マリキ政権発足後のイラクで何が起こっているのか−−
崩壊の危機に瀕するイラク傀儡政権


はじめに−−イラク傀儡政権発足後に生じた異常事態。成立後わずか3ヶ月で崩壊の危機に直面

(1) イラクで異常事態が生じている。マリキ傀儡政権成立後わずか3ヶ月で、自らがつくり出した国内の治安悪化と宗派間抗争によって崩壊の危機に陥っている。
 イスラエルのレバノン侵攻、対イラン核開発禁止決議、対朝鮮民主主義人民共和国制裁等々ブッシュが突如やり始めた強硬政策によって、イラク問題は主要な国際ニュースからかき消されてしまい、世界情勢の中心環ではなくなったかのようである。しかし、この間の事態の進行を見れば間違いなく、イラク問題はブッシュ政権のもっとも弱い環でありつづけ、世界情勢を根底において規定している。
 イスラエルが、ヒズボラの強固な軍事的抵抗とレバノン人民の闘争によって、侵攻地域からの撤退を余儀なくされつつあるように、アメリカは、イラク戦争において、大義もなく展望も何もないもとで、いたずらに兵員と兵器・軍事費を浪費する消耗戦に陥っている。ブッシュ大統領は決して「撤退」を口にしないが、政権内部からも悲鳴に近い「撤退論」が出るようになっている。


(2) 今年5月20日の「正式政権発足」を契機に、イラクの事態は加速度的に悪化した。マリキ政権は、日々悪化する事態の前に、完全な手詰まり状態に陥っている。
−−米軍・イラク軍に対する武装抵抗闘争は収まる気配がないばかりか、ますます強まる傾向にある。米軍・イラク軍に対する爆弾攻撃は急増している。
−−一般市民が数十人規模で殺害される大規模「テロ」が頻発している。中でも、首都バグダッドが危機の中心に躍り出ている。
−−米軍、イラク政府が支配のために宗派対立を煽り利用したため、政府軍、警察、シーア派民兵がスンニ派住民に対する襲撃・拉致・虐殺をエスカレートさせ、抑えられなくなっている。
−−国連は、5月、6月のイラクでの市民の死者が約6000人に達したと報告し、イラクで進行している事態に警告を発した。今年一月の月1000人程度の死者数から激増している。
−−6月に入って、米軍の蛮行が次々と暴露され始めた。「ハディーサの虐殺」に続いて、特にマハムディアにおける計画的なレイプ・殺害事件の告発は米とイラクに大きな衝撃を与えた。日本ではこの種の事件はほとんどメディアでは報道されていないが、アメリカでは連日のように報道され、米軍の占領支配の是非を問う主要な関心事となっている。
−−イラクからの、特に首都バグダッドからの住民の避難、大規模な脱出が起こっている。バグダッドは、誘拐、テロ、暗殺、レイプ等々なにが起こるかわからない恐怖の町となっている。
−−米軍は、7月の末からバグダッドへ数千人規模の兵力増員を行い、さらなる掃討作戦を展開し始めた。しかしこれはすでに破綻している。
−−アビザイド将軍は、8月1日「イラクは内戦状態に突入する可能性がある」と表明した。等々。


 ブッシュ政権にとって都合の良い「イラク民主化シナリオ」−−最後的な政権委譲によって政権擁立の政治過程を終了させ、治安活動の主体を米軍からイラク軍に委譲する、米軍はグリーンゾーンと比較的治安の安定した地域にとどまり、10数カ所の恒久基地を拠点に駐留軍を残し、米軍の漸次撤退を展望する−−は完全に破綻した。しかし、これは偶然ではない。アメリカの「分断支配」そのもの、イラク新政権のあり方そのものが、イラクの危機の原因になっているからである。
 さらにイラクの危機は、米国内でのブッシュの危機に連動している。ブッシュは、6月、7月、8月とイラク問題で重大な危機に見舞われた。
@マリキ政権そのもの危機とバグダッドの治安悪化
Aハディーサ、マハムディアなどでの残忍な戦争犯罪の暴露と複数の軍事裁判の同時進行
B対テロ戦争の一環としてブッシュ政権が進めた、全国民を対象にした裁判所の令状なしの盗聴問題での違法判決
C民主党の撤退論者の予備選での勝利とブッシュ支持率の低下
Dイラク戦争での米兵死者の2500人突破とシーハンさんらの反戦運動の再活性化
Eオーバーストレッチ問題の新たな顕在化と新兵募集危機
Fグァンタナモでの捕虜虐待の国際法違反問題、等々。

 これら次々と噴出する事態にまともな対応すらできず、ブッシュは7月20日ホワイトハウスにマリキ首相を呼びつけ、米兵のバグダッド増派と治安活動の強化を確認することがやっとであった。


(3) 加えて、現時点で私たちがもっとも糾弾しなければならないのは、米軍がバグダッドへの掃討作戦を強化し始めたまさにその時期に、日本の航空自衛隊が、クウェート=バグダッド空港間で、米軍支援物資の輸送を開始したことである。航空自衛隊のC130輸送機は、7月31日、多国籍軍の人員と物資を輸送するため初めてバグダッド空港まで飛行した。これは、あからさまな、米・多国籍軍の軍事行動への支援であり、バグダッドの掃討作戦支援である。私たちはこれに断固反対する。麻生外相は、「イラク電撃訪問」のパフォーマンスまで行い、バグダッド全体からバグダッド空港を切り離し、「バグダッド空港は非戦闘地域だ」と強弁しているが、現在まさにバグダッドが、イラク治安悪化の最大の焦点になっているのである。米海兵隊のホームページには、日本の自衛隊がついに戦闘地域への派遣に踏み切ったことが公然と評価されている。
※<空自輸送機>多国籍軍輸送でバグダッド空港まで初飛行(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060731-00000143-mai-soci
※米空軍サイト「空自が戦闘地域へ配備」 鳩山氏指摘(朝日新聞)
http://www2.asahi.com/special/iraq/TKY200607280611.html


(4) 私たちは、この論評において以下の二つのことを論じる。まず第一に、5月20日の政権発足以降劇的に進んだイラク戦争・占領の泥沼化である。その中では特に、煽られている「内戦の危機」が、他でもないイラク傀儡政権と米軍自身によって生み出されていることを明らかにする。それは、アメリカの「分断支配」の破綻である。イラク政権が直面するジレンマは、「内戦の危機」を回避するためには、自らの政権そのものを崩壊させる以外にないというジレンマである。
 第二に、米軍そのもののジレンマである。米国の反戦世論を封じ込めるために、米兵の犠牲を極力減らそうとしているにもかかわらず、イラクの深刻な事態から、駐留継続と増派を行い、米軍自身が前面に立った軍事作戦に突入せざるを得ないという事情である。6月16日米兵の死者はついに2500人を突破した。その中でも米国社会に大きな衝撃を与え、反戦世論を拡大したイラク少女レイプ虐殺事件とその持つ意味を詳しく紹介することにしたい。この事件は、イラクにおけるソンミ村事件といわれる「ハディーサの虐殺」と並んで、米軍のイラク占領支配を揺るがす一大スキャンダルである。

