イラク侵略のコスト

フィリス・ベニス/IPSイラクタスクフォース
2004年6月24日
OccupationWatch


政策研究所とフォーリン・ポリシー・イン・フォーカスがまとめた報告書から、OccupationWatchが要約したもの。元記事では、米国へのコスト、イラクへのコスト、世界へのコストとありますが、分量の関係で、イラクと世界へのコストの要約だけを紹介します。


イラクへのコスト

A.人的犠牲

イラク人の死者と怪我人:2004年6月16日の時点で、9436人から1万1317人のイラク人民間人が、米国による侵略とその後の占領の結果として殺され、推定約4万人が負傷した。「大規模戦闘」作戦の帰還に殺されたイラク人兵士とレジスタンスは4895人から6370人。

劣化ウランの影響:イラクにおける劣化ウラン兵器の使用が健康に与えた影響の全貌はわかっていない。ペンタゴンは、2003年3月の爆撃作戦の際、米英軍が1100トンから2200トンの有毒/放射性物質で作られた兵器を使用したと推定している。多くの科学者が湾岸戦争の際使われた遙かに少量の劣化ウラン兵器が米軍兵士の病気を引き起こしたとしており、また、イラク南部のバスラで出生児障害が7倍に増えたことも劣化ウラン兵器によるものとしている。

B.安全のコスト

犯罪の増加:2003年3月以来、殺害、強姦、誘拐が激増しており、イラクの子供たちは学校にいかずに自宅に留まり、女性たちは夜外出できない状態となっている。暴力による死は、2002年に一カ月平均14人だったのが、2003年には一カ月平均357人に増大している。

心理的影響:最も基本的な安全が確保されないままに占領下の生活を送ることにより、イラクの人々は深刻なダメージを受けている。米国CPA(暫定統治当局)が2004年5月に行なった世論調査によると、イラクの人々の80パーセントが、米国文民当局にも連合軍にも「全く信頼を置いていない」と答えており、55パーセントが、米軍をはじめとする外国部隊がただちに撤退すればより安全になると感じている。

少なくとも、ファルージャで1000人もの民間人が米軍に殺されることはなかったでしょうし、アブグレイブで多くの民間人が米軍に拷問を受けることもなかったでしょう。

C.経済的コスト

失業:侵略戦争前のイラク人失業率30%は、2003年夏には、2倍の60%となった。ブッシュ政権は、今、失業率は低下したと述べたが、イラクの労働人口700万人のうち、「再建」プロジェクトに参加しているのはたったの1パーセントに過ぎない。

戦争企業の利益:イラク「再建」契約のほとんどは、経験を積んだイラクの企業にではなく、米国企業に与えられている[たとえば『バグダッド・バーニング』では、イラク人が30万ドルと見積もったある橋の再建を、米国企業が5000万ドルと見積もって受注したことが書かれている]。トップ契約企業ハリバートンは、兵士に提供されなかった食事費用1億6000万ドルを請求したこと、燃料配給費用の6100万ドル超過費用をめぐって調査を受けている。ハリバートンはまた、下請け企業から600万ドルのキックバックを受け取っており、ほかの例では、85000ドル相当のトラックをパンクによって遺棄したことなどといった大規模な無駄を行なっていることが報じられている。

イラクの戦争経済:反占領の攻撃によりイラクの石油資産の活用が出来ない状態にある。これまでにイラクの石油インフラに対する攻撃は130回行われたと推定されており、2003年には、イラクの石油生産は、2002年の1日204万バレルから1日133万バレルへと減少した。

保健医療インフラ:保健医療インフラをずたずたにすることとなった10年以上にわたる経済制裁のあとで、戦争と侵略後の略奪により保健医療設備はさらなる打撃を受けた。イラクの病院は物資供給の欠如と膨大な数の患者という事態に直面している。

『ファルージャ2004年4月』には、病院では医薬品が経済制裁を受けていたサダム時代よりも不足しているというイラク人の言葉が紹介されています。また、ファルージャでは、米軍は、一番大きな病院を爆撃して破壊し、2番目に大きな病院を取り囲んで、患者が入れない/出られないようにしていたため、小さな診療所で米軍に狙撃されたりクラスター爆弾の被害を受けた人々の治療が行われていたことが、現地入りした人道活動家の目線から、ファルージャの人々の言葉も交えて報告されています。

