「食料・農業・農村基本法案」に対する意見
1999年5月20日

佐久間智子(市民フォーラム2001)



 市民フォーラム2001が昨年発行した「農業政策の新しい方向」についての提案で提示した考え方に基づき、「食料・農業・農村基本法案(新農基法案)」について、以下に意見を列挙します。

1. 農業の「多面的機能」を理論化、政策化できていない問題

 新農基法に列挙されているような農業の持つ「多面的機能」について、国際的に受け入れられるような実証研究、およびそれに基づく理論構築が進んでいないことは、日本政府がこの議論について真剣な取り組みを行ってきていないことを意味するのではないか。具体的政策の段階において、この多面的機能を保全するための具体的かつ効果的な施策を講じるためにも、そしてそれを国際的に容認させるためにも、多面的機能の理論化が今後の緊急課題であることは間違いない。この点について、新農基法案の中でも、もう一歩踏み込んだ原則を打ち立てていただきたい。
 特に、多面的機能を突き詰めていくと突き当たる矛盾が、環境コストや社会コストの内部化が進んでいない現行制度の下で測られる「効率」と「生産性」を向上することが新農基法の大きな課題とされていることである。効率や生産性は、当然ながら法制のあり方次第で変化するものであり、環境保全のための法制度の整備が進めば、これまでの農薬・化学肥料・エネルギー多投入型の大規模化・高度化された農業の「効率」や「生産性」(そして収益率)は低下するのである。「大規模化・高度化」イコール「生産性・効率の向上」ではないということである。この根本的な問題を素通りして新農基法を成立させることはできない。


2. 将来見込まれる貿易赤字の下での食料安全保障という問題

 経済企画庁を始め、数多くのシンクタンクが2005〜2010年の間に日本が貿易赤字国に転落すると予測している。食料安全保障の一環として輸入政策が組み込まれている新農基法では、貿易収支が悪化することが確実視される今後、どのようにこの輸入政策を維持していくかが明確にされていない。また、日本が食料輸入を続けられるとしても、世界的食料不足時に日本が輸入を継続あるいは拡大することは、国際価格を高騰させ、食料純輸入途上国の食料輸入に多大な悪影響を与える。広大な国内農地が休耕地とされている実態も鑑みれば、コメだけでなく小麦や大豆、飼料作物など基礎的な農産物の自給目標を掲げるなど、貿易赤字転落後の日本の食料安全保障を視野に入れた、長期的かつ総合的な考え方が示されねばならない。

3. 今後の産業構造の変化と失業率の上昇への対応について

 現在、失業率は戦後最高に達し、再就職の意思を表明せずに農村に戻った失業者まで入れると日本の失業率は7%との推計も存在する。こうした傾向は、大企業が次々に発表する大規模なリストラ計画を見ただけでも、今後しばらくエスカレートすると予測できる。
 こうした中、自給的なライフスタイルに対する人々の関心が高まり、再び「農を基礎とした」経済社会システムを再構築する必然性さえ議論されるようになってきた。
 現実的な問題として、独フォルクス・ワーゲン社が人員削減の代わりに採用したようなワークシェアリング(人員を減らさずに個々の労働時間を減らす)と、半自給的な自家菜園あるいは市民農場での作業とを組み合わせたようなライフスタイルを真剣に検討することも必要になってくるだろう。耕作者主義の農地制度を緩めることなく、こうした新たな農業の時代に積極的に備える視点が欲しい。


4. 公共事業(公共投資)の抜本的改革

 上述した事実をつき合わせると、大規模化に成功したより少数精鋭の農業と、条件不利地における環境保全型農業だけを維持していけば良いという、新農基法の基本的な考え方は通用しないことになる。都市労働者を中心とした消費者という層についても、その定義を再考する必要がでてくるだろう。したがって、新農基法においては、農業の大規模化を主眼とした農地整備が中心である今までの農業土木事業から、より多くの小規模農業を中心に据えた、持続可能な農村社会を再生していくための公共投資(公共支出)への抜本的な変革が約束されなければならない。(それを実現するためには、このような公共資金の拠出のための枠組み(例えば公共投資の概念自体)を大幅に変更していくことも必要になるだろう。)具体的な例としては、

a. 環境保全型、循環型、有機無農薬型の農業への移行に対する奨励金および補償金や、農業者がその技術を取得・確立するための調査・研究費の助成、およびその技術を各地域で共有するための環境保全型農業技術情報室の常設など。
b. 地域循環型の農業を実現するためのたい肥センターの各地での整備。そのための食料循環システムのためのインフラ整備と人材養成。
c. 市民農園の確保と整備
d. 水源地山林の確保と整備
e. 大豆、小麦、飼料作物など、特に自給率が低い基礎食品(原料)の有機無農薬栽培に対する特別奨励金、および小規模加工業者に対する補助金。
f. 農業者あるいは農業者の組合が、地域循環を基本とした生産・加工・流通体制を確立するためのインフラ整備や、技術面・経営面でのノウハウの確保・確立に向けた支援。


