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2004年9月10日発行197号ピースネットニュースより

テロの裏側とチェチェンの苦悩、そして私たちの課題

ピースネット・市民平和基金 青山 正

奪われた子どもたちの命と大きな疑問
 信じ難い凄惨なテロ事件の幕切れでした。多くの子どもたちの命が奪われました。9・11の米国連続同時テロ3周年を前にして、また悲惨な事件がロシアで起きました。9月1日ロシア南部北オセチア共和国のベスラン市にある学校の始業式に武装した集団が襲い、体育館に生徒や親・教師らを人質として立てこもりました。人質の人数は当初ロシア政府の発表では3百数十名とされていましたが、実際には千名を超える人数であったことがその後明らかとなりました。犯人グループの要求は、ロシア軍のチェチェンでの戦闘中止とチェチェンからの撤退、及びイングーシ共和国で囚われている仲間の釈放でした。そして9月3日にどちらかの発砲をきっかけにして爆発が起き、逃げ惑う子どもたちの多くが射殺されたり、爆破により殺されたり、崩れた体育館の屋根に押しつぶされたりして亡くなりました。
 この事件は言うまでもなく許しがたい非道なテロ事件です。目的はどうあれ子どもを巻き込んだ今回のテロ事件は絶対に認めることはできません。しかし今回の事件では多くの疑問点も浮かび上がりました。まず一体犯人グループは誰だったのでしょうか。要求からすればチェチェン独立派の中の強硬派が中心ということになります。報道やロシア政府の発表はいろいろ変わりますが、他にアラブ人の過激派、アルカイダにつながるグループのメンバーも含まれていたと言われています。しかし、事件後犯人グループの死体は一切明らかとされませんでした。唯一生き残って逮捕されたチェチェン人とされるヌルパシ・クラエフという人物は、チェチェン独立派指導者の穏健派のマスハドフ大統領と強硬派で数々のテロの黒幕とされるバサエフ司令官の両方から計画の命令を受けた、と供述したとされています。これは絶対にあり得ないことです。これは明らかにロシア政府の意向どおりのものであり、今回のテロ事件とチェチェン独立派、特に影響力のあるマスハドフ大統領に責任を押し付ける意図がありありです。この供述を受けてロシアのプーチン大統領は「これでチェチェン側との和平交渉は絶対になくなった」、と宣言しましたが、これは元々交渉による解決を望んでいなかったプーチン政権のねらいの大きな口実を得たことになりました。さらにこの逮捕されたクラエフという人物は、事件の目的として「北カフカス全域にテロを拡大するため」と供述したとされていますが、これもチェチェン戦争を隠し、問題を拡散させようとするロシア政府の意向を受けたものと思わざるを得ません。
 さらに3日の殺戮が起きたきっかけは、果たして偶発だったのか、ロシア軍の特殊部隊の計画的な突入であったのかも大きな問題となっています。これに対し、マスハドフ大統領の側近で英国に亡命中のアフメド・ザカエフ特使は、犯人グループとの交渉役を務めていたアウシェフ前イングーシ大統領の話として、当時特殊部隊の突入後犯人側から電話があり「何をするのだ。子どもを殺す気か。中止させてくれ。やめさせてくれ。」と言ってきたことを明らかにしました。これはロシア軍からの計画的な突入を示すものです。
 またこの突入を前にして現地に到着するはずだった、二人の大事なロシア人のジャーナリストが現地にたどり着けませんでした。二人とも情報統制を受けるロシアのメディアの中で一貫して精力的にチェチェン戦争の真実を報道してきた人たちでした。そのひとりのラジオ・リバティのアンドレイ・バビツキー記者は、ありもしない爆発物所持の疑いで北コーカサスへの飛行機の便への搭乗を拒否されました。そしてノーヴァヤ・ガゼータ紙のアンナ・ポリトコフスカヤ記者は、ロシアの政治家やロンドンにいるチェチェン側のザカーエフ特使と連絡を取り合い、子どもたちを救うために犯人側との交渉にあたるため現地へ行くはずでした。ところが、ようやく乗り込んだロストフ行きの飛行機の中で、飲んだ紅茶の中に毒を盛られ、当初医師が「ほぼ絶望」という状況から何とか回復しましたが、ベスランにたどり着くことはできませんでした。これは明らかにロシア政府の妨害です。 プーチン大統領からテロリストの主犯のひとりとして懸賞金までかけられたマスハドフ大統領は、3日に北オセチア大統領と国民へ以下のメッセージを発表しています。
 「親愛なる兄弟である皆さん! この悲劇の日々に死亡し傷ついた子どもたちと成人たちの父母・兄弟・姉妹の皆さん! チェチェン国民と私自身からの深い同情と哀悼の気持ちを表させて下さい。 残念ながらよく知られた理由により、私自身も私の公式代表も兄弟国であるオセチアに赴いて葬儀に参列し、負傷者をお見舞いすることが適いません。私は皆さんが私たちと連帯と同情の気持ちを分かち合えるものと固く信じております。この悲嘆の時に、神が忍耐と勇気を貴方がたにもたらさんことを祈ります。皆さんもチェチェン国民自身が数十年にわたって途方もない悲劇を味わっていることをご承知でしょう。子どもに対する殺人以上に酷い仕打ちは存在しません。私たちは反人道的なチェチェンに対する戦争のこだまがこのように悲劇的な形で兄弟国であるオセチアを襲ったことを大変遺憾に思っています。身を守る手だてを持たない子どもの命という、私たち全てにとって最も神聖な存在を手にかけることは、如何なる理由があろうとも許されるものではありません。そして私には起こった事件に対する我々チェチェン国民の心の底からの憤激の気持ちを表現しきる手だてを持ちません。敬愛するアレクサンドル・セルゲーエビッチ。もう一度、私たちの深甚なる哀悼の気持ちをお受け下さい。」

