2003.3.1 第14回 国賠ネット交流会

■■ 2003年3月1日(土) 14〜17時 日本キリスト教会館 4F会議室


■■ 呼びかけ
 全国から原告や支援者たちが集う「国賠ネットワーク交流集会」も、今年で14回目を迎えました。
 国賠や冤罪・再審をとりまく環境はますます厳しさをまし、人権が守れない、裁判に勝てない状況が続いています。そうした中で現実や実態を無視した「司法制度の改革」が押し進められようとしています。審理の短縮、裁判員制度もいいでしょう、ところがそのためには警察・検察の手持ち証拠の、消極証拠(無実)を含めたすべての証拠の開示が絶対に不可欠なのです。
 今回お招きする指宿信さんの講演では、司法改革の一つである裁判の短縮化(一審2年)問題と、その証拠の開示問題を欧米との比較をまじえて話していただく予定です。質疑・討論を通じて、この現状をどのように乗り越えていくかを考えたいと思います。
 新しく国賠ネットに加わった、若い人たちからの報告も予定しています。恒例となった、「ネットワーク大賞・最悪賞」の選考にについては、候補として推薦されているものを会場で討議し、裁決・決定したいと思います。
また、会場で国賠ネットのフリーマーケットを行います。それぞれの人がカンパとして、お手持ちの不要品をお持ち下さい。


■■ 第14回 国賠ネットワーク 交流会
 ■ 2003年3月1日(土)
 ■ P.M.14:00−17:00
 ■ 日本キリスト教会館(3202-0544)
 ■ 講演:指宿信(立命館大学教授) 
   いぶすき まことさん 北海道大学大学院出身。刑事訴訟法専攻。法学博士。[読売新聞02/2/20]
 ■ 報告:冤罪国賠の原告と支援
 ■ 発言:国賠を闘う人たち
 ■ 国賠ネット「大賞」「最悪賞」決定


■■ 集会進行(予定)
 ■主催者挨拶
 ■前説「国賠裁判と司法改革への期待」
 ■講演「証拠の開示と司法改革(仮題)」
 ■質疑・応答
 ■国賠裁判報告:遠藤国賠、神坂国賠、土・日・P国賠、西宮署国賠、野田国賠、御崎国賠、山形大国賠など予定
 ■国賠ネット「大賞」「最悪賞」選考討議


予稿など資料

(1) 主催者挨拶


(2) 前説 「国賠裁判と司法改革への期待」

国賠ネットワークは1990年2月に12の国賠裁判の連携で第1回の交流集会を開き、毎年この寒い時期に交流集会を続けてきました。今年で14回目になります。この1年をふりかえると、春の交流集会以降、恒例の夏合宿に続き、初めてシンポジウム「判例からみる国賠の未来」を開き、最近の国賠判例動向をテーマに議論してきました。
2001年末以降に総監公舎国賠の上告審、土日P国賠の控訴審、遠藤国賠の控訴審と判決が相次ぎ、改めて国賠裁判の困難さを痛感しています。国賠では国の居直りを糺す手段が内のではとの慨嘆もあります。無罪判決が確定した冤罪事件について、起訴や裁判官の責任を問う無罪国賠では国側の誤りが認められる可能性は皆無というべき現状です。国賠裁判について情報交換、経験交流、共同作業をめざしてきた国賠ネットワークですから、国賠判例を把握し、その問題点を明らかにして未来に向けた打開策に知恵を出し合うことは国賠ネットワークに課せられた責務です。
夏合宿では、判例動向やそのデータベースについておもに議論し、国賠裁判の最高裁判例、下級審判例も含んで国賠ネットに関連深いものをデータベース化めざすこと、国賠ネットに加わっている各裁判の訴状、各級判決、参考文献、問題点や評価等を収集・整理して、WEB等を通じて発信することなどを決め、作業が進められています。どれも容易ではありませんが継続して力を発揮できる課題です。
秋には、広く国賠ネットワークの内外に問題点を明らかにしようと、パネル討議をベースとするシンポジウム「判例からみる国賠の未来」を開きました。パネリストに無罪国賠に限らず様々な国賠裁判の原告や代理人の方々を迎え、裁判官を被告とする国賠裁判、監獄内の国賠訴訟特に府中刑務所や接見妨害関連での勝利判決、職務行為基準説の問題、国賠法の立法趣旨と現状などが報告され。会場からの積極的な発言を交えて国賠裁判の問題点を議論しました。その中から、全証拠の開示が優先課題であることを確認し、各裁判で追求するとともに国会の法務委員会や国連人権委員会への働きかけの必要性などの意見がありました。
昨年末には、司法制度改革推進本部の「裁判所における手続の迅速化に関する意見募集」に、「総監公舎事件」をベースに冤罪の刑事裁判、国賠裁判の現実からの意見を送りました。その中で、これまでの長期裁判の具体的な問題点をベースに、証拠開示のルール化、義務化が必要であり、裁判の迅速化は透明化、公正化とともに進められるべきことなどを述べました。国賠ネットは証拠開示の重要性について、これまで司法審への提言(01/3/7)、人権委政府報告NGOヒアリング(01/10/3)などでも意見を述べてきました。また、再審事件や冤罪・誤判事件に関わって証拠開示の公正なルール化を求める運動や「裁判迅速化法案」に反対する運動との連携も様々に行われています。
本日の交流集会を機に国賠裁判の未来を見渡し、公正な証拠開示の実現に向けた一歩となる熱い議論を期待します。                             国賠ネットワーク(文責:磯部)


