父の語った戦争・語らなかった戦争　№７

父が参加した「日中戦争」の現場を訪ねて

　　　　　　坪　井　顕　雄

中国への旅

　２１世紀に届かんとする昨年１２月１日から５日間、６３年前に旧天皇制軍国主義が中国本土に残した爪痕“中国人民の心に消え去ることのない象徴的虐殺地”南京市を訪れました。「南京大虐殺の現場・慰霊の旅訪中団（団長・野村勝時＝埼玉県出身）」一行７名（現地参加１名）の一員として１２月１日、午前１０時、成田発上海行きのＪＬ７９１便にて出発、上海より列車にて南京市を訪問しました。時差は日本とは１時間、という事なので非常に理解しやすい。中国（本土）は初めてで、上海空港着陸寸前に飛行機の窓口に飛び込んできたのは多くの水路（現代版クリ－ク？）でした。若干の休憩の後、鉄路は目的地南京西駅へと我々を運んでくれました。途中数回停車し、最後の停車駅「鎭江駅」の薄暗いプラットホ－ムに下り立ち、感無量の思いでした。この地こそ、父が６３年前「第１３師団歩兵第５８聯隊」の本隊に合流し、実質的に中国侵略戦争に参加渡河し、津浦線遮断の任務を与えられるキッカケとなった場所でした。　　　　　　　　　　　　　　　

　翌２日より５日まで、「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」（以下「虐殺紀念館」と記す）及び長江大橋公園周辺の虐殺現場跡地、上元門、大湾子、幕府山砲台、そして「烏龍山」及び「幕府山」両砲台付近で捕らえた捕虜１４，７７７名の中国軍・民の虐殺に深く関わった第１３師団山田支隊（会津若松の歩兵第６５連隊・両角部隊が中心）の捕虜収容所跡地周辺（五百村）、四所村、五所村、南京市街「当時の南京安全区内、ジョン＝ラ－ベの自宅、金陵女子大学（現南京師範大学）等」の史跡、そして上海に設置した旧日本軍の慰安所跡、上海の魯迅公園の梅園の中にあったユンボンギル（朝鮮人）の義挙現場等を駆け足で訪ねました。また虐殺紀念館、草鞋峡紀念碑では一同献花、そして黙祷を捧げました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

父の日記

　訪中のきっかけは、福島県いわき市に住む（私は郡山市在住）知人、小野賢二さんによる訪中（南京訪問）の呼びかけによるものでした。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　私は郡山市で毎年お盆を中心に開催される「平和のための戦争展」の運動に係わってきました。父の残した『陣中日記（以下「日記」と記す）』が実家に存在する事は確認しておりましたが、特段興味は沸きませんでした。しかし、一昨年の戦争展に同日記、及び戦友の氏名が記載されている手帳そして軍隊手帳３点を展示し、再度読み直しているうち、１９３７年１１月２７日、広島県宇品港から出航、乗船した船名が「海祥丸」とあり、妙に気にかかっていました。そうです。この名前こそ「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち＝第十三師団山田支隊の陣中日記＝以下（皇軍兵士たち）と記す」（小野賢二・藤原彰・本多勝一編『大月書店』）の１５［高橋光男］陣中日記（所属　歩兵６５連隊第１１中隊・４次補充　階級　上等兵＝285頁＝）に記されている船名・海祥丸（六千トン）と同じ船名でした。そして日付も同じ１９３７年１１月２７日でした。何という因縁でしょう。しかもこの日記の［十二月］十八日付けには次のように記されています。「午前八時半制列にて各中隊に分類され十二時に中隊第十一中隊に入る、第四次二十二名、これより南京を見学に行こうと思ふが行かれなかった。午後にわ聯隊の捕りょ二万五千近くの殺したものをかたつけた」（２８９頁）。
　もし父の連隊が高橋上等兵と同じ６５連隊だったら、父もこの同じ虐殺現場に遭遇し、同じ虐殺死体処理に係わることになったことは間違いない。これは父の日記を正確に読み直し、事実関係を明らかにしなければ、との思いにかられました。そして父が皇軍兵士として参加した日中戦争の戦闘軌跡を自分の足でいつの日か訪れ、子孫として、中国侵略戦争に加害者として参加した父の中国人民への謝罪と慰霊の旅をしたい、との思いが私の心の中で益々増幅していました。小野さんからの誘いはまさに「渡りに船」でした。

