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第141号(2002年11月28日発行)

 特措法違憲訴訟 控訴審 判決(2)

 2002年10月31日

第140号から続く

(6)第一審被告による担保の提供
ア 那覇防衛施設局長は、本件第1土地につき、次のとおり、損失補償額を見積もり、損失補償額に相当する金銭を那覇地方法務局沖縄支局に供託することにより、改正特措法15条1項、2項に基づく担保を提供した(乙第29、30号証、第35号証。なお、供託日は日本銀行コザ代理店に入金された日である。)。
 平成9年4月24日    12万5286円
  (平成9年4月25日から同年10月24日までの分)
 平成9年10月17日   12万6162円
  (平成9年10月25日から平成10年4月24日までの分) 平成10年4月8日    12万6762円
  (平成10年4月25日から同年10月24日までの分)

イ 那覇防衛施設局長は、本件第2土地につき、次のとおり、各期間の損失補償額を見積もり、損失補償額に相当する金銭を那覇地方法務局沖縄支局に供託することにより、改正特措法15条1項、2項に基づく担保を提供した(第2事件乙第4号証の2ないし37、乙第36号証の1ないし9、乙第37号証の1ないし9、乙第38ないし第55号証、乙第57ないし第 74号証)。
  平成9年5月15日から同年11月14日まで
   別紙 「暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分)」一覧表(以下「別紙一覧表」という。)の第1回目供託額欄記載のとおり。
  平成9年11月15日から平成10年5月14日まで
   別紙一覧表の第2回目供託額欄記載のとおり。
  平成10年5月15日から同年11月14日まで
   別紙一覧表の第3回目供託額欄記載のとおり。
  平成10年11月15日から平成11年5月14日まで
   別紙一覧表の第4回目供託額欄記載のとおり。
  平成11年5月15日から同年11月14日まで
   別紙一覧表の第5回目供託額欄記載のとおり。
  平成11年11月15日から平成12年5月14日まで
   別紙一覧表の第6回目供託額欄記載のとおり。
  平成12年5月15日から同年11月14日まで
   別紙一覧表の第7回目供託額欄記載のとおり。
  平成12年11月15日から平成13年5月14日まで
   別紙一覧表の第8回目供託額欄記載のとおり。
  平成13年5月15日から同年11月14日まで
   別紙一覧表の第9回目供託額欄記載のとおり。
 平成13年11月15日から平成14年5月14日まで
  別紙一覧表の第10回目供託額欄記載のとおり。

(7)沖縄県収用委員会による使用裁決等
ア 沖縄県収用委員会は、平成10年5月19日、本件第1土地について、次の内容の使用裁決をした(乙第31号証)。
(ア)権利取得の時期    平成10年9月3日
(イ)使用期間 平成10年9月3日から平成13年3月31日まで
(ウ)土地及び土地に関する所有権以外の権利に対する損失補償 111万4230円
(エ)平成9年4月25日から平成10年9月2日までの期間にかかる暫定使用による損-失補償     64万3111円 
イ 第一審被告(那覇防衛施設局長)は、上記裁決に従い、平成10年7月17日、第一審原告知花に対し、損失補償金合計175万7341円を同原告の指定した銀行預金口座に振り込む方法により支払った(乙第32号証)。
ウ 沖縄県収用委員会は、平成13年10月30日、別紙物件目録記載8ないし11の各土地について、次の内容の使用裁決をした(同年11月7日更正決定。乙第75ないし第80号証。) 
(ア) 権利取得の時期        平成13年12月14日 
(イ) 使用期間            平成13年12月14日から平成15年9月2日まで
エ 沖縄県収用委員会は、平成14年1月22日、別紙物件目録記載2ないし7の各土地について、次の内容の使用裁決をした(乙第81、82号証)。
(ア) 権利取得の時期    平成14年5月9日
(イ) 使用期間        平成14年5月9日から平成15年9月2日まで

