〜 市民フォーラム2001 〜
食料主権を守り、生態系・自然環境破壊を防ぐための
「農業政策の新しい方向」についての提案


市民フォーラム2001農業プロジェクトは、食料・農業・農村基本問題調査会の最終答申を前に、以下の提案を発表しました。


内閣総理大臣 殿
農林水産大臣 殿

 市民フォーラム2001は、環境・社会的に持続可能かつ公正な社会システムへの変革を目指す立場から、国内および国際レベルで実施されている、規制緩和・自由化を柱とする現在の経済政策が、国内外の環境と社会全般に与える影響について考察してきました。こうしたグローバル化を促進する諸政策のもとで、概して一部の巨大な多国籍企業への富と権限の集中が進み、FDI(海外直接投資)や金融取引などを通じて内外の民間資本が各国政府の政策決定に過大な影響力を及ぼすようになりました。その結果、各国政府は「富の再分配」や環境保全、労働者保護、社会福祉などの政策目標を達成することが困難になってきていると、私たちは理解しています。
 こうした中、自然に依拠するという性質をもつ産業である農業は、それゆえに外部不経済をより多く抱えているため、生産性・経済効率という面で不利な立場に追い込まれています。今の経済システムの中で日本の産業構造を国際競争力のあるものとするためには、コストの安い他の国で日本の食料を生産した方が良いということになります。
 しかし今、環境・食料・エネルギーなどのさまざまな面から、これまでの経済発展のあり方が問い直される中、環境・資源的制約を無視した産業構造そのものを変革しなければならないことが明白になってきました。このままいけば、世界的な気候変動や、各地での水不足や土壌劣化、および工業化による農地転用などにより、世界的に食料が不足する事態は避けられず、人々の生存が脅かされることは必至です。このような状況のもとで、食料自給は各国に課せられた最低限の責務と言わなければなりません。また、国内農業の解体による環境破壊・地域社会の崩壊などの問題も深刻さを増すことは間違いありません。
 今求められているのは、地球環境と地域環境の両方を守り、地域社会の主権と活力を取り戻すために、これまでの経済のあり方を根底から変革していくことであり、農業・食料問題についても、このような視点から抜本的に再考する必要があります。
 市民フォーラム2001農業プロジェクトは、以上のような認識にもとづき、WTOで2000年以降の国際食料貿易ルールが再交渉される直前の今、1961年の農業基本法を改訂する作業がまさに進められている機会を捉え、以下のような基本原則と、それにもとづく新たな農政のあり方を提案します。


基本的な考え方

1. 世界の人々は「食料主権」を有する。「食料主権」とは、人々が食料を自給する権利、飢えない権利、および安全な食を入手する権利をいう。日本政府は、日本国内に住む人々にこの権利を保障する責任を有する。日本政府はまた、このような「食料主権」が、日本と食料貿易を行っている国/地域、および日本から食料生産に関わる投資を受け入れている国/地域の人々にまで適用されるよう保障しなければならない。

2. 農業は本来、自然環境と共存すべきものであることを確認する。日本政府は、農業全体を環境保全型に誘導するとともに、すでに農業が環境保全に果たしている役割を正当に評価し、施策に組み入れねばならない。

3. 日本政府は、上述の二つの原則の実現のために、WTO農業協定およびGATT協定の中身を抜本的に改革するために先導的な役割を果たさねばならない。


今後の農政のあり方

1. 食料の安定と安全を保障するために

(1) 政府は食料安全保障計画を定め、国内農業生産を保障するために必要な国境措置と備蓄を実現し、自給率目標を設定するなど、総合的な食料の自給方針を明らかにする。

(2) 水田農業の複合化を進め、現在国内供給力が極度に落ち込んでいる麦、大豆、飼料作物の国内生産の向上を図る。

(3) 農業経営と農家の生活の安定のために、再生産を保障する総合的な価格支持政策を実施する。

(4) 農地を荒らさせ、農業経営の安定を損なうコメ減反は逐次縮小する。水田農業の複合化とコメだけに頼らないですむ総合的な価格安定政策により、バランスのとれた農業生産構造が生まれるはずである。

