英仏の帰りに韓国で


◆ チェアムリ教会にて ◆




教会の裏手に、少し小高い丘がありました。
ここは遺骨が安置された墓地です。
チェアムリ教会のこと、日本人として
決して忘れてはいけないですね。






1999年八甲田伝道所にてキムチ講習会
左端が、松村先生。

<チェアムリのこと>

その教会の名を初めて聞いた時のことをよく覚えている。
何年前だったか場所がどこだったのかは定かではないが、

弘前南教会の松村先生の話だった。彼はいわゆる「在日」である。
そんな彼から「チェアムリ教会」の話を聞き、ひどく衝撃を受けた。
あまりのひどさに、耳を疑った。まだ訪れたことのない韓国や
チェアムリにしばし思いを馳せていた・・。

まさかこの度実際に訪れることになるとは、予想だにしなかった。
初めての韓国訪問で、沖縄と酷似した歴史を持つチェジュドを訪れ
(そう言えば松村先生は、チェジュの出身だったかもしれない!)
そしてチェアムリ。 思ったよりもとてものどかな農村で
こんな静かな場所で、あの惨劇が繰り広げられたのだろうか?

事件後は、あまりの悲惨さに小さな村では
教会につながらない人がほとんどだったと言う。
いわゆる「村社会」では、或る意味しょうがない事実かもしれない。

「なぜこのような悲惨な目に・・」と思わず神を疑い呪いたくなるような
出来事に遭遇することがある。私の小さな歩みでは、まだそこまでの
追い詰められた経験はないと思うが、実際に肉親や
自分以上に愛する者との離別・また自己や思想のようなものを
剥奪される時、私たちはどのようにして生きてゆくのだろうか。

本当に悲惨な時は、きっと何も言葉は出ないかもしれない。
「大丈夫ですよ」なんて気休めも言えない。
ただ目を見開いて、事実を受け入れるのだ。
それがどんなに辛いことであったとしても・・。

神さま、どうか私たち日本人の先祖が行った大きな過ちを
自分たちの過ちとして受け入れる勇気をお与えください。
そして今後2度と起こさないように、私たちに知恵をお与えください。
世界の各地で追い詰められている人々を特に覚えます。
アーメン。




ちょうどお昼だったので、牧師が近くの食堂へ連れて行ってくれました。
確か教会のメンバーが経営するお店で、店内には
自然にイエスの絵画など飾ってありました。
韓国では何を食べても美味しかったのですが、
こちらは牧師お薦めの炊き込み御飯(?)。
具沢山で、本当に絶品でした。
牧師が「これは人気が高いので、予約しないと食べれないんだよ」
と茶目っ気たっぷりに言っていたのが印象的でした。( ^ー^)

牧師は「平和教育」の目的で、日本に何度もいらしているそうです。




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