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沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック
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『一坪反戦通信』
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 第156号(2004年5月28日発行)

野口裕子(関東ブロック運営委員)

沖縄レポート その2

 連休明けから梅雨入りの沖縄です。最初は空梅雨どころか、いきなり夏日となり暑いこと! ダムの水位は下がるばかり、やがて断水かと心配したところ、普天間包囲行動の後あたりから雨模様が続いています。

 台風2号の影響もあり18日は辺野古でも午前中は大雨でテントを畳もうかという一幕もありました。座り込みも一ヶ月に及び、作業場の工事を中断させていますが、この日の午後、那覇防衛施設局員が業者を伴い台風対策をしたいと申し入れてきました。交渉の結果、緑のフェンスを畳むことを了承しました。もちろんカメラ&ビデオカメラ付き立ち会いの下にです。雨も上がりテントには十名程のオバアたちも勢揃い、にぎやかなゆんたく(おしゃべり)でありましたが御一行が引き上げる時は皆で「くぬ海や、わったーむんどぉー」と声を上げました。「台風が心配なら全部持ち帰ればいいさ、後はどうするつもりかねー」と言い合っておりました。

 二日おいて21日午後に、台風前ときっちり同じ状態に復旧していったそうです。4月19日の攻防で(?)杭が抜かれフェンスを繋ぐ金具は外され無様な格好になっているので、まさかとは思いましたが施設局の意地の表れでしょうか。それとも辺野古からと見せかけてキャンプ・シュワブから船を出す作戦なのでしょうか?
 座り込みの様子が伝わるにつれて、県内外から団体で、あるいは家族連れで人々が訪れています。16日は伊江島反戦地主の謝花悦子さん、平安山良有さんがお米や漬物を持って激励に来られました。また南隣の宜野座村の方から畑で作ったゴーヤとトマトを沢山頂きました。漬物もゴーヤも翌日の団結弁当の一品という具合です。本部半島豊原で自衛隊P3C(対潜哨戒機)基地建設を17年来阻止して来られた方も自慢の菊をプレゼントして下さいました。

 分けて頂いた菊を飾る壺を求めて久しぶりに壺屋通りへ行きました。懐具合と値札が合わず目の保養で終わりかけたところで見つけたのがアンダガーミです。豚から摂った油を保存しておく小振りのカメで口は広く、程よい膨らみがあり黒い釉のかかった肌には耳が4つも付いて吊り下げられる様になっています。気がつくと口の所が切れて地が見える状態のものと、きれいに丸みがかって釉がかかっているものと二通りあり、片や床に、片や棚の上にあるのです。店主曰く、上の方は首里士族が、下の方は庶民が使った物だそうで、私の手に入るのは自ずと下の方、庶民の物は庶民の手にということでしょうか。黒い壺に映える黄色い菊の花を眺めていると、人と人、物と物との出会いなどという言葉が浮かんできます。

 ところで金武町では20日に米軍がキャンプ・ハンセンに計画している都市型戦闘訓練施設建設の撤回を求めて、町民600名による大会が開かれました。町全体の問題として取り組む姿勢に、大型バスで参加した伊芸区民は心強いものを感じたようです。

 レンジ4での着工阻止のため、伊芸区では4月から櫓を建てて監視を始めたと聞きます。櫓は陸橋近くなので高速自動車道からもよく見えます。金武も辺野古も、これ以上の軍事施設はならんどーという共通の思いがあります。
(ゆ)