土田・日石・ピース缶冤罪事件国賠
12/25 控訴審判決 

 1.速報 01.12.25

 東京高裁21民事部(裁判長石垣君雄、裁判官橋本昌純、蓮井俊治)は本日(2001.12.25)、土田・日石・ピース缶爆弾事件国家賠償請求裁判に次のように判決しました。

【主文】
 1 原判決中控訴人堀秀夫の被控訴人東京都に対する請求を棄却した部分を次のとおり変更する。
  〈1)被控訴人東京都は控訴人堀秀夫に対し、金100万円及びこれに対する昭和60年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2)控訴人堀秀夫の被控訴人東京都に対するその余の請求を棄却する。
 2 控訴人堀秀夫の被控訴人国に対する本件控訴並びに控訴人E.R、控訴人榎下一雄及び控訴人M.Nの本件各控訴をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は、控訴人堀秀夫と被控訴人東京都との関係では、第1、2審を通じて50分し、その49を控訴人堀秀夫の負担とし、その余を被控訴人東京都の負担とし、控訴人堀秀夫と被控訴人国との関係並びに控訴人E.R、控訴人榎下一雄及び控訴人M.Nの関係では、控訴費用を控訴人らの負担とする。
 4 この判決は、第1項(1)に限り仮に執行することができる。

なお、さらに細かな事案の概要、裁判所の判断をを含む判決要旨は別紙の通りです。

<経過>
・1988.12    東京地裁に提訴
・1999.11.26 1審判決 東京地裁民事15部 全面敗訴
・2001.12.25 2審判決 東京高裁21民事部(2001.6.7弁論終結)



2.抗議声明

2001年12月25日
国賠ネットワーク

 本日の「土田・日石・ピース缶爆弾冤罪事件」国賠控訴審の判決に、私たち国賠ネットワークは原告の4名とともに満腔の憤怒を持って抗議します。
 「土・日・P事件」は、思い出してほしい、刑事裁判において段ボール箱などの物証は完全に崩れ去り、次々に被告のアリバイが証明され、決め手とされた「自白調書」も警察での誘導が指摘されて証拠から排除され、全員の無罪判決となりました。どうして、この捜査と起訴に誤りがなかったといえるのでしょうか。
 この事件でデッチ上げられ、起訴された人は18名です。このデッチ上げにより、人権を侵された周辺の人たち、すなわち家族、血縁、友人、知人、恋人は18名の10倍ちかくは居るでしょう。この元被告たち18名のなかで国賠裁判を起し得た人は、僅かに5名です。(ピース缶爆弾事件の元被告・井上清志さんは別途国賠裁判を起しました) 13名は泣き寝入りを余儀なくされたのです。そのもっとも大きな理由が、今日の判決のように国家賠償が認められないからです。
 この「土・日・P冤罪事件」は、松川事件をしのぐ戦後最大の冤罪事件と言われています。それは同時に戦後最大の人権侵害事件でもあります。被告とされた青年たちの精神的・物質的こうむった被害は膨大なものであり、しかも、国賠を提訴した5名の背後に、累々とした無念の数々が存在することを忘れてはなりません。こうした人達が存在し、この裁判を見守っているのです。この人たちの思いを裏切り、無視してなされた今日の判決は、ひとり原告たちの争訟行為だけに視点を置くのではなく、この国の、この社会の人権に対してなされた野蛮な「公権力行使」に他ならないのです。
 12月20日、「松山事件」の斎藤幸夫さんの国賠が最高裁で棄却され敗訴が確定しました。また同じ日、爆弾冤罪事件である「警視総監公舎爆破未遂事件」(原告5人)の国賠も、同じ第一小法廷で「一部勝訴・実質完全敗訴」が確定しました。いったい何人がデッチ上げられたら、そして何度繰り返されたら、「公務員の故意または過失」を認めるのでしょうか? 裁判所は主権者たる庶民・市民の側を向いているのか、暗澹たる気持ちです。
 私たち国賠ネットワークは、「土田・日石・ピース缶冤罪事件」国賠訴訟の原告団とともに、最後まで、人権を取り戻すための歩みを止めません。違法・不当な公権力行使に対して、真実が真実として認知され、人間の尊厳が尊重される社会を目指して闘い続けていきます。


