老反戦運動家の“めげない”自伝

D・デリンジャー著『「アメリカ」が知らないアメリカ』

 

評者

(『読売新聞』 1997年12月14日号に掲載)

 

 おい、アメリカ人でさ、とんでもないジジイがいるぞ。

 裕福な弁護士の家に生まれたのに、ホームレスにまじって暮らすようになって、おまけにドイツや日本相手の戦争もいやだと言って徴兵拒否。監獄にぶち込まれ、出てきたと思ったら広島、長崎の原爆投下を糾弾し、ソ連占領下のヨーロッパに潜り込んで、絶対非暴力を訴えるビラを配って歩いたっていう。そのときは半分失明してたんだって。行く前にニューヨークで朝鮮戦争反対の街頭集会やってて、暴漢にぶん殴られたらしい。めげないジイさん。

 ――という具合に、読み終わったあと、だれかに電話して話したくなるような本だ。ホラ話ではない。八十二歳の実在の人物の自伝なのだ。

 じつは私、著者デイブ・デリンジャーには恩義がある。四半世紀前の冬、貧乏旅行でシカゴに漂着したとき、縫製会社の首切り反対のデモに出くわした。小さな集まりだったが、そこに寒そうに立っているジイさんがいた。宿がない、というと、じゃワシのホテルに泊まれや、とベッドの半分と翌朝のメシをわけてくれた。当時のデリンジャーは、下火になったとはいえベトナム戦争の強固な反対者として知られ、憎まれてもいた。情報機関につけまわされ、暗殺計画もあった。本書の圧巻は一九六八年、シカゴの民主党大会を機に開かれた反戦集会が警察と衝突した事件の首謀者の一人として逮捕され、裁判にかけられたときの回顧である。

 事件は大統顔付属の委員会までが警察側の非を指摘したが、五十七歳の被告は法廷発言を禁じられ、退去させられる。これがアメリカの司法制度か、と驚くと同時に、その後の彼が人種対立やラテンアメリカ問題、さらに最近では阪神大震災の被災者の公的支援の必要についてまで発言し行動していると聞いて――な、変なジジイだろう、とやっぱりだれかに電話し、このジイさん、おれ知ってる、と自慢したくなる。

吉川勇一訳。(藤原書店、六八〇〇円)

デリンジャー=一九一五年米国生まれ。反体制月刊誌「リベレーション」を主宰。

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