研究レポート「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」


目次 0.はじめに

 2004年12月1日に「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」が公布されたことは、あまり知られていない。2年6ヶ月以内に政令で定める日からの施行なので、2007年の5月頃の施行であろう。「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」では長すぎるので、日本版ADR法とも言われている(また、横文字)。ADRとはAlternative Dispute Resolutionの頭文字略である。ADR(裁判外紛争解決)とは、訴訟手続によらず民事上の紛争を解決しようとする紛争当事者のために、公正な第三者が関与してその解決を図る手続のことで、民事調停、家事調停、和解、行政による斡旋なども含まれる。「当事者同士の合意を前提にした法的拘束力を持たない調停」といったところだろう。紛争解決の調停者の信頼性や能力は重要だ。この法律は、調停者の認証制度が中心であり、法務大臣が一定の要件を満たしている調停者を認証することで、調停者の社会手的な信頼を増加させている。また、時効の中断等に係る特例等を制度化することで、紛争当事者がADRを選択しやすくしている。調停者の知識や能力も重要になる。そこで法律の施行に備えて、既に経済産業省、日本仲裁人協会、日本商事仲裁協会、商工会議所等の主催による「調停人養成基礎講座」といったものも1年ほど前から始めている。この調停者の資格制度ができるかどうか未定の段階で、準備が始まっているわけだ。しかし、ADRが必要なのは、考えてみれば産業界だけではない。まちづくり、医療・福祉・介護、社会教育、子育て、環境など、NPOの活動分野や関係する分野においてもADRは必要なわけで、行政セクターや産業セクターだけでなく、市民・NPOセクターにも調停人が必要と思うのだか、ほとんどの市民・NPOがこの日本版ADR法の公布について知らないのが実態だ。行政セクター、産業セクターのほかに市民・NPOセクターが裁判外紛争解決手続を実施することで、紛争当事者の選択肢は確実に増えることになる。指定管理者制度も経済界・産業界の強い要請で生まれたが、この日本版ADR法も、商取引における紛争を迅速に解決したい経済界・産業界からの要請や米国からの外圧があったようだ。法律の制定に市民・NPOセクターはまともに関わってこなかったし、施行前の準備段階である現在もその検討に加わっていない。現在の指定管理者制度導入の混乱ぶりをみると、市民・NPOセクターが早い段階からこのADR法に関心を持つ必要を強く感じる。インターネットでこの日本版ADR法への対応状況を見ると、司法書士、行政書士、社会保険労務士、土地家屋調査士などのグループが日本版ADR法に関心を示しているようだ。この研究レポートを作成するに当たって情報収集中だが、まだ、十分な状況把握ができていない。市民・NPOセクターにとって注目しておく必要のある法律と思われるので、ここでは法律の概要と背景について可能な範囲で解説しておく。


1.日本版ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)の概要

まずは34条からなるこの法律の概要を解説する。
(1)目的
 内外の社会経済情勢の変化によって、公正な第三者の専門的な知見を反映させて紛争の実情に即した迅速な解決を図る手続として、裁判外紛争解決手続が重要になっているので、この手続についての法律を整備し、紛争の当事者がその解決を図るのにふさわしい手続を選択しやすくする。
 
(2)用語の定義
[民間紛争解決手続]紛争当事者が和解可能な民事上の紛争について、民間の事業者が紛争の当事者双方からの依頼により当事者との間の契約に基づき和解の仲介を行う手続を言う。ただし、法律の規定により指定を受けた弁護士等による裁判外紛争手続きで政令で定めたものを除く。
[手続実施者]民間紛争手続において和解の仲介を実施する者を言う。
[認証紛争解決手続]認証を受けた業務として行う民間紛争解決手続を言う。
[民間紛争解決事業者]認証を受け、認証紛争解決手続の業務を行う者を言う。

(3)基本理念
 この手続は、法による紛争解決のための手続として、紛争当事者の自主的な解決の努力を尊重しつつ公正・適切に実施され、かつ専門的な知見を反映して紛争の実情に即した迅速な解決を図るもので、その手続を行う者は、この基本理念にのっとり、相互に連携を図りながら協力するように努めるものとする。

(4)業務の認証
 民間紛争解決手続を行として行う者(代表者または管理人の定めのある法人でない団体を含む)は、その業務についての法務大臣の認証を受けることができる。

