市民社会と地域版民間非営利シンクタンク

1.シンクタンクの必要性

構造改革、失業対策、高齢化対応、地球温暖化対策、改憲論議など、現在の日本には多種多様な課題が山積している。また、千葉県には三番瀬、成田空港、残土・産廃、外環道路などの固有の課題もあり、市町村もそれぞれに課題を抱えている。急速に混迷の度合いを深める最近の国際社会の中で、中央も地方も社会的制度疲労から生ずる閉塞状況を克服できずにおり、21世紀の社会環境に適応できる政策づくりのための新スキームが求められている。

これまでの日本の実質的な政策づくりの主役は、選挙で選ばれた議員や議会ではなく、政策に必要な関連情報を独占するキャリア官僚を頂点とする行政機構であり、そこから独立した政策ブレインを持たない政治家や市民は、行政政策部局から提出される法案に対して対案を出しきれなかったし、十分な客観的評価を下すこともできずに、部分的に注文をつける程度の行動にとどまってきた。

こうした行政機構が政策研究から法案の作成、法律の実施までを一貫して行う日本独特のスキームは、民主国家として疑問が多いといわれてきたが、膨大な手間やコストがかかる民主的な手続きに比べれば、行政の現場にいて政策立案作業にも精通した役人を擁する行政機構の突出は、国家の進むべき目標がはっきりしていた高度成長期にあっては迅速かつ効率的と評価され、長期にわたってこのスキームは維持されてきた。

しかし、欧米先進国に経済的に追いつき、高度成長期が終焉して国としての次の目標が曖昧になった中で、行政機構が構造的な改革を断行せず、高度成長期と同様に所轄する分野及びその関連業界の利益を代表する法案を出し続けた結果、日本社会全体が未曾有の構造的閉塞状態に陥ってしまった。

これまでのような行政機構の政策づくりの独 占を改め、政策形成過程に多元性を持ちこむことができなければ、現在の政策の手詰まり状態からは抜け出せない……、そんな危機感から、欧米社会においては既に政策議論の一端を担う存在となっている民間非営利シンクタンクを日本にも根付かせようとする動きが出てきている。

2.「考える知の戦車」−シンクタンクとは?

世界中のシンクタンクの規模、分野、成立過程、資金背景などはまさに多種多様で、シンクタンクに一定の定義はない。しかし、歴史や実績のある欧米のシンクタンクは、「活動をとおして政策形成過程に多元性を生み出し、政策づくりにおける行政府の独占を抑制している」という部分での共通点を持っているように思われる。シンクタンクは政策の執行者ではないが、科学的な理論や手法を用いて、執行者に政策的な助言や提案を行い、他方で政策の評価や監視を行っている。

日本にもシンクタンクと呼ばれる研究機関は存在している。1970年前後、野村総合研究所、三菱総合研究所、組織工学研究所(日本で最初にロケットの研究を手がけた故糸川英夫博士が東大を退官して開設した)など、先駆け的なシンクタンクが次々に誕生し、80年代には、銀行などの金融機関系シンクタンクの設立ブームがあった。

日本にどのくらいの数のシンクタンクが存在するのか定かでないが、シンクタンクの育成活動などで知られる文部科学省系の総合研究開発機構の「シンクタンク年報2001」には、国内の主な研究機関332機関(有効回答を得ることができた機関)を対象とした調査結果がまとめられており、当然これを上回る数のシンクタンクがあると思われる。

しかし、《現代用語の基礎知識》がシンクタンクについて、「無形の頭脳を資本として商売する企業や研究所」と解説しているように、日本ではシンクタンクの独立性や公共性がさほど重視されない傾向がある。実際に日本のシンクタンクは約半数が営利法人であり、営利目的のシンクタンクが多いことが特徴となっている。また、こうした企業系列のほかは、多くが行政系列のシンクタンクで占められている。

企業系列のシンクタンクは親会社からの、行政系列は所轄する行政部局からの受託調査研究に依存することが多く、一般的には発注者から与えられたテーマの政策研究にとどまっている。市民の関心がいくら高くても、発注者に関心がなければその分野の政策研究は普通行われない。また、こうした受託調査研究は、発注者の意向が過度に反映されやすく、個々のシンクタンクの独自性が発揮されるような踏み込んだ政策研究には限界がある。