(3) 講演「司法改革と証拠開示問題」
講演の内容については 講演報告を参照して下さい。


(4) 国賠裁判報告:遠藤国賠、神坂国賠、土・日・P国賠、西宮署国賠、野田国賠、御崎国賠、山形大国賠など

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第14回 交流集会 報告
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3月1日(土)、14回目となる「国賠ネットワーク交流集会」が開かれた。場所はいつもの東京・早稲田の「日本キリスト教会館」。今回お呼びした講師は立命館大学教授の指宿信(いぶすきまこと)さん。刑事審ばかりでなく再審や国賠でもっとも関心の高い「証拠開示のルール化を目指して」というテーマで講演をいただいた。 冷たい雨の降る中、それでも遠くは富山、兵庫、京都、山形からの参加者もいて、総数40数人で交流が行われた。恒例のお茶とおやつも出され、会場ではささやかなフリーマーケットもあり、シンプルだが中身の濃い集会となった。司会は「墨塗り国賠」(2001年敗訴確定)のKさん。         【報告・文責 U】

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「この1年」と「集会の前説」
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 はじめに、ネットワーク事務局の土屋翼さんから、この1年の厳しい国賠状況が語られた。
神奈川県警の拳銃発射事件国賠、革手錠国賠、桶川国賠などが一応勝訴しているものの、遠藤国賠は控訴審、公安調査庁野田国賠1審など、敗訴判決が出ている。昨年10月の国賠シンポジウムの開催、司法改革審・推進本部への証拠開示意見書などを提出し、地道に活動を続けてきているが、経済不況に加え中東・北朝鮮などの政治不安もあって、秩序維持の保守的な社会情況が作り出されている。
 一方でインターネットを通じて国賠ネットに接触してくる人が増え、昨年7件あった。その中で「西宮署国賠」のHさん(女性)、「山形大学生寮国賠」(原告13人)など、いづれも20代の若者の参加加盟があり、国賠の種は尽きまじ・・・の意を強く感じている。
 続いて磯部忠さんから、この集会の趣旨−指宿さに講演をお願いした主旨説明がなされた。昨年来、いわゆる冤罪事件国賠が実質的に敗訴を重ねる中で、情況打破のための国賠判例動向のデータベース化に動き出している。「判例から見る国賠の未来」シンポジウムでも、全証拠の開示が優先課題であることがパネラー討議でも確認された。いま、司法改革の一環として進められようとしている「裁判迅速化法案」は、むしろ冤罪や誤判を生む危険性が大きい。国賠ネットとして昨年暮れ、「裁判手続きの迅速化に関する意見書」を提出し、長期裁判の具体的問題点、証拠開示のルール化・義務化が必要でることを強調した。国賠ネットとしてもこれを期に、司法改革に市民の側からの声を反映させるべく、本日の熱い議論を期待したい。

