村井CPR代表の開会の辞

 今日のゲスト、ベント・ソレンセン教授は、見た目にはお若いですが1924年生まれ、現在73歳という御高齢です。しかしとてもお元気で、日本から戻られてすぐジュネーブに行く予定になっており、コペンハーゲンで奥様と会われるのもわずかな時間です。奥様もRCTの創立者であり、現在も事務局をやっていらっしゃる医師です。RCT(拷問被害者のためのリハビリテーションセンター)は拷問被害者を精神的に癒したり、社会で仕事ができるように手助けをするための組織で、1974年に創設されました。それが国際的に広がっています。RCTの国際組織IRCTは1986年に設立されました。日本にも1つ加盟団体があるということです。
 教授はご夫妻ともにお忙しい仕事をやっています。かつてはコペンハーゲン大学医学部の教授で、医師として実務を41年間やられて、その後、国連拷問禁止委員会、ヨーロッパ拷問防止委員会に専念するため大学をお辞めになりました。医師の立場から、監獄の人権について、特に拷問を禁止する活動を行い、各地の刑務所を訪問されていろいろな勧告をする役割を担っています。これから拷問等禁止条約の概要、条約を批准することのきわめて大きな意義が語られるでしょう。
 日本政府が条約を批准しない理由はありません。日本国憲法にもなかなか立派な条文があります。第36条で「公務員による拷問及び残虐な刑罰は絶対にこれを禁ずる」とうたっています。また前文では「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する」と宣言しています。「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と前文で宣言しているのだから、日本はむしろ率先して批准しなければならない立場にあります。しかし依然として批准していない。何故なのだろうということを我々は考えなければなりません。
 会場の入口に『元刑務官が語る刑務所』(三一書房、坂本敏夫著)という本が並べてあります。刑務官の中にも、監獄の中の人権侵害に対してそれじゃいけないのではないかという考えをお持ちの方もおられます。そういった考えを持っている職員が意見をを表明することができない。このこと自体に問題がある。人権侵害や拷問についての問題では自由な意思表示ができて初めて人権を守ることができます。ところが刑務所の中では、受刑者だけでなく刑務官が自由に意思表明できない。実はそこに拷問等禁止条約が批准されていない根本の原因があるのではないかと思います。
 ソレンセンさんの講演では、二つのC、「非公開(Confidential)」と「協力(Cooperation)」という言葉が出てくると思います。締約国の報告についての審査が行われ、その審査というのは非公開であるということと、他方で締約国と委員会とが協力関係を維持しなければならないといった、この2つが非常に重要なことなのです。確かに塀の中のプライバシーは微妙ですから、プライバシーを侵害しないような秘匿性というのは重要です。しかし日本で塀の中で行われていることを人々に一切知らせないという秘密主義であってはならない。シャットアウトということ、内と外とを完全に隔離する秘密主義と、プライバシーを守るということとは違うわけです。それを取り違えると、一切情報は外に出さない、俺たちに任せろ、中のことを少しでも外に出す輩はけしからん、そういった者と接触するな、ということで意見が表明できなくなります。これが拷問等禁止条約を批准すると打ち破られる。まず国連が政府の報告を検討する。またNGOも国連の基準が守られているかどうか意見を述べる権利を持つ。そういう意味で拷問等禁止条約を批准するということには非常に大きな抵抗がある。どうしても公の部分で監獄の実態が明らかにされてしまう。逆にそれを打ち砕かない限り本当に塀の中の人権は確保されない。その意味で、今日のソレンセンさんのお話は貴重です。塀の中のことは、塀の外の我々の人権について考えるうえで極めて重要な話になります。そうした意味で今日の話に期待しています。