2 争点
(1)第一審原告知花関係
ア 争点1
 平成8年4月1日(従前の賃貸借契約による賃貸借期間満了日の翌日)から平成9年4月24日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日の前日)までの第一審被告による本件第1土地の占有が不法行為法上又は国家賠償法上違法か、否か、及び第一審被告の故意・過失の有無 
イ 争点2 
 平成9年4月25日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日)から平成10年9月2日(使用裁決による権利取得日の前日)までの第一審被告による本件第1土地の占有について、その占有権原を定めた改正特措法15条及び同法附則2項は憲法に違反するか、否か。
ウ 争点3
 改正特措法が憲法に違反する法律であるとした場合に、同法を成立させた国会による立法行為が国家賠償法上違法か、否か、及び国会議員の故意・過失の有無。
エ 争点4
第一審被告が第一審原告知花による本件第1土地への立入を妨害した行為が不法行為法上又は国家賠償法上違法か、否か。
オ 争点5
第一審被告の不法行為又は違法行為により第一審原告知花に生じた損害の有無及び範囲。
カ 争点6
平成8年4月1日から平成9年4月24日までの本件第1土地についての占有を理由とする損害賠償(賃料相当損害金)請求権が第一審被告の供託により消滅したか、否か。
キ 争点7
不法行為(立入妨害)に基づく損害賠償請求権のうち、本件仮処分申立て関連費用に関する部分につき消滅時効の成否。

(2)第2事件原告ら関係
ア 争点8
 平成9年5月15日(使用期間満了日の翌日)以降の第一審被告による本件第2土地の占有について、その占有権原を定めた改正特措法15条及び同法附則2項は憲法に違反するか、否か。
イ 争点9
改正特措法が憲法に違反する法律であるとした場合に、同法を成立させた国会による立法行為が国家賠償法上違法か、否か、及び国会議員の故意・過失の有無。
ウ 争点10
第一審被告の違法行為により第2事件原告らに生じた損害の有無及び範囲。

3 争点に関する当事者の主張
(1)第一審原告知花関係

ア 争点1
(第一審原告知花の主張)
(ア)改正特措法に基づいて第一審被告の暫定使用権が創設されたとしても、第一審被告が本件第1土地について改正特措法に基づく担保を提供したのは平成9年4月24日であるから、暫定使用権が発生するのは翌25日からであり、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の占有は、何らの占有権原も存しない不法占拠であり、不法行為法上又は国家賠償法上も違法であって、第一審被告には故意又は過失があるから、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生することは明らかである。
(イ)第一審被告に日米安全保障条約上の基地提供義務があるからといって、直ちに、個人に対する所有権侵害が適法となるものではない。

(第一審被告の主張)
(ア)第一審被告は、日米安全保障条約6条及び日米地位協定2条1項に基づき、アメリカ合衆国に対し、駐留軍による本件第1土地の使用を許諾しており、第一審被告の駐留軍に対する同土地の提供及びそれに基づく占有は、公の用に供する行為であるところ、国家賠償法1条にいう「公権力の行使」は、私経済作用及び国家賠償法2条の規定する公の営造物の設置・管理作用を除いたすべての作用を指すから、第一審被告の本件第1土地の占有は「公権力の行使」に該当する行為であることは明らかである。そして、公権力の行使に該当する行為について民法の適用はないから、民法709条の適用を前提とする主張は失当である。
(イ)公権力の行使は、元来、国民の権利に対する侵害を当然に内包していると考えられるから、権利侵害があることをもって公権力の行使を直ちに違法とすることはできず、国家賠償法上の「違法」は、公権力の主体がその行使に当たって遵守すべき行為規範ないし職務義務に違反したか否かによって決すべきである。そうすると、第一審原告知花が所有する本件第1土地に対する平成8年4月1日から平成9年4月24日までの第一審被告の占有は、占有権原を欠くも のではあるが、次のような事情を勘案すれば、国家賠償法上、直ちに「違法」とはいえない。また、本件第1土地の使用権原の取得について責務と権限を有する内閣総理大臣及び那覇防衛施設局長は、いずれも使用権原取得のため最大限の努力をしており、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と手続を行ったと認めうるような事情は見当たらないから、職務上の義務違反は認められず、違法ということはできないし、職務上の義務に違反していることの認識もなく、認識すべきであったともいえないから、国家賠償法上の故意過失もない。
i 条約上の義務の履行
 第一審被告は、アメリカ合衆国に対し、本件第1土地を含む区域を駐留軍の用に供する条約上の義務を負担しているのであり、この義務は、我が国が国内法上当該区域の地権者から使用権原を取得しているか否かにかかわらず存在するものである。そして、憲法98条2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と定めているから、我が国としては、本件第1土地を含む区域を駐留軍に使用させなければならない条約上の義務を誠実に遵守すべきことを憲法上も要請されている。
ii 楚辺通信所の高度の公共性・重要性
 日米安全保障体制は、我が国の安全を確保していくために不可欠であるとともに、アジア太平洋地域の平和と繁栄にとって極めて重要な役割を果たしている上、楚辺通信所は、国家の安全維持のために極めて重要な情報収集のための施設であり、世界的なアメリカ合衆国通信ネット・ワークの不可欠な部分を構成しているところ、本件第1土地を第一審原告知花に返還することは、同施設の機能を著しく阻害し、ひいては我が国の安全及び極東における国際社会の平和と安全に重大な影響を及ぼすおそれがあった。また、楚辺通信所の通信施設全体を他に移転させることは事実上困難であったし、他方で、楚辺通信所のある区域の面積の約99・96パーセントについては、既に第一審被告がこれを貸借するなどして使用権原を取得しており、使用権原を取得できないでいたのは、わずか約0・04 パーセントにすぎない本件第1土地部分のみであった。このように、第一審被告及び駐留軍が本件第1土地を使用する必要性及び重要性は極めて高かった。
iii 使用権原取得の努力及び権原欠缺の一過性
 第一審被告は、当該区域の地権者から権原を取得するために適正な努力をしていたのであり、権原を取得できていなかったのは当該区域の土地の面積のわずか0・04パーセントを占めるにすぎない第一審原告知花所有の本件第1土地のみであって、同土地についても法的手続を進めており、権原の欠缺は一時的なものとなる可能性が高かった。
iv 本件土地使用に伴う対価支払の用意
 第一審被告は、平成8年4月1日以降も本件第1土地の使用を継続する以上、土地使用の対価を適正な鑑定評価に基づき算出した上、支払う用意をしており、第一審原告知花がこの対価相当額を受領する限り、同人に財産的な損害が生じないように配慮していた。

