申し入れ書


新宿区長 小野田 隆 殿

去る四月三十日付読売新聞紙上において, 私たちに関する重大な施策が突然 発表された.北新宿四丁目にある元新宿看護学校内体育館を改装し「自立支援 センター暫定施設」を早くて六月から開設すると都が決定したというものであ る.報道によれば,入所対象者は西新宿地下広場に暮らす野宿者,入所人員は 約八十名,入所期間は最大二か月,入所中は健康相談,就労相談など「自立支 援」を行なうとされている.

私たちに関する重大な施策が私たちの預かり知らぬ所で決められ,私たちの 頭ごなしにマスコミで突如発表されるという事態の中,私たちは急遽可能な限 りの調査を行なった.その結果によると元新宿看護学校敷地は消防庁と警視庁 が現在利用しており,校舎部分は警視庁が「秘密の施設」(校舎利用者が私た ちの問いにそう答えた)として利用しているという.敷地には看板すらなく, 監視カメラが設置されるという,異様な雰囲気な校舎の裏側に体育館があり, 校舎を通りぬけなければ体育館には入れないという構造であった.警察関連施 設の中に「自立支援センター暫定施設」を設けるという今回の案は,運河に囲 まれ何十もの柵で囲われた芝浦臨時保護施設を彷彿させるに十分なものであっ た.

私たちはこの寝耳に水の発表に対し,貴区生活福祉課今野課長との交渉を二 日にもち区のかかわりの程を問いただしたが,そこで再び私たちを驚かせたこ とは,この「暫定施設」に新宿区は何も関与していないということであった. 「東京都が責任をもって行なう単独事業」が今回の「暫定施設」であり,今野 課長ですら「マスコミ発表以上の詳しい内容はまだ把握していないし,都から も説明がない」と当惑している様子であった.地元区への説明すら事前に正式 にしていないのだから,当然北新宿などの地元住民に対しても説明がある筈が なく「地元住民からすでに反対の声が届いている」(今野課長談)という状態 であるという.当事者である私たちはもとより,地元区である新宿区,そして 「施設」予定地の北新宿などの地元住民,何と東京都はこれら関係者をカヤの 外に置きながら,勝手に「施設」設置を決定してしまったのである.(私たち は東京都に対して一日,知事宛申し入れ書を提出すると同時にこの「施設」に 関し質問を行なったが,明確な答えは返ってこなかった)

さて,貴区の「路上生活者対策」の立場は既に四月十五日の私たちとの交渉 の中で永木総務課長が明言なさったよう『昨年検討報告された 「路上生活者対 策報告書」に基づき,都区が一体となり足並みを揃えながら,路上生活者の人 格を尊重した対策を進めて行く』というものであった筈である.また,昨年十 一月の区長会総会で確認された事は「自立支援センターが建ち上がるまでの間, 都区協議のうえ暫定的に自立支援センターを実施する」であった筈である(一 九九六年一一月二二日付け都政新報).しかも,その後の報道によれば「暫定 実施案」は都区協議が不調に終り「難航」し「断念」したと言われていた筈で ある.

それを何故,今,東京都が「路上生活者対策」の大前提でもある「都区一体」 の枠組みを自ら壊し,単独で「暫定実施案」を打ち出したのか?私たちにはと うてい理解しがたい.(私たちは「報告書」の内容に関して一定の批判をもっ ているが,都区一体となって対策を推進していくという姿勢は積極的に評価し ているし,それに反対しているのではない)

