シモーナ・トレッタを誘拐したのは誰か?

この誘拐には、警察の秘密活動の痕がある
ナオミ・クライン&ジェレミー・スカヒル
ZNet原文


ファルージャを中心にイラク情報を紹介しているFallujah, April 2004 - the bookに掲載したものですが、そちらのアクセスが重いので、こちらにも転載します。


2003年3月「衝撃と畏怖」空襲のさなかに、シモーナ・トレッタがバグダードに戻ったとき、イラク人の友人たちは、彼女のことを狂っていると言った。「彼らは私を見て、本当に驚いて、こう言った。『どうしてここに来たの?イタリアに帰った方がいい。正気?』」

けれども、トレッタは帰らなかった。彼女は侵略のあいだを通してイラクに留まり、1996年、経済制裁に反対するNGO「バグダードへの橋」とともに最初にイラクを訪問したときから始めた人道的活動を続けた。バグダードが陥落したときも、トレッタは留まることを選んだ。今度は、占領下で苦しむイラクの人々に医薬品と水を提供するために。レジスタンスの戦士たちが外国人を標的とし始め、ほとんどの外国人ジャーナリストと援助活動家がイラクを離れたあとも、トレッタはイラクに戻った。「イタリアに留まるわけにはいかない」。29歳の彼女は、あるドキュメンタリー・フィルムの制作者に、こう語っている。

今日、トレッタは命の危機にさらされている。イタリア人援助活動家の同僚シモーナ・パリ、そしてイラク人の同僚ラード・アリ・アブドゥル・アジズとマフヌーズ・バッサムとともに。8日前、この4人はバグダードの自宅/事務所から銃口を突きつけられて拉致され、それ以来行方がわからなくなっている。拉致を行なった者たちと直接の連絡がないため、政治的な議論がこの出来事をめぐってわき起こっている。戦争提唱者たちは、平和主義者たちをナイーブで軽率にレジスタンスを支持すると非難した。レジスタンスは国際連帯に誘拐と斬首で応えていると。一方、イスラム指導者たちのますます多くが、「バグダードへの橋」に対する襲撃はムジャヒディーンによるものではなく、レジスタンスの信頼を失わせるべく外国の諜報機関が行なったものではないかと示唆し始めている。

今回の誘拐は、これまでの誘拐のパターンと全く違っている。ほとんどの拘束は、危険の潜む路上で日和見的な襲撃としてなされたものだった。けれども、トレッタと彼女の同僚たちは、自宅から冷血に狩り出されている。そして、イラクのムジャヒディーンは注意深く身元を隠し、必ずスカーフで顔を隠すが、これらの誘拐者たちは顔を出しており、きれいに髭を剃っていて、中にはビジネス・スーツを着た者たちもいた。誘拐者の一人は、他の誘拐者たちから「サー」と呼ばれていた。

誘拐の犠牲者は、大多数が男性だったが、今回の4人のうち3人が女性である。目撃者たちによると、ガンマンたちは建物にいたスタッフに、シモーナたちの名前を特定するまで尋問を行い、さらに、イラク人女性マフヌーズ・バッサムの頭のスカーフを持って彼女が叫んでいるにもかかわらず彼女を引きずりだした。イスラムの名のもとでやっているはずの襲撃としてはショッキングな宗教的侵犯である。

最も異例なのは、作戦の規模である。3人か4人の戦士が行う通常のものとは異なり、武装した男たち20人が昼の日中に、自分たちが逮捕されることなどおかまいないかのように、家に侵入したのである。重警備のグリーン・ゾーンからたった数ブロックしか離れていない場所で、誘拐作戦は、イラク警察にも米軍にも介入を受けずに完遂された----ニューズウィーク誌は、「約15分後に、米軍のハムヴィー車列が1ブロックと離れていないところを通りかかった」と報じているのだが。

さらに武器の問題がある。襲撃者たちは、AK−47だけでなく、ショットガン、サイレンサー付ピストル、スタンガンで武装していた----ムジャヒディーン標準のさび付いたカラシニコフとは大違いである。何よりも奇妙なのは、次のような細部である:目撃者たちは、襲撃者の何人かがイラク国家警備隊の制服を着ており、自ら暫定首相アヤド・アラウィのもとで働いていると述べたのである。

