山里紀行  W日本  <第133回> 新しい畑

(平成14年5月5日発行の「山林・No1416」より転載)

内山 ( たかし )  (哲学者)

  

 昨年の秋、同じ須郷集落に暮らす好雄さんが訪ねてきて、畑を買ってくれないか、と言った。私の家のすぐ隣の畑で、広さは四畔ほど、壊れかけた土蔵がついている。私にとっては、むしろありがたい話である。
「譲ってもらってもいいけれど、どうして」と私は聞いた。
「息子の家に行くことに決めた」好雄さんは、もう決断したのだと確認するように、そういった。
「それは淋しくなるね」
 その畑と土蔵は、好雄さんにとっては売りやすいものだった。というのは、そこは先祖から受け継いだものではなく、好雄さんが購入した場所だからである。それまでの所有者は、私がいま使っている家を持っていた人で、見方によっては、引っ越しにあたって、元の所有者の継承人に返したことになる。
 家や、他の畑、森林は、売らずに残しておくつもりだという。昨年は金吾さんの息子が村に帰ってきて、須郷も人が増えたと思ったら、差し引きゼロになってしまった。
 好雄さんは晩秋の頃に村を離れていった。農地のままでは私は購入できないので、私は使用目的の転用願いを出し、今年になって冬も終わろうとする頃、その許可が出るのを待って購入手続きを終えた。
 四月、上野村に例年より半月以上も早い春が訪れた。四月三日には、庭の桜の老木が花を開いた。五日になると、ヤマウドが芽を土から伸ばした。私がこの村を訪ねるようになった三十年ほど前なら、桜は五月に入る頃、ヤマウドは年によっては、六月にならないと姿をみせなかったのだから、驚くような変化である。
 村人たちは、早い春の訪れにせきたてられるように、春の農作業をすすめていた。その様子をみながら、ウグイスが鳴いている。道端ではスミレが花をつけている。
 そんな雰囲気に背中を押されながら、私も春の農作業を開始した。長野県の友人が手伝いに来た。今年は耕運機を買ったので、購入先の隣村の農機具屋さんも、動かし方を教えるのを兼ねて手伝ってくれた。こうして新しく購入した畑は、たちまち土が起こされ、春の畑へと姿を変えていった。
 この畑の三分の一ほどには、おびただしい量の小石が混ざっていた。私は石を集めては畑から運び出し、大量の堆肥を入れつづけた。それが終わると、再び畑を耕し、出てきた石を集めて運び出す。多分、この作業を二、三年つづけなければならないだろう。そう思えてくるほどの石が、畑の一画を埋めている。
 その石は、四年前の夏の嵐の置きみやげである。あのときは、村が壊れてしまうのではないかと思うほどの激しい雨が降った。実際、二軒の家が流され、崩れた道は三日間私を村に閉じ込めた。その時の雨は、一時、畑の前の道を泥流の流路に変えた。この泥流が畑の一部にも入り、畑の一画を石の原に変貌させている。
 畑の道は、畑を過ぎると左に折れ、山を上っていく。四年前の大雨のとき、この山道の崖が崩れ、大量の泥流を発生させた。
 泥流の残した置きみやげを前にして、好雄さんは小石を取り除こうとはしなかった。畑の三分の一は石に占領されたままだった。自家消費用の作物を作っているだけだったから、三分の一が石の原だったからといって、不都合はなかったことだろう。他の場所にも、少し離れているとはいえ、先祖伝来の農地がある。あるいは、八十歳近くなった好雄さんには、石を取り除く作業は、重労働過ぎたのかもしれない。
 好雄さんが石を取り除こうとしなかったから、私も、村人も、手を貸そうとはしなかった。そのことで彼の生活が圧迫されたわけでもないのだから、そこまで介入する必要はないと思っていたのである。
 ところが、私がこの畑を購入し、こうして石を運び出しはじめると、これまでとは違う気持ちが芽生えてきた。かなりの重労働である。しかも、取っても取っても、石は湧くように土の中から出てくる。畑の横には、運び出された石が山をつくっていく。原因は、道の作り方がちょっと悪かったのか。それとも、自然のちょっとしたいたずらなのか。ともかくも、そのちょっとしたことが、好雄さんには、村で暮らす自分に限界を感じさせたのかもしれない。
 畑を完全なかたちに復旧できなかったことは、農業や炭焼きで生きてきた彼にとっては、悲しい出来事だったのかもしれない。たとえ、生活には支障がなかったとしても。
 五月に入れば、畑にはジャガイモの芽が出てくるだろう。下仁田ネギの苗も、大きく育ちはじめるだろう。私は残った畑の石をできるだけ取り除き、そこに豆を播くだろう。もしも夏にでも、好雄さんが村に姿をみせたら、畑を無事に受け継いだことを、私はみせなければならないのだから。

 

 

 大日本山林会のご好意により月刊誌「山林」に 掲載中の「森づくりフォーラム」代表理事内山節のエッセイを転載させていただけることになりました。 感謝申し上げます。
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