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証拠開示のルール化をめざして 
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いよいよ、指宿さんの講演が始まる。その内容や質疑については別ページの「講演報告」を見てください。
指宿さんはゼミの講義のように、1時間近く演壇の脇に立ったままであったが、お話はその容姿と同じく、端正で論理的であった。また講演レジュメのほか3部の資料を用意してくださり、証拠開示のルール化を勝ち取っていったアメリカやカナダの事例を取り上げ、日本においても市民が参加するかたちで証拠開示=司法の改革を実現させる希望と可能性を示した。


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参加者からの意見・活動報告
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 講演が終わり15分の休憩。その後は集会参加者からの発言・報告が行われた。
■御崎逮捕令状国賠■
 原告の御崎直人さんから、アリバイがあるにもかかわらず時効までの15年間「殺人事件」の逮捕状の請求と発付を続けた警察・裁判所の違法を問う国賠であることを説明。一昨年暮れ裁判長が交替したが、その小島裁判長は、刑事手続きの違法性といった国賠の根幹を無視し、「被疑者の犯人性が立証されれば、手段の違法は問題ではない」という訴訟指揮を強行。国・警察のアリバイ潰しのなかでデッチ上げられた「目撃供述」の取り調べを行おうとしている。今後、令状請求の根拠、疎明資料の開示を求めて闘っていく。

■西宮署国賠・東住吉冤罪事件■
京都から参加した藤澤和彦さんは、関わっている表題の2件について報告。大阪の東住吉事件は分離公判の2被告ともに、重要な証人尋問、本人質問が行われている経過が説明された。
 昨年からネットに参加した「西宮署国賠」は、原告の平野さんのメッセージを代読。同種の国賠である「桶川国賠」判決について、《ここまでひどいものとは予想していなかった。被害者擁護の潮流に乗って、良い判決が出るものだと期待していた》と語る。《この判決は私が考えていた、「被害者の人権」でも「冤罪被害者の人権」でも「加害者の人権」でもなく、ただ「人権」を尊重する司法が必要だという考えを改めて固めさせてくれた》。《被害者の会シンポジウムで、「被害者の司法参加は冤罪を増やす」との意見が一般から出ましたが、冤罪が増える減るに関わらず、冤罪は「ある」のだから、被害者側もその視点を忘れてはならないと思います》
 このメッセージは犯罪と被害が持っている多面的な要素を投げかけ、権力犯罪・被害を中心に据えてきた私たちにとって国賠の多面性・多様性を考えさせるものであった。

■山形大学もみ消し逮捕国賠■
 山形大学の学生寮で、2年前から清掃員が学生達の会議資料などを盗み出していたことが判明。清掃員を問いつめたところ、大学当局の指示を受けてやったと告白。しかし逆に清掃員を監禁したとして、大学当局の告発を受け4名逮捕、国賠を起こした。法廷に立った清掃員は、大学の指示はなく「個人的興味で収集」と証言。違法な情報収集と大学の関与を、今後、当局の証人尋問で明らかにしていきたい。山形まで傍聴を!

■遠藤国賠■
 昨年3月に東京高裁で控訴棄却。5月に上告理由書を提出。その後弁護団も何をしていいか分からず、開店休業の状態である。他の国賠の傍聴でお茶を濁している。報告は、申し訳ないを繰り返す杉山寅次郎さん。

■土田・日石・P缶冤罪国賠■
 2001年12月東京高裁で堀さんの取調べの違法性だけを容認し、99%敗訴、と江口良子さん。近々最高裁でも上告棄却がでるのではないか。事件から30年、自分の国賠ではやることがないので、袴田事件を支援。土日P事件をでっち上げた検察官、公明党の神崎委員長の顔をTVなどで見ると、いまだに怒りが湧いてくる。

■袴田再審事件■
平野雄三さんから、3月15日の清水市での集会への参加呼びかけがなされた。この3月、いま闘っている即時抗告審の東京高裁で何らかの動きがあると読んでいる。東京でも集会をする。支援をお願いしたい。
 その他、いま準備・検討段階にある中国残留孤児国賠の報告、ゴビンタさん支援者からの発言もなされた。各国賠の抱えている問題点などがもっと話し合われ、「経験交流」の意味合いを深められればよかったと思う。


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ネットワーク大賞・最悪賞の討議採決
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 カンパのお願いの後、恒例となったネットワーク大賞・最悪賞の評決に移った。司法のどうしようもない情況を物語るように、国賠や人権問題に多大な貢献をした大賞候補は一人。しかし腹の立つ最悪賞の方はなんと、当日の飛び入り推薦を含め候補は4人。それぞれ推薦した人からの趣旨説明がなされた。

