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第118号(2000年11月28日発行)

【連載】

 やんばる便り 8
            
浦島悦子(ヘリ基地いらない二見以北十区の会)

 今年は、ほんとうに天候がおかしい。季節はずれの熱帯低気圧が、大雨と、その被害をもたらして去ったと思ったのも束の間、四〜五日後には、再び局地的な集中豪雨で、わが東海岸には警戒を呼び掛けるサイレンが鳴り響いた。とりわけ、私の住む安部(あぶ)から嘉陽(かよう)、天仁屋(てにや)にかけての被害が最もひどく、土砂崩れや冠水のため道路は寸断され、床上・床下浸水も相次いだ。

 安部は、集落背後の山がゴルフ場になってしまっている。雨水を留める木のない山から、真っ赤な水が怒濤のように押し寄せ、小さな川があっという間にあふれる様は、実に恐ろしかった。私はなす術(すべ)もなく、それを眺めながら、一刻も早く雨が止むことを祈るだけだった。

 幸いわが家は危うく浸水を免れ、雨漏り程度ですんだが、大量に海に流された赤土が気にかかる。ここには人間だけが住んでいるわけではない。岸辺近くの海底の砂地に生える海草だけを食べて生きるジュゴンたちは、赤土まみれの海草の前で右往左往していないだろうか……。

 そこで今回は、陸地に住む人間ではなく、ここの海に住むジュゴンのジュンおばぁとゴンおじぃに登場してもらうことにした。かつては奄美から八重山まで、琉球列島周辺一帯に広く生息していた彼らは、今や、日本の海域ではここ、沖縄島北部の東海岸だけに生息地を狭められてしまっているのだ。

ジュン
    すごい大雨だったけど大丈夫ねぇ。

ゴン
   雨はどうってことないけど、この赤土には参るね。人間たちも少しは考え始めたようだけど、まだまだだね。このままでは、ワッター(私たち)ますます生きにくくなるさぁ。

ジュン
    ついこの間も宜野座(ぎのざ)村沖で、ワッター仲間が一頭、定置網に絡まって死体で引き上げられたというでしょう。若い雌だったって。これからいい相手と巡り会って、子どももたくさん産んでくれるはずだったのに、かわいそうで、くやしくて……。

ゴン
    しかし、仲間がこれだけ少なくなると、出会うのも簡単じゃないさぁ。ワン(私)は運良くおばぁと巡り会えて幸せだったなぁ……。

ジュン
   まぁまぁニフェーデービル(ありがとう)。人間の学者によると、ここに住むワッター仲間は、多くても数十頭、中には十数頭しかいないんじゃないかと心配してくれる人もいるらしいよ。それが今年だけで、もう三頭も死んでいるんだから、恐ろしいねぇ。

ゴン
   ワッターはもう老い先短いけど、子どもたちが心配だね。ところで最近、海の上を頻繁にヘリコプターが飛んでいるけど、あれは何だろう? 軍用ヘリとは違うようだし。

ジュン
   その話なら、この物知りおばぁに任せてよ。防衛施設庁が一〇月三〇日からジュゴンの調査を始めたって知ってる?。

ゴン
    初めて聞いたよ。で、何のための調査なの? ワッターを守ってくれるっていうのかい?。

ジュン
    問題はそこよ。防衛施設庁と言えば、この海に基地を造ろうとしている所さぁね。その調査がワッターを守るためだと思う?。

ゴン
    まず考えられないね。基地を造るために決まっているさ。

ジュン
    基地建設のために、日本政府・沖縄県・関係市町村が話し合う『代替施設協議会』の第二回会合が、一〇月三日に開かれたんだけど、その席上で岸本・名護市長が『基本計画策定前のジュゴン調査』を要望したのに応えたものだと、防衛施設庁は言っている。

ゴン
    一〇月三日と言えば、その翌日からヨルダンのアンマンでIUCN(国際自然保護連合)の総会が開かれ、一〇日には、ジュゴンの保全勧告決議が採択されたんだよね。

ジュン
    あら、よく知ってるわね。物知りのお株を奪われちゃったかなぁ。

ゴン
   ウォッホン、いい話はすぐワンの耳に入るのさ。なにしろワッター沖縄のジュゴンが、世界中の注目を集めたんだからね。IUCN決議の後の調査だから、ワンはてっきり、あの勧告を受けた、保全のための調査だと勘違いしてしまったよ。

ジュン
   みんなにそう勘違いさせるのが、日本政府の狙いじゃないかな。自然保護に消極的な日本は、国際的にも批判を受けているから、国際舞台で体面を取り繕おうと、IUCNの本会議で外務省は、この防衛施設庁の調査のことを、『アセスメント』を行なうことを決めた、と言っている。

ゴン
    アセスなんとかって何だい?。

ジュン
    環境影響評価のこと。ここにこんなものを造れば、環境にどんな影響を与えるかを調べるための調査よ。

ゴン
    どんな影響も何も、基地を造れば海は駄目になるし、ワッターも生きられなくなるのは、調べなくてもわかるさ。

ジュン
    防衛施設庁は、国内での記者発表では、これは『代替施設協議会の協議に資するため』の予備的調査であり、『工事着手前の環境アセスメントとは別』だと、はっきり言っているのよ。