イラク政府の報道官は、アラウィのオフィスが関与していることはないと述べた。けれども、内務省報道官サバー・カディムは、誘拐者たちが「軍の制服とジャケットを着ていた」ことを認めた。この誘拐はレジスタンスによるものあのだろうか、それとも警察の秘密作戦によるものなのだろうか? あるいは、もっと悪い、サダムのムハラバラト失踪----体制の敵が誘拐され、その後二度と行方がわからなくなるという----の再現なのだろうか? これだけよく計画された作戦を実行できるのは誰だろうか? そして「バグダードへの橋」という反戦NGOを襲撃することで利益を得るのは誰だろうか?

月曜日(13日)、イタリアの新聞はこれに対するあり得る答えを報じ始めた。イラクの中心的なスンニ派聖職者組織のアブドゥル・サラム・アル−クバイシ師が、バグダードの記者たちに、誘拐の前日、彼はトレッタとパリの訪問を受けたと語ったのである。「彼女たちは怯えていた」と師は語った。「誰かが彼女たちを脅迫したと私に言った」と。脅迫の背後にいるのは誰かと聞かれたアル−クバイシ師は次のように答えた:「外国の諜報関係ではないかと思う」と。

レジスタンスによる不人気な攻撃をCIAやモサドのせいだとするのは、バグダードの雑談ではあることだが、クバイシ師の口から出た言葉は、非常に重い。彼は様々なレジスタンス・グループと関係を持っており、何人かの捕虜釈放を仲介した人物である。クバイシ師の言葉はアラブそしてイタリアのメディアでは広く報じられたが、英語圏のメディアでは報じられなかった。

西側の記者たちは、陰謀説を主張するとレッテルを貼られることを恐れて、スパイについて語ることを忌み嫌うが、イラクでは、スパイと秘密作戦は陰謀などでは全くない。日常の現実なのである。CIA副長官ジェームズ・L・パヴィットによれば、「バグダードはベトナム戦争以来最大のCIA局を擁して」おり、現地に500人から600人のエージェントがいる。アラウィ自身、MI6、CIAそしてムハバラトで働いてきた生ける秘密工作員であり、体制の敵を除去する専門家である。

「バグダードへの橋」は、占領体制に反対する立場を譲歩しなかった。4月のファルージャ包囲の際には、危険な人道支援使節の調整も行なった。米軍はファルージャへの道を封鎖し、報道を禁止し、4人のブラックウォーター社傭兵殺害に対してファルージャ全体に罰を与える準備をしていた。8月、米軍海兵隊がナジャフを包囲攻撃した際、「バグダードへの橋」は再び、占領軍が目撃者を入れたがらないナジャフの地に入った。そして、4人が誘拐される前日、トレッタとパリはクバイシ師に、自分たちはもう一度、高い危険を伴うファルージャでのミッションを計画している、と語っているのである。

4人が拉致されてから8日間のあいだに、地理的・宗教的・文化的境界を越えて、彼女たちの釈放を求める誓願が起きている。パレスチナのグループ、イスラミック・ジハード、ヒズボラー、イスラム学者国際協会、そしてイラクのレジスタンス・グループのいくつかが、声を揃えて誘拐に対する怒りを表明した。ファルージャのレジスタンス・グループは、この誘拐には「外国の部隊の協力」が見え隠れしていると発表した。けれども、不在において顕著な声もある:ホワイトハウスとアヤド・アラウィ「首相」。どちらも、一言もこの誘拐について述べていない。

はっきりわかっていることがある。この人質事件が流血沙汰で終わるならば、ワシントンとローマ、そしてイラクにいるその手先たちは、すぐさまその悲劇を口実に、野蛮な占領を正当化しようとするだろうこと----シモーナ・トレッタ、シモーナ・パリ、ラード・アリ・アブドゥル・アジズ、マフヌーズ・バッサムが命の危険を犯して反対している占領を。そして、私たちは、それがそもそもの計画だったのだろうか、との思いを抱き続けるだろう。