(5)認証の基準
 法務大臣は、認証の申請者が以下の基準に適合している場合は認証する。
@専門的な知見を活用して取り組む紛争の範囲を定めていること。
A紛争の範囲に対応して和解の仲介を行うのにふさわしい手続実施者を選任できること。
B手続実施者の選任の方法、及び手続実施者が手続の公正な実施を妨げる恐れがある場合、手続実施者を排除するための方法を定めていること。
C申請者の実質的な支配者(株式所有者や融資者等)又は申請者の子会社等を紛争の当事者とする民間紛争解決手続の業務を行う申請者は、実質的支配者や申請者が手続実施者に対して不当な影響を及ばすことを排除する措置を講じていること。
D手続実施者が弁護士でない場合は、手続の実施に当たって法令の解釈適用に関し専門的知識を必要とするときに、弁護士の助言を受けられる措置を定めていること。(手続実施者が司法書士である場合の特例あり)
E認証紛争解決手続の実施に際して行う通知についての方法を定めていること。
F認証紛争解決手続の開始から終了に至るまでの標準的な手続の進行について定めていること。
G紛争当事者が申請者に対し認証紛争解決手続の実施の依頼をする場合の要件や方式を定めていること。
H申請者が紛争の一方の当事者から依頼を受けた場合、紛争の他方の当事者に対して速やかにその旨を通知するとともに、これに応じて認証紛争解決手続の実施を依頼するか否かを確認するための方法を定めていること。
I認証紛争解決手続において提出された資料の保管、返還その他の取り扱いの方法を定めていること。
J認証紛争解決手続において陳述される意見や提示される資料、手続実施記録等に含まれる紛争の当事者や第三者の秘密について、秘密の性質に応じて適切に保持するための取り扱い方法を定めていること。
K紛争当事者が認証紛争解決手続を終了させるための要件や方式を定めていること。
L手続実施者が紛争の当事者間に和解が成立する見込みがないと判断したときは、速やかに認証紛争解決手続を終了し、その旨を当事者に通知することを定めていること。
M申請者、その代理人、使用人その他の従業者及び手続実施者が認証紛争解決手続の業務に関し知り得た秘密を確実に保持するための措置を定めていること。
N申請者が支払いを受ける報酬又は費用は、その額、算定方法、支払方法等の必要な事項を定めており、それらが著しく不当なものでないこと。
O申請者が行う認証紛争解決手続の業務に関する苦情の取り扱いについて定めていること。

(6)欠格事由
@成年の被後見人又は被保佐人。
A手続の業務に関して成年者と同一の行為能力を有しない未成年者。
B破産者(復権を得ない者)。
C禁錮以上の刑に処せられ、執行終了日(又は執行を受けることがなくなった日)から5年を経過しない者。また、この法律や弁護士法の規定に違反し、罰金刑の執行終了日(又は執行を受けることがなくなった日)から5年を経過しない者。
Dこの認証を取り消された日から5年を経過しない者。また、法人がこの認証を取り消された場合、取り消し日前60日以内にその役員であった者で、その取り消された日から5年を経過しない者。
E暴力団員又は暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者。また、暴力団員又は暴力団員でなくなった日から5年を経過しない役員や使用人がいる法人。上記@〜Dに該当する使用人がいる者。
F暴力団員等を手続実施者や補助者として使用するおそれのある者。また、暴力団員等が事業活動支配する者。

(7)認証の申請
[法務大臣に提出する申請書]
@氏名又は名称と住所。法人の場合は代表者(法人でない団体は代表者や管理人)の氏名。
A業務を行う事務所の所在地。
Bその他法務省令で定める事項。
[申請書の添付書類]
@法人の場合は、定款、寄付行為その他基本約款。
A民間紛争解決手続の業務の内容及び実施方法。
B事業報告書又は事業計画書。
C財産目録、貸借対照表、収支計算書又は損益計算書、その他法務省令で定める業務に必要な経理的基礎を有することを証明する書類。
Dその他法務省令で定める書類。
E実費を勘案して政令で定める手数料。

(8)認証に関する意見聴取
@法務大臣は、申請に対する処分又は処分に対する異議申し立てに対する決定をする場合、その法人を所管する大臣又は国家公安委員会と協議する。
A法務大臣か認証する場合は、暴力団員等との関係について警察庁長官の意見を聴く。
B法務大臣は、申請に対する処分又は処分に対する異議申し立てに対する決定をする場合、法務省令で定める認証審査参与員の意見を聴く。
[認証審査参与員とは]
申請に対する処分又は処分に対する異議申し立てに対する決定に関して、法務大臣に専門的な知識や経験に基づく意見を述べる認証審査参与員を若干人置く。認証審査参与員は、異議申立人又は参加人の意見の陳述に立会い、これらに直接問いを発することができる。法務大臣が任命し、非常勤で任期は2年、ただし再任を妨げない。