イ 争点2
(第一審原告知花の主張)
 改正特措法15条及び同法附則2項は、次のとおり、憲法に違反する無効な法律であるから、これを根拠とする暫定使用権は発生せず、第一審被告の占有(本件第1土地につき平成9年4月25日から平成10年9月2日まで)は、不法占拠であって、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生する。
(ア)憲法41条に違反することについて
 憲法41条に基づく国会の「立法」は、一般性(受範者が不特定多数であること)及び抽象性(規制の対象となる場合ないし事件が不特定多数であること)を具備したものでなければならず、特定の者をねらい打ちする立法は、立法権の範囲を超え、憲法上禁止されている。そして、法律が一般的・抽象的性格を有するかどうかは、立法の動機や立法の内容のみならず、制定された法律の適用結果をも考慮して判断すべきである。
 改正特措法15条1項及び同法附則2項の法文自体は、一般的・抽象的な体裁となっているが、在日米軍基地の現状からは、改正特措法15条1項の適用対象は、現実には沖縄県における未契約地主の土地に限定されることが明らかである上、「使用期間末日になっても必要な権利取得手続が完了していない」という今回と同様の事態が将来においても生ずる可能性は極めて低く(橋本内閣総理大臣も今回の使用権原切れは「さまざま予期しない事件に遭遇」したことによって生じた旨答弁している。)、結局、改正特措法15条1 項の適用対象は、本件第2事件原告らを含む平成9年5月15日からの契約を拒否した約3000人の未契約地主の土地だけに限られるということになる(本件第1土地については後記のとおり同条項が適用されない。)。
 そして、改正特措法15条1項は、「当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了していないとき」を要件としているが、「使用期間満了後なお権利取得手続が未了」の場合(本件第1土地の場合)は、端的にいえば、第一審被告が違法に土地を占有している状態を指すものであり、同条項もまた最高法規たる憲法の授権に基づいて制定された以上、かかる状態を予め想定して同条項を成立させたと考えることはできない。すると、かかる場合には、同条項の適用はない。したがって、改正特措法附則2項後段は、確認規定ではなく、かかる場合にも暫定使用を可能とするために創設的に制定された規定であるといわなければならない。
 したがって、本件第1土地は改正特措法附則2項後段の規定によってはじめて暫定使用の対象となったというべきであり、かつ、同条項は、同士地だけを適用対象とすることになる。
 このように、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、受範者が第2事件原告ら未契約地主約3000人及び第一審原告知花だけに特定されているという意味で個別的であり、また、上記地主らが賃貸借契約を拒否している場合にだけ適用されるという意味で具体的である。特に、同法附則2項後段は、第一審原告知花だけを受範者とし、本件第1土地だけを対象としており、個別的なものである。
 したがって、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、憲法41条の「立法」には当たらず、法規範としての効力を持たない。
(イ) 憲法29条に違反することについて
i 本件における暫定使用は、憲法29条3項の「公共のために用ひる」の要件を満たさない。
 仮に、旧特措法に基づく土地の強制使用について、それが「公共のために用ひる」といえたとしても、そこから直ちに本件における暫定使用までもが「公共のため」であるとはいえない。当該土地の強制使用が適正かつ合理的であること(改正特措法3条)を前提として初めて「公共のために用ひる」といえるのであるから、事前に収用委員会による「適正かつ合理的」判断を経ることが必要であって、このような判断を経ることなく土地を暫定使用することが「公共のため」といえるためには、少なくとも暫定使用をなすに足りる必要性・緊急性が客観的に明らかであるという場合でなければならない。
 しかし、駐留軍基地の使用形態は様々であるから、単に使用認定がなされているというだけで、かかる必要性・緊急性があるとはいえない。一旦提供を合意した軍用地についても、当該土地についての使用権原を日本政府が取得し得ない場合には、条約上、提供しないものとすることが可能であり、しかも、当該土地が駐留軍にとって必要性が極めて弱い場合には、アメリカ合衆国政府の同意を得ることが十分可能であるから、使用認定手続が完了しない場合に直ちに日米安全保障条約の実施上の重大な支障が生じるとはいえない。にもかかわらず、改正特措法15条には暫定使用権を付与する必要性があることを個別に審査・判断する行政判断手続が用意されておらず、財産権制限の仕組みとしては著しく不当である。
 また、改正特措法の国会における審議の経過から考えてみても、要するに、本件第1土地に対する暫定使用権原の取得の規定(附則2項後段)に関しては、平成9年5月14日で使用期間が満了する他の施設用地の使用権原を取得させる法改正のついでに、この際一気に全ての土地についての使用権原の疑義を解決しておこうとの意向のもとで、挿入されたものといわざるを得ず、少なくとも本件第1土地について、使用権原をあえて付与する法改正などをする必要性・緊急性は全くなかった。また、本件第2土地についても、使用期間の満了は10年前 から予測されていたことであり、土地収用法に存する緊急使用裁決制度があるにもかかわらず、第一審被告はこれを利用しておらず、法改正の緊急性はなかった。
ii 暫定使用は「正当な補償」に基づくものではない。