■大賞候補:海渡雄一弁護士■(推薦人:井上清志)
 「監獄人権センターの事務局長として、被拘禁者の人権に精力的に取り組み、国賠ネット主催のシンポジウムのパネリストにも参加。名古屋刑務所での革手錠国賠、府中刑務所アメリカ人受刑者国賠、接見妨害国賠など、立証が極めて困難な受刑者の国賠を数多く手がけ、多くの勝訴を勝ち取っている。いま注目されている名古屋刑務所の受刑者死亡事件でも捜査当局を動かし、国賠を闘う人たちに大きな勇気を与えている。」

■最悪賞候補1:小川育央裁判長■(推薦人:御崎直人)
 いわゆる「和歌山カレー事件」の地裁で死刑判決を出した裁判長。直接証拠もなく、検察の機軸部分の立証 を退けざるをえない中で、犯行は不可能ではなかったという理由で死刑。魔女裁判と言わざるをえない。

■最悪賞候補2:樋渡利秋 刑事局長■(推薦人:磯部忠)
 99年から01年まで、63回もの司法改革審事務局長として審議をまとめ、意見書にも多大な影響を与えた。迅 速化など法案の最悪部分は、検察あがりの法務官僚である氏の都合いいようにまとめた感がある。

■最悪賞候補3:三好建・山口繁最高裁長官■(推薦人:今井亮一)
最近、情報開示によって最高裁の交際費(領収書)が出た。相手先は墨塗りされていたが、何と、丸見え! 清酒やビール券など最高裁長官の地裁・高裁への手土産、警備警察への謝礼は、「官官接待」で違法。当 の警察は「受け取っていない」「分からない」という。それなら着服の横領か詐欺罪に当たる。

■最悪賞候補4:森山真弓法務大臣■(推薦人:福冨弘美)
 先頃の名古屋刑務所の受刑者リンチ致死事件に関して、「刑務所というところは、反社会的な人びとがいると ころですので、それを制圧することが必要なのでございます」という言葉は、人権に対する暴論。革手錠で制 圧され、高圧放水を受ける者の死に至る痛みと苦しみ。そして、精神の最深部まで達したであろう傷の深さを 想像だにしない法務大臣の人権感覚は「最悪賞」に値する。

■大賞・最悪賞 決定!■
会場での挙手による賛否を求めたところ、今回の「国賠ネットワーク大賞」は文句無く海渡雄一氏に決定した。最悪賞の4件については賛否が割れた。挙手による多数決の結果、「国賠ネットワーク最悪賞」は森山法務大臣に過半数を越える人が賛同し、両人に賞状が送られることが決定した


(5) 国賠ネット「大賞」「最悪賞」選考討議


(5−1)国賠ネットワーク大賞
2002年度国賠ネットワーク大賞推薦
―海渡雄一氏を推薦するー
     推薦人(国賠ネットワーク会員)井上清志
 2002年度大賞受賞者の推薦をどなたにするか、定例会議などのなかで議論されてきた。国賠の状況は、「土・日・P」国賠高裁判決、総監公舎国賠最高裁判決(両者とも一部勝訴ではあるが実質敗訴)にみられるように危機的といっていい程、厳しい現実がある。その状況をどう突破していくか、ネットの課題でもある。国賠上の違法性判断として定着している職務行為基準説の突破、国賠裁判を闘う上での前提としての全証拠開示の実現など課題が多い。こうした国賠状況のなかで勝利的に切り開いてきた国賠がある。被拘禁者の国賠である。この国賠の代理人(弁護士)などとして地道な活動を続けてこられた海渡雄一氏(監獄人権センター事務局長)を大賞に推薦したい。弁護士の大賞受賞(推薦)は第2回(1999年度)の阿部泰雄弁護士、第4回(2001年度)田川弁護士に続く三人目である。
海渡雄一氏。昨年(2002年)の10月12日、日本キリスト教会館でのシンポジウム"判例から見る国賠の現在と未来"(国賠ネットワーク主催)のパネリスト(被拘禁者の国賠)として参加していただいた。被拘禁者の国賠は、証拠は全て相手方にあり面会と通信は検閲され、裁判準備などが知られ資料の改ざんも行われ、絶望的に近いものがある。一審で勝利したとしても逆転判決となってしまうことも多い。国賠は地道な活動が不可欠である。こうした極めて困難な状況のなか、これまで横浜刑務所、府中刑務所、広島刑務所、浜田拘置支所での受刑者の国賠、名古屋刑務所での受刑者の皮手錠国賠では自ら代理人としても運動を担ってこられた。日本国で初めてのアメリカ人受刑者(府中刑務所)の国賠では勝利(確定・60万円)もした。また、被拘禁者と弁護士との接見制限に対する国賠についてもかかわり勝利している。こうした一連の被拘禁者国賠の広がりと勝利は当局をも巻き込み、最近(2003年2月)、名古屋刑務所の受刑者に皮手錠を装着し死亡させたとして副看守長を捜査当局(名古屋地検)は「特別公務員暴行陵虐致死罪」で逮捕せざるを得ない状況まで追い込んだ。同氏の地道な闘いの成果である。
国賠の厳しい状況のなかでの一定の勝利は私たちを大いに勇気づけてくれた。今後の更なる期待を含めて推薦したい。
今回、大賞の候補に上がったのは総監公舎国賠元原告(ネット会員)の福富弘美氏。国賠(法)の分析作業をはじめ「裁判迅速化法」案に対する意見書提出をはじめとしたその諸活動に対しての推薦(本人辞退)、ハンセン病患者原告団に対しての推薦の議論があったことを付け加えておきたい。                         以上