欧米をみると、社会が新しいグラントデザインを必要とするとき、社会概念を再構築する必要があるときにシンクタンクがつくられ、それぞれが政策研究での独自性を発揮してきた。日本国憲法は、「日本の主権者は国民である」と、民主主義の基本を明示しており、それには、社会において国民の「思い」や「意向」が政策に強く反映される必要がある。我々が暮らす社会は、地球レベルにしろ、国家レベルにしろ、地域レベルにしろ常に改善や修正が必要な社会である。本来のシンクタンクは市民社会にとって、それぞれの時代における閉塞的な社会状況を打ち破るために必要な民主的な装置といえる。このように考えれば、シンクタンクは企業や行政とは独立した民間レベルで主体性を持った存在であること、また、公益を目的とした非営利機関であることが望まれるが、こうした視点で見れば、現在の日本に真のシンクタンクはほとんど存在していない。

3.世界のシンクタンク

シンクタンク発祥の地ともいえる米国では、1916年に「ブルッキングス研究所」が設立されて以来、「アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所」「戦略国際問題研究センター」「フーバー研究所」「ヘリテージ財団」「ランド・コーポレーション」など、内外の政策を幅広く扱う総合的なシンクタンクがつくられ、共和党と民主党の2大政党の政策に多大な影響を与えてきた。

米国にはこれら総合的なものばかりでなく、専門的なシンクタンクも数多く存在する。都市問題の「アーバン・インスティチュート」、環境問題の「世界資源研究所」「ワールドウォッチ研究所」、情報社会問題の「プログレス・アンド・フリーダム財団」、国際経済問題の「国際経済研究所」、保健医療問題の「代替未来研究所」、途上国問題の「パノス研究所」など、世界的に知られるシンクタンクも多く、総数も1200以上といわれている。

一方、官僚組織が比較的強い欧州のシンクタンクは、数のうえでは米国ほど多くない。政策提案および政策選択のための情報提供を基本的な活動としており、活動財源を含めて比較的政府との結びつきが強い。また、政策の決定は政府や議会に委ねる立場をとっているので、米国のようなシンクタンクによる政策の売り込みが少ないのが特徴といえる。

しかし、政権交代があってもシンクタンクの独立性は社会的に保たれている。国によってそれぞれに強い政策分野があり、ドイツのシンクタンクの数は欧州各国の中では多く、特に複数の経済研究所の存在が世界に知られているし、イタリア、オランダ、スウェーデン、フランス、ベルギーなどにも主に国際関係分野に優れたシンクタンクがある。また、イギリスには、政策研究だけでなく、政策形成過程に影響を与えているシンクタンクも存在し、ブレア政権や議会に大きな影響を与えている。

また、ロシアをはじめとした東欧諸国、中国、韓国、マレーシア、インドネシア、インド、タイ等にも経済分野や国際分野で著名なシンクタンクが既に存在し、それらシンクタンク間の国際交流も行われており、最近は中東、アフリカ、南米にもいくつかのシンクタンクが誕生している。
世界各国で注目されているシンクタンクは、規模の大小を越えて本質的に非営利組織であるが、最近の世界の趨勢は、機動力を持ったNPOが運営するミニ・シンクタンクが生まれ、国際的、国家的な課題だけでなく、地域の課題についても政策的な助言や提言を行うようになってきている。


4.地域版ミニ・シンクタンクとNPO


「公共性」「主体性」「民間」「非営利」というシンクタンクの要件は、公益法人に本来求められている要件と共通しているが、日本の公益法人は民法34条の規定により、NPO法人以外は行政機関の認可が必要で、最終的には行政機構のコントロール下にある。一つの選択肢として行政機関の認可ではなく、認証で設立できるNPO法人のシンクタンクが客観的に期待できるが、NPOは資金的にごく小規模な団体が多く、内外の課題に対応できる総合的なシンクタンクとしてパワーを発揮することは現時点ではなかなか難しい。しかし、地域、分野に限定したミニ・シンクタンクとしてなら活動が可能と思われる。今後、多種多様な地域版ミニ・シンクタンクが行政からも企業からも独立したかたちで生まれ、相互に協力し合いながらパワーをつけていくためには、段階的に克服なければならない課題も多い。

まず、第一は人間についての課題である。シンクタンクには、政策研究のために気力、体力、能力を備えた人間が必要である。しかし、日本には年功序列や終身雇用制度の弊害が根強くあって、行政、民間、大学間の交流が少なく、一般の人間は行政や政治の現場をほとんど知らない。行政機関の天下りはあっても中途採用はなく、一人の人間が民間企業、行政機関、大学等をダイナミックにわたり歩く流動的な社会でもない。行政機関と民間の間に出向程度の交流はあっても、友好関係を強めるのが主な役割で、政策の立案や決定にまで関与することはなかなか難しい。