 憲法29条3項にいう「正当な補償」は、財産権という憲法上保障された基本的人権を制約する条件であることからは、事前にこれをなす必要があると解すべきである。しかるに、改正特措法は、使用申請者の一方的な判断で決められた見積額を担保として供託することを要件としているのみであり、これが適正な補償とならないことは明らかである。
 また、改正特措法15条4項は、「所有者または関係人の請求があるときは、政令で定めるところにより、(中略)損失の補償の内払いとして(中略)、担保の全部又は一部を取得させるものとする。」と規定するが、これでは、いまだ私有財産権の制限のための補償の履行としては不十分である。
(ウ)憲法31条に違反することについて
 憲法31条は、直接的には刑罰を科する場合について規定するが、適正手続の要請は刑罰を科する場合に限定されるものではない。
 財産権が憲法の保障する重要な基本的人権であることから、憲法は、私有財産を制限するに際しては、@事前に「告知、弁解、防御の機会」を与えられること、A中立的で公正な機関によって判断されること、B行政手続内部において、行政判断の違法性の有無及びその妥当性についても再考を求めること(不服申立手続)を保障していると解すべきである。
 そして、@改正特措法15条によって制限されるのは、土地所有権という財産権の中でも特に保障の必要性が高い権利であること、Aその制限の程度も暫定的とはいえ、使用権という土地所有権の中心的な権利を剥奪するものである上、その期間も、「暫定」とはいうものの、使用裁決申請が収用委員会によって却下された場合においても、防衛施設局長が国土交通大臣に対して審査請求をなすと、さらに国土交通大臣が審査請求を却下するまで「暫定的」使用が継続し、国土交通大臣が裁決を取り消すと、改めて収用委員会が裁決をなすまで「暫定的」使用が継続するものとされており、結局のところ長期間にわたるものであること、B沖縄にあっては土地の有効利用は地域社会にとっても必要性が高いものであることからは、適正手続の要請は強い。
 しかるに、改正特措法は、@土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障せず、A収用委員会の判断を経ないで、起業者としての地位しか有しない防衛施設局長の判断(供託判断)で「暫定使用権」を付与し、しかもそこでは、個々具体的に私有財産権の保障と公共の利益との調和を判断するのではなく、一律に暫定使用権を発生させ、さらに、B事後の不服申立も一切認めておらず、適正手続を欠くものであることは明らかである。
 第一審被告は、使用によって達成しようとする「高度の公共性」「緊急性」を強調するが、改正特措法の規定それ自体は、「緊急性」は要件としていない上、実際にも適正手続の保障を不要とすることを正当化するだけの緊急性は何ら存しない。
 また、第一審被告は、暫定使用権発生のための要件はいずれもその要件の有無が外形的・客観的に明らかなものであるから、土地所有者に対する事前の告知・聴聞は不要であると主張するが、その要件は、いずれも権利を制限される側の事情を最初から全く無視するものである。
(エ)法の不遡及原則違反
 憲法は、近代法の根底に横たわる自明の原理・原則として、刑罰だけでなく、一切の不利益・負担を課すについて、立法以前の事実を理由に、あるいは過去の事実を基礎に不利益・負担を課すことを禁止していると解すべきで、これも憲法31条の適正手続の保障に含まれると解すべきである。憲法39条は、刑事処罰における刑罰不遡及の原則を規定しているが、これは近代社会における自明の原理・原則を歴史の中で最も弊害の大きかった刑事罰について明文化したものであり、その原理・原則は、刑事罰に限定されるものではない。
 確かに、改正特措法に基づく暫定使用権の発生自体は、改正特措法施行後であって、それ以前に遡及して発生するものではない。
 しかし、そもそも暫定使用権は、改正特措法によって創設された権原であり、改正特措法と旧特措法は、別個の法律である以上、暫定使用権を発生させるためには、改正特措法に基づいて要件を充足する必要がある。そして、改正特措法附則2項は、旧特措法によって駐留軍に提供されている土地については、改正特措法施行前になされた旧特措法5条による使用認定及び14条による裁決申請等をもって、改正特措法5条の使用認定及び14条の裁決申請等がなされたものとみなすことで、改正特措法5条及び14条を施行日以前に遡及的に適用している。このように、立法前に存在した事実(改正特措法施行前の防衛施設局長による使用裁決申請行為)を理由として私人の権利を剥奪ないし制限することは、法的安定性を阻害し、実質的に法律の不遡及原則に反するもので許されない。
 また、暫定使用権の付与は、新たな所有権制限という面のみならず、従前の使用権取得時に保障された期間終了後の返還請求権を剥奪するという面を有しており、この面でも法の不遡及原則に違反している。
(オ)憲法95条に違反することについて
 憲法95条の趣旨が、一般の法律とは違った特例を特定の地方公共団体だけに適用することによって、住民の不利益を生ずる不平等な扱いが住民の意に反してなされないようにするということにあることからすれば、当該立法が適用されることによって、特定の地域住民が不利益を負う場合には、地方公共団体の組織、権限、運営についての特別立法でなくても、立法に際して住民投票を実施することが必要であると解すべきである。
 改正特措法は、沖縄県だけに適用されるものであり、かつ、暫定使用という名目のもと半永久的に土地を強制的に取り上げることを可能にするものであるから、その成立のためには、国会の議決のみならず、沖縄県民の住民投票を実施する必要があった。にもかかわらず、改正特措法は、これを実施せずに公布されたもので、憲法95条に違反する。