チェチェンの絶望的状況
 テロの原因ともなっているチェチェン戦争はいまだに終わる気配がありません。1999年から続く第二次戦争も5年が過ぎましたが、この間の戦争で約百万人のチェチェンの人口の内、20〜25%の市民が犠牲になったと言われています。大勢の子どもたちも殺されました。しかし、このチェチェンの悲劇が世界に伝えられることはあまりなく、最近ではテロリストの代表としてしか報じられません。8月29日にはチェチェンでロシア政府主導による大統領選挙が行われました。85%の有権者が投票したとされていますが、占領者であるロシア軍の兵士が投票したり、何ヶ所でも投票ができたりと、とても公正とは言えない中で、予想通り親ロシア派のアルハノフ候補が当選しました。まったく茶番ですが、国全体がいわば収容所のような中に置かれているチェチェンの人々は生きるのがやっとという状態に置かれています。そこでは人権もありません。ロシア軍と親ロシアのチェチェン人警官による暴力も日常化しています。そうした状況に対する絶望感がチェチェンの人々をさらに過激な行動へと追いやっている現実もあります。そしてそうしたチェチェンの悲痛な現実をプーチン政権は利用しているのではないか、という思いを今回の事件を通してさらに感じざるをえません。
ある小説が示すこと
 この夏ある小説を読んでテロの裏側に潜む恐ろしい陰謀の実態を垣間見た気がしました。それは昨年韓国で出版され反響を呼び、今年日本でも発行された『背後 金賢姫(キム・ヒョンヒ)の真実』という本です。(幻冬社刊1500円+税)この本のテーマは1987年に起きた大韓航空機爆破事件です。翌年のソウル・オリンピックを前にして起きたこのテロ事件は115名全員が行方不明となり、そのテロを実行したのは金賢姫なる女性が所属していた北朝鮮の工作機関が実行した国家犯罪であるとされてきました。しかし、この小説では実はその工作を行ったのは韓国の情報機関が起こした自作自演のテロだったというのです。小説では主人公である韓国情報機関員が中東で問題の大韓航空機を降り、ヨーロッパ経由で韓国に戻る途中で、何者かに尾行され命までねらわれる中で自分の組織に疑問を抱き、それが逆に韓国の情報機関に裏切り者として命を狙われることになりフランスで逃げ回ることになりました。その中で当時のソ連の情報機関KGBのエージェントによりモスクワへの亡命を決意するが、その直前に爆破事件の真相を察知したKGBが彼を利用するために仕組んだことだったことを知り、モスクワ行きをやめ姿を消すという中身です。
 私がこの小説を読んで驚いたのは、あの爆破事件の真相にせまっているということと、小説にしては非常にこまかくヨーロッパでの情報機関の活動や韓国人留学生たちの状態が描かれていることもありましたが、最後の方で「KGB対外情報局と呼ばれるKGB第1総局は東ドイツのドレスデンに中間拠点を置き、東・西ドイツとフランス、オランダ、ベルギー、デンマークそしてスイスを総括していた。ドレスデン支部の総括責任者はニコライの友人であり、レニングラード大学法学部同窓のウラディミール・プーチンだった。KGBの中心人物の一人であるプーチンは対外情報局を率いてここ数年間西側の産業情報に関するスパイ活動を総指揮していた。また彼は今回のヘモス亡命工作のアイデアをニコライに提供した張本人でもあった。」という記述があったことです。それを読んではっとしました。このウラディミール・プーチンこそ現ロシア大統領なのです。小説での記述とは言え、実際にKGB出身者のプーチン氏の経歴に沿った迫真的な中身であり、現実とピッタリ合います。そしてこのプーチン大統領ならばいとも簡単に、そして冷徹にテロを装った謀略を実行できることを確信しました。
 実際にプーチン政権はチェチェン戦争を通してKGBの後継組織であるFSBを強化し、強権政治と監視体制を作りあげました。8月末にロシアで航空機の同時爆破事件が起きましたが、それはあたかも昔の大韓航空機爆破事件をなぞるかのように、パイロットからの連絡もなしに一瞬にして機体が爆破させられました。そういう爆破事件は今のチェチェンの組織だけで実行できるとは思えません。9・11の米国での同時テロ事件も実はブッシュ米大統領も事前に知っていた米国のCIAによる自作自演だったという証言がなされ、米国でも遺族が裁判を起こしていますが、それも十分あり得る話だと思います。

