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『ACT―市民の政治―』151・152合併号(2001年8月13日)

Line Up

  ◆辛口レビュー 厳しい時代だからこそ“負けない知恵”を
           辛淑玉さん(轄♂ネ舎/人材育成コンサルタント)
  ◆いずみ(編集長コラム)  ◆CATCH UP
  ◆7・29静岡県知事選 中村英一(県政を変えよう!オリーブの木ネットワーク)
  ◆コシャマイン慰霊祭  水木たかお(道南・アイヌ民族との連帯を考える市民の会)
  ◆インタビュー  武藤一羊さん(ピープルズプラン研究所共同代表)
  ◆末端私論 「参院選・私の選択」
  ◆特集・インドネシア―コトパンジャン・ダム裁判
      日本の開発援助がもたらした環境破壊と人権侵害を問う
   ・現地住民代表団に聞く
   ・木頭村からの連帯メッセージ    玄番隆行(ビデオ・アクティビスト)
   ・解説 債務削減問題と国際公的不良債権の処理問題  鷲見一夫(新潟大学教授)
  ◆斎藤貴男さん(ジャーナリスト)に聞く―「個人情報保護法」の本質
  ◆通信傍受網・エシュロン批判     小倉利丸(富山大学教員)
  ◆劉連仁事件訴訟に画期的判決     尾花知実(中国人戦争被害者の要求を支える会事務局員)
  ◆土地収用法改悪・情報公開で明らかになった立法のブラックボックス
                     政野淳子(ジャーナリスト)
  ◆解説・個別労使紛争処理法成立    平賀健一郎(中小労組政策ネットワーク)
  ◆BOOK Revie
     粥川準二『人体バイオテクノロジー』    
     フランス緑の党/著 真下俊樹/訳『緑の政策事典』
  ◆ACT全国交流合宿のお知らせ
  ◆広告(2・3面) 『シュナイター教育講座』……ほんの木
              『軍縮』9月号……宇都宮軍縮研究所
              『創』9月号ほか……創出版
             11月シンポジウム実行委員会
             『記録』8月号ほか……株式会社アストラ
             『ラフミュージック チンドン・パンク・ジャズ』……インパクト出版会
             さつき印刷


辛口レビュー

厳しい時代だからこそ“負けない知恵”を
 辛 淑玉さん
(轄♂ネ舎/人材育成コンサルタント)

オセロな闘い制する両端は
「多文化共生」と「女性」です

3割が同じ意識もてば一瞬にして変わる


辛淑玉さんプロフィール
しん すご
 東京生まれの在日コリアン3世。1985年、人材育成会社(株)香科舎設立。女性人材育成への本格的取り組みを経た後、辛淑玉人材育成技術研究所(SPS)を開講。人材能力育成プログラム開発、育成環境開発を行う。月1回開催のメディアを使ったプレゼンテーションセミナーは人気が高く、毎年100名近くが受講している。近年は特に「女性・人権」に関わる研修・講演の依頼を受け、全国各地を飛びまわる。現在、神奈川県人権啓発推進会議委員、しまね女性センター客員講師、日韓スーパーエキスポ21諮問委員(韓国側)、日韓フェスティバル基本構想委員(日本側)、週刊金曜日編集委員等を務める。『不愉快な男たち!』(講談社)、『在日コリアンの胸のうち』(光文社)、『こんな日本大嫌い』(青谷舎)、『女が会社で』(マガジンハウス)など著書多数。 [構成:大島正裕]

 ――まずは、参院選の結果をどのように見ましたか?

 私としては、かなり絶望的な思いで見ました。今回の選挙は小泉が出てきた瞬間から確かに厳しかった。投票率の問題はありますが、草の根利権集団が自分の利益を守るために死ぬ気でやりましたよ。この結果、日本は完全に戦前の構造とまったく同じところに立ち戻ったということがハッキリ見えてきました。投票翌日は、さすがに私も1日、体が動かなかった。精神的にかなりしんどかったです。
 利権集団が存続できるのはそのおこぼれに与る6割の人がいい思いをしているからですよ。ファシズムというのは6割の人がいい思いをし、3割の人が抑圧され、1割が殺される。日本の社会が戦後民主主義を本当の意味で育ててこなかったということが、今回、立証されましたよね。
 それから、日本が政治的、経済的、軍事的にアメリカの完全な植民地になったということも実感しています。私は経済人ですので、その観点からみてみると、バブル崩壊後もすごく真っ当な中小企業が山のようにありました。でも今の構造的不況の中で、それがもう成り立たなくなった。今、まともな企業はほとんど外資が入っています。そのほとんどがアメリカ資本。これが中小企業まで押し寄せてくるというのは、これはもう経済的植民地化ですよ。
 沖縄の米軍基地は日本を植民地にしておくために軍事的に必要なわけです。政治的には、ブッシュ親分と子分小泉の関係が象徴的ですよね。軍事的な属国であるために政治的にパフォーマンスをしているのが小泉です。憲法改正をぶちあげて最も賞賛したのはアメリカではないですか。つまり、アメリカによる三位一体の日本植民地化が成功したわけです。そして過去において日本は、欧米列強の抑圧から逃れるために、アジアの植民地化をすすめたわけです。
 今、まさに同じことが起ころうとしています。アメリカの植民地として生き残っていくためには、アジアに対する経済的植民地化を軍事的、政治的裏付けにより促進しなければならない。これって第2次世界大戦の構造とまったく同じじゃないですか。つまり同じ過ちを、同じ連中が、あれから半世紀を経てやろうとしている。そして、その準備が整ったんだなっていう感じが、今回はしたわけです。