(第一審被告の主張)
 改正特措法15条及び同法附則2項は、何ら憲法に違反するものではなく、同法の暫定使用権に基づく占有は適法な占有である。
(ア)憲法41条に違反しないことについて
 第一審原告知花は、改正特措法15条及び同法附則2条は、一般性・抽象性を有しないから、憲法41条の「立法」に該当しないと主張するが、憲法は、法律が常に一般的規範であることまで要求しておらず、個別的・具体的法律も一定の限度までは許されると解すべきである。
 確かに、改正特措法案の提出は、旧特措法には、継続して使用する必要がある土地等について、従前の使用期限までに収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しなかった場合の手当がなかったため、平成9年5月14日をもって従前の使用期間が満了する土地につき、同手続が完了しなかった場合の問題点が顕在化するおそれがあったこと、及び、本件第1土地については、 既に平成8年4月1日からその間題点が顕在化していたことから、 これらの問題を解消する必要があったことを契機としてはいる。しかし、立法の契機と立法の内容とは別に考えなければならず、改正特措法の適用対象は、沖縄県に限られるものではなく、今後全国において本件と同様の事態が生じれば、同様に適用されることになるのであるから、法文上も、一般的・抽象的性格を有することは明らかである。
 そもそも改正特措法附則2項は、同法の施行後において、その施行前になされた使用認定及び裁決の申請等がなお有効に存続していることを要件として、同法の施行日後に従前の合意又は使用裁決による使用期間の末日が到来するものについてはその翌日から、同法の施行日前に従前の合意又は使用裁決による使用期間が満了しているものについては同法の施行後担保の提供をした日の翌日から暫定使用ができることを確認的に明らかにしたものにすぎず、創設的な規定ではない。したがって、たとい、同法附則2項後段が適用されるのが事実上第一審原告知花所有の本件第1土地のみであっても(同法附則2項自体は、平成9年5月14日に使用期限が切れる約3000人の地主所有の土地にも適用された。)、憲法違反が問題となる余地はない。
(イ)憲法29条に違反しないことについて
 憲法29条3項は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定しているから、私有財産であっても、「正当な補償の下に」「公共のために」用いるのであれば、同条1項に違反しない。
i 暫定使用制度は、私有財産を「公共のために用ひる」ことに該当する。
 我が国は、日米安全保障条約6条、日米地位協定2条1項の定めにより、日米地位協定25条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を、駐留軍の用に供する条約上の義務を負う。そして、我が国が、その締結した条約を誠 実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法98条)、日米安全保障条約に基づく上記義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得できるとは限らず、これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(改正特措法3条)、これを強制的に使用し又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならない。
 そして、改正にかかる暫定使用制度は、内閣総理大臣において引き続き駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断した土地等を対象とする収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しない場合に生ずる日米安全保障条約の実施上の重大な支障を回避するための制度であって、同条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるから、私有財産を「公共のために用ひる」ことに該当する。
 第一審原告らは、当該土地使用が「適正かつ合理的」要件(改正特措法3条)を充足するか否かを収用委員会が判断しなければならないと主張するが、同法3条及び5条によれば、当該土地を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを土地の使用又は収用の要件とした上で、内閣総理大臣が使用認定を行うに当たり、同要件を判断すべきものとされていることは明らかである。これに対し、収用委員会による裁決手続は、内閣総理大臣による使用又は収用の認定がされたことを前提として、損失補償額、権利取得の時期や明渡しの期限、使用期間等を定めることのみを任務とするものである。このように、改正特措法が「適正かつ合理的」という要件の判断を専ら内閣総理大臣に委ねたのは、国際情勢、必要性の程度等諸般の事情を総合考慮して判断する必要があり、政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断も求められることから、上記要件の判断権者としては内閣総理大臣がもっともふさわしいことによるものであって、同法の上記規定は極めて合理的であり、何ら憲法29条に違反するものではない。
ii 暫定使用制度には「正当な補償」がある。
