木更津市真里谷地区の農業開発計画


1.経緯
(1) 記者発表
2007年7月5日、共同会社農業法人かずさ風の丘と財団法人日本地域開発センターが木更津市真里谷地区における農業開発についての記者発表を行い、一般紙が順次それを報じた。
内容は、約30ヘクタールの山林地(谷地)を埋立造成して、大規模な施設園芸中心の農場を設立するというもので、5年後に100棟、計10ヘクタールのハウスでキュウリ、トマト、ナス、ピーマンを栽培する他に、果樹園や花卉園を併設し、年間4億円の売り上げを予定している。地域連携の重視、50名の雇用創出、健全な食糧生産産業を目指すなど、計画には薔薇色の夢が描かれている。
しかし、この記者発表では、肝心な造成のための残土の搬入については触れられていなかった。

(2) 木更津市農業委員会と 千葉県農業会議の異なる決定
2007年10月、木更津市農業委員会総会は、土地所有者の地主と潟宴塔hテックから申請のあった「農地一時転用」について審議し、「保留」を決議した。同年11月総会でも再度「保留」、そして同年12月総会で「不許可相当」を決議して県に報告した。 農地法では、優良農地を確保するために、農地を転用する場合は、県知事または農林水産大臣の許可(市街化区域では農業委員会への届出)を必要とする「農地転用許可制度」を定めている。この制度は、農地の転用を農業上の利用に支障の少ない農地に誘導することを目的にしている。宅地造成のみを目的とする農地転用は原則として認めない。 農地一時転用の場合は、事業終了後、その土地が耕作の目的に供されることが確実であると認められることが条件となる。また、農地転用の申請は、土地所有者が行なうことになっている。 「農地一時転用」の申請は、2008年2月に千葉県農業会議常任委員会議で保留になるものの、3月14日の会議で再度付議され「許可相当」の決定となった。
「農地一時転用」の手続きはやや複雑で、市街化区域以外の「農地一時転用」の許可は知事が行なう。申請手続は、申請者が地元の農業委員会に申請書を提出、地元農業委員会は意見を付して申請書を知事に送付する。知事は県農業会議に意見を諮問、農業会議の答申を受けて知事は許可・不許可の指令書を地元農業委員会に交付し、その地元農業委員会が許可・不許可の指令書を申請者に交付する。 今回は、木更津市農業委員会が「不許可相当」を決議し意見書を県に提出したが、千葉県農業会議が「許可相当」を決議し、知事が許可したことで、ねじれが起きていた。

(3) 千葉県の許可
2008年4月2日、千葉県は農地課が上記の「農地一時転用」、森林課(旧林務課)が「林地開発」、産業廃棄物指導課が残土搬入のための「特定事業者」を許可した。 「農地一時転用」以外の許可はどのように決まったのか。 林地開発許可制度の対象となる森林は、森林法第5条の規定で知事が立案した地域森林計画の対象民有林(保安林、保安施設地区、海岸保全区域内の森林を除く)であり、今回の開発予定地はその対象となる。許可制度の対象となる林地開発の行為は、土石または樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為であり、しかも土地の面積が1ヘクタール以上となっている。開発者は、農林水産省令の手続に従って知事の許可(自治事務)を受けなければならず、知事は、申請があった時は、災害の防止、水害の防止に支障をきたす場合、また水源の涵養や環境の保全を著しく阻害する恐れがある場合を除いて、これを許可しなければならない。 また、千葉県には「千葉県土砂等の埋立て等による土壌の汚染及び災害の発生の防止に関する条例」があるので、特定事業区域で残土搬入を行なう事業者は、特定事業を県に申請しなければならない。残土搬入を前提としたこの事業は、これに該当し、共同会社農業法人かずさ風の丘と(潟宴塔hテックが特定事業の申請者になって県の許可を受けた。

