のじれん・通信「ピカピカのうち」
 

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<各地から>  写真のページ
Chicago bound     木村正人
シカゴの路上から

 今日はシカゴマラソンの日。僕が泊まっていたユースのルームメイトのなかにもレースに参加する人たちがいて、みな今朝は早起きだった.

 ホテルを出て、ミシガン湖畔のカフェで簡単な朝食を取る.窓の外には、応援用のフラッグを手にしたり、ハロウィーンのような奇抜な着ぐるみをきた人たちが、湖岸にあるグラントパークのスタート地点に向かって、ざわめきながら歩いている.

 シカゴは「8月以外はずっと冬」といわれるくらい寒い街だ.コーヒーで体温を取り戻すと、僕も人波につられて公園に向かった.公園の入り口には19世紀末ふうの装飾を施した石の彫刻と橋脚があった。

 快晴の空にその深い緑色がよく映える.その彫刻の影に、薄汚れて彩色の分からない衣服を着た男が一人眠っていた.
 大勢のカラフルな服装をした群集とはまるで対照的に、都会の片隅にうずくまるその姿は、確かに、この街がもつ別の顔を僕の心に印象付けた.

 ランナーたちは街中をかけめぐり、この街全体が、さながらお祭りのような騒ぎだ。街中をそぞろ歩いて、歩きつかれた頃、僕はまた公園に戻ってきた.スタート地点だった噴水の近くは、まだ大勢の陽気な人たちの歓声で盛り上がっている。

 そこから少しはなれたところにあるベンチを選び、腰をおろす。座っていると鳩とリスが寄って来た.
 向かいのベンチの傍ら、芝生の上には太った男が、ひなたのなかに眠っている.路上生活者?それとも陽気がいいから、日向ぼっこでもしている旅行者?いやまさか。

 コートを着た一人のお爺さんがやってきた.初めは植え込みをはさんだ左側のベンチにいたのだが、日のあたる真向かいのベンチに移ってきたのだ。こんにちは。声をかけてみた.隣に座ってもいいですか.

 少し怪訝な顔をされたが、微笑を浮かべながらしずかに話しをしてくれた.公園にはよくくるという。しかし「公園にいると警官がくる。だから夜は公園じゃあ眠れないんだ」。

 厚手のコートを着て、こぎれいにしている老人だった.どうにも聴き取りにくい彼の発音に耳を傾けていると、どうもイタリアからの移民らしい.1949年というからもう半世紀以上前にアメリカに来て、三年前までは近くのホテルで皿洗いをしていたという。

 家族はイタリアにいる両親だけだが、仕事をなくしてからは手紙も書いていないこと、今は年金をもらいながら、中心部からはすこし離れた北の方にあるシェルターに住んでいるのだと、言葉少なに教えてくれた.

 時折遠くを見つめて、もう隔たった過去の記憶をそこから手繰り寄せるとでもいうように話す老人は、うれしさとさみしさのいりまじった複雑な表情を浮かべていた.

 ふと空を見上げて、手を上にかざしながら、陽射しに向けて笑顔を見せる彼に、日本の路上の仲間たちの写真を見せたが、あまり関心はない様子.「トヨタ、トヨタ」とだけ言って僕を見つめて、音をたてず、しずかに笑った.

 陽光は暖かでもシカゴの風は強く冷たい.なれない僕は二日で手にあかぎれが出来てしまったくらい.浅黒く焼けた彼の手の皮膚の厚さが、彼の積年の苦労を物語るようだった.

*****

 「ハラペコなんだ.マックで食べる小金をくれよ」。すれ違いざまに声をかけてきたブラックのホームレス。小銭でよければとポケットに手をやりながら、「日本にも家をなくした人は沢山いるよ」.そう言うと彼はさびしそうに肯いていた.彼と別れまた歩き出すと、店の軒下でそれを見ていた別の男が「俺もホームレスだよ」と声をかけてくる・・・.

 シカゴの路上生活者.街を歩いているだけでいったい何人に出会っただろう.今夜も、子供をつれた母親や、客待ちのタクシーに声をかけて小銭をもらっている男性にでくわした.
 多分帰る場所がないのだろうと思える2,3人の男たちは、深夜グラントパークの向かいの道脇に集まって四方山話しをしていた.もう閉館したシアターの前には昨夜と同じく、毛布に包まって眠るひとがいる。

 たった今、今度はホステルの食堂から窓の外をながめていると、CTA(シカゴ交通局)の高架下を、ひとりの男性がとぼとぼと、段ボールとスーパーの袋に入った荷物を抱えて立ち去っていった。

 こちらの外気は、とくに日がおちた夜、とてもとてもつめたいから、上手く風をしのげる一夜の寝床をみつけられるといいけれど。

 街灯の明かりの感じも、道路標識も、走っている車の車種も、日本とはぜんぜん違う.ここは紛れもなくアメリカなのだが、こんな様子は日本と全然変わりがないみたいだ.