(5−2)最悪賞−1

国賠ネット最悪賞推薦文        逮捕令状問題を考える会 御崎直人
 2002年10月11日、和歌山地裁小川育央裁判長は、いわゆる毒物カレー事件のH被告に死刑判決を下した。小川判決は、状況証拠の積み重ねによるとする検察立証の基軸的部分を退けたにもかかわらず、H被告には犯行が不可能ではなかったというだけで有罪を認定し、検察官を有罪立証の負担から解放した。ヌレギヌに泣く被告や裁判に真実の解明を求める市民の懸念、無罪推定原則など近代刑事手続きの原則は守るべきと考える法曹関係者などの危惧を無視さえすれば、この判決は、裁判を魔女裁判の場と変えることで事件の未解決を防ぎ、事件処理を大幅に促進する、現在の司法改革の狙いに応えた画歴史的判決である。この点から、この判決を書いた小川育央判事は、国賠ネットワーク最悪賞にふさわしいと考える。
1、対立する性格の事件を「類似」とねじ曲げる検察官立証
 毒物カレー事件は、検察官が最初から被告の犯行を示す直接証拠はないと公言していながら、それでも「状況証拠の積み重ね」で犯行を立証できると主張して被告を起訴した特異な裁判である。
 そのために検察官は、
A 事件直後からH氏の自宅周辺を100人近い報道陣が包囲し、H氏が犯人であるかのような報道が大量に流され、社会的にそのような偏見が作り上げられていることを利用して、
B被告が毒物カレー事件の犯人であるなら、被告周辺で発生した死亡や入院のケースも被告がヒ素を飲ませた事件にちがいないとして、起訴した4件のケースのほか9件などについても被告が保険金目的で行った殺人・殺人未遂事件だと主張する。
C そして、そのような連続殺人(未遂)犯であるなら、カレーに大量のヒ素(正確には亜ヒ酸)を投入したのも被告にちがいないと主張する。
 そしてこれを「類似事実による犯人性の立証」と主張したのである。
 しかし、検察官は、Bについても「直接的に立証する手段はない」と立証を放棄している。検察官の主張は、BによってCを支えるだけでなく、CによってBを支えるという構造であり、被告がBまたはCの犯人ならCまたはBの犯人であるという同義反復でしかない。
 しかも、検察官の主張には致命的な弱点がある。すなわち、仮にBが事件だとしても、ち密な計画性を必要とする保険金目的の犯行と数百から千数百人の致死量に相当する117グラムものヒ素をカレー鍋に投入するという衝動的犯行から浮かぶ犯人像は両立しないということである。
 BC間のこの巨大な間隙を、検察官は次のような主張で埋めようとする。
a 被告がカレー鍋周辺に居合わせた主婦へ激高し、一時的に理性を失っていたこと
b 長期間ヒ素を使用してきたことによってヒ素使用への抵抗感や罪悪感を感じない性格が形成されたこと
c 夫やマージャン仲間がカレーを食べていれば多額の保険金を取得しえる可能性もあったこと
 したがって、abcは検察官立証の基軸をなし、それが否定されるだけで立証は破たんするのである。
2、完全に破たんした検察官立証
 これに対して、小川判決はabcの成立を基本的に否定している。
a については、「被告が激高した……証拠はない」と明言している。
c についても「保険金取得目的も、抽象的な憶測にすぎ」ないと否定する。
b については、カレー事件以外で検察官が被告のヒ素使用を主張する11件のうち7件については被告の犯人性を否定した。残り4件については犯人性を肯定したが、直接の証拠があるわけではない。ともかく「抵抗感や罪悪感を感じない性格が形成」されたと証明されたとは到底言えないのである。
 しかし、小川判決は同時に、被告の黙秘によって「動機については解明することができな」いのは当然であり、「被告が犯人であることと矛盾する事実関係が明らかになっているわけではない」からかまわないと言い放った。検察官が立証できなくても無実の証拠にさえならなければ良いという立場なのである。
 abcの否定によって検察官立証は完全に破たんした。
3、「犯行は可能」だけで有罪認定した小川判決
 では、小川判決はどのような事実の認定をもって有罪としたのか。
ア カレー鍋近くから発見された紙コップと被告宅などで発見された亜ヒ酸が同一工場で同一原料を用いて同一機会に製造された
イ 被告がカレー鍋の近くで一人でいた時間帯があり、ヒ素を混入する機会があった
ウ 混入の機会のあった他の者は自分や家族が被害にあっている
エ 被告は家からヒ素を持ってくる機会があったと考えられる
 これだけである。あとはひたすら被告はあやしいという推定の積み重ねである。結局、小川判決は、第1に被告が犯行を行おうとすれば可能な条件はあった、第2に被告が犯人ではないという積極的な証拠はない、という2点だけを根拠に被告に死刑判決を下したのだ。状況証拠の積み重ねで有罪立証するまでもない、「無実が立証されなければ犯人だ」という「無罪推定の原則」を公然と否定した判決なのである。
 さらに、黙秘しているから検察官が立証できなくても当然とすることで、黙秘権(黙秘を理由に不利な判断を下されないという権利)をも否定しているのである。
 かって飢饉などの責任が共同体から疎まれた女性に押し付けられ、魔女でないと証明できないことで断罪されたように、毒物カレー事件の責任がH被告に押し付けられたのである。このような判決がまかり通るなら、裁判は、事件近くの誰かに犯罪の責任をおしつける魔女裁判と化すことは間違いない。
 日本での近代最初の魔女裁判の裁判長、小川育央判事ほど最悪賞にふさわしい人物はいないと信じる。


