転させることは不可能であることを勧告したものであり、米支配層によるイラク戦争の事実上の敗北宣言であった。
ISG報告は、単独行動主義的・先制攻撃主義的な旧植民地主義的形態に対して、多国間協調主義的な新植民地主義的形態の再採用を主張したに過ぎず、アメリカの中東覇権と石油支配の再編、再構築であることに変わりはないものの、軍事力による制圧を前面に押し出した4年近くに及ぶイラク戦争と占領支配の泥沼化に対して、軍事一辺倒から政治・外交重視へと大きく方針転換を求めるものであった。とはいえ、この勧告も、08年からの米軍の漸次的撤退を展望する限りにおいて、イラクの惨状からも、米兵の犠牲に対するアメリカ国内の厭戦気分からも乖離したものであった。事態はそのような緩慢な対応を許さないまでに深刻化しているのである。
※ISG報告(usip.org)http://www.usip.org/isg/iraq_study_group_report/report/1206/iraq_study_group_report.pdf


(3) しかし、ブッシュはこの勧告さえ拒否し、米軍増派と軍事的対決、イラン・シリア対決という強攻策を選択した。これは、イラクが陥っている現状を一切無視し、ラムズフェルドでさえ拒んだイラク増派による治安回復という全くリアリティのない方針を採用したことを意味する。それは、ネオコンが作り上げた軍事的解決=増派策という強硬方針への回帰であり、政権内にほとんどネオコンがいなくなったもとでのネオコン政策の固執である。この事実は結局のところ、ブッシュとチェイニーこそが最も帝国主義的・侵略主義的な、正真正銘の“ネオコン”であることを証明するものである。
 すでにイラク新政策は、ネオコンの拠点となっているシンクタンク「米エンタープライズ研究所」(AEI)のF・ケーガンやJ・キーンといったネオコン連中らが9月に提出した「勝利への選択」という超楽観的な戦略をたたき台にして、12月の会合で最終的に決定したものであることが暴露されている。
※Choosing Victory:. A Plan for Success in Iraq.(AEI)http://turcopolier.typepad.com/sic_semper_tyrannis/files/200612141_choosingvictory6.pdf

 新イラク政策のリアリティの無さは、これが戦場の現場司令官の声さえ無視した決定であることに端的に表れている。新政策を打ち出すに当たってブッシュは、アビザイド中央軍司令官、ケーシーイラク駐留司令官を更迭した。彼らは、もはや武力によってイラクを鎮めることが不可能である現実を、身をもって知っり、「今の時点で米兵を増やすことが問題の解決策になるとは思えない」(アビザイド司令官 11月15日上院軍事委員会)などと、増派に展望がないことを率直に指摘していた。
※Top Ten Myths about Iraq 2006(informationclearinghouse) http://informationclearinghouse.info/article15992.htm

 それだけでない。ブッシュにとっての悲劇は、もはや米軍兵力は過剰展開=過小兵力状況にあるという冷厳な現実が見えなくなっているということにある。要するに、ブッシュ増派の決定的な弱点は、21,500人あるいは17,500人という数が、バグダッドの治安回復やアンバル州での軍事作戦の必要から出された数字ではなくて、米軍にとって増派が可能なぎりぎりの数から出された数字であるということにある。上で紹介したネオコンの「勝利の選択」でも4〜5万人程度の兵員増派が必要とされていた。ブッシュは、主戦論と増派、戦線拡大という勇ましいネオコン戦略を採用しながら、それに見合う兵員を集めることができなかったのである。



[4]ブッシュ政権、どさくさ紛れに石油利権の確保を追求。改めて「石油のための戦争」に反対する

(1) 私たちは、改めて「石油のための戦争」を徹底して批判しなければならない。イラク新政策にしても、ブッシュによって拒否されたベーカー=ハミルトン報告やイラク3分割案にしても、結局のところ、イラクの石油をどう支配し、権益を得るのかという関心に貫かれているという点で共通している。要するに、これらの提言や政策は、米軍がイラクからの撤退をどう実現していくのかという「出口戦略」の策定を至上目的としているのではなく、どうすれば米軍の負担を極力減らした上で、アメリカ帝国主義が中東を支配し石油を我がものにし続けることができるかということを目的としているからである。共和党、民主党を問わずアメリカの支配層のこのような関心は、イラクからの即時撤退を求めるアメリカの反戦平和運動の要求とは絶対に相容れない。
※U.S. Troops Should Leave Country, But How Will America Then Keep Control of Oil Fields? http://www.zmag.org/content/showarticle.cfm?SectionID=15&ItemID=11657 (邦訳はhttp://teanotwar.seesaa.net/article/30330193.html