その他の問題;

●価格支持の維持と、そのための国境措置の再構築

 主要な食料を国内で自給していくためには、条件不利地に対する所得補償や収入保険だけでは不十分である。天候や天災などを受けやすい農業を維持・発展させるためにはまず、不安定な国際食料価格から国内価格を切り離さなければならない。これが、歴史的に食料に対する非関税貿易制限措置および関税が正当化されてきた根拠であり、鉱工業製品に比べて格段に高い関税が食料分野でいまだに許容されている理由なのである。「食料安全保障」のためには、現行のWTOルールに従うのではなく、このような原則をWTO交渉において認めさせることを目標に、理論と戦略を構築して行かねばならない。(例えば森林保全のためにも、丸太輸入に対する関税率を現行のゼロから引き上げていくことが容認されねばならないと考えられ始めている。)
 また、食料不足時に食料価格を安定させるためには、農家の収入を激減させるような緊急輸入による価格安定化ではなく、逆に被害が大きい特定作物について、一時的な価格支持を実施することと、輸入品の価格をそれに合わせるような措置が実施できるようにしなければならない。

●途上国への食料援助の問題;現地のニーズ調査の必要性

 アジア経済危機後に実施された日本政府や全国農業組合中央会によるコメの援助に対し、現地の国際機関職員、農村のリーダーなどから「不要論」が持ち上がっている。確かに都市のスラム地帯においては、流通上の問題と購買力の低下によって食料が著しく不足するという事態が発生していたようだが、農村地域については、コメの援助が不要であっただけでなく、迷惑であったケースが報告されている。従来からアメリカ政府が実施してきた食料援助が途上国の地域自給体制を崩壊させてきた例も数多く報告されており、途上国地域において、食料援助に対する反応は複雑である。こうした事情を勘案し、食料援助を実施する際には、被援助国における事前調査を義務づけ、他の対外援助同様に地域住民に対する情報公開と意見聴取を前提条件とすべきである。

●5年後との見直しには国会が関与すべき

 新農基法に基づいて策定される食料・農業・農村基本計画は、政府によって5年ごとに見直されるとあるが、このような計画の策定および見直しには、国民の代表である国会での議論と承認が必要なのはいうまでもない。

●食料輸出政策は、政府が主張する「食料輸入国」における補助金の必然議論に矛盾

 新農基法案には、食料輸入を促進していく旨が記されているが、国際的な貿易交渉に向けて日本政府が構築している理論の中には、食料の「輸入国」と「輸出国」とでは、補助金に対するルールを違えなくてはならない、というものがある。さらに、食料安全保障のための食料自給を国策として論陣を張っていくのであれば、日本の食料生産を輸出に向けて国際競争力のあるものにする、という目標は、他国の食料自給体制に悪影響をもたらす可能性という点で大きく矛盾する。この項は新農基法案からは削除されるべきである。

●所得補償ではなく環境保全費用を基本政策に据える

 公共支出の部分でも言及したが、環境保全型、地域循環型、有機無農薬型の農業を振興し、また半自給的農業に従事したい都市労働者などを含む農業への新規参入者を受け入れる体制を作っていくためには、条件不利地や環境保全上重要な地域だけを対象とした所得補償制度だけでは全く不十分である。ましてや、算定基準が増減する可能性の高い収入保険のような形では、農業者が安心して農業に従事できないことは明らかである。
 農業の大きな目的である「食料安全保障」と「多面的機能の維持」を政策の中の最重要課題に位置づけ、さらに農業のあり方そのものを環境保全型に誘導していくためには、あらゆる地域の農業に対し、環境保全への貢献度を測り、それに対する奨励金を出すことを基本とした所得補償制度を確立しなければならない。

●食料・農業・農村政策審議会ではなく、地域ごとのラウンド・テーブルを設置

 現在の行政改革により、200以上存在する政府審議会は120〜30程度に減らされることが決定している。国の意思決定プロセスにおける審議会の位置づけと正当性が曖昧なまま、実質的に政府に選ばれた学識経験者が意思決定に関わっていること自体を問題にしなくてはならない。
 今必要なのは、事情の異なる全国の各地域において、農業者を始めとする関心層(市民)と地方議会、行政、地元企業などが対等な立場で農業政策について話し合うラウンド・テーブルの設置などを通じ、より広い社会層において、この問題を議論する機会を増やしていくことである。こうした地域での議論は、農業・食料問題全般への国民の関心と理解を広げることにもつながり、より多くの斬新なアイデアによって農業そのものを活性化していくだろう。

 

 


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