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第 147 国会報告
憲法調査会
2000年5月17日 08 号

参考人意見聴取


○大脇雅子君 社会民主党の大脇でございます。

石毛先生に一問お尋ねをいたしたいと思います。

私は、日比混血児の親捜しの運動に弁護士としてかかわったことがございます。子供たちの親を捜して経済的な支援を求めるのが主たる目的のように最初は受けとめていたんですが、子供たちと話す中で、子供たちは自分のアイデンティティー探しをしているんだと、そしてそういう子たちと話をする中で、私はこの子たちというのは日本とフィリピンをつなぐ友好と文化のかけ橋なんだということに深く心打たれまして、先生がおっしゃったニューカマーという、いわば強固なふるさとといいますか故国に対してアイデンティティーを持ちながら移住する人たちということがやはり二十一世紀の大きい問題であるというふうに思うわけです。ただ、日本では大変、幾つかの差別がございます。そういう人たちを受け入れる心優しい文化というのが育っていないわけですけれども、先生は、今日本に置かれているそういう人たちに対する差別というものをどうしたら解消できるかという点についてお尋ねをします。

○参考人(石毛直道君) 差別をなくすことは、結局、これはまず人々が情報を持つことである、それからそういった情報を人々に日常的にどんどん与えること、それの大変具体的なところは私は教育であろうと思います。

それで、先ほどもちょっと申し上げましたが、地理的な条件もあり、我々は歴史的に異民族と接して暮らすことがなかった。だから、体験がないから、我々がすることなすこと歴史的な蓄積を持たずに、それでいてこれから異文化と接することが多くなる。そういったときの我々の何げない行動が実は相手の文化を逆なでしていて、差別されたということになるかもしれない。そういう意味では、我々日本人は差別する民族性を持っていると言われるようになることを私は大変恐れています。

それでいて、残念ながら日本の公教育ではそういったことを教えるカリキュラムがちゃんとしておりません。これはかなり海外の国家では公教育の中の公民教育でそういった文化に対する違い、そういったものに対する態度のようなものを教えていますが、残念ながらまだ我々の国では本格的にはなされていないということです。

○大脇雅子君 ありがとうございました。

では、暉峻先生にお尋ねをしたいと思います。

私は、日本国憲法の前文、九条の存在というのは、全体にもそうでしょうけれども、軍事優先でない、文化というのを五十年培ってきたのに大きな役割を持ってきたというふうに思っていますが、先生はそれに対して人権文化ということを対置されました。

しかし、時代が変わって憲法は現実と乖離した、現実に合わせて憲法を変えるべきであるという意見があります。私は、やはり現憲法には変えることのできない人類普遍的な諸規定があるというふうに信ずるものでありますが、どうして憲法と現実の乖離が生じたのか。そして、先生の言われる人権文化が今日本に育っているというふうには思えないわけですけれども、それはどうしてなのだろうか、そしてどうしたらいいのだろうかということについて、先生の御所見をお伺いしたいと思います。

○参考人(暉峻淑子君) 本当に素人めいたお答えになるのかもしれませんけれども、私は生活問題をずっと勉強しているわけですけれども、自分が勉強している中でも自分の実際の行動の中でも、人権というものと平和というものと民主主義というのは三本より合った縄のようなもので、どの一つが欠けてもほかの二つは機能しにくいですね。

こう言うことは失礼かもしれませんが、アメリカは人権人権と言いますけれども、その人権の概念が時々へんてこになることがあって、国益が人権になっちゃった、人権の名において自分の国益を何かやろうとするようなところもあるんですけれども、これはやっぱり平和主義というのがアメリカの憲法の中にしっかりうたわれていないということじゃないのかなと思って、アメリカの研究者たちと話すことがあります。

それと反対にこの日本の場合は、平和主義というのが、私は敗戦のときにもうちゃんと物心つく人間だったわけですけれども、一口で言うと、何を思ったかと言うと、戦争が終わるまでは私は死ぬために生きていた、だけれどもきょうからは生きるために生きていいんだという、一口で言うとそれが本能的な受けとめ方だったんです。

ところが、私は経済学をやっている人間ですので経済的に言えば、日本は百何年もおくれて明治から近代化して、近代化のテンポ、経済の発展のテンポがよその国よりも三十倍も四十倍も速かったんです。普通の国が八十年、百年かけるところを日本は二十年、三十年ぐらいでどんどん発展していく、外国から技術を入れる、国営企業をつくる、民間に売却する。その中でやっぱり人権というのは置き忘れられてきたと思います。

それで、日本は、戦争に突入する前までは普通発展段階で言われる中進国の段階に到達していました。ところが、戦争のためにその中進国の段階はどん底まで落ちて、ちょうど一九八〇年を一〇〇とすると敗戦のときの生活レベルは八十分の一まで落ちていたんです。そこから日本は再びはい上がって、猛烈なスピードで経済発展を遂げるわけです。その中では人権なんて顧みる暇もないというのか何なのか、具体的に言いますと、例えば労働者の労働時間、サービス残業、過労死、つまり、憲法は企業の門前でたたずむとだれかが言っていましたけれども、憲法の精神は企業の中には入らないところがあるんですね。

それから、学校教育の中でも、体罰は悪いと言われながらも結構行われている。司法の裁判でもある程度何か容認されるようなことも言われる。それから、人権が大事ならクラスの人数をもっと少なくして一人一人の子どもに教師は対してあげなければいけないのに、それもない。

それから、学校語というのがありまして、私は教育者として四十何年もいるわけですから、学校の中には人間の言葉がないんですね。命令するかテストするか管理するかです。でも、人間の言葉というのはお互いが気持ちを通じ合う、あふれる思いを言う、相手が何を考えているかを聞きたい、こういうのがコミュニケーションですよね。それが小学校、中学校の教室の中にはない。これはもう戦後のドイツの学校なんかと全く違います。

それから、聞く力というのがないんですね。相手の人権をとうとべば人間は聞く力を持ってなきゃいけないのに、聞く力がない。こういうような人権を無視したいろいろなこと、これが結局平和憲法を崩すところまで押し寄せてきてしまって何か乖離が生じたのではないか。

だけれども、では現実に適応するというのはどういうことか。適応がいい場合もあるし、例えば今失敗しているのは、少子社会をみんな心配しているわけですけれども、これも女の人が現実に適応して、つまり、労働時間を短くして男女ともに家庭責任を持つというようなことができなくて、女も男並みに働かされて、そうじゃないと真っ先にリストラに遭うというようなことで長い労働時間、サービス残業、そういうことをしていて、競争の中にあるので子供を持つことは不利だということ、これも一つの適応なんです。私の女友達もそうです。子供を持ったらもうやっていけない、だから社会に適応するためには子供を持たないということの方がいいんだと言うんですけれども。

やっぱり人権ということからいえば、適応しないで守っていかなきゃいけないというのもあるわけです。

だから私は、では何を守らなきゃいけないと思っているかというと、もちろん人間の尊厳、思想とか良心の自由とか、そういうのはもちろんですけれども、平和も守らないと、戦争や武力行使、これは環境にとっても最悪の結果をもたらす。これはユーゴの紛争で本当に私は目の当たりに見ました。

そういうことからいっても、適応するということをどう考えたらいいのか。やっぱり人間として守っていかなきゃならないものは守っていく方向に私たちの行動や国の政策、援助、こういうものをしていかなくちゃいけないのではないかと思っています。

○大脇雅子君 ありがとうございました。



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