(9)認証の公示等
@法務大臣は、認証した事業者の氏名又は名称及び住所を官報で公示する。
A認証された事業者は、利用者に適正な情報を提供するために、事務所において認証事業者である旨や業務の内容や実施方法の事項を見やすいように掲示する。
B認証事業者でない者は、名称の中に認証事業者と誤認されるおそれのある文字を用いたり、業務に関して認証事業者と誤認されるおそれのある表示をしてはならない。

(10)変更及び軽微な変更
@認証事業者は、軽微な変更を除いて事業の内容や実施方法を変更する場合は、必要な事項を記載した申請書及び添付書類を法務大臣に提出し、変更の認証を受けなければならない。変更の認証の手続は、認証の手続に準ずる。
A次に掲げる変更があった場合は、遅滞なく法務大臣に届け出ること。
 @)氏名若しくは名称又は住所の変更。
 A)業務の内容又は実施方法に関する軽微な変更。
 B)法人の場合は、定款、寄付行為その他の基本約款の変更。
 C)その他法務省令で定める事項の変更。
B氏名若しくは名称又は住所の変更の届出があった場合、法務大臣は官報に公示する。

(11)説明の義務
認証事業者は、認証紛争解決手続を実施する契約を締結する前に、紛争の当事者に以下に掲げる事項につい
て書面又は電磁的記録を提供して説明を行わなければならない。
 @)手続実施者の選任に関する事項。
 A)紛争当事者が支払う報酬又は費用に関する事項。
 B)手続の開始から終了までの標準的なプロセス。
 C)その他法務省令で定める事項。

(12)実施記録の作成と保存
認証事業者は、実施した紛争解決手続きに関して、次に掲げる事項を記載した記録を作成し、保存する。
 @)紛争当事者と契約を締結した年月日。
 A)手続実施者の氏名。
 B)紛争当事者及びその代理人の氏名又は名称。
 C)認証紛争解決手続の実施の経緯。
 D)認証紛争解決手続の結果(手続の終了の理由及び年月日を含む)。
 E)その他法務省令で定める手続の内容を明らかにするために必要な事項。

(13)合併及び解散
@認証事業者は、次に掲げる行為をしようとする場合、その旨を法務大臣に届け、法務大臣はその旨を官報に
公示する。また、実施されている紛争解決手続がある場合は、2週間以内に紛争当事者に対して認証の効力を失った旨を通知する。
 @)認証事業者が消滅することとなる合併。
 A)紛争解決手続の業務にかかわる営業や事業の譲渡(一部の譲渡の場合を含む)。
 B)認証事業者を分割し、紛争解決手続の業務を継承させる場合(業務の一部の継承を含む)。
 C)紛争解決手続の業務の廃止。
A認証事業者が破産及び合併以外の理由で解散した場合、その清算人は、1ヶ月以内に、その旨を法務大臣に届け出る。また、実施されている紛争解決手続がある場合は、清算人は2週間以内に紛争当事者に対して認証の効力を失った旨を通知する。
Bその他、事業者が死亡したとき、認証の効力を失う。