2006年8月25日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




[1]イラクでの市民の犠牲者の激増。バグダッドなどからの国内避難民の大流出

(1) イラクで、5月と6月の2カ月間の死者が計5818人に上ったことが、国連イラク支援団(UNAMI)の集計で明らかになった。1日平均で約100人が死亡していることになる。この集計では、今年上半期の死者は1万4338人にも登っている。
 UNAMIの人権状況報告は、このような治安悪化が、イラクの政府機能そのものを麻痺させていることを指摘した。政治や行政の前提、統治の前提が完全に崩壊してしまっていることになる。
 イラクでは2月、サマラのシーア派モスクが爆破されて以降、宗派対立が煽られ、宗派ごとの分離、他宗派住民への脅迫と追い出しが進んでいる。国連報告書は、市民の犠牲者がこの事件を契機に急増し、3月2378人、4月2284人、5月2669人、6月3149人と拡大していっていることを明らかにしている。
 さらに7月の犠牲は3438人となり、6月からさらに10パーセント近く跳ね上がった。しかもその半分以上はバグダッドで生じている。バグダッド中央遺体安置所によると、7月に収容された他殺体は1855体、最悪だった6月の1608体をさらに上回った。
※Number of Civilian Deaths Highest in July, Iraqis Say (commondreams)
http://www.commondreams.org/headlines06/0816-08.htm
※イラクのバグダッド治安崩壊 他殺体、7月は1855人
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?c=int&t=l&d=20060811(yahoo headlines)
※US snipers stake out rooftops as soldiers search Baghdad(AFP)
http://news.yahoo.com/s/afp/20060818/wl_mideast_afp/iraqussniper
 米軍は屋根の上にスナイパーを置き、建物の陰に隠れて、掃討作戦を展開している。
※Iraq's streets tell a colder truth(FREEP.COM)
http://freep.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20060817/NEWS07/608170337/1009

 イラク市民を恐怖に陥れているのは、「テロ攻撃」だけではない。暗殺や拉致、誘拐、虐待、拷問、レイプなど「あらゆる犯罪」が頻発している。中でもスンニ派住民が一番恐れているのが政府軍、イラク警察の制服を着た部隊による強襲と拉致、虐殺である。大量の住民たちがこれら制服部隊に深夜に連れ去られ、殺されて川辺や道ばたで死体が発見されるのである。治安を取り締まるべき部隊が最も信用できない、誰も治安の責任を持たない治安崩壊と無政府状態が続いているのだ。首都バグダッドでは、「外に出るのは、どうしても必要なときだけ。毎日とてもたくさんの人が殺されていて、ただ、今日が自分の番ではありませんようにと望むしかない」というほどの極度の治安悪化がある。
※Lebanon Bleeds, Iraq Burns, People Flee(dahr.jamailiraq.com)
http://www.dahrjamailiraq.com/hard_news/archives/newscommentary/000431.php
邦訳は以下「レバノンは血を流し、イラクは燃え、人々は逃げる」 (益岡)
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-100fb82ee1bb913dd74b601bc5b4caff.html


(2) バグダッドでは、チグリス川東岸がシーア派、西岸がスンニ派の地区となるなど棲み分けが進み、互いに相手地区に近寄れず、経済活動にも影響が出ているという。被害を恐れた住民の首都脱出と国外脱出が続出している。イラク移民難民省は7月19日、暴力で家を追われた国内避難民が16万2000人に達したと発表した。同省の発表によると、7月最初の3週間だけで3万2000人増え、計16万2000人(2万7000世帯)となった。
※イラク避難民、16万人超える 死者1日100人(朝日新聞)
http://www2.asahi.com/special/iraq/TKY200607200596.html

 これは同省の食料援助などを受けている世帯数からの推計にすぎない。宗教団体や親族の支援に頼っている人や国外に出た人は含まれていない。実際の数は50万人とも100万人とも言われている。同省の報道官は「宗派が混在する地域から逃げる人々がどんどん増えている。危険な兆候だ」と語っている。
※Iraq Exodus Ends Four-Year Decline in Refugees(IPS)
http://ipsnews.net/interna.asp?idnews=33613
 「世界難民調査2006」は、4年間続いた世界の難民の減少傾向が、昨年上昇に転じたことを報告した。その増加の大部分をもたらしたのは、ヨルダンとシリアへ逃れた65万人を越えるイラクからの難民だという。しかし、これは昨年の統計である。今年、そして5月のマリキ政権発足後の難民の激増はこれを遙かに上回るだろう。

 米軍とイラク治安部隊が6月から掃討作戦をつづけたことが、襲撃やテロを増やし続け、市民の犠牲を増加させた。7月以降、バグダッドや南郊マフムディヤ、中部クーファなどの市場、日雇い労働者の集合場所、カフェなどで自爆を含む爆弾テロが続発、200人近い死者が出ている。
※Iraq Insurgents Keep Up Pressure(UPI)
http://www.upi.com/SecurityTerrorism/view.php?StoryID=20060817-084943-5121r
※NHKスペシャル同時3点ドキュメント 第6回「イラク それぞれの闘い」は秀作であった。
@イラクは、5月20日の政権発足によって、社会安定に対する期待が膨らんだが、事態は全く逆である。治安はいっそうひどくなり、皆が逃げ出している。とくにバグダッドから市民が国内外へ避難民となって押し寄せている。バグダッドに住む女性は、「自爆テロだけではない。暗殺、誘拐等々あらゆることが起こっている」と語り、バグダッドの危機を表現した。
Aカナダガブリエラ島に住む逃亡米兵の証言。彼は、ファルージャなどの激戦地を経験したが、大義のない戦争で、人々を殺害することに疑問を感じ始めた。「切り落とされた頭をサッカーボールのように蹴って遊ぶ兵士」や「銃をうちたくてうずうずして大人たちの前で女の子を撃ち殺した兵士」等々米兵の異常な行動を証言した。
Bハディーサの大虐殺は、ベトナムのソンミ村虐殺のように、イラク占領支配についての世論の大きな転換点となる可能性が生まれている。



[2]「内戦の危機」を作り出した米占領軍による「分断支配」。バスラに続き、首都バグダッドでも傀儡政権の“統治機能の麻痺”