 憲法29条3項は、私有財産を公共のために用いるために「正当な補償」を要求しているが、その補償が財産の供与に先立って、又はこれと交換的に同時に履行されるべきであるということまでは規定していない。そして、改正特措法15条及び16条は、事前の「損失の補償のための担保の提供」と事後の「収用委員会の裁決」により土地所有者等が受ける損失を補償することとしており、これら規定が、@損失の補償のための担保(金銭)を、その期間の月ごとにあらかじめ提供(供託)しなければならないこととしていること、A土地所有者等は、暫定使用の開始後は、請求により損失の補償の内払として担保を取得することができることとしていること、B暫定使用による損失については、収用委員会が明渡裁決において裁決し、その払渡しは、権利取得裁決及び明渡裁決による当該土地等の使用開始前に完了しなければならないとしていること、C補償額は、使用の時期の価格によって算定しなければならないものとしていることからすると、その補償は憲法29条3 項の「正当な補償」として欠けるところはない。
(ウ)憲法31条に違反しないことについて
 第一審原告知花は、憲法31条は、@告知と聴聞の機会を与えられる権利、A財産権の制約・収用を求める者とその判断を行う者(機関)とが同一でないこと(中立性の保障)及び財産権の制約・収用を判断する者(機関)が公正であること(公正さの保障)、B事後の不服申立手続の存在、C法の不遡及原則をそれぞれ保障していると主張するが、次のとおり、第一審原告知花の主張はいずれも失当である。
 行政手続についても、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に憲法31条の保障の枠外にあると判断することは相当ではないが、憲法31条による保障が行政手続に及ぶと解すべき場合であっても、行政手続は、刑事手続とはその性質においておのずから差異がある上、行政目的に応じて多種多様であるから、保障されるべき手続の内容は、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものである。
 これを暫定使用権制度について検討するに、@制限される権利は、土地等の所有者がその使用を受忍しなければならなくなるという私益であること、A制限の程度も、暫定使用は、従前と同様の使用態様が継続されるだけであり、しかも使用期限も定まっている暫定的なものであること、B対象土地は、内閣総理大臣による使用認定によって、その必要性が客観的に認められたものであること、C暫定使用は、収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しなかったことによって生ずる日米安全保障条約上の義務の履行上の重大な支障を回避するという高度の公共性及び緊急の必要性を有すること、D適正な補償が確保されたもとで行われること、E暫定使用権が発生する要件は、その有無が外形的、客観的に明らかなものであり、しかも、これらは土地等の所有者側の事情にはかかわらないものであることなどの事情を総合考慮すれば、暫定使用に当たり、@事前の告知・弁解・防御の機会の保障やA中立的で公正な機関による裁定という制度を採らなくても、憲法31条に違反しないことは明らかである。
 さらに、事後の不服申立手続についてであるが、行政手続において適正手続の内容とされるのは、通常、告知・聴聞、文書閲覧、理由付記、処分基準の設定・公開であり、事後の不服申立手続はこれに含まれていない。また、暫定使用は、改正特措法15条の定める要件に該当する限り、行政処分の介在なく使用権が発生するものであるから、厳格な意味において、行政内部における事後の不服申立手続を観念する余地はない。さらに、改正特措法15条の定める暫定使用権発生要件を満たしていないというのであれば、暫定使用権は発生していないものとして、所有権に基づき当該土地等の明渡訴訟を提起することができるし、また、この要件の一つである改正特措法5条の規定による使用認定に取り消すべき瑕疵があるというのであれば、その取消訴訟を提起することにより暫定使用権の発生を争うことができるから、実質的には、事後の不服申立ての方法があり、いずれにしても原告らの主張には理由がない。
(エ)法の不遡及は、憲法31条の内容ではない。
 法の不遡及の問題は、法の効力の時的限界の問題として憲法39条の問題として取り上げるべきものであり、憲法31条が保障する適正手続の内容とはいえない。
 そして、憲法39条は、民事法規の遡及効を禁止したものではなく、原告らの主張はその前提を欠いている。また、改正特措法附則2項は、前記のとおり、改正特措法の施行前に使用認定及び裁決の申請等がされている場合についても、改正特措法15条の規定が適用されることを確認的に明らかにしたものであって、改正特措法の遡及適用を規定したものではなく、この点でも原告らの主張はその前提を欠いている。
(オ)憲法95条に違反しないことについて
 憲法95条にいう「特別法」とは、地方公共団体について一般的・原則的な制度を定めている既存の法律に対し、新たに特別的・例外的な制度を設ける法律であり、一の地方公共団体の組織、運営又は機能について他の地方公共団体と異なる定めをする法律をいうところ、改正特措法は、一の地方公共団体の組織、運営又は機能について他の地方公共団体と異なる定めをした法律ではなく、また、同法は、前記のとおり一般的・抽象的性格を有しており、沖縄県にのみ適用される特別法になっているものでもないから、憲法95条にいう特別法に該当しないことは明らかである。