非暴力と民主主義の確立を!
 テロという衝撃的事件は、私たちに大きな恐怖と怒りを呼び起こします。しかしその裏側には政治的な数々の陰謀があり得ることを私たちは考えていきたいと思います。実行犯とそれを準備する側も違う場合もありえます。テロを通して世界は「反テロ」の掛け声のもとで基本的な人権を制限したり、自由な報道が妨げられることがあたりまえのようになってきました。ロシアで強化される強権政治・警察国家化の流れは、今や米国でも、そして日本でも進んでいるのではないでしょうか。テロに対して中にはそれを「正しい」と支持する人たちもいます。表面的なラジカルさや行動だけで流されたり、あるいは扇動されて他者を攻撃する人々もいます。その結果世界は平和からますますかけ離れた状態へと突き進んでいるかのようです。テロと暴力が支配する世界、それを政治的に利用して権力を拡大しようとしている動きに私たちは注意深くなる必要があります。マスコミで報道される裏側にある真実を私たちは探っていきたいと思います。出口のないチェチェン戦争の中で苦悩するチェチェンの人々を孤立させず、絶望させず、彼らの平和への願いを自らのものとして考えることが今こそ求められています。イラクでも続くテロと米軍の暴力を止めるためにも、市民の非暴力と民主主義の確立へ向けた歩みを進めたいと思います。

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