(1) このような深刻な事態を前にして、アビザイド米中東軍司令官はイラクの事態について、「イラクが内戦に突入する可能性がある」と米議会で証言した。私たちは、イラクの宗派間抗争の激化、シーア派とスンニ派による「内戦の危機」の可能性について否定することは出来ない。そのような危機は高まっていると考える。しかし、“civil war”で表現されるような、敵対する武装した市民の間での血みどろの殺し合いという見方には反対である。
※Shi'ite and sunnis shelter each other(ELECTRONICIRAQ)
http://electroniciraq.net/news/2444.shtml
※Iraq: Ever Closer to Fears of Civil War(COMMONDOREAMS)
http://www.commondreams.org/headlines06/0819-04.htm
 以上の記事では、民族的融和によって共存してきたイラクの市民社会が急速に崩壊していることに危機感を表明している。
※『世界8月号 特集 イラク占領は何をもたらしたか』
 酒井啓子氏は「イラク『駐留』狂想曲のあとに何が残されたか」で「外国軍がいなければ内戦状態になる」は本当か?という問いを出し、いまだにイラク国内で発生する武装攻撃の中で、米軍を対象とした自動車爆弾や路上爆弾攻撃が圧倒的であることを指摘している。同時に、米軍を対象としない攻撃も増えている。しかし、このような攻撃は、「イラク社会が旧来から内包する固有の対立}「宗派対立」を背景とするものではなく、イラク戦争と占領支配によって持ち込まれたものであるとする。「シーア派による国家という形を取った暴力装置の独占」に対して、スンニ派は、民兵を使って自衛する必要に迫られた。すなわち、政治的対立が「宗派抗争」の形をとって発現しているいう。
 同様の見解は、米国の占領支配に抵抗し米軍に長期間拘束された経験を持つアブドォル・ジャバル・アル・クバイシ氏のインタビュー「知られざるイラクの実態」でも語られている。内戦の危機は現実かとの問いに対して彼は、「イラクには宗派の異なる結婚もふつうのことであった共同体の共存が存在していた」と言い、これを壊したのは米であると批判する。彼は、「ペンタゴンは、民兵や暗殺団のために、2004年度の870億ドルの他に30億ドルを投入している」、「(米軍が関与するクルド人、シーア派の)民兵は、内務省傘下で超法規的な逮捕、監禁、拷問を組織化する死の部隊と繋がっている」と語り、米が内戦を煽る理由について、「(米軍を追放する)宗派を超えた国民的レジスタンスを恐れている」としている。そして、イラン・イラク戦争から、湾岸戦争、経済制裁、今回のイラク戦争と、イラクの人々は数十年におよぶ戦争の連続で疲れ切っており、大多数のイラクの民衆が内戦をさけるべきだと考えているとしている。

 まず、イラク市民が月に3000人も犠牲になり、バグダッドだけで他殺体が1800体、毎日のように川に死体が浮かび、道路に放置されるというような尋常ではない残忍な殺し合いがなぜ起こっているのかということを問題にしなければならない。これは明らかに殺人のプロによる組織的な拷問と虐殺なのである。

 イラクのズバイエ副首相(スンニ派)は、7月19日、先の国連報告に関して、イラク市民の大量殺戮、誘拐、拷問、暗殺という大混乱と悲劇的事態がイラク政府に入り込んだ民兵組織によって作られていることを公然と認めた。そしてその半分以上は背後にいる米軍の責任であることを明らかにし、非難した。その中心には、「死の部隊」(暗殺チームdeath squads)がある。
 たとえば、7月30日にはバグダッド、バクーバの各地で、22人の一般市民が拷問され処刑されて発見されている。これらのケースの多くでは、警察の服装もしくは軍の制服を着たグループが目撃されている。
 さらに、イラク内務省は8月1日、イラク警察の粛正を行うことを方針として明言し、イラク国民の中にある政権批判をかわそうとした。イラク政府、イラク警察、イラク軍が現在の治安悪化の元凶であることを認めた上でその「改善」を提起したのだ。
※Iraqi Interior Minister Pledges to Clean Up the Police Force(latimes)
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq31jul31,0,6396385.story?coll=la-home-headlines
※analysis:U.S. and Iraq`s death squads (news.monstersandcritics.com)
http://news.monstersandcritics.com/middleeast/article_1185661.php/Analysis_U.S._and_Iraq%60s_death_squads
※Iraqis: U.S. shares blame for death toll (guardian) 
http://www.guardian.co.uk/worldlatest/story/0,,-5961686,00.html

 このような政府当局者による発言は、以下のことを証明している。すなわち、イラク国民の間で内戦が勃発し手が着けられなくなっているのではない。腐敗し、堕落したマリキ政権とその機関に入り込んだごろつきどもが市民を巻き込み殺しまくっているのである。

 在イラク米軍のケーシー司令官は、7月31日、イラクに存在する9つの民兵組織と「死の部隊」を区別し「死の部隊」を排除しながら、正当な抵抗勢力である9つの民兵組織は政治的に取り込むべきだと主張した。
 しかし、この「死の部隊」こそは、アメリカが80年代に中南米の暗殺部隊として擁立したサルバドル方式といわれる暗殺部隊そのものであり、しかも彼が正当な抵抗組織とした民兵には悪名高いバドル軍団も含まれている。
 内務省の警察部隊内で動いている暗殺チーム、各省庁が雇っている3万人を超える民間警備会社と傭兵、施設警備サービス(FPS)と呼ばれるイラク政府が管轄する最大の準軍事組織等々。虐殺の中心には、これらの政府関連テロ組織がある。特にFPSは、4000の政府関係ビルを警備するという名目で殺害や攻撃をほしいままにしている、実に14万5000人もの武装要員を擁する巨大軍事組織である。
※Iraq Begins to Rein In Paramilitary Force 'Out of Control' Guard Unit Established by U.S. Suspected in Death Squad-Style Executions (washingtonpost)
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/05/13/AR2006051300843.html
※Iraq: Security Companies and Training Camps (brusselstribunal)
http://www.brusselstribunal.org/SecurityCompanies.htm


(2) 更に米軍とイラク政府の危機に拍車をかけているのは、米軍・イラク軍に対する武装抵抗闘争の増加である。米軍はこの春以降「正式政権発足」「ザルカウィ容疑者殺害」を宣伝したが、イラクの武装抵抗闘争は少しも収まっていない。逆にますます強まる傾向にある。ニューヨーク・タイムズが政府に公表させた「爆弾統計」によれば、米軍・イラク軍に対して仕掛けられた路肩爆弾は7月には2625個に上り、1月の1454個よりはるかに増大している。攻撃の増加に伴い、米軍の犠牲が再び増えつつある。同紙によれば、死者数こそ40人前後で横ばいが続くが、負傷者の数は1月の287人から7月は518人にまで跳ね上がっている。あらゆる手段による米軍、イラク軍への攻撃が強まり、これに対してイラク兵を前に立てた間接的なやり方ではなく米軍自身が兵力をバグダッドに集中し、米兵自身が最前線で掃討作戦を行わざるを得ない局面に転がり落ちているのである。
※Bombs Aimed at GI's in Iraq Are Increasing (nytimes.com)
http://www.nytimes.com/2006/08/17/world/middleeast/17military.html?_r=1&oref=slogin