ウ 争点3
(第一審原告知花の主張)
(ア)国家賠償法上の「違法」
i 立法行為といえども、明白な憲法解釈違反が存する場合には、国家賠償法上「違法」と評価される。そして、改正特措法15条及び同法附則2項には、次のとおり、明白な憲法解釈違反が存する。
ii 改正特措法は、土地所有権に対する重大な制限を課するものであることは、その規定上、一見して明らかであるにもかかわらず、@土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障せず、A収用委員会の判断を経ないで、起業者としての地位しか有しない防衛施設局長の判断(供託判断)で「暫定使用権」を付与するもので、かつB事後の不服申立も一切認めておらず、憲法29条1項、2項、31条に反することは明白である。
ii 改正特措法は、補償金の支払ではなく、担保の提供だけで所有権を制限するもので、この点が憲法29条3項の文言に一義的に違反することは、明白である。
iii 特に、改正特措法附則2項の規定は、過去の事実を対象(要件)として、過去に収用手続により保障されていた権利を剥奪するもので、立法の名において特定の者の権利を制限・剥奪するものであり、これが近代法の大原則、法の不遡及原則に違反することは明白である。また、同項は、土地所有者の権利を強制使用する際に、保障されていた権利(裁決により定められた使用期間満了時の土地返還請求権)を事後に剥奪するという点においても、事後立法により土地収用手続(ルール)を変更するものであり、近代民主主義の公正手続の精神及び憲法31条が保障する「適正手続の保障」に違反することが明白である。さらに、同項の規定内容は、憲法41条における国会の立法権の限界を超えることも明らかである。
(イ)国会議員の故意・過失
 国会議員は、憲法99条において「憲法を尊重し擁護する義務を負う」ものと規定され、立法に当たっては、当該立法が合憲か違憲かを審議、判断する高度な義務を課せられている。そして、この義務は、国会議員がその行動について、これを選出した国民に対して政治的責任を負うことによって免除されるものではない。
 しかるに、改正特措法は、その立法経過及びその内容からして、立法によって権利制限を受ける第一審原告知花及び第2事件原告らの意見ないし利益は全く考慮していないことが明らかであり、沖縄におけるこれまでの土地強制使用の歴史を考慮すると、当該立法行為の恣意的政治性、違憲性は明白であって、今回の改正特措法は、「立法」に名を借りた暴挙法であり、わが国の憲法秩序の下では到底許されないものである。したがって、これを立法した国会議員には、この違憲立法による第一審原告知花の権利侵害につき故意があり、少なくとも過失がある。