教育:UNICEFは、紛争で200以上の学校が破壊され、サダム・フセイン政権崩壊後の混沌の中で数千の学校が略奪を受けたと報じている。安全に心配があることを主な理由として、2004年4月の学校出席率は、侵略戦争前を遙かに下回っている。

『イラク解放』などと銘打った特集を組んだ週刊ニュース(?)誌が日本にありました。運転免許を女性が取ることのできないサウジアラビア(米国の仲良し)は言うまでもなく、大多数の中東諸国と比べて遙かに女性の社会進出が進んでいたイラクで(主要な社会進出率のいくつかについては、イラクでは日本よりも進んでいました)、現在では、女性への大きな抑圧が進んでいます。ファルージャでの虐殺やアブグレイブでの拷問を別にしたとしても、これが「解放」? 現状に併せて憲法の男女同権規定を改ためるという声が聞かれる日本政府の回りでは、これを「解放」と言うのでしょうか。

環境:米軍主導の攻撃は水道と下水私設を破壊し、イラクの微妙で脆弱な砂漠の生態系を破壊した。また攻撃が引き起こした油田の火事は煙を国中に広げ、さらに不発爆発物を後に残したため、これからイラクの人々と環境がそれにより危険に晒されることになる。地雷と不発弾による犠牲者は1カ月に20人と推定されている。

人権コスト:サダム・フセインが追放されたあとは、イラク人は、それにかわって占領軍からの人権侵害を受けている。拘留された人々が侮辱と虐待、拷問をうけたことは広く伝えられたが、それに加えて米軍は、「尋問技術」により34名の被拘留者が死亡した事件を調査している。

主権コスト:イラクへの「主権委譲」が叫ばれてはいるが、イラクは米軍・連合軍による占領を受け続け、政治的・経済的独立は極めて限定されている。暫定政権は、CPAの代表ポール・ブレマーが発布した100近い命令を覆す権限を持っていない。その中には、イラク国有企業の「私営化」を認める命令や、再建において国内企業を優先することを禁ずる命令が含まれている。

世界へのコスト

人的犠牲:イラクの軍兵士と契約企業社員の大部分は米国人であるが、米国に同盟する「連合軍」兵士の名かからも116人の戦争犠牲者が出ている。さらに、イラクにのみフォーカスをあてることで、国際的な資源と注目を、スーダンにおけるような人道危機からそらす結果となっている。

国際法:米国が一方的にイラク侵略を決定したことは、国連憲章に違反している。これはまた、他の国々も「脅威」---現実のものであれ作られたものであれ---に対して「先制」しなくてはならないと主張して軍事的行動をおこす機会を狙うことの危険な前例となっている。米軍はまた、ジュネーブ条約にも違反している。これにより、将来、他の国々も、文民や被拘束者の処遇に対して与えられていたジュネーブ条約での保護規定を無視する可能性が高まっている。

国連:ブッシュ政権は、ことあるごとに国連の妥当性と信頼性とを攻撃し、将来において国連が世界規模での軍縮と紛争解決の中心として振舞うための力を削いできた。ブッシュ政権がこのところ、選挙で選ばれたのではなく占領軍が据えた「イラク政府」を国連に認めさせようとしていることは、国連憲章の基盤にある国家主権という概念自体を弱体化させるものである。

「連合」国:国連安保理でイラク侵略に反対された米国政府は、他国政府を「有志連合」に参加するよう強制することにより、イラク侵略に国際的な支持があるという幻想を作り出そうとした。これは国連の権威を傷つけるだけでなく、多くの「連合」国の民主主義を傷つけるものとなった。これらの「連合」国内では、国によっては侵略に反対する人々は90パーセントを占めているところもあるのである。