(3) マリキ政権の危機は、アメリカがイラクで3年あまりにわたって作り出した政治的・軍事的枠組みが完全に破綻したことを示している。イラクの総選挙が行われたのは昨年12月15日であったが、各宗派間の対立によって新首相の指名が難航し、シーア派のジャワド・マリキが首班指名を受けたのは、4月になってからだった。そしてさらにその1カ月後、ようやく政権発足にこぎつけたものの、シーア派の内紛、スンニ派との対立等々によって国防省、内務省、治安担当内務相の決定的ポストをめぐって対立し、それらを各派に分配することで乗り切った。
 そもそも米の「イラク民主化」計画は際どいバランスの上に成り立っている。イラクの多数派であるシーア派を中心とした政権を構築しながら、同じシーア派の反米強硬政権であるイラン政権との接近をくい止めるためにスンニ派ともパイプをもち、宗派間対立を煽り、「シーア派政権」を適度に弱体化しながら、安定化させていくという綱渡り的なやり方である。対立を抱えたマリキ政権発足直後からこのような枠組みが危機として噴出したのは当然のことであった。
※マリキ政権は、@政権内部に早々と食い込んだSCIRI(この傘下にあるのが悪名高きバドル旅団)、A反米武装闘争から政治闘争へと舵を切り、ダアワ党と連携を組むサドル派(その軍事組織がマフディ軍)、Bクルド人勢力(配下にはペシャメルガ。ペシャメルガは米軍とともに行動し、レジスアンスの弾圧を行っている)。Cスンニ派の諸勢力からなる。これらがそれぞれ対立関係にあり、「イラクの治安悪化」を引き起こしているのである。
※An Iraqi Withdrawal From Iraq(dahrjamailiraq.com)
http://www.dahrjamailiraq.com/hard_news/archives/newscommentary/000410.php

 マリキ新政権が直面する危機を象徴的に表していたのはバスラであった。政権発足直後の5月22日、マリキ首相はバスラの治安対策について、主要な展開部隊である英軍と「非常に緊密な連携」をとることで合意した。バスラはシーア派が圧倒的多数を占める、比較的治安の安定した地域であった。ところが5月6日、英軍ヘリが開戦後はじめて撃墜され、シーア派民兵による犯行が疑われた。一方5月半ばには、スンニ派の地元有力部族長が警官姿の集団に暗殺されるという事件が起こり、シーア派と英米軍との間の対立、さらにはスンニ派武装勢力とイラク警察を牛耳るシーア派民兵との間の対立を激化させたのであった。
 このような経過から、早くも5月31日には、マリキ政権によるバスラ統治は破綻し、1カ月間の非常事態宣言を出さざるを得なくなったのである。


(4) マリキ政権が発足し、米英軍との協力を前面に掲げ、「治安対策」の名の下にスンニ派住民に対する虐殺と、反米傾向を強めるサドル派・マハディ軍への掃討作戦を強化したことによって、対立は激化した。その対立の焦点は首都バグダッドに移った。現在の大混乱は、米国のイラク分断支配の直接の結果である。
 ブッシュ大統領は7月20日、ホワイトハウスでのマリキ首相との会談で、全く何の展望もない米軍のバグダッドへの増派を決定し、治安弾圧の強化を表明した。モスルなどイラク北部に駐留している悪名高いストライカー旅団戦闘部隊所属の3500人の駐留を4か月間延長するよう指示し、その大半をバグダッドに再配置した。
 7月の市民の犠牲者数の急増は、このような強行路線の結果であり、治安対策どころか、治安悪化を歯止めのかからないものにしてしまったことを示している。米軍を後ろ盾とするイラク政府が、イラク市民の命と生活を守れ無いどころか、劇的に悪化させていることを証明してしまったのである。
※バグダッドの米軍4千〜5千人増員へ、北部から再配置(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20060728i312.htm

 しかし他方では、以下に詳しく述べるように5月末から6月にかけて、「ハディーサの虐殺」を皮切りに米軍によるおぞましい戦争犯罪が立て続けに暴露された。
 マリキ政権は、米の傀儡として、このような戦争犯罪に手を染めた侵略軍と協調関係を取り、全面的に依存しなければならないという矛盾に陥っている。ファルージャやナジャフ、ラマディ等地方都市での治安悪化と避難民流出はこれまでもあったが、首都バグダッドでの治安悪化と難民流出は初めてのことであった。マリキ政権の危機の深刻さを示している。



[3]ハディーサに続く大スキャンダル。マハムディアのレイプ・虐殺事件 

(1) 米海兵隊が昨年11月、子どもたちを含む24人もの市民を虐殺した「ハディーサの虐殺」は、マリキ政権発足後の5月末に明らかになり、海兵隊と軍の権威を根底から揺るがし、ブッシュ政権のイラク戦争の不当性、非人道性を明らかにし、世論を大きく転換させた。この事件はイラクのソンミ虐殺事件である。この事件は、米国内で大問題になり、軍事裁判が続いている。
※Officer Called Haditha Routine(washingtonpost)
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/18/AR2006081801366_pf.html
イラク:ハディーサの市民無差別虐殺 (署名事務局)

 しかしこれは氷山の一角である。現在、無実の民間人を虐殺したとして米軍が調査を進めている事件は、6月だけでも5件にのぼる。これは、米軍自らが疑わしいと判断した件数であり、当然のこと実際の事件の件数はさらに多い。
−−昨年 11月 ハディーサの虐殺。24人の民間人が殺害される。
−−今年 5月 ティクリット近郊。3人のイラク人拘束者が殺害される。実行犯たちは同僚に対して、上層部に報告したならば殺すと脅す。4人の兵士が起訴。
−−今年 4月 バグダッド東部ハムダニヤ。手足が不自由な男性を誘拐、殺害。7人の海兵隊員と1人の海軍衛生兵が犠牲者の顔を4回撃った後に、犠牲者が武装勢力であることを偽装しようとカラシニコフ銃とショベルを隠した。起訴。
−−今年 2月 非武装のイラク人男性を過失致死。ペンシルバニアの州兵2人。起訴。 
−−これに、「マハムディアの虐殺」が加わる。
−−その他に、今年の3月15日にはバグダッドの北方60マイルに位置するイサキ村で11人の民間人が虐殺された事件が浮上している。

 この事件については、民間人が米軍兵士によって、計画的に虐殺されたことを裏付ける証言、ビデオが存在している。しかし米軍は即座に、兵士による違法行為を否定する動きに出た。またイラク警察が、バグバ近郊における米軍による攻撃において15人の農民が殺害されたことを非難していることが報じられている。しかしこの事件について米軍は、犠牲者は反米武装勢力であると公表し、罪を認めようとしていない。
※Another US atrocity in Iraq : Soldiers under investigation for rape and murder(wsws)
http://www.wsws.org/articles/2006/jul2006/iraq-j01.shtml
※US soldier accused of killing Iraqi farmers(khilafah)
http://www.khilafah.com/home/category.php?DocumentID=13492&TagID=7
※海兵隊員ら8人訴追 イラクで民間人殺害(共同通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060622-00000076-kyodo-int


