山里紀行  W日本  <第135回> 巨木探し

(平成14年7月5日発行の「山林・No1418」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

 この数ヶ月、上野村では、宝探しのような感覚で村の巨木探しがおこなわれている。四月には巨大な栃の木が一本「発見された」。
 もちろん、その木も誰一人として知らなかったわけではないのである。その辺りの山に入って仕事や猟をする人たちは、その存在を知っていた。ところが、村の人が誰でも知っている木ではなかった。
 昨年の四月から十二月まで、上野村では「山里文化祭」をつづけた。村の一年の時間の流れのなかに文化が埋めこまれている、その文化をみつけだし、次々に表現していこう。それが「山里文化祭」の考え方だった。主催したのは「おてんまの会」という、いわば村人のつくるボランティア組織である。民間の力で八ヶ月を超える文化祭をおこない、役場がこの活動を応援する、というかたちをとった。期間中には、約一万人の延べ参加者を得ている。
 この「おてんまの会」の活動は今年も続いている。その今年の活動のひとつが、村の巨木をみつけだし、巨木地図をつくろうというものだった。
 群馬県が以前に調査した報告書に、上野村の栃の巨木のことが書かれていた。ところがその巨木の存在を確認しようとして、「おてんまの会」のメンバーが活動していたとき、一人の村の人が言った。「もっと大きな栃があるよ」。「本当かい」。「その木とくらべればあの栃なんぞ枝の太さくらいのものさ。なにしろ、一本で一反の土地を占領しているのだから」。
 こうして、この栃の巨木探しがはじまったのである。いろいろな村人に話を聞いて、ついに「おてんまの会」のメンバーの一人がみつけだしてきた。巻き尺をもっていって測ってみると、周囲に大きく枝を伸ばして広い土地を一本で占領していて、その占領地の面積は〇.八反ほどあったという。
 村の広報誌を使って、巨木を知っている人は教えてほしい、という呼びかけもおこなっている。どうやら村一番の榎は臼井という集落内にあるもののようだとか、村一のモミは楢原神社の境内のもののようだとか、少しずつわかってきている。
 村の巨木地図をつくろうという計画ができたとき、私は二、三回会合をすればすぐまとまると思っていた。ところがそうではなかったのである。山に入ることも少なくなっているし、村中の山をくまなく歩いている人もいない。せいぜいどこの山にこんな木があるらしいというウワサを聞いているくらいのもので、それも自分の目で確かめたわけではない。
 「村に住んでいながら知らないものだね」といってメンバーたちは笑い、いつの間にか巨木探しは、村の宝物さがしのような雰囲気になっていった。ケヤキとシオジの多い村だから、どのケヤキやシオジが村一番の巨木かということになると、途方もない作業である。
 六月に入った頃、夕方に釣りをしていると、河原で兵工郎さんに会った。彼も「おてんまの会」のメンバーの一人で、村の釣り名人の一人でもある。
 「オイ、また巨木が一本みつかったぞ」。私の顔をみると、兵工郎さんはそう話しかけた。「何の木」。「ひのきだよ。浜平にでかいのがあった」。
 「ああ、そうか。あそこの神社の天然ヒノキか」と私は言った。「何だ。知っていたのか」。「僕は二十年以上、浜平にいたのですからね」と私は言った。「それなのに、会議のとき思いだせなかったの」といって兵工郎さんが笑った。
 「だって、巨木という感覚ではみていなかったもの」と私は言った。「しかし、ありゃすごいヒノキだぞ」。「確かにあれだけの天然ヒノキはそうはない」。「そうだろ」。そんな会話をしながら、私はなぜあの木を巨木という感覚でみていなかったのかを説明した。
 浜平集落の大神楽神社の神殿近くに、二本の巨大な天然ヒノキがある。以前は同じような木が五、六本あったのだという。つまり、三、四本は切られたのである。一本は浜平集落に電気を引くときに切った。昭和三十年代に入った頃のことで、当時は電気を引くには各戸が負担金を払わなければならなかった。その集落中の負担金が一本の天然ヒノキによってまかなわれたのである。
 集落水道をつくったときにも、神社の社や、鳥居を新調したときにも、天然ヒノキが切られている。つまり大神楽神社の天然ヒノキは、そういうときに、集落の人たちを助ける木として守られてきたのであり、かって浜平にいた私をもふくめて、集落の人たちは、この木を、巨木としてではなく、集落を支える木としてみてきた。
 「それは正しい発想だよ」。私の話を聞いていた兵工郎さんがそう言った、たとえ大きな木であっても、村人が巨木という感覚でみていない木もある。だから巨木探しは、村の宝探しでもある。

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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