世界経済:米国政府がイラク侵略と不法占領に費やした1511億ドルがあれば、世界の飢餓を半減することが可能であったし、発展途上世界における2年以上分のHIV/AIDS薬、子供の予防注射、飲み水と衛生ニーズをカバーすることが可能であった。石油価格の上昇という要因に関しては、戦争は1970年代の「スタグフレーション」に経済を引き戻すのではとの心配を引き起こした。既に世界の主要航空会社は、1カ月に10億ドルの費用増大を予期している。

世界の安全:米国主導の戦争と占領により国際テロリズム組織が活性化され、イラクだけでなく世界中で人々が攻撃される危険が高まった。米国国務省の国際テロリズムに関する年次報告書は2003年、米国が統計を取り始めて以来「重大」なテロ関係事件の数が最高であったことを示している[米国自身が行なっている国家テロリズムを含めるとその数はさらに膨大なものとなるでしょう]。

世界環境:米軍が発射した劣化ウラン兵器は、イラクの土壌と水を汚染し続け、他国へも流れ出すことは避けられない。たとえばひどく汚染されたチグリス河は、イラクとイラン、クウェートを流れている。

人権:ホワイトハウスに対して拷問は合法であると述べた司法省のメモは、拷問禁止条約(米国はこの条約に署名している)にあからさまに違反している。米軍諜報職員によるイラク人被拘留者への、広く知られた拷問もあいまって、これは、世界中の政府に拷問と虐待のライセンスを与えることになる。


イラクからウェブログを発信しているパレスチナ系のライードさんがイラク側責任者を務めて、米国のNGOが行なった民間人犠牲者(死者・負傷者)の調査結果がウェブで公開されました。ご覧下さい。ライードさんのウェブログの日本語版はこちら

雑多なニュースを、益岡といけだよしこさんが『ファルージャ2004年4月』関係ブログで紹介しています。よろしければご覧下さい。

ワシントン・ポスト紙が、最近、米国主導の「連合」軍は崩壊しつつあるという記事を掲載しました。以下は概要:
ブッシュ政権は、いわゆるところの「連合」国がイラクから撤退するのを阻止しようとしている。フィリピンは既に兵士撤退を開始しており、ノルウェイは静かに155人の軍エンジニアを撤退させ残るは15人だけとなり、ニュージーランドも9月までにエンジニアを撤退させる予定。タイも9月に撤退を計画している。さらにオランダは来年春までに撤退する可能性が高い。スペインとホンジュラス、ドミニカ共和国は既に部隊を撤退させた。他の国々も兵力を削減している。モルドバはイラク駐留を42人から12人に減らし、シンガポールは191人から33人に減らした。

一方でわずかな例外もある。韓国は駐留兵士の規模を600人から3700人に増強すると発表。グルジアは150人から2倍以上の400人とする計画をもっている。米国は現在14万人の兵士をイラクに駐留させている。

昨年10月、ドナルド・ラムズフェルド国防長官は、イラク侵略がほとんど完全に米国によるものではないかという批判に対し、イラク占領は「人類史上最大の連合の一つに支えられている」ものと述べている。
小泉首相や米国のブッシュ大統領といったほんのわずかな国の政治家ができるだけ大声で叫ぶことにより、「国際社会」がイラク侵略を支援しているという幻想を、自らの中で作り出し、支えています。そうした政治家をトップに抱く不幸な国である日本や米国では、御用学者や御用記者が、少なからぬメディアで根も葉もない誤情報を触れ回ることにより、世論を誘導しようとしています。

「イラクにビデオなどがあるわけがない、ビデオで『人質』を撮すのはヤラセに違いない」、「イラクでは抑圧されていた女性たちが解放された」等々。

人権をめぐる世界への影響については、日本国内でも色々な出来事があります。

東京新聞が掲載した外国人ゆえ自由奪われ/無罪拘置 チリ人被告からの手紙に書かれている出来事、大阪在住のビルマ人難民認定申請者マウンマウンさんをめぐる事態、また、権利や自由を主張するとおかしいと言われる不思議に書かれている出来事など。間接的なものですが、換気扇フィルターの訪問販売(7月12日付)も、反戦ビラ入れ逮捕等を念頭に読むと興味深いです。
益岡賢 2004年7月19日 

一つ上へ] [トップ・ページ