　父が参加した「日中戦争」の現実を、日記を追いながら順に見ていくことにします。
　私の父坪井末男（つぼいすえお）の出征当時の履歴から述べてみます。父は１９０９年１０月２２日、福島県田村郡山根村（現常葉町）で生まれ、１９３７年は同郡中郷（なかさと）小学校の訓導をしており、学校現場からの出征で、軍の階級は陸軍豫備歩兵少尉（２８歳）でした。父の日記の日付は１０月２０日からとなっており、冒頭には次のように記されています。
　すなわち「郡山を発して略々十時間始めて新潟に足を入れた、柏崎よりの佐渡ケ島、見るからに歌の如き感あり、應招兵の各駅より乗車する者　観送者、実に萬歳のなみである。午後五時半漸く高田につく　高田ホテルトかに投宿　正久兄と泊す」と。
　招集令状が残っていないので何故２０日からの記録だったのかしりませんでしたが、１９３７年代の中郷小の学校日誌が偶然に残っており、同日誌には、「１０月１８日　坪井訓導陸軍予備歩兵少尉トシテ今事変ノタメ歩兵三十聯隊（高田）ニ臨時招集令状ニヨリ出発スルコトヽナル　１０月１９日　坪井訓導出征ノタメ告別式直チニ見送リヲナス」と記されています。
　即ち日記の２０日とは小学校で告別式を行った翌日ということになり、風雲急を告げる出発と言うか、召集令状を受け取ると直ちに招集聯隊に出向かなければならない、という事がこの表現からも窺えます。１０月２１日の入隊から１１月２７日の宇品港出発までの１ケ月の動静について母・周（しゅう・１９１４年９月１８日生まれ）の証言によれば、王城寺原（宮城県）から郡山にかけて第二師団（留守）の秋季演習が有り、終了後軍の特別の計いで面会する事ができ、その時写真屋で出征記念写真を撮った、と証言しています。このことは、皇軍兵士たち６［宮本省吾］陣中日記の［十一月］十一日の日記（１２７頁）に「本日より支隊演習となる、午前中蟻袋［擬装］に行動、之より状況開始四聯隊と聯合して王城寺原にて遭遇戦をなす．．．．」の表現のうち四聯隊とは仙台、若松、高田、新発田を指し、母の証言も符合します。

南京に向かった父

　父の行軍経路は次のとおりです。（略図）
　１９３７年９月９日動員下令による１３師団が「１９２５年、宇垣陸相による第三次軍縮で廃止されていた１３師団が仙台の第２師団の留守隊（当時第２師団は満州＝中国東北部＝に駐屯していた）で編成」復活した。また父が招集された、高田の３０聯隊の留守隊で５８聯隊の動員が実施され、５８聯隊として復活した。
　その時の師団編成は次のとおりです。（昭和１２年動員時）

　第１３師団　　　　　　　　　　師団長　　荻洲　立兵　中将
　　師団司令部　　　　　　　　　参謀長　　畑　勇三郎　大佐
　　　歩兵第１０３旅団　　　　　旅団長　　山田　栴二　少将
　　　歩兵第１０４聯隊（仙台）　聯隊長　　田代　元俊　大佐
　　　歩兵第６５聯隊（会津若松）聯隊長　　両角　業作　大佐
　　　歩兵第２６旅団　　　　　　旅団長　　沼田　徳重　少将
　　　歩兵第１１６聯隊（新発田）聯隊長　　添田　　孚　大佐
　　　歩兵第５８聯隊　（高田）　聯隊長　　倉林　公任　大佐　　　　　　　　　　　　　
　　　騎兵第１７大隊　　　　　　大隊長　　小野　良三　中佐
　　　山砲兵第１９聯隊　　　　　聯隊長　　横尾　　闊　中佐
　　　工兵第１３聯隊　　　　　　聯隊長　　岩淵　経夫　少佐
　　　輜重兵第１３聯隊　　　　　聯隊長　　新村　理市　少佐
　　　師団通信隊、兵器勤務隊　衛生隊、同第一～第四野戦病院
　　　防疫給水部、師団病馬廠