(14)報告及び違反した場合の認証の取り消し
@認証事業者は、紛争解決手続の業務に関し、米事業年度経過後の3ヶ月以内に事業報告書、財産目録、貸借対照表、収支計算書(又は損益計算書)を作成し、法務大臣に提出する。
A法務大臣は、認証取り消すに足りうる相当な理由がある場合、認証事業者に対して業務の実施の状況に関して必要な報告を求め、その職員に認証事業者の事務所の立ち入り検査をさせ、関係者に質問させることができる。立ち入り検査を行う職員は、その身分を証明する証明書を携帯し、関係者の請求があった場合は、これを提示する。(立ち入り検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものではない。)
B法務大臣は、認証取り消すに足りうる相当な理由がある場合、認証事業者に対して、期限を決めて、必要な措置をとる旨の勧告をすることができる。認証事業者が正当な理由がなく、その勧告にかかわる措置をとらなかったときは、法務大臣は認証事業者に対して、必要な措置をとることを命ずることができる。
C法務大臣は、認証事業者が以下に該当する場合、その認証を取り消さなければならない。
 @)欠格事由に該当するに至ったとき。
 A)偽りその他不正の手段により認証又は変更の認証を受けたとき。
 B)正当な理由がなく、法務大臣の勧告、その後の命令に従わないとき。
D法務大臣は、認証事業者が以下に該当する場合は、認証を取り消すことができる。
 @)紛争解決手続の業務の内容及びその実施方法が、認証基準に適合しなくなったとき。
 A)紛争解決手続の業務を行うのに必要な知識若しくは能力又は経理的基礎を有するものでなくなったとき。
 B)この法律の規定に違反したとき。
E法務大臣は、暴力団員等との関係において認証の取り消そうとする場合は、規定に違反する事実の有無につ
いて警察庁長官の意見を聴くことができる。
F法務大臣は、認証を取り消したときは、その旨を官報で公示する。認証を取り消された事業者は、処分の日から2週間以内に、紛争解決手続が実施されていた紛争の当事者に対して、処分の事実を通知しなければならない。

(15)紛争解決手続の利用にかかわる特例
[時効の中断]
紛争の当事者間に和解が成立する見込みがないことを理由に手続実施者が認証紛争解決手続を終了した場合において、その手続の実施を依頼していた紛争当事者がその旨の通知を受けた日から1ヶ月以内に紛争処理の訴えを提起したときは、時効の中断を認め、認証紛争解決手続の請求の時に訴えの提起があったものとみなす。
 認証が取り消し等で効力を失った時点で認証紛争解決手続が実施が行われていた場合は、その手続の実施を依頼していた紛争当事者がその旨の通知を受けた日又は処分があったことを知った日のいずれか早い日から1ヶ月以内に紛争処理の訴えを提起したときは、時効の中断を認め、認証紛争解決手続の請求の時に訴えの提起があったものとみなす。
[訴訟手続の中止]
 紛争の当事者が和解することが可能な民事上の紛争において紛争当事者間に訴訟がある場合において、以下の理由があり、かつ紛争の当事者の共同の申し立てがあるときは、受訴裁判所は4ヶ月以内の期間を定めて訴訟手続を中止する決定ができる。また、受訴裁判所は、いつでも中止の決定を取り消すことができる。受訴裁判所の紛争の当事者の共同の申し立てを却下する決定や中止の決定を取り消す決定に対しては、不服の申し立てができない。
@)紛争の当事者間で認証紛争解決手続が実施されている。
A)紛争の当事者間で認証紛争解決手続によって紛争の解決を図る合意がある。
[調停の前置きに関する特則]
 裁判所に訴えを提起した紛争当事者が、訴えの定期前に認証紛争解決手続の実施を依頼し、かつその手続が当事者間に和解が成立する見込みがないことを理由に終了した場合、受訴裁判所は、適当であると認めるときは、職権で、事件を調停に付することができる。

(16)雑則
[報酬]
 認証紛争解決事業者は、紛争の当事者又は紛争の当事者以外の者との契約により、認証紛争解決手続きの業務に関する報酬を受け取ることができる。
[協力依頼]
 法務大臣は、この法律の施行に必要があると認めたときは、官庁、公共団体その他の者に照会し、又は協力を求めることができる。
[法務大臣への意見]
 警察庁長官は、暴力団員との関わりにおいてこの法律に違反する事実があると疑うに足りる理由があるため、法務大臣が認証紛争解決事業者に対して適当な措置を講ずることが必要と認めたときは、法務大臣に対して意見を述べることができる。
[情報の公表]
 法務大臣は、認証紛争解決手続きの業務に関する情報を広く国民に提供するために、法務省令の定めるところにより、認証紛争解決事業者の氏名又は名称及び住所、事務所の所在地、業務の内容および実施方法で法務省令に定めるものについて、インターネットその他の方法で公表することができる。

