89.  小田実「世界のこの先に何があるのか――年金、北朝鮮、イラク戦争…」(『東京新聞』2004.06.02夕刊)(2004/06/03搭載) 

年金、北朝鮮、イラク戦争…  世界のこの先に何があるか

「状況変わった」で道理吹っ飛ぶ?

                                  小 田  実

 「政治家はウソをつかない。状況が変わるだけだ」と、私の知己の政治家が長年の政界の体験から言った。私はこれに「政治家はそのために状況を変える」とつけ足して、政治家と政治に対している。
 小泉首相の再訪朝も、「状況を変える」実例だろう。再訪朝によって、彼の年金にかかわってのウソ、マヤカシがウヤムヤにされて来ている。本来なら、七閣僚がウソをついた事態は、内閣総辞職すべき事態だ。しかし、彼にその気はない。

◇◇

 私が小泉首相の再訪朝で気にかかるのは、曽我ひとみさんの夫ジェンキンス氏のことだ。小泉首相は披と娘二人に会い、「総理の私が責任をもつ」とまで紙に英語で書いて来日を説得したそうだが、彼は日本に行けば米軍に引き渡されて「脱走兵」として訴追を受けるとして来日を拒んだ。
 どのような交渉がこれまでなされて来たかは知らないが、アメリカ側はいぜんとして彼を「脱走兵」として訴追すると公言している。日本は、アメリカが求めれば「脱走兵」を捕らえ、米軍に引き渡す。これは「日米安保」が決めたことで、彼の来日拒否は当然だ。首相の説得に応じて来日したとしたら、彼をどのようにして米軍の訴追から護(まも)ろうとしたのか。直接プッシュ氏に電話でもして「特赦」をおねがいするのか。その見返りに「イラク増兵」でもするのか。 それとも「状況が変わるだけだ」を実践して、知らぬ顔をするのか。この問題は、曽我さんが夫と娘二人とどこかの国で会い、来日が決まっても同じだ。
 私がジェンキンス氏の問題にこだわるのは、私がキモイリのひとりとして始めた「ベ平連」(「ベトナムに平和を!」市民連合)が、米軍の「脱走兵を匿い、国外に送り出す活動をしていたとき、一九六九年秋に日本人「脱走兵」が現れたからだ。アメリカは、外国人を召集して米兵にする国である。ふつうなら、脱走兵は国外に送り出すのだが(多くが戦争をしない「平和憲法」をもつ日本に居住することを望んだ)、日本人を日本の外に放り出すことは日本人の名折れではないか。
 いつでも彼を捕らえて米軍に引き渡そうとしていた日本政府とちがって、愛国心に富む私たちは、彼を断固日本にとどめて、ふつうの日本人として生活してもらうことにした。私自身について言えば、教えていた予備校に彼を就職させ、寮監をしていた寮に寝泊まりさせた。遠足にも寮の生徒とともに連れて行った。「ベトナム帰り」兵士の肉体の強靭(きょうじん)、敏捷(びんしょう)に生徒たちは感嘆した。私たちの彼を護る決意がつくり出す世論の反発をおそれたのか、アメリカはついに日本政府に逮捕、身柄の引き渡しを求めなかった。
 なぜ、私たちがそこまでしたか。政治家でない私たち市民は、状況がどう変わろうが、変えられようが、ウソはウソだと考えたからだ。しかし、人間の倫理、道徳とは、もともとそうしたものとしてあるのではないか。状況の変化によって変わるのは、倫理、道徳ではない。

◇◇

 日本をふくめて今世界にあるのは、倫理、道徳の状況主義的衰退だ。アメリカは大量破壊核兵器の存在がウソになったら、状況が変わったとして、いや、戦争が状況を変えたとして、独裁政治の打倒、民主主義の確立をイラク戦争の、イラク占領の目的にすりかえた。刑務所での米兵の残虐行為が明らかになれば、そこでのわれらの対応を見よ、状況はすでに変わった、このアメリカの対応こそ民主主義の模範だと、論理、倫理の本末転倒をやってのける。イスラエルは状況を武力で変えながら、その都度マヤカシを押し隠して、さらに武力行使を拡大強化する。
 事態はもはや政治家だけの問題ではない。状況の変化で、女性兵士は捕虜を裸体にして紐(ひも)で曳(ひ)き、除隊して普通の市民となる。状況の変化によって変わらない、ウソをウソとする倫理、道徳は世界から消失してしまったのか。世界のこの先に何があるのか。
       (『東京新聞』
200462日夕刊「文化」欄)

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