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死の影の谷間から
<死の影の谷間から>
ムミア・アブ=ジャマール/著
今井恭平/訳
現代人文社/刊
今井恭平の文章

ムミア・アブ・ジャマル
 死刑囚監房のアフロ・ジャーナリスト
 1995年11月10日



以下は、インパクト出版会の雑誌<インパクション>no.94(1995.11.10発行)に掲載された記事です。


 ムミア・アブ・ジャマルの名前を私がはじめて知ったのは、今年の5月末、仕事で訪問中だったサンフランシスコで書店めぐりをしていたときである。Live from Death Row(死刑囚監房からの生放送)という本のタイトルが目に入り、なにげなく買い求めた。その後、インターネットにアクセスしているときに、ふと思いついてMumiaというキーワードを打ち込んでみたのである。すると、驚いたことに、彼の支援組織が世界各地に組織されていることが分かり、それが、ネットワーク上で、ホームページと呼ばれる情報の集積場を使って、恒常的な情報交換を行っていたのである。
 その日から、そのホームページに1日に何度かアクセスするようになり、そして、ムミアの処刑期日が、8月17日午後10時と指定されていることを知ったのである。
 ペンシルバニア州知事のトム・リッジは、1995年1月に就任してわずか数カ月のうちに、20名ほどの死刑囚の執行命令書に署名した。ムミアに対しても、彼と弁護団が再審請求を提出することをあらかじめ公表していた期日の直前の6月1日、執行命令にサインした。リッジは、知事選挙の際、死刑推進を政策の一つに掲げて当選した。その公約をはたすべく、5月には州の歴史において、じつに30数年ぶりに死刑の執行を行った。

 ムミア・アブ・ジャマルは、1954年、フィラデルフィアに生まれた。15歳で、人種主義的な白人候補の選挙活動に抗議してデモに加わった彼は、その後ブラックパンサー党支部の結成に参加し、スポークスマンをつとめた。ブラックパンサー党が弾圧と内紛でつぶされた後、彼はラジオ・ジャーナリストに転じ、「声なき人びとの声」というニックネームで知られるようになる。
 1981年12月9日、フィラデルフィア警察のフォークナー巡査を殺害した容疑で逮捕された当時、彼は全米黒人ジャーナリスト協会のフィラデルフィア支部長であった。
 ムミアの逮捕はセンセーションを巻き起こした。彼が著名人であったからだけではない。裁判に多くの疑惑がつきまとったからでもある。
 警官を殺害した銃弾は44口径、一方ムミアが合法的に所持していた拳銃は38口径である。このあからさまな事実にくわえて、別の狙撃者が逃走したのを見た、という複数の証人も現れた。検察側の有力証人達は、売春や放火で自分自身が起訴のおそれがあり、検察の言いなりの証言をした可能性が大きい。逆に彼に有利な証言をした目撃者は、たびかさなる警察の嫌がらせに、身の危険を感じて州外に移住した。また、陪審員からは、黒人が意図的に排除された。
 自分自身、何者かに撃たれ、さらに逮捕の際に警官の暴行で重傷を負っていたムミアは、ほとんど防御権を行使できないまま、わずか半年で有罪判決をうけた。検察は量刑決定の際に、ムミアが毛沢東主義者であると印象づけ、陪審員を極刑の裁定に導いた。

 今年7月から開始された再審請求の聴聞会は、激しい人種対立の様相を呈した。法廷が開かれる度に、ムミアの支持者達と死刑執行派が、互いに数百人、法廷内外で示威を行った。執行派は、FOP(警察友愛会)が組織動員した白人で占められていた。
 8月7日、法廷は再審に関する決定が出るまでの間、無期限で刑の執行を延期するという決定を下した。しかし、このつかの間の勝利の後、9月15日には、再審棄却の決定が下された。この決定を行った判事は、82年の裁判で、死刑を宣告したのと同一人物のアルバート・セイボである。
 レオナルト・ワイングラスをはじめとする弁護団は、州最高裁への上訴を準備している。全米でもっとも多数の死刑判決を下し、ハンギング・ジャッジ(吊るし屋判事)の異名をとるセイボが再審を棄却したこと自体は、予想された事態とは言え、上級審に行くほど状況がシビアになる点では、アメリカも変わりないようだ。
 ムミアは、同時にLive from Death Row出版の際に受けた刑務所当局からの妨害や懲罰などに関して、民事訴訟を起こしている。それへの報復として、彼は今フェイズ2と呼ばれる懲罰に準じた処遇をうけており、足には枷をはめられ、そのためにくるぶしの腫れに苦しめられている。
 ムミアは、死刑や人種・政治的偏見、刑務所での非人道的な行為に抗して身をもってたたかっている、今、もっとも戦闘的なジャーナリストの一人である。