(5−3)最悪賞−2

最悪賞候補者: 樋渡利秋 法務省刑事局長
 (略歴)  
2002/7〜現在 法務省 刑事局長
2002/x〜02/7 最高検 総務部長
2001/6〜02/1 内閣官房 内閣審議官 兼 司法制度改革推進準備室長
1999/6〜01/6 司法制度改革審議会 事務局長
1997/7〜99/6 大分地検 検事正
1995/x〜97/7 法務省大臣官房 審議官
1988,89年頃  東京地検 特捜部 検事
1968/4    大学卒業、司法修習生

国賠裁判を中心にこの1年を振り返って、この国の人権状況を悪くするのに顕著な働きをした人というのが国賠ネット最悪賞の趣旨と考えます。すこし間口を広げて法曹界をみると、1999年〜2001年に63回にも渉り審議された司法制度改革審議会とそこでまとめられた意見書が大きい影を落としています。
この審議会には財界人2名、連合1名、主婦連1名を含む10名の委員に、法曹界から中坊弁護士と元裁判官、元検察官の弁護士各1名が加わっていました。審議会でまとめた意見書には、裁判の充実・迅速化、法曹人口の拡大、法科大学院の導入、裁判費用の負担、参審制の採用などをはじめ、多種多様な項目があります。いま、その一項目である「裁判の充実・迅速化」をベースに、刑事裁判の一審を2年以内に限るとする法案が具体化される動きがあります。裁判の充実についてはなんら具体化が進められないところで、全ての裁判を一律に2年以内とする法案が具体化して行きます。何とも乱暴な話ですがこれが司法審の意見書を利用する典型例のようです。
このような「司法改革」は官僚が用意し、実質的に官僚の望む方向にまとめられてきました。その中で目立った働きをしたのが樋渡利秋氏です。審議会の最初から最後まで事務局長を勤め、今日も法務省内で階段を上り続けている一人です。
なお、1988頃、東京地検特捜部の検察官であった彼は共産党盗聴事件を不起訴にしています。東京第1検察審査会の88/4に起訴相当との議決にも関わらず、不起訴を決定したとの記載が盗聴を違法とした判決に記載されていました。また、リクルート事件の捜査にも名前がでてきます。
ほとんどの上級ポストを検察官が占めている法務省にあって元検察官が司法制度改革審議会の事務局長を勤めたことは奇異でないのかもしれません。ただ、特捜部という捜査畑から上級の法務官僚への出世は珍しいことのようです。ともあれ、見えにくい官僚組織を具体的に批判する作業の一歩として、樋渡利秋元事務局長へ今回の国賠ネット最悪賞を贈ってはと思います。                      
(文責:磯部)


(5−4)最悪賞−3

最悪賞候補者: 三好達 元最高裁長官、山口繁元最高裁長官

 『FRIDAY』(講談社)2002年9月27日号およびインターネットのサイト『THE INCIDENTS』が最高裁の交際費について暴いた。いわく、「市民オンブズ・なら」代表委員で生駒市議会議員の川田賢司氏が1996〜2000年度の交際費の開示を求めたところ、出てきた文書は墨塗りが薄く、警察やマスコミなどに対し謝礼などの名目で大量のビール券や清酒券をバラまいていたことがわかったと。警察による警備は公務であり、税金から謝礼(たとえば1998年はビール券198枚、清酒上撰券10枚)を支出するなど言語道断。三好達長官、山口繁長官による地方の高裁・地裁への「出張の際の費用」としても100枚から数十枚のビール券が購入されており、これも違法な官官接待の疑いがある。しかも、それらを配布されたはずの機関はどこも「受け取っていない」または「わからない」という。配布せず着服したなら詐欺。とんでもないことが暴露されたわけだ。
 『FRIDAY』の記事を書いたジャーナリスト・寺澤有氏にその問題の開示文書を見せてもらったところ、墨塗りが薄く一部透けて判読できるというレベルではなく、ほとんど丸見え状態!! ビール券は地域通貨かよ、とも思える状況。こんなものを最高裁の事務方はどうして平然と開示したのか。長官の不正な交際費を苦々しく思う気持ちが長年積もりに積もり、こんな事態を招いたのだろうか。
 三好達長官、山口繁長官(文書を見ると赤ワインはピノノワールがお好きらしい)は、国賠ネット最悪賞の候補として十分にその資格を有すると思うが如何だろう。
文責:今井亮一

