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第98号(1998年10月31日発行)

新町長、P3Cの「容認」発言は撤回

■本部町についてのレポー卜■

 一体どうなっているのだ!?

 本部町民だけでなく、新聞報道を見て誰もが驚いた。それは八月二三日執行の本部町長選挙において当選した仲栄真盛順氏のマスコミ・インタビューでのP3C基地建設容認発言である。

 今回の町長選挙では、四年前P3C反対を掲げて当選した現職の長浜徳松氏と元助役・仲栄真氏の一騎打ちとして闘われた。だが、今回の選挙の争点は四年間の長浜町政についてのもので、P3C基地建設問題は直接的な争点ではなかった。それは双方の陣営とも、P3C基地建設予定地である旧本部飛行場の跡利用を掲げていたことにも明らかである。

 もちろん、自民党に推された仲栄真氏に基地問題を託せるはずはなく、P3C基地建設阻止対策委員会などは従来からの姿勢を一貫している長浜氏の再選を期してがんばったのだが……。

 当然ながら初議会となった九月議会ではさっそく町長発言が猛烈に追及され、新町長はあえなく発言を撤回し、阻止委員会も議会へ提出していた陳情案件を取り下げ、町長発言に対する事態は一応収拾された。


 だがこの仲栄真発言にみられるように、P3C基地問題はいまだに火種を残している。

 豊原区民・阻止委員会の闘いによってこの間建設予算の計上は見送られているものの、建設予定地内の契約地代は毎年支払われ、一部国による買い上げも行われている事実は厳然として残っているのだ。

 この間、豊原区・阻止委員会は七月二九日、P3C闘争六周年集会を開催し、新たな決意をうち固めてきた。

 八七年「シー・レーン防衛の要」として打ち出された自衛隊のP3C通信基地建設計画は、八八年初めての反対集会から数えると実に一〇年になる闘いである。九三年九月二九日、那覇防衛施設局による測量を実力で阻止して以降、「新たな軍事基地建設反対! 子や孫たちに戦世(イクサユー)の悲劇を繰り返すな!」を合言葉に、豊原区民を先頭とした本部町民の粘り強い闘いが今日までの地平を切り拓いてきたのである。今日でも監視活動は継続中だ。豊原区民は、名護・海上ヘリ基地反対闘争-辺野古のオジー・オバーとたちとの交流も深め、元気一杯でがんばっている。

 P3C基地建設計画断念までともに粘り強く闘おう。
 (川野純治=一坪反戦地主会北部ブロック・事務局次長)