　※　因みに父坪井末男の昭和１３年４月１５日付けの「歩兵第５８聯隊将校編成表」によれば第三大隊第１０中隊第二小隊長（陸軍歩兵少尉）と記されている。

　随分と道はそれましたが話を戻すと、特設師団である第１３師団は、上海派遣軍の隷下となり、１０月１日から呉淞、上海間に上陸し、揚子江岸に沿って激戦の上海戦、江陰戦等を展開し、１２月６日鎭江に到着しました。この間、１２月１日大本営は、上海派遣軍と第１０軍（柳川中将）を擁する中支那方面軍（司令官・松井石根陸軍大将＝上海派遣軍司令官も兼務）に「南京を攻略すべし」という命令を下した。その意味では父が所属する５８聯隊を擁する１３師団は紛れもなく「南京攻略戦」に参加することになった部隊（聯隊）に他ならない。その後、１３師団主力は、鎭江から揚子江を渡河して左岸に渡り、津浦線遮断の任務を負い、同師団の一部（ほぼ６５聯隊）は山田支隊として烏龍山、幕府山の砲台占拠に向かい、大虐殺に係わる事になりました。
　父を乗せた海祥丸は、１２月１日揚子江河口に碇泊。一夜を明かした翌２日、黄浦江を溯り呉淞、上海間の凄まじい激戦の跡を「海陸空の呼応の戰斗の後涙なしに見られぬ」と、３日呉淞に上陸（下船）し、破壊された呉淞砲台の跟跡を『ヴェルダンの戦跡「第一次世界大戦独仏の激戦地（仏国土ヴェルダンが独軍の猛撃にさらされ徹底的に破壊されたが侵攻を死守した場所）以上か」』と記しています。下船の順序は、１０時ころ若松聯隊（６５聯隊）よりと皇軍兵士たち１０大寺隆陣中日記（所属　歩兵６５聯隊第７中隊・４次補充　階級　上等兵　＝１８７頁）」に書かれています。

　５日の日記には、母・周の実の姉の夫＝秀夫の戦死（上海戦で戦死）の状況を南翔に向かう途中「滝田定三氏（６５聯隊出身）より承る」、また前出の大寺日記の１３日の記録には「丹陽より鎭江まで最後の行軍だ、六時過ぎ鎭江の宿舎手前に着く」同１４日の冒頭の記述「今日からいよいよ南京に向かひ、両角の本隊に追及する事になる」また、前述「皇軍兵士たち」高橋光夫日記（２８９頁）の１３日の記録には「朝八時五十分常洲出発・・中略・・鎭江に十一時三十分着」と、そして父の日記の８日から１２日までは記録がありませんが、１３日の記録には「十日目の行軍の後漸く鎭江に到着した・・・・中略・・・荻洲師団長（１３師団長）の訓示、倉林部隊長（５８連隊長）挨拶あり、自分は第三大隊九中隊分属された」、翌１４日の日記の冒頭には「鎭江埠頭にて４次補充員に対する聯隊長の訓示あり」と記されており、１３師団の第４次補充兵のうち５８聯隊及び、６５聯隊所属の補充兵が前後の隊列かは別として呉淞上陸～鎭江間までは同じ行軍体列をなしていたことが想像できます。

