軍用地を生活と生産の場に!
 
沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック
http://www.jca.apc.org/HHK
東京都千代田区三崎町2-2-13-502
電話:090- 3910-4140
FAX:03-3386-2362
郵便振替:00150-8-120796

『一坪反戦通信』 毎月1回 28日発行 一部200円 定期購読料 年2,000円

第118号(2000年11月28日発行)
   
 こえ・声・こえ
            各地から

かくて悲しき一坪地主

 土地を所有することが武器になる。所有権を盾にして闘うことができる。砂川もそうだった、三里塚も、日の出処分場もそうだ。

 沖縄反戦地主は、戦後の数十年を、これという援護もなく、闘い続けた。沖縄一坪反戦地主運動は、そうした闘いの延長に構想され、全国に多くの地主を生んだ。だが、防衛施設庁から、季節の挨拶のように、二百数十円の供託の知らせが郵送されてくると、何とも虚しい気分にさせられる。私は自分の土地を見たことがない。自分の所有するハンカチほど(?)の広さの土地に、花の種を蒔いたことがない。

 沖縄では、土地から人々が切り離され、軍隊の占領が五〇年以上続いている。その土地に記憶を持つ人々の多くが他界し、子孫の多くは、余儀なくその土地に依らずに生計を立ててきた。人は自分の家や畑のある土地との関わりを、より深く意識するものだ。生活拠点としての意味を失った土地を所有するとは、どんな意識を生み出すのだろうか。少なくとも、一坪地主の一人としての私の意識は、荒涼たるものである。闘いの一つの方便でしかない。

 砂川に国有地が散在している。砂川闘争以降、国は買収地を放置し、周辺の人々が運動場や畑を作って自主的に利用してきた。私たちもその一角に畑を持っている。一〇年前、国がこれらの人々を追い出そうとしてからは、より意識的に木を植えたり、草取りをして関わりを深めてきた。私たちにこの土地の所有権はない。だが「今年は雨が少なくて困ったものだ。三回も種を蒔いた」「そろそろ大根の間引きをして、土寄せをしよう」「咲き始めた小菊を墓参りに持っていこう」・・・などなど、虚しい気分になることもなく、この土地に愛着を育んでいる。砂川は、このような地域を生み出したのである。

 いつか自分の一坪所有地に行ってみたい。そこの土くれを握ってみたい。耕してみたい。でないと、この虚しさが続くばかりだ。 
 (立川自衛隊監視テント村 加藤克子)

立川自衛隊監視テント村ホームページ
http://www4.ocn.ne.jp/~tentmura/