 2005年10月に承認されたイラク憲法では、「石油資源が平等に分配されること」などと一般的な規定にとどまり、石油資源の所有権の帰属は曖昧になっている。現時点においては、クルド人勢力が北部に事実上の自治区を形成し、北部油田とさらにはキルクークやモスル付近の油田への所有権を主張している。そしてクルド地区にはカナダなどの企業がすでに石油開発に乗り出し、「イラク占領支配の果実」を獲得している。また、イラク南部では、シーア派の特にイラクイスラム革命評議会(SCIRI)に近い勢力が、南部油田の権益を我が物にし、それを固定化するために強固な自治権を要求している。そして、油田のほとんど存在しない中西部のスンニ派地域に分断されている状況にある。すなわち、石油の恩恵に預かることのできる立場のシーア派とクルド人勢力、それに対して排除され非産油地帯に押し込められるスンニ派との対立として問題は先鋭化しているのである。
 2月17日のイラク訪問においてライス長官はマリキに対して「イラク復興の鍵を握る石油収入の分配を規定する石油法の成立」を迫った。これは、石油を巡る抗争に終止符をうち、あるいは部分的にイラク国内で戦闘が継続しているとしても、油田の所有権を早急に明確化し、米企業が「合弁企業」などの名目で開発に着手し、石油利権を奪い取ろうという企てに他ならない。治安回復を至上命題として掃討作戦が展開されているはずのこの時期に「電撃訪問」をし、「石油法」の成立を迫るという関心は明らかに常軌を逸している。米の石油に対する執着の異常さを示している。
 イラクとバグダッドの治安問題は、権力闘争であると同時に、まさに石油利権をめぐる闘争でもある。いくらバグダッドからは石油が出ないからと言って、首都を放棄した形で石油の恩恵にあずかれるはずがない。それがイラク新政策の最も重要な核心の一つである。石油資源の分割と絡み合った宗派間、民族間の争いはますますエスカレートしている。
 先週イラクで明らかにされたという「石油ガス法案」は、それがイラク議会に提出される前に、米の政権トップの間で素早く回覧され、インターネット上にリークされたという。イラクには現在確認されているだけでも73の油田が存在しているが、その内のほとんどがまだ開発されていない。そして、「石油ガス法案」は、占領者たちの期待に反して、イラク議会に油田開発、政策および計画の策定、調査および生産契約のすべての権限が付与されており、外国企業による優先を排斥しているという。このことが米政権や石油メジャーを慌てさせているのである。
※Oily Truth Emerges in Iraq(nydailynews)http://www.nydailynews.com/news/col/story/499441p-421044c.html
 この記事の筆者は、ブッシュは、仮にイラクが世界第二のバナナ生産国でも米軍は駐留し続けるだろうと信じ込ませようとしてきたが、そんなことはない、彼らの最大の関心は石油なのだと、イラク戦争の汚い目的を厳しく批判している。
※Exclusive: The Official Draft of the Oil and Gas Law of The Iraq Republic, 15 Jan 2007 (Full text)
http://uruknet.info/?p=m30774&hd=&size=1&l=e
 

(2) イギリスのブレア首相は、英軍撤退発表に当たって、「バスラの治安は安定し、英軍が撤退できる条件が整った」などと発表したが、全くのウソである。英軍の司令官は、もっと早期で大規模な撤退が必要であることを主張し、治安の安定にとって英軍の駐留は逆効果であり、反英闘争を誘発しているだけであることを正直に語っている。
 ブレアの撤退の決断を迫ったのは、特にダウニングストリートメモの発覚以降ブレアの戦争責任を追及し辞任を要求する世論の力である。イギリスでは「撤退は遅すぎる」との声が高まり、即時完全撤退を要求する運動が強まろうとしている。
※Army commanders wanted bigger and faster troop pullout(guardian)http://politics.guardian.co.uk/iraq/story/0,,2018290,00.html
※2月6日のBS「きょうの世界」は、イギリス国内でブッシュに並んでブレアの開戦責任を追及する声が高まっている状況をレポートした。最近の世論調査では、56%がブレアの即時辞任に賛成している。イギリスで200万人が見たとされるテレビドラマは、近未来においてブレアが国際戦争犯罪人として裁かれるストーリーである。「ブレア逮捕」の見出しが付いた雑誌も出版されている。下院議会では、イラク戦争の集中審議が行われたが、ブレアは欠席し、議員の非難を浴びた。国民のブレアへの批判は高まるばかりで、軍幹部からも兵士からも装備への不満などが噴出している。ブレアはシリアやイランに働きかけることを主張し、軍事力一辺倒であるブッシュと齟齬を生み出しているというが、いまさらブッシュの共犯者がジタバタしてどうなるものでもない。