(4) 千葉県の判断
特定事業申請について、県の廃棄物指導課は「申請の許可条件は全て満たされている」として許可した。許可に際しては、一般的な許可条件に加えて「土砂の搬入開始前までに木更津市宿及び五郷の両区に対して説明会を実施して住民の理解を得るとともに、協定の締結に努めること」を条件したという。しかし、これは事業申請者に努力目標を伝えたにすぎないので、どのような協定書が作成されるのか、現時点ではわからない。廃棄物指導課が積極的に協定の話し合いに加わり、立会人として署名するくらいの協定書づくりが行なわれないならば、「県は住民に責任を転嫁している」という意見も当然出てくることになる。
また、「農地一時転用」を許可した農地課は、今回は一期工事(2008年4月2日〜同年12月31日まで)のみ許可したもので、2期工事以降の許可はしていないことを強調している。しかし、「全体の計画には懸念があるので、とりあえず一部をやらせてみる」というようにも聞こえ、そうだとすれば、懸念があっても許可せざるをえない制度そのものに問題があるということなる。したがって、県の配慮そのものが非常に形式的なものとみられている。

(5) 現地説明会での意見
2008年4月11日、富来田地区振興対策協議会が主催する説明会と現地見学が実施された。 開発予定地は、近くに住宅もなく、谷津地形の斜面林も久しく手入れされていないので、周辺住民の関心の外にあるようで、既に県が許可した開発計画があることをほとんどの住民が知らない。この説明会の参加者は、区長、農業委員、地元の組織代表等対策協議会メンバー、木更津市の関係部署職員、市議、県議等の30名ほどであった。 潟宴塔hテック社員と農業法人風の丘役員が事業について資料と口頭で説明した。それによると、一期工事の期限は2008年12月までなので、早く進めたい。進入路等に4万6千立方メートルの建設残土を都内3箇所から搬入することになる。残土の発生元は大手建設会社なので心配ない。農業施設は、一期工事でビニールハウス2棟26アールを完成させる。キュウリを中心に果物・野菜類を生産し、10年後には7.7ヘクタールの農地を建設する。2期工事での残土搬入は60万立方メートル。3期工事は90万立方メートル、4期工事は60万立方メートルの予定で、各工事期間は3年、10年間で200万立方メートル超の残土搬入となる。農場建設は、1ヘクタール当たり1億2030万円かかるので、10ヘクタール10年で約12億円の投資になる。農場で40名、直売施設、飲食施設などの交流施設で20名の雇用を計画している。 参加者からは、「説明がよくわからない。もっと詳しい資料で説明してほしい」「会社の経営実態はどのようになっているのか」「残土はどこから入れるのか」「予定地から200メートル離れた地域の湧き水は保存活動が行なわれており、農業用水として使われているが、影響はないのか」「東側のゴルフ場から大量の雨水が敷地に流れてくるので500〜600メートルもの長い配管を埋める計画と聞いたが、詰まったらどうするのか」「赤道はどうするのか」などの質問が出て、また、「隣接地の山林を別の業者が買収しているという話を聞く。この計画が実施されると次々に周辺に残土が持ち込まれかねない」との反対意見もあった。 現実離れと思えるようなよくわからない説明も多かったようで、説明会を主催した富来田地区振興対策協議会の小川会長は、「事業者と地元の協定の素案づくりを今日の意見を踏まえて進めていきたい。内容がよくわからないという声もあるので、今後6地区で説明会を行う」と締めくくった。説明会の後、参加者は2時間かけて現地を見学した。