3.控訴審判決 報告 02.1.3 
                  *
 土田・日石・ピース缶爆弾冤罪事件 国賠裁判の控訴審判決が2001年12月25日にありました。
12月15日に「判決直前集会」をしたばかり。その時には、判決は来年遅くになるだろうとの予想でした。ところが突然、裁判所から判決期日の指定。わずか6日前です。いくら何でも予定・準備がとれないと延期を申し入れたところ、裁判所は「代理人、原告が出られなくても判決は言い渡す」と強硬な姿勢。原告の一人は「こりゃあ、もうダメだ」と感想をもらしたほどでした。代理人が皆予定が入っていて、誰も出られないかも知れないという話もあって、国賠ネットとしても懸命に傍聴を呼び掛け、当日をむかえました。
                    *
 裁判所の818号法廷には4人の原告、代理人の石田弁護士、重国弁護士が着席。傍聴席は原告家族、国賠ネットメンバーなど10数名でうめられ、記者席も10数名で空席がほとんどないようでした。
 石垣君雄裁判長の最初の声は「げん・・・」、少なくとも「本件控訴を・・・」で始まる全面敗訴ではありませんでした。堀さんに関わる警察官の取り調べの違法が認められ、100万円の支払いが命じられました。しかし、その他の請求はすべて、一審通り棄却されました。
  【主文】
  1 原判決中控訴人堀秀夫の被控訴人東京都に対する請求を棄却した部分を次のとおり変更する。
   (1)被控訴人東京都は控訴人堀秀夫に対し、金100万円及びこれに対する昭和60年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(判決確定前の仮執行可)
   (2)控訴人堀秀夫の被控訴人東京都に対するその余の請求を棄却する。
  2 控訴人堀秀夫の被控訴人国に対する本件控訴、並びに控訴人江口良子、控訴人榎下一雄及び控訴人前林則子の本件各控訴をいずれも棄却する。
 以上が判決主文です。訴訟費用については、堀さんと被告・東京都の間だけ49:1の割合負担、その他3人の原告や国との訴訟費用については全額原告の負担とする、というものでした。 
                    *
判決後、全面的な敗訴=控訴棄却を予感していた原告たちや傍聴者は、戸惑いを感じていました。石田弁護士に「一部勝訴」と言えますかと伺ったところ、「判決を読んでみないとなんとも・・・・」。急いで、原告、国賠ネットメンバーで相談して、見切り発車ながら、《一部勝訴、実質敗訴》と速報をWEBにアップしました。
届いた判決文は298頁の大部。弁護士控え室に集まった当事者たちは、記者会見に備え判決文を急いで検討しました。堀さんの勝訴の内容部分がなかなか見つからず、皆、顔を突き合わせてページを繰りました。皆の疑問は、なぜ堀さんだけに違法性を認めたのか・・・・・。判決文にはこうありました。
                    *
 『控訴人堀に対する取調べについては、地刑9部の認定した取調べについての事実関係は、当裁判所もこれを正当として是認すべきである。かかる事実関係を前提とする限り、控訴人堀は、長期間にわたる勾留と連日深夜に及ぶ追及的取調べの結果、肉体的、精神的に疲労を深めるに至ったことが認められ、そこで用いられた取調方法は、控訴人堀の人格権を著しく侵害する態様であったといわざるを得ず、控訴人堀に対する取調べのうち、司法警察員の取調べは国賠法上も違法となる。そして、控訴人堀に対する取調べが、国賠法上も違法であると認められる以上、これら取調べに従事した司法警察員には過失が推認される。』 (判決要旨)
                    * 
 もう一つ、上告するかどうかの判断も大きな問題です。原告全員、そして石田弁護士も上告の意志は持っているようでした。ところが、そう簡単なものではありません。「最高裁に対して、石田さんはずいぶん悲観的な考えを持っているようだ」と原告の一人がもらしていたように、上告しても勝てないという現実があります。それどころか、上告を受け付けるかどうかの事前決定を通るかどうかも難しいのです。
 原告4人と代理人との相談は長く続きました。そして全員の意思を確認し、すっきりした顔で当事者たちは会見にのぞみました。
                    *
 14:30から記者会見。石田弁護士から、「取り調べに強い違法性を認めたこと、100万円と金額には不服だが、芦別判決の判断に一部新たな判断基準を追加した事は評価できる。合理的でなかったとは言えないと言う言葉が随所にでて、一審に比べ曖昧なトーンといえる。4原告と今相談した。上告の手続きをとることとしたい」
続いて榎下さんは「こんな判決が続くと冤罪は無くならない、上告して闘う」、また、堀さんは「勝訴した気はしない。当初から崩れていた事件が長期裁判になった。国賠裁判でも悪戦苦闘し た。違法捜査が繰り返されないようにこれからも頑張りたい」と決 意を述べました。
また、国賠ネットの土屋さんが、抗議声明を読み上げ、記者からもいくつかの質疑がありました。
 18:50、そして19:00からも、NHKのラジオニュースでこの判決についてのニュースが放送されました。
                    *
 「自白」をしなかった原告の一人は、「酷い取り調べを受けて、それでも喋らなかった人がいるのに、ウソの自白をした人には賠償するというのはおかしいじゃないの・・・・」と、国賠裁判の基本的なところで疑問を投げかけていました。それほどに、堀さんだけ、それも取り調べの一部(検察官の取り調べの違法性は認めていない!)だけを認定した今回の判決は、土・日・P事件全体の、黙殺された膨大な人権侵害や損害に対して、何ら回復・救済の判決ではないことを物語っているのです。
                    *
 国賠一審判決の内容はもっとひどかったようです。刑事裁判の判決を無視して、「自白」の任意性はおろか、信用性まで認めて「ほとんど真犯人だと言ってるようなもの」。それに比べると今回の判決は「少しはマシ・・・」。一審判決が言い過ぎたところをフォローして、次のように述べている。「刑事訴訟において、証拠能力を否定されるような捜査が行われたと判断された場合には、令状主義の精神を没却するような違法があったことを意味するのであって、特段の事情がないにも関わらずこれを国賠法上違法でないということは困難である。」
 それでも、国・検察官の責任は言葉巧みに、回避されてしまった。
                    *
 「土・日・P国賠」と、それに連なる正義への熱情は終わってはいません。それぞれの人権を求める闘いの中で、この、遙かな<国賠>への道が拓かれていくことことを確信しています。      (報告:松永 優)