 それにしても、路上の管理は日本よりも厳しいようで、公園などにさえ小屋などを建てて人が住みついている様子はついぞ見かけなかった.

 経済危機を乗り越えようと日本はアメリカの進路を追いかけようとしているけれど、僕はこの異国の路上に、解決の糸口を見出だすどころか、むしろ同じ痛みを見るばかりだった.

 日本ではあまり見ないものといったら、「路上新聞」くらいだろうか.以前ドイツの路上新聞について紹介したことがあったけれど*、ここでは「StreetWise」(路上の智恵者)という名の新聞を、路上生活者たちが売って生活の糧を得ている**.

 
 「マグニフィセント・マイル」と呼ばれる、東京で言うと銀座のような、高級店が建ち並ぶメインストリートでは、歌を歌いながら立つ男、口の上手な新聞売りたちが、ブランドのロゴが入った買い物袋を下げた通行人ひとりひとりに、いちいち違った文句で声をかけていた。壮麗なティファニービルの軒下。なんでも、この場所はお金持ちが多いから、稼ぎになるらしい.

 言葉を上手くはなすことが出来ない痩せた男や車椅子の女性もやはり新聞を売っていた.
 改築中の建物のまわりに組まれた建設用の足場のせいでせまくなった歩道に立っていた男性は、おそらくは「ストリートワイズ」と一生懸命に新聞の名前を言おうとしているのだけれど、「シュト、シュ、シュト...」と口から漏れる吐息が声にならない.

 彼の新聞はあまり売れていないかもしれないが、それでも一ドル紙幣を渡すと嬉しそうに顔をほころばせていた.車椅子の女性も、声をかけるとやはり満面の笑みを浮かべて、礼の言葉を何度も繰り返していた.
 他の人の時には気付かなかったが、彼女は新聞売りの登録証を首から下げていて、それが車椅子に座っている膝もとに見えた.そこにはとても誇らしげな顔つきをした彼女の写真が映っていた.

****
 日本でも近年、路上生活を余儀なくされるひとたちの出自は様々だ.とりわけ失業率の高い近年、明日はわが身、誰がいつ家を失い、仕事を失い、路上に追いやられるか知れない。

 そんななか、路上新聞の試みは、失業や障害などさまざまな事情を抱える人びとにまず完全失業状態の解消というひとつの入り口を開く。
 登録証をつけ、時間を決めて毎日路上に立って仕事をすることで自らを律し、アルコールやドラッグの問題を解決していったひとたちも少なくない。

 国を問わず、とにかく路上から貧困者の姿を排除すること、「ホームレス」問題を「シェルターレス」問題と同定して、屋根さえあれば問題は解決、あとは本人の自立意欲の問題だと考えがちな行政や、逆に依存心をのみ助長してしまいかねない一方通行的な援助・慈善事業とは違う「第三の道」を模索している僕らにとっても、こうしたシカゴの路上での取り組みは示唆深いものをもっていると思う。

 路上新聞の草分け的存在であるイギリスの「Big Issue」編集長John Birdはしかしさらに、こうした労働を通じた路上生活者の「自立」について、こう述べている.
 「実際のところ、本当の意味での自立などこの世に存在しない.自立ではなく相互依存があるだけだ.現実にはホームレスは依存から(自立へではなく)相互依存へと移行していくのだ」.

 「公用地適正化」を眼目とする「ホームレスの<自立支援>に関する「特措法」が成立した日本でも、今問われているのは「自立とは果たして何か」ということだろう.
 
 日本では最近、行政が主導する自立支援センターを通じた賃金不払いの違法業者への路上生活者就労斡旋が問題となった.
 
 野宿者を矛盾の多い既存の下層労働に再び追い込んで「脱路上」としての自立を強制するのではなく、野宿者を拡大再生産しつづける社会そのものを問題視する意識から、僕らもやはり「相互依存」が形成されるひとつの有意義な形を、路上での集住・コミュニティーと仲間たちのさまざまな「協働」に見出してきた。
 
 人間が活力を持って生きられる場の形成と矛盾しない、新聞売りのようなあたらしい仕事づくりを僕らも実現できたら、と考える。
 
 実のところ、シカゴの市街地からは逆に、そうしたコミュニティーのぬくもりはすでに消し去られていた。が、あるいはそれは、排除・収容を軸とする野宿者対策に身を委ねる「クリーンな」都市型社会が、遅かれ早かれたどり着くであろう近未来の姿かもしれない.
 
 シカゴの路上から、僕らの渋谷の路上を憂いつつ、出遭った幾人もの異国の「仲間たち」の笑顔を想う。


*『ピカうち』第3号:http://www.jca.ax.apc.org/nojukusha/nojiren/pikapika/3/berlin.html
**今年10月で創刊10周年を迎えるStreetWise紙は、3600人を越える路上生活者に新聞売りの仕事を提供している。この団体のホームページ(www.streetwise.org)で彼らの活動の詳細を見ることが出来る.

 


(CopyRight) 渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合
(のじれんメールアドレス: nojiren@jca.apc.org