*  192 室謙二 ・吉岡忍 対談『大災害・国家・軍隊と憲法9条』(抄) (『市民の意見』aD127 2011年8月号(11/07/31掲載)

  この対談は、室謙二の新著『天皇とマッカーサーのどちらが偉い?』( 岩波書店、2011年5月刊) について述べられているが、その中のベ平連の脱走兵問題について触れた部分のみを抄で紹介する。対談全部は『市民の意見』aD127に4ページ掲載されてある。

……
国を越える脱走兵の思想

 脱走兵のことを書いたんだけど、その時に、KGB、FBl、CIAのも含めて、資料を全部読み直したんだよ。脱走兵というのは国家そのものの否定なんだ。ソ連経由で脱走兵をスウェーデンに逃がしたとき、ソ連はそのことに関してプロパガンダをしなかった。でもそのことの意味は当時は僕らにもよく理解されていなかった。KGBの英訳の資料を読んでいると、国家を否定するような人間たちに深入りするまいとした様子が見えてくる。4人の脱走兵の思想は、そんな確固たるものではなくて、独立宣言と憲法、つまり民主主義だったんだけど(笑)
吉岡
 第二次世界大戦後、国家単位でない考え方をどう作り出していくのか、どう実践していくのかという試みが、世界中の同時代の経験としてあった。その中で脱走兵たちの思想はどうだったかというと、思想のレベルというより、戦場が怖いとか、規律だらけの軍隊がいやだとか、身体的なものとしてあったような気がする。まだ十代だしね。
 ところが、それを共産主義とか、アナーキズムとか、第三者が命名してしまうと、もともとそこにあったリアルな豊かさが消える。語り口も窮屈になる。僕は、勝手に名付けるなよ、と思っている。だから、脱走兵に「越境」という言葉が使われたときにも、僕には、ちょっと待てよ、そんなにたいそうなものかよ、という感覚があった。カッコいい言葉からこぼれ落ちてしまうものがある。もっと普通の感覚じゃないの、という……。

 ソ連経由で脱走兵を逃がすとき、船に乗せてしまえばええやろ、と小田さんが言い、吉川(勇一)さんと、ヴィクトリア良順(彼は今オーストラリアで曹洞宗の偉いお坊さんになっているよ)が、ソ連と交渉にいった。ソ連は脱走兵の扱いに困ったんだと思う。アメリカを捨ててソ連に忠誠を誓うというのなら大歓迎だったと思うけど、ただ通過するだけだったんだからね。(笑)これにからんで吉川さんとべ平連が20万円でKGBの手先となって彼らを脱走させたと記事を書いたやつがいるのは笑止だ。国家をあまりにも大きく考える人は、個人が国家に立ち向かうなんてありえないと思っている。立ち向かうときには必ず、片方の国家が個人の後ろについていると考えるんだ。
 脱走兵たちも祖国に帰れなくてもそれでいいや、位の意識だった。でもその彼らが、書かせれば、「アメリカ国憲法ならびに独立宣言に基づいて」という立派なステートメントを書く。二百数十年の歴史を持つ憲法が、女の子を追いかけるのに夢中の普通の
19歳の若者にも骨肉化しているんだ。
 日本国憲法もちゃんと教育すれば、
200年たてば、力を持つかもしれないんだよ。
吉岡
 あのころ「米帝打倒」のような大仰な言い方や、すべてが政治的な言語で語られてしまうことに対して僕たちが持っていた違和感を、室はずっと持ち続けてきたと思う。たとえば当時、「反戦脱走米兵と連帯して闘うぞ!」とよく言われたけど……。
 それはちょっと違うんだよ(笑)
吉岡
 違うんだよな(笑)。反戦脱走兵という言い方を僕たちはだんだんしなくなった。反戦なんだけど、こぶし挙げて「反戦!」という感じじゃ全然ないんだよね。実際は、皮膚感覚というか、反射神経みたいなもので。

 9条も国を越える

 国を越えちゃう思想、一種の非国家主義というのは、9条の中にもある。「非武装不戦なんていうのは国家じゃない」と右翼が言うのはそのとおりなんだよ。非暴力を追及していくと国家は成立しなくなる。国家の根底は暴力だから。
 非暴力を唱えたガンジー、国家と非暴力の問題にあえて触れなかったガンジーの弟子たち、唯一それに論争を挑んだネール、この辺のことをダグラス・ラミスが、本(注
2に書いている。この本はアメリカの左翼にはあまり受けていなかったけれど、僕はすごくいい本だと思う。アメリカの左翼もやはり国家主義なんだよ。別の国家を作るというのも国家主義だからね。ガンジーが、国家でない国家を作ると、つまり9条みたいなことをいっているのがわかりづらいんだと思う。9条のある日本のほうがわかるんじゃないかな。非武装不戦の、国家じゃない国家を作るのが何が悪いんだ、と。
 原理がいつも国家を変えていくことが大事なんだと思う。僕は今は国家を持ちつつ、
9条の観点から見て現実はどうなのかと、繰り返し繰り返し検証して、現実に9条を活かす道がいいんじゃないかと思うんだ。戦後、9条は守る守るといわれながら、適用せずに「置いておかれた」ように思う。自衛隊という軍隊を9条の原理で繰り返し抑え込み歯止めをかけながらコントロールできないかと思う。……
(注)C・ダグラス・ラミス『ガンジーの危険な平和憲法』(集英社新書 2009年)

(『市民の意見』aD127 20118月号より)

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