「百数十の敵死骸…」

　崑山より蘇洲行軍途中の日記には「百数十の敵死骸を見る、銃弾の頭上を飛びちるを感じ、身震いした」とあり、実戦の緊張感が蘇る表現になっています。
　１６日「六合に向け出発、大隊本部の隊列大いに乱れ、癪に障る、とあり、急場しのぎの補充兵の訓練が思うようにいかない実態が浮き彫りになっています。
　１９日「午前三時起床、敗残兵と交戦有り、九中隊は最右翼にして正面敵ト－チカに向ふ、戦斗時間午前七時～午后十まで、完全に占領」とあり、十五時間の戦闘が続き、部下が勇敢に働き、また負傷している事が記されている。
　２０日、「本隊に合すまで支那人を使役せる咎にて、倉林隊長（５８連隊長）に随分叱られた、午后六時頃、除懸に入る」とあり、はやくも連隊長に目を付けられてしまった事が窺える。
　２１日、「来安懸を占領、不完全ながら日章旗を立て、上海以来の初めての入城式」と記す。
　２３日、「落伍した四分隊長が除懸付近で出火せしめた、状況を伺うに病気と神経の疲労によるもののごとし、第二大隊長にえらく世話になり、礼を述ぶ」とあり戦場では、何が起きるかわからないとの感を抱くのに十分な事態だ。
　　２６日「除懸にて師団の慰霊祭あり、わが小隊より一分隊参加
　２７日「歩兵５８聯隊日支事変戦病没者金山中佐以下五百六十柱の慰霊祭は南京北西三十有余里の来安市で施行された。聯隊長の弔辞、師団長代理・沼田旅団長の弔辞あり、また皇軍兵士たち８［柳沼和也］陣中日記の２９日には「今日は聯隊の慰霊祭を中学校で実施する。各部隊長殿の弔辞等あり」と、２６日の師団、２７日の５８聯隊、２９日の６５聯隊と続けて慰霊祭を行っており、１０４聯隊、１１６聯隊それぞれも日本の正月前までに慰霊祭を行い一定のけじめをつけ、新年に向けた戦いの準備に取り組んだ可能性があるが、手持ちの記録が有りません。
　翌１９３８年１月２７日、「午前二時命令を受く、午前四時を期し、敵前渡河に当たり、十中隊より一小隊を出し、工兵に援護せよ、三時起床直ちに冷飯を食ひ、『明光』停車場に向かった。２５００メ－トルもあるクリ－ク迄３８０名程度を僅か２０分位で渡し終えた、集合人員を点呼、敵前渡河が完了した。京都の特設師団（第１６師団工兵第１６聯隊か？）工兵が吾が旅団（歩兵第２６旅団）に配属された兵による成果であり、神業敵な作業だ」と記録している。津浦線の要衝「明光」周辺での戦闘は「九時より開始され負傷者続質、自分は担架小隊長として１１６（歩兵第１１６聯隊）の医務室と連絡を取りながら一回、二回と負傷者を運搬する。北支より廻った野戦瓦斯衛生隊が聯隊の別なく負傷者収容にあたる。運搬は全く気に掛かる、呻く、唸る、鮮血は滲む、虫の息、息づまる感だ、午后四時ひとまず担架を中止」とある。七時間にわたる渡河前後の戦闘記録は凄まじい「昨夜出発以来各種の可給品が渡された、明日の命はどうなるかと皆で笑ってヨ－カン、饅頭、梨のカン詰、酒など飲みほした所、斯様な沙汰だ、何か渡った時満足な事は無い」と、２月７日「午前八時起床・・・・中略・・・・巡察将校の命を受けた、申告の帰りに南門を通った処支那婦人の死体あり、胴から下をまるきりあらわにしてある。而も何かいたずらしてあるのに兵の心理のあさましさを思ひ布をかけてきた」との記録は、まさに婦女強姦の後殺害を想像させるに足る文だ。
　２月１０日「大隊本部離脱　第１０中隊ＭＧ一小隊付　上窰西方約一里半西湾窰に分屯を命ぜらる　午后一時到着宿舎に入る　正規兵らしき者一名銃殺す」と、父の日記で唯一「銃殺」の記録が示されている箇所であり、呉淞上陸後における戦争への感情表現はない。
　１２日からの所謂、西湾窰付近における戦斗は凄惨を極める、「午前三時半歩哨に呼び起こされ友軍大隊本部方向の敵状を見、直ちに中隊長に報告した・・・・中略・・・・中隊長は敵状を見るの決心だにつかず以前中隊本部前に佇立す・・・・中略・・・・余は中隊長に意見具申せり以下別に記す」と、残念ながら「別記」は実家では見つかりませんでした。
　６日「昨夜１２中隊と共に行李護衛として考城に達し・・・・中略・・・・漸く中隊主力の最後の抵抗地に達するＭＧ小隊の兵三あり　何れも首を欠かる　更に移動せる部落に到るに中隊長始め三十有余の勇士枕を並べて倒る　田辺少尉以十四名　殊の外奮斗せるものの如し　中隊長以下十二名の焼死体みるかげもなく哀れなり・・・・中略・・・・自分は又小言を貰ふた　自分の小隊は中隊長以下三十有余の勇士の遺骸を御骨にして考上窰に帰還することになり一ケ小隊にて一夜かかり翌午前十一時までに終了し金子ＭＧ小隊長と共に上窰に向ふ」と、２月２７日「中隊長ノ独立セル戦斗ニ就キ詳報ヲ書く」、２月２８「上窰附近ノ戦斗詳報作製ノタメ中隊本部に行ク、大隊中隊小隊の三者一致セザル点ニ甚ダシク困難を伴ヒ迷宮に入り翌日に延長ス」、３月１日「昨日不完成の戦闘詳報作製ノタメ本部に残ル・・・・中略・・・・午后大隊長ニ原稿ヲ出シタトコロ、スバラシク叱ラレタ、不一致ノモノヲ一致セントスル所ニ困難が伴フ」、３月７日「前略、戦斗詳報ノ原稿モ出来上ッタト思ヒ清書シテ大隊副官ニ見セタ処意外ニ合格モソレテ終ワッタ　スッカリ気の腐サラシテ仕事出来ズ」、３月８日「前略、朝食後大隊本部に行キ大隊副官ニ例の問題（戦斗詳報）デ伺ヒヲ立テタ処通ッタ　更ニ訂正シテ松本に書記サセタ　未ダニ出来上ラズ」。