2.課題
(1) なぜ谷津を残土で埋めて農業なのか
木更津市真里谷地区の農業開発計画地は、千葉県内に多く見られる谷津地形で、耕作地は放棄され、雑木中心の斜面林は久しく手入れされていない。しかし、このような地形は水源地であることが一般的であり、貴重な緑とともに周囲を含めてそれなりの森の生態系を構成している。
千葉県では、昨年度に「生物多様性ちば県戦略」を策定し、生物種や生態系の保全等に取り組む姿勢を示したところである。今回の計画は、森林を伐採し、谷津を埋め立てるもので生態系に大きな影響を与える。農地の造成というが、千葉県には農業放棄地が多くあり、農地は余っており、巨額な造成費用をかける必要はないように思われる。また、房総半島には、富津市の浅間山のような山砂の採取によって生態系の復元が困難な土地が多数あり、このような土地を農業開発に利用するのであれば理解できる。こうした状況を勘案すれば、この計画には農業開発以外の残土取引などの他の目的があるのではないかと、素朴な疑問を抱くことになる。長年農業を営んできた農業者の中には、「残土で農業ができるわけがない、残土搬入が目的に決まっている」との意見が多い。残土を1立方メートル当たり800円で引き受けたとして、200万立方メートルで16億円になる。場合によっては、もっともっと大きな数字になるという意見もある。

(2) 残土は安全なのか
東京都から大量の残土が千葉県に搬入される。東京都の土壌汚染の現状は深刻であり、建設残土も安全とはいえない、残土の崩落防止や道を固める路盤材に利用されている鉄鉱スラグなども愛知検討では危険な産業廃棄物として扱われているという。現状の安全性のチェックの仕組みは、事業者に甘くできているので、危険な残土が持ち込まれる危険性は否定できない。説明会でも隣接した地域の湧水や井戸を心配する声があった。
汚染された残土から流れ出た有害物質が河川や地下水を汚染する。水は農業や生活に欠かせない。海の汚染も心配になる。
計画では今回の予定地から排出される雨水等は遊水地に蓄えられ、この遊水地は木更津市ではなく、袖ヶ浦市の河川につながっている。事業者は、遊水地の汚水は河川に流れ出ないと説明しているが、よくわからない。袖ヶ浦市民に不安はないのだろうか。実は、この計画を知っている袖ヶ浦市民はほとんどいないらしい。計画地は、袖ヶ浦市と君津市に挟まれた地域にある。清水で知られる君津市久留里地区もローカル鉄道久留里線を通してすぐ近くだが、水の問題に敏感な久留里地区の住民もこの計画を知らない。こうした異なる行政区の境に近い地域は、目を付けられやすいと言われているようだ。 残土にはどのような汚染物質が混入しているかわからない。そのことは不安であっても、身近にそうした問題があることをほんの一部の人しか知らないので、地元やその周辺から計画反対の声はなかなか聞こえてこない。 昨年7月に農業開発の記事が新聞に載ったが、薔薇色の計画が小さな扱いで記事になっただけで、そこには具体的な残土搬入の話はない。残土搬入の計画を知ったのは、地元の人でさえ、県の開発を許可する前後においててぜある。せめて木更津市農業委員会に事業者が申請を出した時点で、公告縦覧のような仕組みがあれば、多くの住民が知りえた可能性はある。