ジェレミー・スカヒルは米国の独立系ラジオ/TV「デモクラシー・ナウ」の記者。ナオミ・クラインは『ブランドなんかいらない』『貧困と不正を生む資本主義を潰せ』(いずれもはまの出版)の著者。

関連情報
http://peaceonyatch.way-nifty.com/peace_on_iraq/2004/09/ngo_1.html
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-f57037754b4bfc3acaa230b2674dbf31.html

解放を求める署名
http://www.petitionspot.com/petitions/freeourfriends
シバレイさんのブログにある日本語版


9月12日に起きたバグダードのハイファ・ストリート空襲について、
http://teanotwar.blogtribe.org/category-08c8a808d4db664e749cec1052bec06c.html
にまとまった記事が掲載されています。是非ご覧下さい。全くつながらないこともあって、不愉快極まりないサーバですが、どうかご辛抱を。

また、16日夜から米軍が再びファルージャを空襲。死者が60人に達するという虐殺となっています。日本の報道の多くは、米軍発表を鵜呑みにし「武装勢力の拠点を攻撃」などとしていますが、こうした言葉遣いとこれを受け入れることの犯罪性については、『ファルージャ2004年4月』を共編訳したいけだよしこさんが日本語で紹介してくれている、ラフール・マハジャンの次のような言葉が明確に表しています:
ここ3ヶ月半くらいのあいだにこれ[空襲による無差別殺戮]はひとつの定型になってきた。「ザルカウィの隠れ家と疑われる建物」への空爆が数限りなく行われている。少しさかのぼって調べてみよう,6月19日に20人死亡,7月5日に5〜15人死亡,7月31日に13人死亡(ここで米軍は,彼らは「衝突」で死んだと言っているが,イラク人の病院関係者は,死者は米国の空襲で殺された民間人だと言っている),9月9日にはファルージャとタルアファルで43人が死亡【←マハジャン記事のリンクが切れていますが,当ウェブログのこの記事やこの記事をご参考に】,9月13日には20人が死んでいる。(見落としているものがあるでしょうか?)

タルアファルを含め,この方法で殺されただけで100人を超えている。殺された人々についてたったひとつはっきりとわかっているのは,この中には何の罪もない一般市民が含まれていたということだ――中には子どもすらいる。

この占領は不法なものであるが,百歩譲って占領が合法的なものであるとしても,これらの方法については議論の余地などまったくない。住民の治安を維持する権利があるのなら,治安を維持する。情報屋が,「タウヒードとジハード」(ザルカウィの組織)のメンバーがどこそこにいるという情報を持ってきたら,警察らしく振舞う――情報の裏を取り,その家を包囲し,ドアをノックし,身柄を拘束する。そうすべきである。この組織がいかなるものであれ,本物の軍隊になれるほどの軍事的能力は持ち合わせていない。したがって,このような作戦が実行不可能であるという理由はどこにもない。

こうする代わりに,米国は空から一般市民が居住するエリアに爆弾を投下する。そしてたまたまそこにいた人は誰でも殺してしまう,一見アトランダムに。こんなものは警察の作戦ではない。合法的なものでもない――ただの国家テロだ。
米軍の支援を受けたブラジル軍事政権下で拷問を受けた経験を有するフレッド・モリス牧師は、次のように述べています。
拷問は、「内政問題だ」とか一過的なものだとしてそれを無視しようとする人々も、非人間化する。そのような無関心は人間の共感や思いやりの泉を枯渇させ、人類家族の全員に関する世界コミュニティとの社会契約を破ることになる。文明と自由は、無関心な態度をあたりまえとする人々により育まれたのではないし、そうした人々によって維持されることもない。
国家テロや国家暴力についても、拷問と同じことが言えます。

最後に、昔、「イスラエルの兵役拒否者から米国の兵役拒否者への手紙」を紹介したことにかかわり、手紙の著者でイスラエルの兵役拒否者マータン・カミネールさんのフォローアップ。マータン・カミネールさんを含む兵役拒否者5人が釈放されたそうです。ただし、嫌がらせ的状況は維持しているらしい。
益岡賢 2004年9月18日

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