父の中隊全滅

　母の証言によれば、父の中隊が全滅（一ケ小隊欠＝父の率いる小隊か？）した上窰の斗い「西湾窰の附近に於ける戦斗」（日記欄外の表現）で父が軍法会議（現地での）に掛けられることになり、前夜、他の中隊長と所持する日本刀で刺し違える覚悟で、意見を具申し、残っている最後の「酒」を要求したところ、坪井小隊長を処分すると、中隊、大隊の処分にも発展せざるを得ず、その事が大隊の戦斗体制に不都合を来す、と判断され、無罪放免になった（話では、近くの中隊長が前線に出ず、身を伏せていた事が他の中隊長から父に告げられた事が理由らしい＝真実は確認しようもないが）。
　ところで、軍（階級）の下の者が一般的に上申する場合、事実誤認を記載することは考えられない、しかしこの戦斗での「戦斗詳報」は、父（坪井小隊長・少尉）に中隊、大隊に都合のよい「戦斗詳報」を書かせる事を要求しており、官製の「戦斗詳報」の実態が必ずしも真実を記してはいないのではないか、と思わせる重要な記録である。また、この倉林部隊（５８聯隊）の父の中隊が敵の攻撃により全滅した記事が日本の地元の新聞にも掲載され、それを知った母の父が、身重の母（３８年３月１６日、長男出産）に見せまいとして新聞を隠した、と母が証言しました。

一人の帰国

　４月１日「午前六時四十分整列　劉府集行李援護、往復十里　一昨日の情報によれば相当の危険あり当中隊より二ケ小隊ＭＧ一ケ小隊駄馬百頭車両三十台　小隊長誰もなし自分一人だ　若し危険地に晒されたとすると指揮者は居らん　苦境の中出発　されど異常なく帰還した　嬉しかった　足の痛み忘れていたが宿舎に入ると痛みだした」
　４月４日「午后より淮河を隔て敵味双方にて砲の交換在り」と、この表現の意味はどういう事か、知る必要がある。
　５日「一日休む、父上より頼信アリ　戦地に来て実家より始めての通信だ」父の嬉しさが感じられる表現だ。
　４月１３日「蚌埠に至り上窰に帰る　直ちに寝て了ふ　一週間程毎日病床に就く」
　４月２１日「蚌埠第二野戦病院に送られ一週間　浦口平站予備病院に三日　南京に５月２日平站病院に入る　本日５月６日郷里へ音信を出す　以上４月２１日よりの概況。南京陥落後約五ケ月後に、傷病者として始めて南京に足を入れた父、南京の捕虜虐殺の話は聞かされてたのだろうか？
　５月１３日「湯山鎭温泉ニ行く　病勢良行ナラズ」と、５月２２日「１０日ほどの湯治ではあるが一ケ月以上も居た様な気がする、午后六時南京に着いた」。「支那事変　戦跡の栞（しおり）」陸軍画報社（昭和１４年１０月３１日発行・以下『戦跡の栞』と記す）の「湯山」の紹介案内は次のとおりです「湯山は中山門から東南方約二十粁位、田の中に湧く微温の湯である。然し支那では稀らしい鑛泉で、嘗ては蒋介石なども、この温泉に遊んだものである。浴槽は支那式で水淺く日本人の熱い湯に首まで浸るのには一寸もの足らない。勿論、日本式の混浴ではないから入浴料四、五角は覺悟せねばならぬ。そして浴後は茶館に入り、花入りの支那茶の香り高いのに一服するのも一興である」（２３８頁）と。

