2.3 サバイバー・サミット(地雷生存者のサミット)

私たちを抜きにして、私たちのことを決めないで

                                                          加藤美千代 難民を助ける会

                                                        Text by Kato Michiyo

会議の参加者

1128日(日曜日)の朝10時、ナイロビの中心地にほど近いインターコンチネンタル・ホテルに約200名が集まりました。地雷の生存者(サバイバー)と政府の代表が直接話し合いを行うサバイバー・サミットに参加するためです。サバイバー・サミットの目的は、生存者自身により生存者の声を直接政府に届けること、そして、政府、特に非締約国に地雷禁止の必要性を訴え、かつ生存者自身が真に必要としている支援を求めることです。地雷の廃絶に関する会議は過去にも数多く開かれてきましたが、地雷被害者自身が自分たちの必要としていることや考えを述べる機会はあまりありませんでした。

サバイバー・サミットに出席した地雷の生存者はアフリカ、アジア、中東など世界31カ国から42名。そのうち6日間の事前準備で自ら立候補した9名の地雷生存者がパネリストとして壇上につきました。政府代表者としては6名(オーストリア、ノルウェー、カナダ、アフガニスタン、ニカラグア、タイ)がパネリストとして参加しました。サミットの共同議長を務めたのは地雷被害者であるチリの外交官と、サミット主催団体であるランドマイン・サバイバーズ・ネットワーク(アメリカに本部を置くNGO)の共同代表のケン・ルスゴードです。40名以上の地雷生存者が一同に会して政府代表と話し合うというイベントが開かれるのは初めてです。

私たちを抜きにして、私たちのことを決めないで

地雷生存者と政府代表が向かい合うように座りました。地雷生存者9名(レバノン、アフガニスタン、エチオピア、ルワンダ、スリランカ、ウガンダ、ウクライナ、クロアチア)は、自分の経験を踏まえて、政府への要望や必要としていることを9項目に分けて順番に述べました。9名は事前準備会合でこの日の発表のために何度も練習を重ねてきました。9項目の中には、社会保険制度の整備や社会経済への復帰と統合、救急医療サービスの整備と医療システムの完備ならびにアクセスを保障すること、地雷の被害に関するデータ収集の改善、法律の整備などがありますが、共通して繰り返されたのは「参加」と「Inclusion(包含)」でした。その象徴として地雷生存者は“私たちを抜きにして私たちのことを決めないで:Nothing about Us Without Us”という言葉を繰り返しました。

サバイバーの要望を受け、政府の各代表が意見を表明しました。アフガニスタンの政府代表者は被害者支援の必要性と将来に向けての支援の普及を約束し、その支援プロジェクト実施のための資金を海外のドナー国に呼びかけました。それから地雷生存者自身がこれからの目標と行動計画を一人ずつ述べました。質疑応答のあと、8月に日本の新旭町で開催した「世界子どもサミット」について難民を助ける会の加藤が紹介し、そこで採択された「ユースサバイバー宣言」を、難民を助ける会が青年大使としてナイロビに招聘したアフガニスタンの不発弾被害者ナデルさん(18歳)が朗読すると同時にスクリーン上で紹介し、拍手をいただきました。サミットはサバイバー宣言を採択し、大きな紙に書かれた宣言文に署名をしてから、終了しました。

地雷生存者のロビー活動

地雷生存者の人々はナイロビ・サミットの期間中、ほとんどずっと会場におり、政府代表と話をしました。事前準備でロビー活動のやり方やロビー活動の際に政府代表に話す内容を決めてあったので、準備に基づく実践をしたわけです。一日最低2人の政府代表と話すことが義務として決められていたので、その成果を毎日「ロビー活動シート」に記入してランドマイン・サバイバー・ネットワークに提出・報告しました。ランドマイン・サバイバーズ・ネットワークが実施している啓発訓練プログラムに参加したことがあり、地雷に関する国際会議経験の多い人は積極的に政府代表をつかまえて話をしていましたが、海外へ行くことすら初めてという地雷生存者たちにとって政府代表と話すことはなかなか難しい様子でした。

会議場だけではなく、彼らは地雷廃絶ケニアキャンペーンが主催した10キロ・5キロマラソンにも29名が参加しました。アテネで開催されたパラリンピックで金メダルをとったエドガー・モレノ(コロンビア出身)はサイクリング・レースでも賞を受けました。義足をつけて5キロを走りぬいた人も、10キロを走った両腕を不発弾で失ったアフガニスタンの青年も、「僕たちは自分たちでできるんだ!」というメッセージを体現していました。ナイロビ・サミットの議長オーストリア大使のパトリッチ氏が地雷の廃絶の必要性を訴え、サバイバー・サミットは終了しました。

当事者が声をあげることで社会が変わっていく

サミット後もこの機会に知り合った地雷生存者たちが地域ごとにチームを作り情報交換やそれぞれに必要な活動をしていくことで合意し、帰路につきました。ケニアの空港では、障害者を最初に機内に案内する放送もありませんでしたが、一番最後に通された生存者自身が空港のスタッフに声を上げて抗議したことにより、これからは障害者を最初に通すという約束をしました。こういった努力の積み重ねで、障害者の住みやすい社会がつくられていくのだろうと感じました。

参加した地雷生存者は、国際会議に出席するのが全く初めての人から、過去何度も国際会議に出席したことがあり英語を流暢に話す人まで様々でした。準備期間中、交流をしあうことがお互いにとっていい刺激になっていたようです。議場では1人でも多くの政府代表と話をしようと積極的に活動していました。問題の当事者である地雷の生存者がプロセスに加わることで、政府が被害者支援により積極的に関わるきかっけになればと思いました。

キャプション

写真01.お揃いのTシャツを着て、レースのスタートを待つ。手前がエドガー。

写真02.サバイバー・サミットの様子。

写真03.政府代表と話をするアフガニスタンの不発弾の被害者ナデル君


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