ニュース第50号 99年11月号より

『変わりゆく日本の山林』高田浩一著             都市文化社刊 1,500円(税別)

                紹介者  浜田久美子

 『森』について書かれる本は、硬軟とりまぜ種々さまざま、専門的な本からエッセーや紀行文ものまで幅広くあるものの、これが『林業』となると、おおむねカタイ方に大きくかたむく。硬いだけならまだいいけれど、ぎっちりと文字のつまった、いかにも専門的、と思わせられる体裁にたじたじとなることが多かった。

 そうして、多くの一般読者にはわからない用語があっちにもこっちにも出てくる。なんとなく、一見さんはお断り、と言われているような、林業ワールドには高い敷居があるような気がしたりしていた。これまでの林業が、数からいけばごく少数で、山林所有者や林業関係者だけに開かれたいわば専門家の世界だったことや、私たちがいかに林業と縁うすく過ごしてしまっていたかを反映しているのだろう。『変わりゆく日本の山林』(高田浩一著:都市文化社 1999年)は、林業を中心にした現在の日本の山とそれを取り巻く人の現状を描いているが、まずはこの高い敷居をぐっと下げている。文字も大きくゆったりとした行間はとても読みやすい。そして、ちょっとした用語がコマメに解説されて理解を助けてくれる。かつ、文章が淡々と事実を切り取るので、読み手自身が自分なりの感想や印象をきちんと持てるように思う。データとしての数字もしかり。あまりに数字が出てくるとやはり読みづらいものだけれど、頭の中を整理するのに役立つように適所に使われている。著者が今年の3月に定年退職した元新聞記者だったということを知ると、ナルホド、と納得する。

 各章だては、次のようになっている。

・国有林

・荒廃

・銘木地帯

・公益的機能

・ボランティア

・今後の展望

 最初の国有林の章に出てくるアメリカのエピソードが興味深い。国有林が国民の森林であることをPRするために、伐採後の端材を薪として破格の安さで一般の人に売っている、という例なのだが、買いたい人は森の現場まで行って自分でトラックやピックアップに積んで帰るという。国有林で働く人は、端材を運びやすいように道のそばまで運んでおいてくれたりはするが、後は買う人のセルフサービス。森まで足を運び、材をつむ労働を気軽に誰もがやる、(誰もかどうかわからないが)その仕組みがあることがうらやましい。

 日本でも国有林が国家財政のための木材、的な位置づけから名実ともに「国民の森林」としての国有林に変わろうとようやくスローガンが出てきたが、こんなふうに材を国と一般の私たちがやりとりできるようになると面白い。「いるならあげるよ」という消極的なやり方ではなく、「国民の森としてのPRになるから」と積極的にやるところがミソだ。

 森の人気が高まる中で、それらが材として直接私たちの暮らしにどう生きてくるか、が実感しにくい今の暮らしには何か新風が必要だとよく思う。散歩したり観察したり、という場の提供だけでなく、もう一歩踏み込んだ「使う森」の仕組みも提供されるようになると国有林と私たちの距離は変わってくるのではなかろうか。

 また、最後の章で、荒廃している山林の所有者の維持管理の責任、を条例化した自治体のケース報告も興味がそそられる。多くの人に日本の森林の手入れ不足が伝わるようになってきた今こそ、森林を維持管理する意味とともに、その責任所在が明確になることが必要だと思う。その上で、どういう負担の方法があるのか、それぞれの立場によってアプローチがさまざま考えられるというものだ。 コンパクトにまとまった現状レポートです。 

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