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第182号(2006年10月28日発行)

ひんぷん

いよいよ米軍再編が始まった!

本永貴子

 10月2日未明の那覇軍港、米軍再編に伴う新型パトリオットミサイル(PAC3w?)関連資材の搬出が始まりました。PAC3は、パトリオット能力発展型第3段階のミサイルで、ミサイルと戦闘機の両方に対する迎撃用ミサイルです。

 ちなみにパトリオットとは愛国者の意味。今までのパトリオットミサイル(PAC2)は相手からのミサイルの近くで爆発、その破片で相手方のミサイルを爆発させるというものでしたが、今回のPAC3は直接体当たりして迎撃するというミサイルです。

 原水禁(http://www.gensuikin.org/mt/000503.html)によるとこのPAC3は、運用実験を省いたものであり、アメリカ本国でも49人の退役将校が配備の延期を訴えたものということです。2002年の実験では7回中3回の命中にとどまっていて、そのうちの1回は命中したもののミサイルを打ち落とすことが出来なかったのです。

 PAC3の迎撃最高高度は30〜35km、PAC3配備により米軍基地の周りでは飛んでくるミサイルだけでなく、PAC3からも逃げなければならないことになります。

 私たちは平和市民連絡会の有志で、PAC3配備に抗議するために関連資材が搬入された10月2日から那覇軍港前に座り込みました。7〜10台のトラックが列を成して、一般道を普通車両とともに走って行く姿はあまりにも異様で、戦争の足音が形をなして近づいてきたことを物語っているようで背筋が凍る思いがしました。

 トラックの前後には白いワゴン車がついていて、嘉手納基地への搬入の後運転手たちを乗せて戻ってきます。そして再びトラックが出て行くというわけです。トラックでの輸送は1時間ごとに朝方まで続きます。私たちはトラックがゲートを出るたびに写真を撮り、抗議を続けました。運転手の中には女性兵士の姿もありました。

 トラックでの真夜中の輸送が続く中、10月5日付けの朝刊に明日(6日)パトリオットミサイル(PAC3)本体が今度は天顔桟橋にやってくるとの報道がありました。沖縄では知事選挙が近づいていることもあり昼は選挙、夜は抗議という日々が続き、わざと県知事選挙で動けないと思ってこの時期を選んだのでは?と思うほどでした。

 時折一般の人たちが不安を抱え「ちむわさわさー」(心が波立つ様子を表した沖縄口)して、様子を聞きにやってきていました。

 10月5日、天顔桟橋に集まって抗議集会がもたれました。しかし、折からの台風の強風で接岸することが出来ません。集会は簡単に済ませ、後日接岸のときにまた集まることになりました。
 10月9日、午前6時半本格的な座り込みが開始されました。天顔桟橋前のゲートに座り込み、午前11時半ごろ船が接岸されました。しかし、作業員は私たちの阻止行動で入ることが出来ません。

 アメリカ総領事館の伝言を海軍大尉が施設局員とともに伝えにきました。内容は「一般作業の妨げになっている。車両を通すように」と言うもので「できない」と答えると帰っていきました。

 この後、24時間体制の座り込みが開始され、一日に何度も施設局との交渉を行いました。内容はいずれも「あなた方のいるところは(米軍への)提供区域である。」「米軍の一般作業をさせてほしい」と言うもので、私たちは「私たちは作業をさせたくないので座り込みをしている」「ミサイルを積んだままアメリカへ持って帰ってほしい」「ここは沖縄県民の土地、海だ」と回答しました。

 また、「施設局長を連れてきてほしい」という私たちの要求に、施設局は「持ち帰って相談する」と答えるということが何度も続きました。

 10月10日、座り込み現場には、テントが張られまるで辺野古のようになっていきました。午後3時ごろ警察による駐車違反の取締りがなされ、天顔桟橋前の道路にはたくさんのコーンが置かれました。しかし、私たちの座り込みは続き、天顔桟橋には三線の音が鳴り響き即席の踊りが披露されました。

 10月11日、新聞報道により「今日未明警察導入」との情報が入り、警察より前にマスコミが続々と天顔桟橋にやってきました。

 午前5時45分ごろ警察車両が到着し、午前6時半、警察のごぼう抜きが開始され私たちは全員排除されました。抗議の声の中、機動隊に守られた作業員が中に入り、午前9時半コンテナを積んだトレーラーが県道へと出て行きました。その後、嘉手納基地の安保の見える丘に移り抗議を続けました。

 10月21日、「パトリオット・ミサイルの配備に反対する県民大会が沖縄市で行われました。参加者は1200人。その後、沖縄市野球場前広場(勝利の広場)から嘉手納基地第2ゲートまでデモ行進を行いました。

 「パトリオット・ミサイルはアメリカに持って帰れ!」「基地機能強化を許さないぞ」みんなの声が沖縄市の空に響きます。第2ゲート前ではシュプレヒコールの後、「一坪たりとも渡すまい」をみんなで合唱しました。

 沖縄では米軍再編が始まり、本当に不安が募っています。今後、10年以内に最新鋭戦闘機F35A(ステルス)が54機も常駐するという計画も持ち上がっていて、沖縄にいるとこの国が「戦争できる国」に向かっていこうとしている危険な状態であることをひしひしと感じます。下地島空港の自衛隊使用問題もあり、アメリカは沖縄全島を最新鋭の軍事基地として位置づけているのではないでしょうか。

 1999年4月30日付の沖縄タイムスによると、「アメリカ国防省は29日、東アジアの戦域ミサイル防衛(TMD)配備に関する報告書をアメリカ議会に提出、日本を朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の弾道ミサイルから守る4種類の配備計画を明らかにした。」とあり、アメリカ国防省は100基以上のパトリオット・ミサイル配備が必要なると言っています。

 今回のパトリオットミサイルの配備は事前に自治体に知らせることもなく強行されたものです。本土にいる皆さん明日はあなたのそばにパトリオットがやってくるかもしれません。

 今回沖縄に配備されたのは、パトリオットミサイル4基分。更なる基地強化が沖縄にやってこようとしています。いっそうの連帯と強固な姿勢でともに取り組んで行きましょう。