(2) 今年6月23日、イラク東部のマハムディアにおいて、米陸軍兵士が少女をレイプしたうえ一家を惨殺するといった凄惨な事件が発覚した。確かにこれも、イラクにおいて日常的に起こっている民間人虐殺のほんの一部に過ぎない。しかし、今回のマハムディアの事件のような、米軍兵士が少女をレイプし惨殺した事件は、3年近くにわたる米国のイラク占領支配の中で公になった事件の中でも初めてのものである。
 日本のマスコミでは、女性をレイプし遺体を焼却と簡単に報じられただけである。しかし、米国内では、この事件は連日のように大きく報じられ、殺された女性の生年月日が1991年8月19日と明らかになり、当時わずか14歳の少女であったことが報道されると、woman ではなくgirlであったというセンセーショナルな見出しとともに、ハディーサと並ぶ米兵の戦争犯罪としてクローズアップされたのであった。
※3月12日、貧しいながらも平和に暮らしていた4人家族、父親のカシム・マムザ・ラシード、母親のファクリア・タハ・ムーセン、14歳の姉のアビーヤ、5歳の妹ハデルは、米陸軍兵士によって虐殺された。
 14歳の姉アビーヤをレイプしたうえ、妹、父親、母親を次々に殺害、さらには証拠を隠滅するために遺体を焼却したというのである。
 「まず寝室で女性の両親と5歳の妹を射殺。もう1人の兵士は女性をレイプ後、頭部を撃ち抜いて殺害した。・・・女性は、近隣住民によれば14歳だった」とマスコミは報じた。遺体を最初に発見した被害者の親族は、現場の状況を次のように語っている。「このような身の毛のよだつ光景を見たことがない」、「カシムの遺体は、部屋の角に放置され、頭部は粉々になるまでに潰されていた」、「5歳の娘のハデルは父親の横に放置されていた。(母親の)ファクリアの腕は折られていた」、「15歳(ママ)の姉のアビーヤは、裸のまま、焼かれていた。彼女の頭部は、コンクリートの壁に打ちつけたか、アイロンで打たれたのか、砕かれていた」、「彼女の腹部から上半身隅々まで焼かれていた。脚だけはそのままだった」。

 実行犯たちは、米陸軍第101空挺師団第502歩兵連隊所属の兵士たちである。主犯と見られているスティーブン・グリーン(退役し本国へ帰還)を含む4人の兵士が虐殺に加わったことが判明している。この残虐な行動は、「計画性」をもって実行された。実行犯は、レイプした女性、殺害した一家を知っていた。犠牲者の家屋付近を米軍は日常的パトロールし、一家を狙っていたのである。兵士たちが意味ありげに娘たちを見つめていたことを、父親は気が付いていた。
※<イラク>女性暴行殺害事件、さらに米兵5人を逮捕(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060710-00000069-mai-int
※計画的レイプ殺人明るみに イラク駐留米兵を訴追(共同通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060704-00000142-kyodo-int

 事件が公になった直後の7月4日、イラク駐留米軍司令官とイラク大使は、米陸軍兵士がレイプしたうえ家族を惨殺したことを「断罪すべき、許容できない行為」と述べ、「積極的かつ透明性をもって事件の究明にあたること」を約束せざるを得なかった。しかし彼らは続けて、「多国籍軍は、イラク人民の権利と自由と擁護するために、民主主義の価値を守るために、人間の尊厳を支えるために、イラクにやって来た」と、なおも駐留の継続を訴えた。ブッシュ政権は、米軍兵士の犠牲の拡大と国内の厭戦気分の高まり、戦争の正当性を疑う声の高まりがこの事件が結びつくことを恐れている。マハムディアの事件は、「ハディーサの虐殺」で決定的になったイラク民衆の米軍に対する巨大な不信感をさらに強めるものとなり、ブッシュ政権に大きな打撃を与えている。



[4]米軍が隠そうとした、レイプ事件への報復としての「米兵拉致・殺害事件」

(1) 「マハムディアのレイプ・虐殺事件」がアメリカのイラク占領支配にとって重大な意味をもっているのは、その凄惨な内容だけにとどまらない。大義のない戦争で長期駐留を余儀なくされた米兵たちが、どのような状態におかれているのかを示したからである。
 マハムディアの事件は、米軍部隊の掃討作戦の中で兵士たちが、通りがけにたまたま少女を見つけレイプ・虐殺に及んだ事件ではない。その点でこの事件は続発する米軍による民間人虐殺事件の中でも非常に特異な事件である。レイプを目的にし、犯罪の証拠を隠滅するために一家を惨殺、さらにはレイプした少女の遺体を焼却するというまったく前例のない残忍な動機と手口であった。よく見られる米軍の行動パターン−−仲間を殺害されたことに逆上し、無差別に民間人を発砲、殺害する−−とは異なる、野獣と化した米軍兵士による、あまりにも異常な犯罪である。

 実際兵士たちは、軍用ハンビーを使用し、あらかじめ目を付けておいた少女のレイプを目的に1台だけで「反米武装勢力」が存在するかもしれない郊外へと出て行って事件を引き起こしたという経緯が明らかになっている。あまりにも不可解である。実行犯たちは、なぜ一台だけで自由に基地外と行き来することができたのか。通常ならば、規則違反に当たる。駐留基地には検問所があり、当然のこと出入りする車両はチェックされる。米軍は、自由に外出する機会を兵士に与えていたことになる。部隊内における兵士に対するずさんな監督が犯罪行為を助長したのは明らかである。いや、兵士のストレス解消と憂さ晴らしのために、市民を陵辱し・殺害することを上層部は黙認していたのではないか。
 実行犯たちは、自らの行動を部隊内で吹聴していた。同僚はその言葉を聞いていた。上官も知らないはずはない。またしても米軍は、組織的にこの事件を隠蔽した。イラク駐留米軍兵士の規律と士気がここまで低下している実態について、全世界に知るところとなった
※Tomgram: Ruth Rosen on Sexual Terrorism and Iraqi Women(tomdispatch)
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=101034
※The Hidden War on Women in Iraq(zmag)
http://www.zmag.org/content/showarticle.cfm?ItemID=10570
※When Is a 14-Year-Old Girl a 'Woman'? (editorandpublisher)
http://www.editorandpublisher.com/eandp/news/article_display.jsp?vnu_content_id=1002803062
※「14歳少女レイプ事件」米兵は計画的 - イラク(AFPBB)
http://www.afpbb.com/article/716233?lsc=1&lc=1
 8月9日兵士らを軍法会議にかけるかどうかについて審理が終了した。この審理では、弁護士と検察官が、「兵士らは集まってカードゲームを行い、飲酒し、犠牲者の少女をレイプし殺害する計画を企てたのだ。」「あれほど過酷なストレスにさらされている状況では、誰もが爆発寸前の爆弾になるはずだ。」など、米兵の日常の一端が明らかにされた。