　６月４日の日記では戦争文学に対する批判ともとれる注目する見解を示している「一昨日以来亦病気は進行して不快なり、啄木（石川）に関する文献を視て更に心の奥悩を感ず（中央公論より）　改造（文庫）に依る文学と国策には、林房雄独特の健筆を相変わらず振っている、文壇巨星もあれでは堪らぬ様に思ふ　月並の月刊雑誌数冊視たが、作者其の者に何か変換期のあるものを見出される、何か奥歯に入った様な気もせぬわけではない、ザックバランに話せば彼等の一種の暴騒ぎではあるまいか、自然主義文学も時代の反映に伴ひ　ゆがめられた形態にそして其れ自信何を書いているのか、わざと誇張した戦争文学といふのか　あれが第一戦慰問の読物とはきき取れそうにもない、もっと対外的に目を付けて書いたものを読んでみたい、経濟、軍事、外交而も目下相対する支那に関する文献に依りて友邦支那を知りたいものだ」と。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　父が啄木の何を読み、自己の現在の心の「懊悩」を感じたのか、明治４３年８月下旬執筆された、啄木が自然主義との訣別を宣言し、社会主義に傾注していく転換点に位置する評論『時代閉塞の現状』を読んでいたかは具体的には知るよしもないが、石川啄木が盛岡中学校を出て、渋民小学校で教鞭を執る姿を自分に重ね合わせたものか。私にも印象に残る啄木の歌が一首あります。すなわち歌集「悲しき玩具」の「新しき明日の来るを信ずといふ　自分の言葉に　嘘はなけれど」の一首です。［歌意］（新しい明日の社会のやがてこの日本にも訪れるのを信じているという、私の言葉に嘘はないけれども。しかし・・・・）【鑑賞】初出「早稲田文学」明治４４年１月号。「あたらしき明日（あす）の来（きた）るを信ずてふ／友の言葉をかなしみて聞く」。この一首は「嘘はなけれど」と確信しながらも、「新しき明日」の到来を妨げる時代の絶望に不安と焦燥を感じる作者の心境が表現されている。「別冊國文学・ＮＯ１１”８１石川啄木必携（學燈社＝１４１頁）」。
　６月１６日「前略、午后二時中隊長他六名の患者後送されるに至った、午后一時頃自分も遂に後送に決定された、午后四時便乗した、六甲丸赤十字船の船体は何処となく異様な感じがした」
　６月１８日「午后七時上海大連埠頭に上陸まで前後三日静かな自然に黄色い濁流、海のようだ、十時第一陸軍病院に入る、内地に帰った様な気がする」
　６月２０日「前略、昨夜は中隊長以下同導者の内地観送が言渡された、自分にも後程来たけれど内地に帰る気になれぬ　原隊復帰を願った」。
　６月２５日「午后より鎌形中尉の当番と同導上海見物に出かけた・・・・」
　日記はこれで終っています。