 ――小泉がいう「改革」の中身については?

 小泉流構造改革と靖国の問題はまったく相反するものです。靖国参拝というのは守旧的保守派のものですよね。日本の構造改革やグローバル化に大反対している連中です。一方、構造改革を望んでいるのは絶対に失業しない都市中産階級で、かられは本来、靖国参拝などというところから対局にいるはずなんです。中国の安い野菜とかユニクロがあればうれしいし、韓国の美味しいキムチが食べたいし、ある意味、アジアとのグローバル化を望んでいる連中ですよ。この人たちがベースになった構造改革なんです。
 この構造改革と靖国参拝を2つ同時にやろうなんてことは不可能に近い。どちらかが犠牲になるしかないよね。でも、この姿はまさにヒトラーがやったこと。イギリスと戦争しながら、一方でソ連に侵攻する。つまり、「西部戦線」が小泉構造改革で、「ソ連侵攻」が靖国ですよね。そのときは強気にも両方できると思った。そして歴史的な大敗を喫するわけです。それと同じ過った方向に、いまの日本は向かっています。
 そのときに犠牲になるのは誰かといえば、それはマイノリティですよ。構造的弱者といわれる人であり、障害者であり、アイヌであり、沖縄であり、移住労働者なんです。その人たちが、かつてのユダヤ人と同じような立場におかれるということなんです。
 そもそも小泉自民党がやろうとしている構造改革なんてドロボーに刑法を作らせるようなもので、そんなものが成功するわけがないじゃないですか。つまりそれくらいイカサマでチンピラで、おかしな状況になっているんです。

 ――あまりにも強大なイカサマ政治ですよね。闘う前から萎えてしまいそうな……。

 私たちが負けている理由は簡単ですよ。それは孤立しているからです。今の時代、勝てないけれども負けない闘いをするためには、市民運動も含めて、私たち自身が変わらなくてはいけないんですよ。これまでとは違う闘い方をしなければならない。それができなければ負ける、負けるということは殺されるということです。経済的に殺されるということは肉体的に殺されるということですが、精神的な殺され方もあるわけです。
 とくにマイノリティにとっては恐らく最も厳しい時代がやってきたんだろうと思います。この2、3年間、どうやって負けない闘いをしていくのかが問われています。

 ――辛さんご自身は選挙権も被選挙権も……。

 ないんだよねぇ。それでも結果は受けとめるんだよね。

 ――その中で「多文化たんけん隊」をコーディネートされたり、運動の現場で積極的に発言されていますね。負けない闘い、私たち自身が変わるということについて、もう少しお伺いしたいのですが。

 17年間、仕事をしてきた自分の経験値として言うと、企業内において34%の人が同じ意識を持ったら、会社はアッという間に変わるんです。つまり3割なんです。最初の1割の意識改革まで3、4年。このペースだと全体に広がるまでには何十年とかかると思うでしょうが、そこから2割に到達するまでに半年くらい、それから3割に到達するのに3ヵ月くらい。だいたい34%が目安ですが、あとは一瞬のうちに会社というものは変わっていきます。
 3割の人間がいかに共同行動をとれるかという問題ですよね。自民党も核になっているのは3割。つまり、いち早く三割を組織化できるか、が勝負なんです。こんな厳しい状況の中でも2割の人が「小泉や石原はイヤだ」と思っているわけですよね。私たちはまず、この2割の人たちと手を組まなければならない。そうすれば、あと1割で勝ったも同然なわけです。