(2) さらに重大な問題がある。それは、なぜ事件から4ヶ月もたった6月23日に突如事件が公表されたかという問題である。
 実は6月19日、武装勢力の攻撃をうけて行方不明になっていた2人の米軍兵士が遺体で発見されるという事件がおこった。この事件は全米の耳目を集めた。兵士たちが行方不明になってから連日8000人を超える米軍・イラク軍による大規模な捜索、救出作戦が行われた。しかし拉致された兵士はその三日後の6月19日に、遺体で発見されたのである。しかもその遺体には、「拷問を受けた跡」が残されていた。
 拉致・殺害された兵士たちが所属していた部隊は、マハムディアにおいてレイプ・虐殺を実行した兵士と同じ部隊であった。近隣の住民たちは、米軍兵士拉致・殺害事件は、「マハムディアの虐殺」に対する報復だと明確に語っており、遺体に残された拷問の跡は米軍への警告だったと言われている。マハムディアの事件は、近隣では広く知られていた。性犯罪はイスラム世界では特に親族の怒りを引き起こす。あるスンニ派の部族長は、「少女のレイプは10人の死に値し、あと8人が報復されるだろう」と語った。

 拉致兵士に対する異常に大規模な捜索活動は、米軍にとっての事態の深刻さをあらわしている。この事件で、陸軍上層部は何を恐れたのか。米軍兵士拉致・殺害事件をきっかけにして、同じ部隊が以前に引き起こし、イスラム社会に怒りをかき立てている「マハムディアの虐殺」が内外に知れ渡ることだったのはないか。だからこそ、遺体が発見されるや、米軍当局自らが先手を打って発表を急いだのではないか。部隊内の兵士が「マハムディアの虐殺」について語り出すかも知れない。例によって兵士たちが「虐殺現場」をデジカメ、ビデオに納めていたかもしれない。等々。そうなると、事件を黙殺してきた陸軍上層部にまでその責任が及ぶことになる。陸軍当局が事件の公表を急いだことは間違いない。2人の兵士の遺体発見が6月19日、虐殺事件の公表が6月23日である。結局米陸軍は、自らの恥部を世界に曝け出し、厳正な調査と処罰を確約せざるを得なかった。急ピッチで主犯者のグリーンの訴追手続きが連邦裁判所で始まり、犯行の手口とその計画性が、全米、全世界に明らかにされたのである。
※不明2米兵の遺体発見 イラク各地で20人殺害(共同通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060621-00000001-kyodo-int
※U.S. sees Possible Links Between Incidents in Iraq (The Los Angeles Times)
http://www.truthout.org/docs_2006/070506B.shtml
※Two dead soldiers, eight more to go, vow avengers of Iraqi girl’s rape(TELEGRAPH)
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/07/09/wirq09.xml


(3) イラクでは、自国民に対する米軍の蛮行が報じられることはほとんどない。「イラク国内の武装勢力を刺激する」という理屈である。「暴力の扇動」という理由により、占領批判を行った者に対して厳しい禁固刑が待っている。米国と手を結び、イラク統治を進める現在の傀儡政権にとっては、イラク国内において反米感情が高まり、自らの政権力の支柱が奪われることに非常に神経質になっているのだ。しかも新政府が最も熱心に取り組んでいること、それは米軍と一体となった反米武装勢力に対する掃討作戦なのである。そこに、複雑な宗派間、民族間の力関係が絡む。皮肉なことに、イラクにおける米軍の蛮行についての情報は、イラク国内よりも米国内の方でより伝えられているのも事実である。
 しかし、マリキ政権はもはやこの事件を黙殺するわけにはいかなかった。イラク司法省は、国連に適正な裁きを求めた。マリキ首相もまた、この事件が反米武装勢力を勢いづかせることを懸念しつつも「透明性の保証された調査」を求めるとの声明を出した。米軍に寄りかかることで自らの権力を維持するイラク新政府もまた、この事件についての責任を問われることになるであろう。
※Murder case puts Iraqi gov’t in quandary(EXAMINER)
http://www.examiner.com/a-167551~Murder_Case_Puts_Iraqi_Gov_t_in_Quandary.html


(4) 民間人虐殺に対して米軍は、自らの責任を否定し、反米武装勢力に対して行った正当な行動、あるいは自衛のためのやむ得ない発砲して、常に正当化してきた。事件を隠し通すことができない明白な証拠を突きつけられた時にだけ、形だけの謝罪を行い、一部の兵士の処罰を行ってきた。米軍が正式に民間人虐殺の責任を認めたとしても、犠牲者に対する補償は微々たるものである。「ハディーサの虐殺」では、犠牲者に対する補償金は一人当たり1500〜2500ドルであった。米軍に一方的な責任があるにもかかわらず、補償金がこの程度とは。米国にとってイラク人の命がいかに軽いものなのか
※Iraqi Doctor: ‘ U.S. Military Hides Many More Haditha’s ’(GNN.TV)
http://gnn.tv/articles/2338/Iraqi_Doctor_U_S_Military_Hides_Many_More_Hadithas
※Marins Storm Hospital Cited As Militant Haunt(INFORMATIONLIBERATION)
http://www.informationliberation.com/index.php?id=12986
 ハディーサに住んでいる医師は、さらに多くの事件が隠されていることを証言している。「イラクでは、ハディーサのようないまだに埋もれ、暴き出されなければならない多くの事件がある」。ハディーサでは、急襲作戦の名の下に病院への攻撃も相次いでいる。これも形を変えた民衆への絞め殺しに等しい行為である。病院の医師は次のように証言している。「病院はすでに三度の襲撃を受けた。昨年の11月、病院は米軍とイラク軍によって7日間も占領された。ジュネーブ条約への重大な侵害である」。また米軍は、ハディーサの町全体の電気と水道を止め、薬を燃やしている。三度の攻撃の中の一度では、病院内で実弾を用いた。「米軍は医師を手錠で縛り、蓄えてあった医薬品すべてを破壊した。ベッドにいた患者の一人を殺害し、ようやく終わった」。今月の初め、ラマディでも米軍とイラク軍が急襲作戦を展開し、病院が武装勢力の拠点となっているとして破壊した。このようにして米軍はイラクの各所において、虐殺を繰り広げ、民衆の生きる術を破壊している。有力なスンニ派勢力の一つであるイラク・イスラム党は「米兵は、何もかも破壊している」と、米軍のやり方に怒りを表明している。