(17)罰則
@偽りその他不正の手段により認証及び変更の認証を受けた者は、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金、又はこれらを併科。
A暴力団員等を業務に従事させたり、補助者として使用した者は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金、又はこれらを併科。
B以下は100万円以下の罰金。
 @)申請書や報告書に虚偽の記載をして提出した者。
 A)認証紛争解決業者出ないにもかかわらず、誤認される文字を用いたり、表示をした者。
C使用人その他従業者が違反行為をしたときは、法人(法人でないない場合は代表者若しくは管理人)に対しても罰金刑を科す。
D以下は50万円以下の科料。
 @)認証紛争解決手続を行う事業所にこの法で定めた掲示を怠ったり、虚偽の掲示をした者。
 A)この法に定めた届出を怠ったり、虚偽の届出をした者。
 B)手続実施記録を怠ったり、虚偽の手続実施記録を作成したり、手続実施記録を保存しなかった者。
 C)手続を実施中の紛争当事者に、この法で定めた通知を怠ったり、虚偽の通知をした者。
 D)事業報告書、財産目録、貸借対照表、収支計算書(又は損益計算書)の提出を怠ったり、虚偽の記載を提出した者。
 E)法務大臣のこの法による報告の要請に対して、報告を怠ったり、虚偽の報告をした者。
 F)法務大臣のこの法による命令に違反した者。

(18)その他
[附則]
 この法律は、公布の日(2004年12月1日)から起算して2年6ヶ月を超えない範囲で政令で定める日から施行する。
[検討]
施行後5年を経過した時点で、この法律を見直す。

2.ADR(裁判外紛争解決)の特徴
日本のADR(裁判外紛争解決)の現状を見ると、今回の日本版ADR法には利点もあり、新たな陪審員制度の導入で注目されている司法改革の一環と考えることもできる。
 2002年6月12日の司法制度調査会の意見書には、「社会で生起する紛争には、その大小、種類などにおいてさまざまなものがあるが、事案の性格や当事者の事情に応じた多様な紛争解決方法を整備することは、司法を国民に近いものとし、紛争の深刻化を防止する上で大きな意義を有する。」と書かれている。その上で、「司法の中核たる裁判機能の充実に格別の努力を傾注すべきことに加えて、ADRが、国民にとって裁判と並ぶ魅力的な選択肢となるよう、その充実、活性化を図るべきである。」と提言している。
 紛争解決のための紛争当事者の選択肢の一つとするならば、一般の民事裁判と比べてADRには次の5つの大きな違いがあるように思われる。
@手続の迅速化・簡易化が可能
  裁判所が強制力を持っている民事裁判と異なり、ADRは紛争当事者の合意に基づく手続であることから、手続の大胆な迅速化・簡易化も可能と思われる。
Aコストの削減
  裁判では通常は弁護士代理が必要だが、ADRは、紛争当事者本人双方が直接話し合う手続を構築できるので代理人費用を節減できると思われる。
B対立の先鋭化の回避
  紛争当事者の対立構造が基本になる民事裁判では、紛争当事者間の対立が手続過程において先鋭化していくのが一般的だが、紛争当事者間の合意による解決が基本のADRでは、対立の先鋭化を回避し、将来の関係継続を可能にする余地が大きいと思われる。
C専門家の判断
  民事裁判では専門技術等において専門家とは言えない裁判官が判断主体となるが、ADRではさまざまな分野の専門家を手続実施者または補助者に起用することで、より専門的な紛争解決が可能になると思われる。
D秘密保持
  民事裁判は公開が原則だが、ADRは原則非公開なので、紛争解決の内容や紛争そのものを秘密にできる。
 (一般公開が原則の民事裁判では、原告は自己の主張をアピールできる利点がある。)
 上記の違いを考えると民事裁判とADRは、役割分担が可能であろう。
 迅速化・簡易化やコスト削減を考えると、小額紛争や中小企業間紛争などはADRが適しているし、建築紛争、医療紛争、知的所有権紛争などは、ADRの専門家の判断が貴重かもしれない。親族間紛争や隣人紛争では、対立の先鋭化の回避や秘密保持などのADRの特性が生かせるかもしれない。


3.日本のADR(裁判外紛争解決)の現状
 日本のADRの運営主体は、司法、行政、民間とさまざまである。特に司法型ADRや行政型ADRは、日本の特徴と思われる。
(1)運営主体が司法のADR
  裁判所で行われる民事調停・家事調停は、日本のADRでは圧倒的な件数を処理しており、存在感が大きい。こんな国は世界に他にないといわれている。2002年度の統計だが、裁判所が扱った民事調停の件数は362,925件(1993年は93,828件)で、調停成立は33,2%、不成立は8.4%である(他は決定34.2%、取り下げ20.9%)。取り扱い件数は激増しているが倒産処理の扱いが多いと思われる。家事調停も三分の一程度の処理件数になっている。
  なんでもかんでも、裁判所に持ち込まれると言えなくもない。それだけ裁判所の信用が絶対とも言えるが、裁判所の調停以外は紛争当事者の周囲が納得しないという日本独特のカルチャーもある。
大きな成果を挙げているように見えるが、問題点もある。調停委員が忙しすぎる上に高齢化が進んでいる。
 情報開示等を含めて紛争当事者へのサービス提供はほぼ無視されているという指摘もある。年齢、職業、知見、経験等において多用な人材の確保が必要と言われている。