(5−5)最悪賞−4.>.> 交流集会にて本年度最悪賞に決定

最悪賞候補者: 森山真弓法務大臣 

次のような通告文を届ける予定

 日本国法務大臣 森山真弓 様
                2003年3月
                          国賠ネットワーク

 当「国賠ネットワーク」は、社会的にも法的にも明白となった国家機関あるいは公権力を行使する公務員による不当な人権侵害に対し、日本国等の責任を追及する国家賠償請求訴訟を提起してたたかい、またたたかった者、およびそのたたかいを支援している者からなる、ささやかな連絡会議(NGO)です。毎年1度、この国の人権状況や国賠訴訟への貢献が著しかった人物を対象に「国賠ネットワーク大賞」と「国賠ネットワーク最悪賞」各1名を選考し、授賞させていただいております。2003年の今回は、厳正な審査の結果、僣越ながらあなたに賞を差し上げることになりました。賞は「最悪賞」のほうであります。これは、あなたが私どものかかわっている各国賠訴訟において、相手方当事者である事実と直接関係するものではありませんので、念のため申し添えます。
 授賞理由は以下のとおりです。
                理    由
 あなたは、名古屋刑務所に勤務するあなたの部下が犯した、受刑者に対する残虐きわまるリンチ致死事件に関して、国会で前言と矛盾する責任回避の発言を繰り返したあげく、2003年2月28日の会見で下記のように発言されました。
 「刑務所というところは、普通とはちょっと雰囲気の違うところでございます。いわば反社会的な人びとがいるところですので、それを制圧することが必要なのでございます」 この言葉は、あなたの人権に対する認識と感覚を過不足なく的確に表したものというほかありません。法務大臣の職責にある者が、おぞましい名古屋刑務所事件に関する自らの発言の矛盾を追及されるなかで、刑務所という施設について、反社会的な人間を閉じ込め制圧するところ、との認識を示したのです。
 これは、受刑者を丸裸にして、肛門めがけ消火用ホースのノズルで高圧の水をぶっかけて死に至らしめた刑務官と、全く同じ認識であり感覚であるといわなければなりません。もちろん、あなたが自らそのような行為をすることはあり得ないでしょう。でも、精神のレベルでは全く同じといわねばなりません。罪を憎んで人を憎まないのでは、こんな行為はできないし、こんな言葉も吐けないからです。
 反社会的な人間が反抗したら、制圧しなければならないでしょう。制圧とは物理力の行使にほかならず、本人が苦痛と屈辱を感じれば感じるほど効果的であるのでしょう。
 しかし、あなたは想像してみたでしょうか。
 そのような仕打ちから逃れることが、革手錠で制圧され不可能な状態で、高圧放水を受ける者の死に至る痛みと苦しみの激烈さを。そして、精神の最深部まで達したであろう傷の深さを。
 肛門を狙ったわけではない、という者がいるかもしれません。けれども、狙ってもいないのに直腸に重い裂傷が残ったということは、臀部全体にどれほど強烈な放水が行われたかをあらわすにすぎません。