そもそも「路上生活者対策」とは「施策の体系や主体の形成がまだ不十分で ある」(報告書 10 ページ)から「関係機関がきめ細かに連絡・調整を行いつつ, 事業を実施」(報告書 17 ページ)する必要があるとされていた.都が区の意向 を無視して施策を単独事業として行うことなど「報告書」に基づくならばとう てい有り得ない話しであり,そんな事が起こったら対策が混乱,または二重化 する恐れもある.事実先行した新宿区一か所の「暫定実施」,しかも新宿区は 預かり知らずとなれば,法外施設故に入所基準が曖昧である以上,就職支度金 に三万円も現金が渡されるとあれば入所希望者が殺到する,新宿区内に都内野 宿者が大挙移動してくることも予想され,今日の問題が更に深刻化,新宿区へ の負担が増加するであろうことは容易に想像できる.しかも,今回の「暫定実 施」で言われている支援策は昨年失敗に終わった芝浦臨時保護施設に準じたも のでしかなく,失敗の反省に基づく施策の充実(貴区も問題にしていたとりわ け就労斡旋の問題)は何等期待され得ない.すなわち野宿者の「自立」にはほ とんど結び付かず,野宿者を再生産させる施設にしかならないことは火を見る より明らかだということである.そうなれば現在東京都が警察,地元商店街と 連携しながら行っている「西口正常化」と称する排除政策の中,再び新宿駅周 辺には戻れず,新宿区内の公園や住宅街の中に野宿者があふれかえるという事 態が予想される.これは大袈裟な杞憂ではなく,事実昨年一月二四日強制排除 事件の顛末を客観的に判断すれば自ずからこのような結果になるのは,誰しも 理解し得る事である.四号街路から,地下広場にトコロテン式に押し出された 野宿者が今度は区内の住宅地や公園に分散する事態へと東京都の強制排除策は 結果として導きだして行くのである.

私たちは既に三月十七日区長宛の申し入れ書の通り,野宿者が野宿を脱せら れ,その後も安定した生活に付ける抜本的施策を仮設住宅,軽作業労働の保障 を柱としながら都区に求めている.しかし,少なくとも今回発表された「暫定 実施案」は,管理型の収容所形態をとり,しかも法外での最大二か月の宿泊援 護でしかなく,就労相談も民間末端産業に労働者を派遣するだけの役割しかも たず,かつ高齢者の雇用の確保に責任を取らない,そして,今日の西口広場問 題の情勢 (連日都・商店街が雇った警備員,新宿署員らにより不当な退去勧告 が行われ,既に逮捕者が三名も出ている) から考えるならば,再度の強制排除 の受け皿となる可能性が極めて高い施設であると判断しており,私たちの要求 とは百八十度違う,私たちにとっては許しがたい施策であると認識している. このような施策がもし強制排除と同時に撃ち下ろされるならば,私たちの問題 はより一層複雑化し修復不可能なまでの行政との溝が生まれることであろう. 私たちの野宿生活から脱する願いを逆さに取り,私たちの生活を更に困窮化さ せる排除の目的のための施策であれば,行政,地域住民含めてお互いに不幸な 結果しかもたらさないのである.

私たちは貴区のこれまでの立場からしても,特別区の事情,主張すら顧みず, 協議が暗礁に乗り上げれば,突如単独で「暫定実施」を決定する東京都のまさ にご都合主義としかいいようのない対策姿勢には断固抗議すべきであると考え る.費用負担や自らの手で生み出した問題だけを地元に押しつけて行こうとす る東京都の姿勢が今回はからずも暴露された.だったら最初から「都区一体」 などと言わず山谷対策のように都が単独で対策を行えば良かったのである.私 たちは貴区は貴区の筋を通してもらいたいと考える.都の一貫性すらないこん な暴挙を許しておいたなら地方自治もなにもなくなってしまう,新宿区は東京 都の植民地であるのか?特別区の自覚と責任をもち,既に確定した対策の枠で すら自らの手で破壊しようとしている都の暴走に是非とも楔を打ってもらいた いと願う所である.

下記の点を私たちは貴区に要望する.

  1. 都が単独で行おうとしている「北新宿自立支援センター暫定施設案」 に関し,早急に新宿区の立場を明らかにし,白紙撤回を東京都に求め ること.
  2. 「暫定施設」が西口地下広場強制排除の受け皿となる危惧を当該野宿 者の多数が持っていることを認識し,「対策なき撤去には反対である」 という貴区の立場から,もしそのような計画があるのであればこれに 反対し,道路管理上の問題については平和的解決を目指す努力を行う こと.
  3. その上で「都区一体」の対策枠組みを再度確認し,都区協議を再開し ながら当事者が納得し得る,そして平和的に野宿生活から脱せられ, 以降も安定した生活が送れるような諸施策を,当事者の意向を反映さ せながら早急に講ずること.

以上

1997 年 5 月 6 日
新宿連絡会 (新宿野宿労働者の生活・就労保障を求める連絡会議)
台東区日本堤 1-25-11 山谷労働者福祉会館気付け
03-3876-7073, 030-818-3450

(c) 1997 渋谷・原宿 生命と権利をかちとる会
inoken@jca.ax.apc.org

$Date: 1997/12/11 11:32:55 $ 更新

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