 米軍上層部は、事件の原因を個々の兵士のモラルの問題に解消し、兵士のモラル向上を目的に、新たな「道徳訓練」を導入することを明言した。これまでは、派兵前に3時間の授業、一冊のパンフレットが渡されただけだったと、彼らは反省する。少し内容を増やしましょう、すこしは事態が良い方向に向かいますよ、こう言いたいのだ。相次ぐ民間人虐殺事件は、米国が植民地支配者として、歯向う者たちを力ずくで支配しようとする点にこそ根本的な原因がある。だからこそ、対イラク政策の最高責任者であるブッシュ、チェイニー、ラムズフェルド、ライス、等々の面々の責任が問われなければならない。ブッシュ政権の「対テロ戦争」政策は、完全に破綻した。この破綻を取り繕うために、イラク戦争の開戦の理由を、「大量破壊兵器の脅威」、「フセインの追放と民主化の実現」、「対テロ戦争の最前線のイラク」とコロコロ変え、兵士を最前線に追いやり闘わせている結末が、相次ぐ民間人虐殺である。

 米国内では、殺された少女アビア・ハムザの15歳の誕生日となるはずであった8月19日、ニューヨーク、ロサンゼルス、デンバー、バークレイ、ワシントンなどで、平和のビジルが行われた。このビジルは、NIONによって支持され、アムネスティ・インターナショナル、コード・ピンク、A.N.S.W.E.R. LA, そして、アメリカのムスリムの声によって後援されている。このまれにみる戦争犯罪は、米国内の反戦運動の怒りをかき立てている。
※August 19th Vigils to Remember Abeer Hamza(myspace)
http://www.myspace.com/abeerhamza



[5]イラク戦争・占領の泥沼化−−米中間選挙におけるブッシュ共和党の敗北の危機

(1) ブッシュ大統領は、8月21日に記者会見し、イラクの事態が悪化していることを認めた上で、米軍を任期中に撤退させるつもりは無いと明言した。ブッシュはその理由として、@イラク政府が失敗すれば、イラクを「テロリストと過激派のための安全避難所」に変えてしまう、A石油販売からの収入をテロリストにみすみす与えてしまう、Bイラクのイスラム教シーア派に影響力を持つイランを大胆にする、などと語った。このブッシュの言葉の中には、イラク戦争の大義どころか、勝利の展望も撤退のための道筋も何もない。かつて遺族たちの怒りを引き起こした「かかってこい」のような勇ましい言葉も何もない。あるのは、イラク政権を何とか持たせ、石油の利権を死守し、中東でのイランの影響力拡大をくい止めたいという思惑であり、中東における軍事覇権を維持したいという願望にすぎない。ブッシュはいかなる展望もなく13万人を越える米軍の駐留を継続せざるを得なくなっている苦しい状況を自ら暴露してしまったのだ。
※Bush Tells Press U.S. Won't Leave Iraq While He Is President -- And Says He Won't Campaign in Connecticu(editorandpublisher.com)
http://www.editorandpublisher.com/eandp/news/article_display.jsp?vnu_content_id=1003020104


(2) このようなイラクの泥沼化、「内戦の危機」、マリキ傀儡政権の危機のもとで、米国内ではイラク占領支配に対する新しい論調が出始めた。これは、米国世論の大きな変化を表している。
 ニューヨーク・タイムズに掲載された「Time for Plan B」は、事態の深刻さの前に、イラク人への政権委譲と「民主国家の樹立」という当初の計画を見直し、国連による管理機関を設置し、それによって統括していくという、内戦押さえ込みのボスニア型の枠組み=「プランB」を提起している。「イラク民主化」を騙るために擁立した傀儡のマリキ政権に見切りをつけ、帝国主義がよってたかって直接統治に乗り出すボスニア型の統治形態である。このような論調は、米・有志連合軍、多国籍軍による3年以上に及ぶイラク戦争と占領支配が完全に破綻したことを示す。この論の基礎にあるのは、内戦に至った場合の石油危機の深刻さであり、米国社会にも深刻な影響を与え始めている、石油価格の高騰による経済的停滞がある。
 ニューズウィークに掲載された「Exclusive: Iraq?Plans in Case of a Civil War」は、内戦がはじまれば、イラクから米軍は撤退すべきという匿名の政府高官の主張である。彼は、「全面的な内戦になれば、ブッシュ大統領は米軍を交戦にさらすことはしない」と語っている。もちろん、内戦は具体的な見通しではなく、一般的可能性としているが、米軍の撤退の条件を、「イラクで民主化を確立すること」から180度転換し、内戦が勃発したら一切を放り出して逃げ出すとしたことは決定的である。これまで、ブッシュ政権は、米軍の駐留こそが内戦の勃発を防いでいると表明し、人々を欺いてきた。「大量破壊兵器」の大義だけでなく、後から加えられた大義「イラクの民主化」さえ放棄することを意味するからである。
※Exclusive: Iraq?Plans in Case of a Civil War(msnbc)
http://www.msnbc.msn.com/id/14206642/
※米軍 全面内戦ならイラク撤退 米誌報道(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20060807/eve_____kok_____000.shtml
※Time for Plan B(fivezerofave)
http://www.fivezerofive.com/main/index.php?itemid=428

 いずれも民主党に近いメディアによる報道である。しかし、いっこうに米軍撤退の道筋を指し示すことができない米政権に対して、「出口戦略」が形を変えて語られ始めたことを示している。さらに、共和党寄りのメディアからも悲観論が噴出している。ワシントンポストは、「ブッシュの新しいイラクの議論;事態は一層悪化するかもしれない。」を掲載した。
※Bush's New Iraq Argument: It Could Be Worse(washingtonpost.com)
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/23/AR2006082301878_pf.html


(3) 私たちは、イラク戦争3周年の今年3月の時点で、ブッシュ政権がイラク戦争に絡む数々のスキャンダルにまみれ、末期症状に陥っていることを明らかにした。
イラク戦争開戦3周年にあたって−−ブッシュ政権:腐敗とスキャンダル、イラク占領支配の最後的行き詰まりと末期症状(署名事務局)

 ブッシュ政権の危機は、それ以降も深化している。
−−ハディーサの大虐殺、マハムディアのレイプ殺害事件などで、次々と戦争犯罪が暴露され、これらの複数の軍事裁判が同時に進んでいる。ブッシュ政権と米軍はアブグレイブをはじめとするこれまでの戦争犯罪同様、事件の責任を末端の当事者立ちに押しつけようと躍起であるが、これらおぞましい事件の真相が暴かれていくことは、米国世論を撤退論の方へと向かわせずにはおかない。

−−米ミシガン州デトロイトの連邦地裁は8月17日、テロ対策の一環と称して米国家安全保障局(NSA)が裁判所の令状なしで米国内の通信を傍受してきたことを「違憲」として、即時停止を命じる判決を下した。「対テロ戦争」を掲げれば、何でも出来るという攻撃的な情報収集・捜査手法が司法によって否定されたのである。
※Judge Orders Halt to NSA Wiretap Program(commondreams)
http://www.commondreams.org/headlines06/0817-09.htm
※<米国>政府の「令状なし盗聴」は違憲 連邦地裁が中止命令(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060818-00000032-mai-int