 ――目標は3割ですか。希望がもてるお話ですが、現実をふり返ると連戦連敗……。

 私はよく、今の状況をオセロゲームに例えます。私たちにとっての端と端は何かといえば、「国際化」と「おんな」だと思っています。つまり、多文化共生と女性ですよ。このカードを両端に持っているかぎり、それ以外の全部が黒になっても、最後はすべて白にひっくり返せるわけです。
 ファシズムというのは、隣にいるヤツが私を殺すかもしれないわけで、そういう意味では、生活の中でファシズムの芽を摘んでいかなければならないわけです。私には選挙権がないからこそ、そういう運動を展開していかないと、自分の命が守れない。逆に、私の命が守られるということは、私と同じような人たちの命が守られるということ。
 そのための枠組みづくりが「多文化たんけん隊」だったんです。いろいろな人たちが多文化のまち、新宿で一緒に飲んで、食べて、学んで、出会って、遊んで、笑って、泣いて…。多文化共生を生活の中に位置づけるための場を提供することで、多くの人が出会えたり、運動から離れてしまった人も参加できる。
 第1回目の昨年は、新宿区内で半月の間におこなわれた70本のプログラムに約3000人が参加しました。初回のサンプルをつくるということで私も会社を犠牲にして頑張りましたが、今年はかなり違うんです。昨年と同じように私が主導していたら、このイベントはダメになります。今年は三多摩や神奈川にも飛び火しました。それぞれの地域でそれぞれができるやり方でやればいい。それが一番いいウィルスのあり方なんです。

 ――自己増殖ですね。

 そうです。いい意味で自己増殖していけるようになれば運動として勝つんですよ。でも、一番やらなければならないのは、増殖するための最初の培養菌。ここが最もエネルギーが必要で、人も、金も、根性も要る。
 私は多くの負の遺産を受け継いできたので、「このまま殺されていくのか」という問いかけが、いつも自分の中にあるわけです。だから、いま私にできること、やりたいこと、楽しいことをやろうと思うんです。苦しいと思っていたら絶対に続かない。疲れたらお休みする。疲れてやり続けたら、自分が壊れる。
 大切なのは、いつまでも忘れないこと。思いついたら形にしてみる。それを増殖していくことが、新しい運動のあり方であり、政治への新しい参画の仕方であり、自分の命を長らえる方法だと、私は思っているんです。
 絶望したからこそ、希望を育んでいく。逃げることはいつでもできる。でも、逃げたところで、そこには天国なんてないんですよ。自分のいる足下で社会を変えていく。それが人間に与えられた知恵なんだろうな、と思います。


いずみ

 1904年生まれ、今年で97歳になる石堂清倫さんが『20世紀の意味』(平凡社)を刊行された。「97歳渾身の書」である。
 巻末の年譜をみると、石堂さんは小さな運動体に寄稿された論文や講演録に至るまで丁寧に保存されていることがよくわかる。ぼくの関係したものに限っても、社会主義理論政策センターはまだしも、関西青年学校のパンフまで保存されている。70歳に近い石堂さんに大阪まで来ていただき、レーニンとグラムシを対比させ、お話しいただいた感激を昨日のことのように思い出すのである。
 石堂さんは1952年に刊行された『スターリン全集』の翻訳責任者の1人である。スターリン、レーニン、マルクスに欺かれたとあげつらう軽佻浮薄の輩が跋扈するこの国にあって、石堂さんはスターリンに欺かれたのでなく、スターリンを信じた自己の責任を問いつめる。以後、半世紀にわたる石堂さんの理論活動は、スターリニズムの内在的批判に費やされたといっても、けっして過言ではない。
 グラムシ思想の日本への紹介は、石堂さんなくしては実現しなかった。『選集』(合同出版)第1巻の刊行は1961年であるが、共産党在籍中のお仕事である。60年代後半から70年代にかけて、相次いで出版され、今日でも生彩を放つグラムシ研究所、キャメット、ピオットらの研究書から受けた多大の恩恵は、石堂さんに負っている。
 ソ連の反体制思想家メドヴェージェフを精力的に紹介されたのも石堂さんである。世界の共産主義運動がスターリン亡き後も依然としてスターリニズムに侵されていることをメドヴェージェフのソ連告発の書を通して、石堂さんは警鐘を鳴らした。91年のソ連邦解体は、メドヴェージェフと石堂さんにとっては必然のことであった。
 マルクスとグラムシのアソシェーション論によって、精神的再武装をとげねばならないと、力説する石堂さんは若わかしい。根本的変革は制度の一挙的改革によって可能になるのでなく、諸関係の長くて漸次的な改革によって可能であるのだ。

                                           小寺山康雄 


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