 受刑者を、反社会的行為によって刑事責任を負担し、矯正プログラムを受けている人間とみるのか、反社会的な人間とみるのか。人の肉体と精神を破壊しかねない暴力を、矯正施設で強権によって執行していいものかどうか。あなたは、刑務官がそれほどひどい反社会的行為をはたらいたとは考えていない。あなたの旧労働省における長年の官僚としての経験は、困った事態をとりつくろうこと、辻褄を合わせスキャンダルに蓋をすることにしか生かされていない。だからこそ、あなたは、遺族の許に駆けつけて詫びるのではなく、こんな発言をしているのです。舌足らずとか、言葉尻の問題では済まない本質的な問題がここにはあります。あなたは、次の3月4日の会見では、遺族へのなんらかの補償を考えているかと問われて「私はまだ何も聞いていませんが、裁判その他ではっきりした実態がわかり、結論も決まったあかつきにはそういうことも考えられるんじゃないか。遺族の皆さんがどのような考え方かも聞いておりませんのでわかりません」と答えています。
 多くの人びとにとって、この件で本当に困った事態とは、あなたが法務大臣という地位にあることです。そして任命権者が、それでいいと考えていることなのです。
 昨年、政府から提出された「人権擁護法案」には、人権委員会を法務省外局に置く、つまりあなたの指揮下に置くことが規定されています。それに対して、国連人権高等弁務官を含む多数の人から示された異議と不安は、今まさに的中してしまったといわねばならないでしょう。いかなる根拠によるものか、あなたは、その職をお辞めになるつもりがないといわれています。その職にさえなければ、人権の「じ」の字も知らん、変な中高年女性がいるもんだというだけで、済ませられるのですが、あなたは「人」のつかない「権」のほうがお好きなようで、たいへん残念なことです。おそろしいことです。
 前記のあなたの発言を、私どもは当日のテレビ報道による映像・音声によって知りました。法務省のホームページは「大臣閣議後記者会見の概要」として、毎回の大臣会見について記者との質疑応答も比較的詳細にかつ迅速に伝えてくれていますが、2月28日分は3月10日になってやっと掲載されました。そして、問題の部分は前後まとめてカットされていたのです。この結果、同日の会見概要全体が大変短めになっています。名古屋刑務所問題に関する応答を前後の会見と比較すると、2月25日が84行、3月4日が66行あるのに対し、2月28日は31行にはしょられています。もちろん、TV映像で放映済みなので、「概要」から落としたからといって、事実が消えるわけではありませんが、この発言が国民に広く知らしめたくないものであったことを、あなたまたはあなたの役所が認めたということになりましょう。
 以上が、授賞理由であります。貧しい団体ゆえ、恥ずかしながら賞金も賞品もつかない賞ではありますが、お受け取りくださいますよう。



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