−−6月29日、米連邦最高裁は、米海軍グアンタナモ基地での収容者を裁く軍事法廷は、米国内法や戦時捕虜の保護を定めたジュネーブ条約に違反し、ブッシュ大統領の設置命令は権限逸脱にあたるとの判決を下した。
※特別軍事法廷は違法 グアンタナモで米最高裁(共同通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060630-00000009-kyodo-int

−−11月の米中間選挙に向けた米東部コネティカット州の民主党予備選が8月8日行われ、ブッシュ政権寄りの立場に立つ元副大統領候補の大物政治家ジョゼフ・リーバーマン上院議員が、イラク駐留米軍の早期撤退を訴えた新人に敗退した。「イラク問題」が11月の本選でも大きな争点となるのは避けられない。民主党からは、多くの帰還米兵たちが米軍の撤退を掲げて次々と立候補することを表明している。
※米コネティカット州上院予備選、リーバーマン氏敗れる(cnn)
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200608090014.html

−−6月15日、イラク戦争での米兵死者が2500人を突破した。シンディ・シーハンさんはクロフォードのブッシュ邸の近くに土地を購入し、持続的で地に足をつけた闘争を展開しようとしている。8月6日から9月2日までキャンプケーシーVをたちあげ、息子や娘たちを野獣のような生き物に変え、命を奪うイラク戦争への反対を訴えている。
※米国:地に足つけて、反戦活動 シーハンさん、ブッシュ邸そばに土地購入(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/archive/news/2006/07/31/20060731ddm007030139000c.html
※Camp Casey III and Iraq(truthout)
http://www.truthout.org/docs_2006/073106L.shtml

−−オーバーストレッチ(米軍の過剰展開)問題が新たに顕在化し新兵募集危機が深化している。州兵の34の旅団の3分の2が戦闘即応態勢になく、大部分は修理を要するために210億ドルもの追加予算がかかる設備不足にあるという新たな報告が出されている。
※General: Guard units not combat ready(usatoday)
http://www.usatoday.com/news/washington/2006-08-01-guard-combat-readiness_x.htm

−−米議会予算局(CBO)は8月17日、「テロとの戦い」を掲げるブッシュ政権の下で、イラク、アフガニスタンでの戦争を中心とする米政府の負担額が累計で4320億ドル(約50兆円)に上るとの推計をまとめた。戦費や駐留経費のほか、現地の軍や警察を訓練する経費などを含んでいる。その中で帰還米兵の疾病ケアの最大の項目の一つである脳損傷の研究費が削られるなど、帰還兵の切り捨てがはじまろうとしている。等々。
※Center for war-related brain injuries faces budget cut (usatoday.com)
http://www.usatoday.com/news/washington/2006-08-08-brain-center_x.htm
※A Soldier Maimed by War Now Questions the Mission(boston.com)
http://www.boston.com/news/local/articles/2006/08/02/a_soldier_maimed_by_warnow_questions_the_mission/


(4) 8月12日を中心に、アメリカとイスラエルによるレバノン侵略、イラク侵略に反対する国際反戦行動が二波にわたって行われた。8月11日は主としてアジアやアフリカなどイスラム諸国を中心に、そして12日と13日は南米諸国やヨーロッパ北アメリカで大規模な抗議行動が行われたのである。この行動は、異例の広がりをみせた。
 ケニア、ターバン、モーリタニア、ソマリア、シリア、パキスタン、マレーシア、バングラデッシュ、トルコ、アゼルバイジャン、エジプト。エジプトでは、イスラエルの国旗を燃やすなど、激しい抗議行動が展開され、ムバラクの容認的態度に非難が集中したという。マレーシアでは、何万もの学生が抗議行動に参加し、スターバックスやコカコーラ製品のボイコットを行った。
 さらにカナダ、メキシコ、ブラジル、パラグアイ、フランスのパリ、スイスのジュネーブとオーストラリアのベンナ、スペインのマドリードイギリスのスコットランド、アイルランド等々。過去の歴史からイスラエルに対する批判が押さえられていたベルリンでも15000人がデモを敢行した。
 アメリカでも、30000人の抗議デモがワシントンで行われた。反戦センターANSWERやイスラム系団体が呼びかけた。ワシントンでは、ラファイエット公園からホワイトハウスの包囲行動へと進んだ。長距離バスが、ミシガン、イリノイ、ニューヨーク、フロリダ、ヴァージニア、マサチューセッツ、ニュージャージー等々全米から人々を結集させた。サンフランシスコ15000人、ロサンジェルス5000人等各地でも大規模な行動が行われた。
 ロサンゼルス・タイムスは、フィラデルフィアのあるユダヤ人の女性の次のような話を掲載した。「私はレバノン人およびパレスチナ人の抵抗闘争と連帯しています。私は、アメリカ国内の人々が苦しんでいるのに、イスラエルの戦争遂行マシーンに資金を提供するために、米国政府が費やしている何十億ものドルに怒っています。」
※30,000 fill the streets around the White House(answer.pephost.org)
http://answer.pephost.org/site/News2?abbr=ANS_&page=NewsArticle&id=7973
※Tens of thousands say: End the occupations(workers.org)
http://www.workers.org/2006/us/aug12-0824/
※Worldwide protests in solidarity with Lebanese(workers.org)
http://www.workers.org/2006/world/world-protests-0824/

 一方もう一つの反戦センターUFPJは、8月29日ハリケーンカトリーナとFEMAの災害一周年、9月5日〜21日キャンプデモクラシー、9.11の5周年など、中間選挙をも見越した連続した反戦行動を企画している。

 ブッシュ大統領は、秋の中間選挙で「イラクの泥沼化」が争点になることを恐れ、レバノン、北朝鮮、イランへと次々に世界情勢の火種を作り強硬姿勢を貫くことによって世論の目をそらそうとしてきた。しかし、それらの強硬姿勢は次々と裏目にでている。
 8月21日に発表されたCNNの最新の世論調査に寄れば、米国でイラク戦争に支持する人々の割合は35パーセントと開戦以来最低に落ち込み、61パーセントが反対している。
※Poll: Opposition to Iraq war at all-time high(cnn)
http://www.cnn.com/2006/POLITICS/08/21/iraq.poll/

 中間選挙においてブッシュが敗北する現実的可能性が生まれている。それを本当に現実のものとするかどうかは、すでに開始されている米国内の反戦平和運動の再活性化、さらには世界の反戦平和運動がカギを握ることになるだろう。
 イラクからの米軍の即時無条件全面撤退、イラク人民の民族自決権、自らの意思と選択に基づく新政府の樹立−−これこそが、イラクから米軍の暴虐をなくす唯一の道、「内戦の危機」を回避する唯一の道、平和への唯一の道である。