軍用地を生活と生産の場に!
沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック
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『一坪反戦通信』
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 第146号(2003年5月28日発行)


 最高裁要請行動報告集会

沖縄から反戦の嵐は
東京に届いたのか?


 特措法違憲訴訟という難しい裁判の問題でもあり、また関東ブロックの宣伝不足も大きかったと思うが、沖縄から代表団が来るにもかかわらず九十名弱という参加者は少し寂しい。

 しかし、この裁判の原告である反戦地主の今回の行動を通じて「少しでも取っ掛かりを求めたい」という思いは参加者にずっしりと伝わったのものと思う。

 私がくどくど報告するより、各報告をそのまま伝えた方が良いと思うので以下に紹介したい。(ただしメモから起こしたものなので不足の点はご容赦を I)

 池原秀明さん(司会)

 大法廷を開いて沖縄の声を聞いてほしいということで今回の要請行動を行った。沖縄から弁護団を連れてきたかったが、東京の弁護団にお願いし、内藤、神田両弁護士とともに最高裁に入った。普通の裁判では最高裁への要請行動はない。これが何をもたらすのかは計り知れないが、少しでも取っ掛かりを求められたらということで今日の行動を行った。

 在京の弁護団が一月前から最高裁に要請したが、担当の判事、調査官は会わないが、書記官が対応し判事に伝えるということであった。三十分という約束であったが、四十分しきりにメモを取りながら聞いていた。

 異民族支配、そして安保のもとで憲法外に置かれて土地が取られている。復帰で憲法の下に帰るはずが、反戦地主会を結成しなければならなくなった。その五十年の思いを訴えてきた。そして、@三八九日間の不法占拠について、損失補償ではなくて国家賠償を、A米軍特措法の二度にわたる改悪で、収用委員会が拒否しても使用できるようにした。途中でルールを変えるのが許されるのか、憲法違反だと訴えてきた。

 最高裁で逆転させたい。軍用地を一坪たりとも使わせないために。


島袋宗康さん(参議院議員)

 復帰三一年、財産権までも奪う特措法の改悪が行われてきた。傍聴の知花さん、照屋さんを逮捕してまで強行する国の姿はあまりにもなさけないものだった。まさに沖縄を無視して、安保が優先されている。

 村山政権が安保を認め、革新勢力がまとまりにくくなっている。民主党は自民党を補完しているような状況。国会の中で、反戦地主の一人として皆さんと共に頑張りたい。


知花昌一さん


 沖縄では月桃、デイゴの花がいい見頃を迎えている。那覇まで来る途中、基地のフェンス沿いにキョウチクトウの花が咲いていた。花言葉は「危険」。

 去年一一月の第二審判決を聞いて、自腹でも最高裁に上告したいと思った。

 書記官にどういう状態になっているのか聞いたら、「審議をしている」という返事だった。公開の場で審理するよう求め、意見を言った。

 一つは、三八九日間の不法占拠について、地裁は損害賠償として四七万円の支払いを命じた。しかし高裁は、不法であるといいながら地代を供託しているからそれで足りるという判決だった。違法行為には損害賠償というのが一般社会の常識。最高裁もぜひ認めるべきだ。

 二つ目は、ゾウの檻は九六年四月一日で使用期限が切れたので立ち入りを求めたが、機動隊に阻止され入れなかった。立ち入りを求めて仮処分の裁判を起こし、和解して立ち入ることができた。その裁判費用を補償せよという要求に対し、和解で立ち入りが認められているのに、使用継続中であり、理由が無いのに立ち入りを認める必要はないから裁判費用を負担する必要がないという理屈はおかしい。

 三つ目として、特措法が改悪され、三八九日前にさかのぼって適用された。一人の土地のために法を変えて、しかもさかのぼって不法占拠を正当化する。これは誰が見てもおかしい。最高裁は公判を開いてちゃんと審議するよう訴えてきた。