4.控訴審判決を聞いて −原告たち等の感想

(1) 一部勝訴、でも自白偏重は変わらず! 原告M.N
                                 
 2001年も終わろうとしていた12月18日、突然「控訴審判決が12月25日に決まった」と連絡があった。原告・弁護人とも年末の仕事や用事が多忙であり、期日の変更を申し入れたがダメだった。
 12月20日には松山事件、総監公舎事件の最高裁国賠判決が新聞に載った。いずれも上告棄却で国賠の壁の厚さを感じた。だから土・日・P国賠も「控訴棄却かな?」と重い気持で判決日を迎えた。
 当日は818号法廷にて1時半開廷。「主文。原判決中控訴人堀秀夫の被控訴人東京都に対する請求を棄却した部分を次のとおり変更する。被控訴人東京都は控訴人堀秀夫に対し、金100万円(略)支払え。(以下略)」と裁判長が読み上げた。
 「控訴棄却」ではなく、「100万円を支払え」。でも堀さん以外の名前はないぞ、何かおかしいな?何かおかしいぞ。でも全面敗訴ではないようだ。でもやっぱり変だな、と思いつつ聞いていたら、三人の控訴は棄却、国(検事)への控訴は四人とも棄却だった。
 堀さんへの取調べは「長時間にわたる勾留と連日深夜に及ぶ追及的取調べの結果、肉体的、精神的に疲労を深めるに至ったことが認められ、そこで用いられた取調方法は、控訴人堀の人格権を著しく侵害する態様であったといわざるを得ず、控訴人堀に対する取調べのうち、司法警察員の取調べは国賠法上も違法となる」と明確に述べた。
 しかし同じように取調べをされた三人の原告についてはそれを認めないというのはどういうことなのだろうか?特に否認をした者に対しての人格権はまったく触れられていない。ここに国賠の矛盾がある。否認した者の取調べには追及的な取調べがなかったというのだろうか?結局そのところがあいまいでは自白偏重捜査に歯止めをかけることはできない。
 国賠は「他人の嘘の自白で殺されてはたまらない」ということを踏まえるべきだ。他者の嘘の自白で逮捕・起訴・有罪にできることが一番恐ろしい。堀さんの追及的取調べも他者を逮捕または共犯者にするためのものであって、なぜ拷問的取調が発生するのか司法当局は問題意識をもって欲しい。
 その点からも、国に対する責任を追及しない国賠は誤りである。起訴は検事がやることであり、そのため検事の取調べは「認めたら執行猶予、認めないと死刑だ」と脅かす。アメとムチをもってでっち上げを押し進めるのは検事なのだ。検事がいつも温室の中に入ったままだからでっち上げの反省もなく、また同じ犯罪を犯すのだ。検事(国)こそ責任が重い。4人は即上告した。
今後も支援をお願いします。