　本当はここで帰国できたそうなのですが、部下、同僚が数多く戦死している実態で帰国を断念、治療に専念し、再び武漢三鎭攻撃の前哨戦としての、大別山系に赴き、９月４日、富金山の戦斗で左足部負傷。結局１９３８年１０月３１日「内地還送のため上海港出発」１１月３日「大阪港帰着、同日大阪陸軍病院金岡分院に入院」、１２月１７日「高田陸軍病院ニ転入」（傷痍軍人手帳等による）。
　約一年、中国大陸を転戦し、マラリアにも罹患し、九死に一生を得た父の行軍経路を確認してきましたが、実際戦場がどのような状況になっていたかは皆目検討がつきません。父の内地還送により、私がこの世で「生」を受け、父の陣中日記をひもとくことになった事は、不思議な因縁であります。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

歴史の真実を教訓に

　ともあれ、日本侵略軍が、中国側のおびただしい数の軍民に対し、虐殺、略奪、強姦、不法行為等の思いの限りを尽くしてきたのは歴史の真実です。この歴史の真実を否定して「南京大虐殺」はなかったとか、当時南京の人口は２０万しかなかったのに３０万人が虐殺されるはずがないとか、大虐殺は幻だとか、中国、朝鮮、東南アジア諸国等から強制連行された従軍慰安婦は公娼だったとか、未だに精神的、肉体的にも戦争の傷跡から癒されていない方々に悪罵を投げつける輩が、マスコミが、政府・政権政党の要人が後を絶ちません。人口について言えば、「戦跡の栞」（陸軍画報社・昭和１４年発行）の中でも「首都南京も今日では歴史上の名称となったが・・・・中略・・・・国民政府が南京市を特別市として首府を置いたのは、民國十七年四月（１９２８年）であった。１９３７年末、皇軍に追われ首都が重慶に遷る約十年間一國の首府であったわけである・・・・中略・・・・遷都の年、人口は僅か十七萬と云はれたがその後十年間の急激なる増加は、今次の日支事變勃發直前には八十萬に達しただろうと云はれてゐた」（232頁）とあるように、日本陸軍自身が少なくとも８０万人を超える南京市の人口を数えている事は注目にあたいする。

　以上、父が参加した「日中戦争の現場」を、日記を通して駆け足で見てきましたが、今父が生きていたら私に「この戦争を何と言ったろうか」、聞きたくもあり、素直に話が理解できるか不安でもある、というのが私の正直な気持ちです。父が母に戦争体験について語った言葉は「戦争は悲惨だ、之に尽きる」この言葉だけだったとのことです。
　今、「新しい歴史教科書をつくる会（以下『つくる会』と記す）」の歴史教科書問題について大変な国際問題が起きています。広範な国民、国内外から「つくる会」の教科書が植民地支配を合理化する描き方をし、侵略者の立場の呼称「大東亜戦争」を用い、侵略戦争を美化する内容に満ちており、正しい歴史教育からは乖離している、として検定で合格させないようにの、世論を無視して、「つくる会」の歴史教科書を文部科学省の教科書検定（１３７ケ所の修正に応じて）に合格させてしまったからです。１９８２年に教科書問題が起こって、官房長官談話があって、検定の条項にも近隣諸国条項というのがあって、侵略と植民地支配は反省するという立場に立って教科書を編成するというのは、国際公約なのです。侵略戦争、植民地支配という問題については、これは歴史観の問題ではなく、事実の問題なのです。事実の問題として教えるということがなければ、誤りを繰り返すことになる。アジアの人々が主張している点はそのことです。日本政府は、速やかに侵略戦争を認め、謝罪と反省、そして補償に応じるべきです。そして私たちは今、「つくる会」の歴史教科書を学校現場で子ども達に使用させない、広範な国民運動をあらゆる機会を通じて展開させなければなりません。ここ、郡山市の３月議会では、彼らのもくろみは否定されましたが、虎視眈々とチャンスを窺っており予断を許しません。　　　　　　　　　　

　※　最後になりましたが今回の訪中では、小野さん、さらに芹沢さんをはじめとする「ノ－モ　ア南京の会」の方々そして加藤先生には大変お世話になりました。今回は「主に南京市」とい　うことで、父の陣中日記の関係からすると限られた場所での見聞ということでしたが次回の訪　問の必要性を益々感じざるをえません。

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父の語った戦争・語らなかった戦争 №７