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この本は、90年代以降のいわゆる「歴史認識」論争、日本の戦争責任やナショナリズムなどを多方面からわたって解説した入門書で、編者の高橋哲哉ほか、吉田裕、姜尚中など、多くの文章と、座談会などが収録されている。その座談会のうちの一つ、「〈歴史認識〉論争、何が問題なのか?」(参加者:石田雄、テッサ・モーリス=スズキ、鵜飼哲、高橋哲哉)の中の石田雄の発言のうち、ベ平連に触れた部分(9〜10ページ)を以下に転載する。
石田 雄 ……二十年ごとに断面を切ってみます。四〇年代後半は、焼け跡の廃墟の中の悔恨と希望という時代。六〇年代の後半は、経済成長のもとでの満足の文化。ガルブレイスが『満足の文化』(中村達也訳、新潮社)という本を書いていますけど、「満足の文化」が支配する時代です。しかしまた、この時代のベトナム反戦運動の過程で、加害者意識が初めて自覚されるようになってくる。べ平連が『ニューヨーク・タイムズ』紙にべトナム反戦の全面意見広告を出しましたが、岡本太郎が墨で書いた「殺すな! 」という字を中央に掲げて、われわれはアジアに侵略した経験からしてベトナム戦争は間違っていると考える、と主張したわけです。つまりそれまでは日本国憲法前文の「戦争の惨禍」とは自分たちが焼け野原になったことだと思っていたわけですが、ようやく日本がベトナム戦争に加担しナパーム弾を製造し特需で利益を得ていること、そして過去において侵略の加害者だったことがベトナム反戦運動の中で自覚されていった。しかしそれもやがて田中角栄の「列島改造論」などの流れ、そして日本経済の世界における相対的地位向上などによって、主流は「日本文化の時代」という日本型発展の礼賛に向かってしまいました。……
(注)尚、この中で、岡本太郎の字の入った意見広告が『ニューヨーク・タイムズ』紙とあるが、これは石田の誤解で、『ワシントン・ポスト』(1966年)が正しい。ベ平連が米紙に出した最初の意見広告は確かに『ニューヨーク・タイムズ』だったが、このときは、鳩と鷲の写真が使われた。(吉川記)