(2)運営主体が行政のADR
  行政が運営主体のADRが相当数あるのも、日本の特徴といえる。紛争解決は司法の役割であり、その補完ということならば、行政でなく民間というのが世界の普通の考え方であろう。そうしたことでは、役人国家・行政国家を象徴しているようにも思われる。
  まず、国行政の国民生活センター、地方行政の消費生活センターが有名だが、これらセンターは基本的には苦情処理と斡旋の業務が主力で、紛争解決に直接タッチしていない。前者の年間相談数は2001年度は8,157:件、後者は534,769件で、消費者紛争の第一次的なアクセス機関として、貴重な存在になっている。
  課題を抱える消費者への初期段階での法的情報を含めた適切な情報の提供が、多くの紛争の自主的解決につながる可能性があるので、紛争解決手続を専門とする事業所が増えて、それらとの連携が強化されれば、存在意義が高まると思われるが、行財政改革が叫ばれている時代に、必ずしも行政型ADRとして事業を行う必要性については検討の余地があろう。
  仲裁や調停を行う行政の機関としては、公害紛争の公害等調整委員会・都道府県公害審査会、建築紛争の建築工事紛争審査会、労働紛争の都道府県労働局紛争調整委員会などがあり、裁判所の調停件数とは比較にならないがある程度の仲裁や調停の申請件数がある。公害等調整委員会は、1972年の設立から約30年間で累計743件の事件を処理してきたが、その中には社会的に大きな影響があったスパイクタイヤの粉塵公害や豊島廃棄物不法投棄事件などもある。こうした行政型ADRについても、民間型ADRへの移行が検討されるべきであろう。
  また、準司法的な行政機能として、公正取引委員会、労働委員会、国税不服審判所などもあり、一定の重要な機能を果たしている。

(3)運営主体が民間のADR
  日本では、民間型ADRがかなりの事業所数があるのにもかかわらず、紛争解決機能として弱い。日本人に「お上意識」が根強いこともあるが、この点が日本のADRの深刻な問題といえる。
  民間型ADRを類型化すると、まず仲裁を中心に行う機能がある。代表的な民間仲裁機関は国際商事仲裁協会だが、2001年度の取り扱い件数は年間9件、日本海運集会所は15件、1999年の設立時に話題になった日本知的財産仲裁センターは5件である。弁護士会仲裁センターも、仲裁よりも調停や訴訟が中心の活動になっている。
  調停や調整を目的とした業界型ADRは数的にはたくさんあるが、十分に活用されていない。1996年に製造物責任法が制定されたときに各種PLセンターが設立されたが、相談件数は消費生活用製品PLセンターで854件、生活用品PLセンターで784件あるものの、調停・斡旋等の紛争解決の取り扱いは消費生活用製品PLセンターで4件、生活用品PLセンターで1件、家電製品PLセンターでも年間18件にすぎない。
  調停や裁定の制度を持っている金融系の業界ADRも、生保や損保の調停や裁定は全くといっていいほどないし、日本証券業協会の紛争処理件数も年間100件程度である。相談件数は、数万はあるということなので、苦情処理型の行政型ADR(国民生活センター、消費生活センター)と同様の業務になっているようである。
  一方、同じ民間でも、業界型でなく中立型のADRは、一定数の事件処理を行っている。2001年度の交通事故紛争処理センターは393件の事件処理を行っているし、弁護士会仲裁センターは14のセンターで874件を扱っている。それでも裁判所の調停に比べてわずかなものである。

 民間の紛争解決手続処理機関が増えることは、国民の紛争処理方法の選択肢を広げる。今回の日本版ADR法によって、業界系のADRでなく、中立系、市民系のADRが増えて欲しい。市民と専門化が連携し、まちの中にNPO法人○○紛争調停センターの看板が掲げられることが必要と思う。

(副代表 栗原裕治 )

 



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