(3) 事業者はどこまで信用できるのか
農業法人かずさ風の丘は、この名称が企業の固有名であり、農業生産法人の法人制度はあっても、農業法人という制度はない。農業開発計画の当事者は、出資金15万円が有限責任の範囲の共同会社であり、「特定事業」を一緒に申請した資本金2000万円の潟宴塔hテックが一緒に設立した会社であり、実績も不明である。合同会社を表に出さずに、敢えて誤解されやすい農業法人を名乗るところを不審がる人もいる。 出資金の多寡で会社の価値が決まるわけではないとしても、出資金15万円の会社に12億を投資し、4億円の農産物を生産する能力があるのか疑問視する意見があっても不思議ではない。以下のような懸念も示されている。 合同会社農業法人かずさ風の丘が今後増資するか株式会社に組織変更する可能性もあるが、現時点の債務に対する責任は15万円のみです。潟宴塔hテックの資本金は2000万円。これも有限責任である点は変わらない。しかも残土搬入の埋立事業は潟宴塔hテック、農業生産は風の丘が別々に担当し、二つは資金のつながりはないということなので、仮に農業ができなくなっても潟宴塔hテックにはそれに関する債務は発生しない。債権が発生しても、それを回避する手だてを用意することができる。
10年に渡る残土搬入と農地造成の間は、ほそぼそと農業を続ける。残土搬入が終り、新たに農地となった部分(もと山林)を風の丘に譲渡(農地の売却あるいは貸す場合は農地法上の許可が必要なので、風の丘は農地法上の農業生産法人にならないと譲渡を受けられない。)して潟宴塔hテックが去った後、風の丘の経営不振を理由に解散しても、この風の丘の債務負担は15万円の有限責任だけ。そして残った農地はどうなるのか。建設残土が汚染されていたり異物があったりすれば大変だが、もしそうでなくても農地以外の利用ができないので放置される可能性がある。 ただし、この農地を国に買い取らせる方法がある。農地法には「農業生産法人でなくなった場合等における買収」という条文(第15条の3)があり、「農業生産法人が農業生産法人でなくなった場合において、(中略)国がこれを買収する。」とある。潟宴塔hテックから風の丘が土地を譲渡または借りていれば、風の丘が農業生産法人でなくなると土地を国が買い上げてくれる可能性がある。「買収できる」ではなく「買収する」となっているので、こうなると国の権限というよりも義務になってしまうのかもしれない。
農業生産法人には要件がある。どういう場合に農業法人でなくなるのか、国が買収した例があるのかどうか、聞いてみたいものである。 この農地法の条文には次のようなただし書きがある。「ただし、これらの土地でその法人が第三条第一項本文に掲げる権利を取得した時に農地及び採草放牧地以外の土地であったものその他政令で定めるものについては、この限りでない。」つまりその土地を買ったときその土地が山林だと国は買ってくれない。となると、山林が農地になった後に風の丘は潟宴塔hテックから土地を買うか借りるかする必要がある。そうなると山林が農地になるのはいつかということが問題になる。農地とは…?「現況」が農地であれば農地。地目を農地に変更してなくても農地です。森林法で許可された「山地開発」で「山林を農地に開発する」となっていれば、国のお墨付きをもらったようなもので開発が終った段階で農地ということになる。
潟宴塔hテックが所有する山林を山地開発して農地にした後、風の丘は農業生産法人となり、この農地を取得(あるいは借りる)する。農業生産法人は毎年経営の報告を義務づけられているので、その後に農業がなりたたなくなれば営農を放棄し、農業生産法人でなくなったとき、農地は国が買い上げてくれて、債務は15万円の有限責任でさよならできることに…。その後始末は国民負担になるのかもしれない。
事業申請者が県に提出している説明会の報告には、改ざんとまで言わないまでも、都合の悪い質問や反対意見は記載されていないという人もいる。説明会の様子は、テープ等に収められておらず、県も真意を確かめようがない。せめて報告書と一緒にテープの提出を義務付ける仕組みがあってもおかしくない。 説明会には、財団法人日本地域開発センターの客員研究員が同席しており、資料とうにこの財団が計画概要を策定したとして名を連ねている。この財団は、国土交通省の所管で、これまでに地方自治体の多くの開発計画に関わり、理事には、都市計画等のそうそうたる学者が名を連ねており、こうした理事が今回の残土搬入による農業開発の計画を知っているとは考えにくいという意見もある。この財団では客員研究員をどのように位置づけているのか、この計画と財団の関わりを確かめてみることも必要と思われる。
ボーンセンターの学習会では、この問題に関心のある人たちに多くの情報を持ち寄っていただいた。また、残土・産廃ネットワークの学習会や現地見学会にも参加してこのレポートをまとめたが、この問題は千葉県にとって重要であるとともに、産廃問題とも共通して根が深そうである。今後の研究テーマとして、これを防止する制度や仕組みについて検討していきたい。

 

 

(副代表 栗原裕治)


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