山里紀行  W日本  <第142回> 思想の自由

(平成15年2月5日発行の「山林・No1425」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

 上野村の主要産業のひとつに木工がある。かっては村にも木地屋やウルシカキの職人がいたようだが、それらは途絶え、いまから二十五年ほど前に村の新しい産業として創造された。村の若者を役場職員として雇い、伝統産地に徒弟に出し修行させたのがはじまりである。近年の経済情勢下で売り上げは苦戦してるが、それでも年商二億円くらいの産業には育っている。挽き物から大型家具まで、何でもつくれる村になった。
 働いている人は、元からの村の人と都市から来た人が半々くらいで、独立して工房をもつ職人と、木工センターで働く職人とに大別される。
 その独立した職人たちの作品をみていると、木のとらえ方は自由だということがよくわかる。たとえば家具をつくっているAさんの作品には、木のはかなさが表現されている。大地に芽生え、森の木々とともに育ち、一本の木としてその生涯を全うする。ときに山を伝わる風を感じ、ときに自分の枝にとまる鳥の声を聴いている。大きな宇宙のなかで一本の木として生まれ、その宇宙を夜の星空のなかにみている。そんな木の物語が生きるもののはかなさとして現れてくる。Aさんの作品は、そういう思想のなかで木の生命を表現しているように感じられてくる。
 Bさんの作品はAさんとは違う。Bさんのものは木と大地が一体である。木は大地の荒々しさや力強さそのものであり、山に根を張る生きものが、土の香りを漂わせている姿をBさんは表現する。たぶんそこに、Bさんは木の思想をみているからなのであろう。
 Cさんの作品はまた違う。表現されているのは上野村の自然である。たとえ一本の木といえども、それは上野村の自然のなかで生きている。山があり、川があり、崖があり、村人の里がある。この時空のなかで、それぞれの生命は生きている。だから生命とは単体で存在しているのではなく、共有された時空の一員なのである。それがCさんの思想なのであろう。
 Dさんは自然の世界を、生命が放つ色彩と香りのなかにみているようだ。自然の世界は四季の色彩と香りをもち、それぞれの生命もまた、それぞれの色彩と香りをもっている。色彩が折りなし、風が香りを運んでくる世界。そこに人々は生きている自然の世界を感じとった。土の色と香り、岩の色と香り、水や木々や草花や空や、…。その色彩と香りの世界のなかに、ひとつひとつの生命もある。Dさんの作品のなかには、Dさんの自然や木に対する思想が表現されている。
 木工にとっては木は手段であり材料である。ところが自分の作品づくりをつづけていくうちに、木は単なる手段や材料ではなくなり、中心的な役割をはたすようになってくる。職人が木を使ったはずなのに、いつの間にか木が職人を使うかのかのような変化が生じるのである。そうすると、職人たちは、木にどんなふうに使われるのが、その木にとって一番よいことなのかを考えなければならなくなる。そしてそのことが、木とは何か、自然とは何かという問いに対する自分に答えを要求する。その答えが思想を生む。しかも、その思想は、木が問いかけたものである。
 こうしてそれぞれの職人=作家たちの思想が生まれ、木は自由な表現をもつ作品へと生まれ変わっていく。そういうことを感じさせる作品が多くなったということは、上野村の木工も、初期の木工製品づくりの段階を超えたということなのだろう。
 このような木の作品をみていると、木に対する思想、すなわち表現が自由であるのと同じように、森に対する思想、表現も自由だという気がしてくる。人が森に何をみるのかは自由であり、その結果としての表現、つまり森のつくり方も自由だということである。とすれば森づくりの基盤は、森を自由にとらえていく発想の自在さににある、ということにはならないだろうか。それが多様な木の作品をつくりだすのと同じように、多様な森をつくりだす。
 ところが森林問題というと、今日の私たちは、全国どこへ行っても、同じようなことを語らなければならなくなっている。林業の不振、間伐の遅れ、相続税や森林所有権の矛盾、荒れた里山、…。そういったいくつかの言葉を並べれば、どこに行っても森の状況が語れる。
 そのことのなかに、戦後の森林政策の失敗があるのだと思う。同じ言葉で状況が語れるということは、森に対する自由な思想や表現が、どこかで抑圧されてきた、ということだろう。そのために、同じような森が生まれ、いま同じような問題が語られている。
 思想の自由を守ることは尊いと誰もが言う。それなら、森に対する思想の自由も同じだ。そして戦後の森林政策が、結果として、森に対する思想の自由を抑圧してしまっていたのだとすれば、私たちは、そうさせたシステム自体を検証しなければならない。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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