ゴン
   外向けと内向けの顔が違うわけだね。日本政府らしいさ。

ジュン
   もっと日本政府らしいのは、これまで沖縄をはじめ全国のNGOや沖縄選出の国会議員が、ジュゴンの保全のための政府による調査をいくら要請しても、環境庁も文化庁も水産庁も、予算がないとか、『調査手法の設定が困難』だとか、まだ基地建設の場所も工法も決まっていないとか、逃げの一手だったのが、国際的に取り上げられそうになると、すぐに態度を変えたことよ。

ゴン
   どうせ態度を変えるなら、防衛施設庁ではなくて、環境庁か、ワッターを天然記念物に指定した責任のある文化庁が調査するべきだよね。

ジュン
   ほんとうに保全する気があるなら、そうするはずだけど、環境庁には予算がないんだってさ。

ゴン
    でも、調査にはお金がかかるはずよ。

ジュン
    今やっている予備調査の費用は、いくらだと思う?。

ゴン
    さあねぇ。人間界の価値観はよくわからんさ。

ジュン
    民間の調査コンサルタント会社に委託して、小型飛行機とヘリコプターでの航空調査が約四七〇〇万円、藻場(食草)の潜水調査が約三二〇〇万円、合計八〇〇〇万円近くも使うんだってさ。

ゴン
    ヒエーッ。じゃあ、いま上を飛んでいるあのヘリも、それなんだ。それにしても、予算がないと言っていたのに、そのお金はどこから出てくるんだろう。

ジュン
    いいところに気がついたわね。出所はSACO関連予算ですって。

ゴン
    それって、基地反対を封じ込めるために、このあたりでもやたらと、まだ使える公民館を壊して新築したりするのに使われているお金のことかい?。

ジュン
    ヤサ(そうよ)。つまり、基地を造るためなら、ないはずのお金も簡単に出てくるってこと。

ゴン
    人間のことはよくわからんけど、みんなよく怒らないね。自分たちの税金が使われるんだろう?。

ジュン
    沖縄のNGOの人たちは怒っているはずよ。

ゴン
    さっきからNGOという耳慣れない言葉を使っているけど、ウレーヌーヤガ(それは何だい)?。

ジュン
    非政府組織のこと。沖縄には、ワッターとワッターの生息環境を守ろうと、ジュゴンネットワーク沖縄とジュゴン保護基金委員会という二つのNGOが活動しているのよ。

ゴン
    その人たちがIUCN総会にも行って頑張ってきたんだね。

ジュン
    なんだ、知ってるんじゃない。だけどその人たちや、これまでジュゴンを研究してきた学者たちは、今度の調査には入れてもらえないんだって。それに調査期間もたったの三カ月。しかも海の荒れる冬場よ。

ゴン
    ずいぶんおかしな話だね。そんな調査でワッターのことがわかるとでも思っているのかねぇ。

ジュン
   だから言ったでしょ。守るためじゃなくて、基地を造るための調査だって。

ゴン
    情けないねぇ。地球上でジュゴンの生息域を持つ国のすべてが、保護区を設けているというのに、日本だけが、保護区どころか、率先してワッターを滅ぼそうとしているんだものね。

ジュン
    八万五〇〇〇頭以上のジュゴンが生息し、世界で最もジュゴン保護の進んでいるオーストラリアはもちろん、フィリピン、サウジアラビア、タイ、ベトナム、スリランカ、中国、どこでもみーんな保護されているのよ。

ゴン
    うらやましいねぇ。引っ越せたらいいんだが、そうもいかないしね。

ジュン
    ジュゴン保護基金委員会が、去年から一年かけてコツコツ集めた調査のための基金が、七〇〇万円近くになったので、独自調査の計画を練っているそうよ。防衛施設庁予算の一〇分の一にもならないけど、みんなの心のこもったお金だから、大切に使って、きちんとした調査をやるんだと言っている。

ゴン
    それに期待したいね。

ジュン
    でも、如何せん、ヘリを飛ばすだけのお金はない、と残念がっていたわ。あの八〇〇〇万円を自分たちに使わせてくれれば、完璧な調査ができるのにって。

ゴン
    ほんとだよなぁ。ところで、おばぁ、そろそろお腹もすいてきた。いっしょにお食事といこうか。

ジュン
    あぃあぃ、そうしようかねぇ。

 仲良く連れ立って藻場へ向かうジュンおばぁとゴンおじぃ。私たち人間よりずーっと昔から、ここに住んでいた偉大なる先住者。海に帰った象。と言われ、あの大きな体で草しか食べない平和な動物。ジュゴンの言葉がわかるなら、きっと私たちがこれからも地球の上で生き延びていくための大切な智恵を、語ってくれているはず。滅ぼしてはならない。それは、ほかならぬ私たち自身のためだから。