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沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック
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『一坪反戦通信』
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 第167号(2005年5月28日発行)

【報告】

五・一五普天間基地包囲行動

 去年八月の沖縄国際大学への米軍ヘリの墜落事故によって閉鎖・返還が時間の問題と見られている普天間飛行場の包囲行動に参加した。今年は四回目で周囲十一・五キロメートルの基地を県内各地から、本土各地からの人々が取り囲んだ。日頃、防衛庁前の抗議行動で声を合わせて『ボーリング調査を即時中止しろ』と叫んできた仲間も二十人近く見かけた。辺野古からはいつも元気な「嘉陽のオジー」を先頭に参加していた。

 二時一五分の第一回鎖行動では人々の配置が一様でなく、あっちこっちで団子状になって佐喜真美術館の北側で輪が途切れたが、三〇分、四五分の二回目、三回目の鎖では完全に繋がったという。私の隣は小学生の男の子を連れたお母さん、反対側の隣は西原町からの女性、『去年は都合で来られなかったので、今年は無理して参加しました』と言っていた。十人ほど先のほうに見たことあるようなおじさんがいて、傍へ行って確かめたら顔なじみの新垣勉弁護士だった。

 皆が手をつなぎあう鎖行動のあとは「ウェーブ」というしゃがみこみが何度の何度も流れてきて子どもたちはキャッ、キャッと喜んでいた。しかし、私のような爺には息の切れる大変なことだった。

 前日はかなりの雨だったので、ビニールカッパを買って雨に備えたが、この日は曇りながら雨粒が落ちてくることはなかった。日焼けを気にする人たちには好都合な天気であった。空には三機ほどのヘリが旋回していたが、マスコミか警察か判断はできなかった。右翼団体の街宣車も三台は見かけた。「君が代」を大音量で流していく車もあったが、『社会主義者・共産主義者の破壊分子が・・・・』とがなっている車もあった。あとのほうは聞き取れなかったが「皇土」を米軍に占領されているのに、米国に文句のひとつも言えず、基地返還を求める市民に言いがかりをつける「不忠な」右翼主義者らしかった。三回目の鎖行動のあと実行委員長の山内徳信氏が「今日の参加者は二万三千八百五十人」と本部宣伝カーの上から宣言した。去年に較べて参加者が増えたのは、八月の大型米軍ヘリの沖国大への墜落で軍事基地の危険性がクローズアップされ県民の基地撤去への想いが高まったためであろう。

 午後四時過ぎから、国道五八号線を挟んで海側の宜野湾市海浜公園で包囲行動を締めくくる県民大会が開催され、野党各党の党首クラスが参加して演説をした。最大野党民主党の代表岡田克也氏は「代替施設建設や分散移設」に反対し「無条件撤去」と言っていたようだが、党内を取りまとめて辺野古の調査作業を即刻中止させる行動を起こすべきだ。口先だけでことが済む事態ではない。

              (上原成信)