 ゾウの檻は二〇〇五年五月に返還予定だ。移転先の恩納村ではきれいな山が削られ、異物が建てられようとしている。単なる返還ではなく、新しい基地に作り替えられる。移設先は、落とされるお金で反対できない状況にされている。厳しいけれど、どんな状況でも闘い続けたい。


島袋善祐さん

 イラクの戦争は世界の人が見ていた。あれを見てどう考えるか、最高裁の建物に爆弾が落とされたら。沖縄戦はちょうどあの状況と同じだった。九死に一生を得て生き延びることができた。戦争は殺される人がいる。

 アメリカのマッチはめずらしい。靴ですっても、石ですっても火がつく。それで沖縄のかやぶき屋根に火を放った。

 日本の車はタイヤが四本だが、アメリカの車は一四本ついている。そして変な機械が載っている。英語で言うとブルドーザー、沖縄で言うとドロボウザー。銃剣とブルドーザーで土地を奪い軍事基地が作られた。沖縄の基地の原始取得がいつですかと防衛施設局に聞いたことがある。施設局は答えない。収容所にぶち込まれて主がいない間に取った、まさに土地泥棒。

 憲法の下の日本に帰れば土地も帰ってくると思ったが帰ってこなかった。そればかりか、政府は特措法改悪など法律のブルドーザーを作っている。


長嶺律雄さん(沖縄一坪反戦地主会)

 三千人いた反戦地主が非常に少なくなった、何とか反戦地主を支援しようということで、一九八二年、一坪反戦地主会が結成された。

 一坪反戦地主会は地域での独自の活動と、対立する社共の双方に一緒に頑張ろうと呼びかけるなど、いい運動をしてきたと思う。現在は、沖縄の三六団体で「平和市民連絡会」を結成し行動している。

 個人情報保護法案など、個人の考えをしばり、特措法どころか自衛隊が使用するために人の土地を勝手に取れるような法律が作られようとしている。全国の地域で反戦の嵐を起こそう。


有銘政夫さん

 戦後五七年かけて「沖縄の戦後は終わっていない」と最高裁に声をぶつけにきた。

 沖縄でもおもしろいことが起きている。宜野湾市長に、中部地区労、宜野湾市職労委員長だった伊波洋一さんが当選した。選挙の公約は五年以内に普天間基地を全面返還させるというもの。この五年以内の返還というのはもともとは日米両政府が県民に向かって言ったことだが。

 稲嶺知事は、辺野古の基地を作ってから一五年期限で返還するから、基地の整理縮小と言っている。新たな米軍基地を作るのは、日本だけ、沖縄だけ、それを返還と言っている。

 先日中部で話す機会があり次のようなことを言ってきた。

 一つは、市長にハッパをかけるのでなく、市長の上前をはねるように、市長の前に出て運動すること。もう一つは、ピンチの時に市長を擁護しようとして主張を曲げるな。俺たちが前に出てやるから市長も頑張れとハッパをかけろと。

 宜野湾に新しい風が吹いた。

 最近講演会で聞いたことだが、イラクに対するアメリカの侵略戦争で、見えないところでどれだけの人が殺されているのかわからないということだった。(自衛隊もクラスター爆弾を持っている。いったい何につかうのか。)四月二〇日、五千名が参加して嘉手納基地包囲行動を行った。アメリカの戦争犯罪というところまで運動を進めなければならない。


松島暁さん(違憲訴訟弁護団)

 三月二〇日イラク攻撃の前日に、アメリカ大使館に「イラク攻撃をするな」という申し入れを行った。その時は門の所で要請文を受け取った。しかし翌日一〇時三〇分をもって戦時体制に入り、一切応じない状態に入った。沖縄の基地もそういう緊張感の中にある。

 最高裁のしくみを説明すると、一五人の裁判官(判事)、調査官(判事の補助)、そして書記官がいる。判決の下書きをするのが調査官で、書記官は裁判官の補助ではなく、裁判官から独立した歴史の記述者とされている。

 しかし現実は、裁判官が書記官を手足のように使っている。最高裁の壁を破るのは非常に困難だが、書記官にまかせておいたらだめだと思わせるぐらいの運動を作っていく必要がある。