今後は社会の仕組みとして行政、企業、大学、NPO間の交流を促進し、まずは相互理解のために知識レベルの交流からはじめて、インターン・シップ制度などの充実を図り、一方で、行政機関による民間人の登用などを進めつつ、行政とNPOの具体的な協働事業を増やしていくことが必要と思われる。また、地域版ミニ・シンクタンクとしては、もっと地域の志のある人たちに目を向ける必要がある。地域には、体力、気力、能力を備えた高齢者(行政、企業、大学等のOB)など、人的な宝が散在しており、高等教育機関も立地していることから、こうした人たちで知的政策研究集団を構成することは可能であろう。

第二は政策研究に必要な統計等の社会的な情報、及び科学的な理論や手法についての課題である。こうした情報を入手するための幅広いネットワークを構築するとともに、インターネットや情報公開法を活用し、行政や専門家と情報を共有していく必要がある。
官庁や役所は、長年の情報独占の慣習から市民の公開要求を拒むことがある。また、公開の意志はあっても、予算や人手不足から情報発信が遅れたり、ホームページや公報に十分情報を乗せられない場合もある。情報独占は行政権力の重大な根源になっており、無意識のうちに担当者が属人的に情報を抱え込んでいることも多く、前任者との間で情報の断絶が起こる場合もあるので、新情報の効果的かつ迅速な整理が必要である。
第三は活動資金面の課題である。資金面でいかに自立できるかは、地域版ミニ・シンクタンクとしては重要で、本来は、不特定多数の個人の寄付や助成金によって活動できることが望ましいが、現実には受託事業も必要になる。

政策の助言や提案に関する受託調査研究の場合は、研究課題や研究成果の迅速な公表など、発注者にシンクタンクの独立的な立場についての理解を得る必要があるが、一方で、特定の機関らの過度な受託については自発的に一定の制限を設けるなどの配慮も必要であろう。
社会が民間非営利活動を支える仕組みも必要である。世界最大の助成財団はゲイツ財団(マイクロソフト社のビル・ゲイツが設立)で、総資産は約2兆円……、米国には総資産1兆円以上の大型助成財団がいくつかある。一方、日本最大の助成財団は笹川平和財団で、総資産約740億円と大きな開きがある。民間非営利活動に助成する助成団体は増えたものの、国内の活動を十分にまかなえるものではない。
地域版ミニ・シンクタンクの活動を活発にするには、分野ごと、地域ごとの目的のはっきりした政策研究のための基金を、一定の広域市町村圏の単位で設立する必要がある。また、民主主義を促すために、こうした基金の運用やその評価には、市民が中心的に関わらなければならない。

5.まちづくりと地域版ミニ・シンクタンク

地域版ミニ・シンクタンクの対象となる地域の政策研究課題は多種多様であるが、市民の政治や政策づくりへの参加を促し、行政に全て負託・依存するのではなく、政策形成面で多元性を生み出すことが政策の手詰まり状況から脱却する上で重要と思われる。
最後に「持続可能なまちづくり」「市民参画のまちづくり」をキーワードに、個人的に(異論もあると思われる)5つの地域のまちづくり政策研究課題を抽出してみた。

エネルギー問題
我々は、生活及び産業の中で熱エネルギーと電気エネルギーというかたちで、膨大な量のエネルギーを消費している。その結果、化石燃料の燃焼から生じる二酸化炭素の増加による地球温暖化が進行し、安全性に問題のある原子力発
電所が立地しても、エネルギー消費はなおも増え続けている。 これまで、エネルギー供給などの社会基盤整備は、増加する需要に対する安定供給を国の方針として掲げ、中央省庁が中心となり、一部の企業の市場独占と広域的な大規模プラントを優先する一元的な政策を進めてきた。エネルギーは、現代社会において生活や産業の生命線であり、低廉で安定した供給を維持することは重要な政策課題であるが、直接の受益者である市民もエネルギー政策全般に関心を持つ必要がある。 現在の大規模発電施設は、送電ロスも大きいといわれており、エネルギー消費地に近い地域に、安全で温室効果ガスを増加させない風力、太陽光、地熱などの自然エネルギー施設を増やすこと、消費者がエネルギーを節約するとともに効率的に消費することなどが求められており、地域政策の中でエネルギーの需要と供給について、市民自らが考え、行動しようとする動きも出てきている。