(5) 農薬・化学肥料など化学合成物質を極力控える環境保全型農業の推進、ダイオキシンや内分泌撹乱物質(環境ホルモン)の排出規制と汚染除去等を通して、人々が安心して食べられる食料の生産と供給を保障する。

(5) 日本の食生活に即して、食べる人の安全を保障する独自の食品安全基準を定める。また、農産物の原産地表示を徹底させると同時に、遺伝子組み換え作物・食品はその旨表示させる。

2. 地域資源と自然の循環を生かし、環境と共存する農業をつくるために

(1) 化学合成物質の使用を抑え、地域の資源を活用して農業生産を行っている農業者に対し、食の安全や生態系を守る費用を補てんする制度を導入する。

(2) 環境を汚染する化学合成物質の過剰使用に対しては、課徴金を設けるなど厳しく対処する。

(3) 産業・生活廃棄物は地域の生態系、生命、土壌を汚染しないよう、その排出・移動・処理を厳重に規制する。あわせて、都市と農村をつなぐ有機物の循環システムを開発、推進する。

(4) 自然を生かす循環型農業の技術・農法の研究・開発を推進するための助成を農業者に対して行う。

(5) 農業生物の多様性を守り、農業者の種苗に対する権利を確保するよう、生物特許を制限する。


3. 地方分権と地域農業政策の推進

(1) 国際農産物貿易・投資に係る交渉、農産物需給計画、農産物価格安定対策、全国的農地利用計画を除く農業政策の諸分野は県、市町村に移管する。

(2) 市町村は食料の地域自給率を定め、地域の農産物の地域内消費を誘導する。そのために、多様でバランスがとれ、安全を重視した農業の生産と農産加工を地域に興し、その産物が地域内で流通する仕組みを再生する。また、学校給食、公的病院や福祉施設の給食などには、できるだけ地域の農産物を使うようにする。

(3) 政府は農地法の根幹である農地所有の耕作者主義を厳守する。自治体はそれを受け、農地の保全と有効利用、転用の規制と開発抑制を柱とする土地利用計画を条例で定め、地域の公共の資源としての農地を守る。あわせて、農地の市民的利用のルールを明確化し、都市生活者が困難なく農地にアクセスし、小規模な自給的農業や教育、余暇活動など多面的な生産活動に従事できる道を開く。

4.多様な担い手による多様な農業をつくる

(1) 新しく農業に参入しようとするものに対し、技術習得や起業資金、当面の生活費などについて手厚い支援を行う。

(2) 農業政策は、産業としての農業育成ばかりでなく、高齢者農業を含む小規模な自給的農業が存続できるような施策を講じる。

(3) 女性農業者を農業の担い手として積極的に位置づけ、農業経営や政策決定の各段階で女性農業者が農業に果たしている役割に見合う割合で決定権を発揮できるような処置を講ずる。

(4) 山間地農業は国土や景観の保全、水の造成、林野の保全など食料生産以外でも重要な役割を果たしている。その一方で高齢化が進み、生産、生活条件が厳しく、マーケットからも離れているさまざまな困難を抱え、耕作放棄地が激増している。こうした山間地農業を維持、発展させるため、そこに住み、農業を営む人々に対する所得補償を含む手厚い対策を講じる。


5. 農林水産予算の半分以上を占める公共事業の点検・見直しを行い、必要ないもの、農業者に借金を押しつけるだけに終わっているもの、環境破壊につながるもの、などを整理・削減する。そこで浮いた財源は、農産物価格安定対策、環境を守る農業の育成、農地の市民的利用の推進や新規参入者支援、など必要な分野に配分する。


食料主権を守り、生態系・自然環境破壊を防ぐための
「農業政策の新しい方向」についての提案


執 筆

大野和興 (アジア農民交流センター事務局長)
佐久間智子(市民フォーラム2001事務局長)

顧 問

御地合二郎(全日本農民組合連合会)    
田中 優 (市民フォーラム2001共同代表) 
暉峻衆三 (農業・農協問題研究所長)   
富山洋子 (日本消費者連盟運営委員長)  
古沢広祐 (国学院大学経済学部教授)   
水原博子 (日本消費者連盟事務局長)   


発 行

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E-mail:
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1998年8月


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