(第一審被告の主張)
 改正特措法15条及び同法附則2項は、憲法に適合している上、国家賠償法上、立法行為が違法とされるためには、憲法の規定上あるいは解釈上、憲法に反することが一義的明白であることが必要であるところ、上記各規定が第一審原告知花が挙げる憲法諸規定に一義的明白に違反しているとは認められない。

エ 争点4
(第一審原告知花の主張)
 第一審被告は、本件第1土地について従前の賃貸借契約期間が満了し、何ら占有権原を有しない状態となっていた平成8年4月1日午後、本件第1土地の所有者である第一審原告知花が同土地に立ち入ろうとしたのに対し、多数の施設職員及び機動隊員を配置してこれを妨害した。第一審被告の上記立入妨害行為は、第一審原告知花の正当な権利行使を違法に妨害して、その人格権を侵害したものであって、第一審原告知花に対する不法行為(民法709条又は国家賠償法1条1項)を構成する。

(第一審被告の主張)
 第一審被告職員(防衛施設庁の職員)は、日米地位協定による米軍の管理権に基づくとして、第一審原告知花の立入りを拒否したのであるから、この立入り禁止行為が「公権力の行使」に該当する行為であることは明らかであり、民法709条の適用を前提とする主張は失当である。
 また、第一審原告知花が本件第1土地の所有者であり、第一審被告が同土地について使用権原を取得できない状態になったとしても、自力救済禁止の原則からは、第一審原告知花は、同土地を直接管理している駐留軍の第一審原告知花の立入りを承諾しないという意向に反して強制的に立ち入ることまでは法的に保護されていない上、同土地は通信施設である楚辺通信所の機能面における極めて重要な場所に位置しており、前記のとおり、第一審被告はこれを駐留軍に使用させる条約上の義務を負っていたという事情からは、第一審原告知花の立入りを拒否した第一審被告職員の行為を国家賠償法上「違法」であるとすることはできない。

特措法違憲訴訟 控訴審 判決(3)