・ A廃棄物問題
ずさんな廃棄物、排ガス、排水の管理や、管理能力を超えた投棄や排出が環境を汚染し、生命の安全性が脅かされているばかりか、将来に引き渡すべき貴重な資源までが展望のないままに消費されつづけてきた。 排ガス、排水を含む廃棄物問題はその減量化、リサイクル、リユース、また、最終処理施設の立地・管理などが地域の大きな政策課題であり、それにかかるコストも増加している。廃棄物処理施設は迷惑施設とする傾向が地域に根強く、そのことも大型未利用地での大規模処理施設の立地を促している。しかし、広域的な大規模施設の立地政策は廃棄物の減量化にはつながらず、輸送等の二次的な環境負荷も大きいといわれている。 廃棄物問題の解決には、当事者である事業者や生活者の行動面での協力が不可欠であり、既に分別や廃棄日等の協力などが行われているが、大筋において、これまで行政と一定の事業者に
廃棄物処理問題は負託されてきた。 今後は、減量化のほかに、リサイクル、リユースのための施設や地区プラントの立地、及び循環のためのシステム等について政策的に検討していくことが大切であり、当事者である市民が政策形成に関わっていく必要がある。

・ B道路・交通問題
交通渋滞による排気ガス汚染、交通事故、ノーマライゼーションの妨げなど、どこの市街地も道路・交通問題は大きな政策課題である。 これまでの道路・交通政策は、生活の利便性向上だけでなく、それ以上に経済活動を優先させ、過度に車社会を増長させてきた。また、公共事業の中で道路整備、新交通整備、港湾・空港整備などは大きな位置を占めてきた。しかし、道路整備などが、経済を効率化・活性化させた一方で、地域の過密と過疎を生み出し、地方の経済を破壊した側面もある。 今後の道路・交通政策は、経済優先か、生活優先か、双方のバランスをどのようにとるかは、政策形成過程に市民が参加する必要がある重要な地域政策課題といえる。

・ C自然再生問題
急激な都市化によって破壊された自然環境は、バブル経済の過度なリゾート開発等によってさらに大きな傷跡を残している。自然や生物多様性の喪失は、それを破壊した人間への安全性や持続可能性への警鐘でもある。 これからのまちづくりにおける環境整備は生物多様性を一つの大きな視座として行われるべきであり、残された自然の保全、荒廃した自然の再生はもちろん、人工的な都市の中にどのように生物多様性を復元していくかが地域の大きな政策課題といえよう。それは自然を癒すと同時に、人の心を癒すことでもあり、生活する市民に直接関わる問題である。 れまでの都市形成や土地開発は、行政と民間企業の協力によって進められ、市民は受益者という立場で部分的に注文をつける程度にすぎなかったが、市民が自然再生の地域の政策形成過
程に参加していく必要がある。

・ D都市(地区)計画マスタープランづくり
これまでの都市(地区)計画マスタープランは、統計などの社会・経済情報を独占する行政機構によって政策形成され、推進されてきた。市町村の所轄担当は、国や県の上位計画に配慮して政策を立案し、議員や市民は、議会や住民公聴会等において、要望を提出したり、政策に注文をつける範囲にとどまっていた。 人口の減少と少子高齢化、環境の汚染や破壊、地域経済の低迷など、地域のまちづくりは大きな過渡期を迎え、効果的な政策が求められいる。 まちづくりの重要なベースとなる都市(地区)計画マスタープランには、今後はもっと地域資源を有効に活用し、地域の実情や意向が一層反映されるべきであり、行政による一元的な政策形成でなく、手続き上の効率せいに問題があるとしても、政策形成段階からの市民参加が必要である。

地域版ミニ・シンクタンクの役割は、政策の執行者ではなく、地域の人的資源やネットワークを活用して、執行者や行政に対して実効のある地域政策の提案や助言を行うことであり、さらに的確な政策の監視及び評価を行い、その成果を市民に還元していくことで政策における市民参画を促すことにある。 地域の政策立案で最大のものは、基礎自治体の予算であろう。予算は、上記の政策形成の全てに絡んでくる問題であり、民間が実効ある代替予算案を提案できなければ、行政の政策形成の独占を抑制し、多元的な話し合いはできないと思われる。 一般市民は、政治や行政の現場をなかなか体験できないが、予算の研究・検討をすることによって、政治や行政の現場がもっと見えてくると思われる。地域版ミニ・シンクタンクが市民及び行政から信頼され、支持されるためには、行政予算の研究がまず必要かもしれない。

 

栗原 裕治

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