(2) 人権後進国確定か?                   原告 榎下 一雄

 キミョーキテレツな判決であった。一部原告(裁判用語では控訴審で控訴した側、つまりわれわれは控訴人というらしい。ちなみに控訴された側、この裁判の被告国と東京都は被控訴人となる)、の一部勝訴とは、誰もが予想していなかったろう。
 かく言う小生も、一審と同様全面敗訴を覚悟していた。それは今回の高裁の判決日指定の仕方が、あまりにも強引であった事にもよる。判決日12月25日が高裁により指定されたのは、わずか5日前であった。しかも、その間には祭日を含めて3連休。この年末、実質2日前になって、裁判所へ来いと言われて、ハイそうですか、といえる時期ではない。代理人とて、同様であった。
 当然ながら代理人より、判決期日の延期を裁判所に申し入れたそうだ。それに対して裁判長殿は「誰も来れなくても判決は言い渡せますから−」、と言ったそうだ。何たる傲慢。”由らしむべし、知らしむべからず ”という役人根性丸出しである。こんな輩に期待できようはずもない。
 そう思っていたので、主文の「・・・・・被控訴人東京都に対する請求を棄却した部分を、次のとおり変更する・・・・」、は意外であった。
 判決理由は、一審のほとんど「有罪判決」というシロモノから比べれば、一応は刑事裁判所の判断を前提にした判断、ということでマシにはなっている。そして刑事裁判所の判断を前提にする以上、堀氏の取り調べは当然ながら任意性を否定する違法なものとなる。
 一方、小生の取り調べについては、刑事裁判所が違法な別件での拘留を理由に供述調書の証拠能力を否定したが、今回の判決では、『これについては裁判所でも判断が分かれる微妙な問題なので、取調官が違法と認識しなかったとしても過失はない』という。
 しかし、これはあまりにも表層な判断である。第一に、取調官が違法と認識していれば、これはもう故意である。第二に、小生らは別件逮捕が土田・日石事件の供述を得るための、ミエミエの逮捕で第三に、逮捕後の取り調べも任意性を否定する自白の強要があったことを、これも根拠を挙げて主張してきた。
 これらに対して、今回の判決ではまったく触れていないのである。初めに結論ありき−。そして刑事審の判断との整合性を持たせるために、一人だけ形ばかりのハシタ金を認めたというのが真相だろう。それにしてもこの国の人権の値段の何たる安さ。勝訴した堀氏でさえ100万円だと!他の原告はタダである。
 こんな判決に承服できようはずもない。即、全原告が上告を決意した。
もとより、最高裁の石頭たちには、何も期待はしない。期待はしないが、一言、言っておかねばならない。実質的な原告敗訴の確定は、すなわち、この国の<人権後進国>の判決を確定させること、だと。


 (3) 初めての傍聴                E.S (中二)
 私は初めて裁判の判決を見ました。今までは小学校の社会科見学で最高裁判所を見た以外は、裁判所へ行ったのはこれが初めてです。
東京高等裁判所は立派な市役所みたいでしたが、つめたい感じのするところでした。法廷はテレビドラマに出ていたのと同じ感じで、びっくりしました。裁判長が判決を読みましたが、難しい単語ばかりで、かろうじて、堀さん以外の原告の訴えが認められなかったこと、堀さんは損害賠償として100万円をもらえることがわかりました。
判決の後、支援の人たちは「それにしてもめずらしい判決だ」、と首をひねっていました。私は初めてなのでめずらしいかどうかはよく分かりませんでしたが、堀さん以外の原告の人たちだって、ひどいことをされたという真実を認めているのに、なぜ堀さんだけなのか。
 それと、東京都は道路や建物を造るのに何億も何兆もついやすというのに、損害賠償はたった100万円だなんて、おかしいと思います。裁判は、一般の人たちにはとても不利なものだと感じます。
 もっと早く傍聴に行けばよかったと思いました。


(4) ケチで頭の悪い裁判官         原告 堀 秀夫

 「土田・日石・ピース缶」爆弾犯人デッチあげ国陪控訴審判決は「全員控訴を棄却するのは、いかにも心もとない。ひとりだけ100万円をやるか」という裁判官の姿勢を感じた。
 この判決には理論も論理も存在しない。0(ゼロ)が3コ足りないのではないか。10億円の間違いだろうと言いたい。アメリカでは早期に数億円の判決がなされたことは確実である。ケチで頭の悪い裁判官には、現行国家賠償法に明らかに法の不備があるのではなかと感じている。


(5) 歴史の中に残す              原告 E.R

 冤罪−無罪確定による国賠がおおかた負け続けといえる状況のなかで、比較してみると、今回の判決内容はそれなりに画期的な面があったのかもしれません。しかし当時、警視庁のデッチ上げ「犯人」製造方針のもとで、同じ違法な取り調べが行われた中で何故、堀さん以外の他の3人には認められないのか?
 皆で上告することにしました。最高裁に大きな期待は望めませんが、私たちが最後まで冤罪と闘ったということを、歴史の中に残していかなければと思います。また、現在そして今後、冤罪−国賠を闘う人々が、次はどのような方法で取り組んだら勝てるのかという教訓を、この判決内容から引き出していただけたらと思います。



[BACK]