美しい国

益岡 賢
2006年11月3日


様々な意見が乱立する状況で、何を信ずるかがコミュニティの利害に強く関わっていると思われているときには、事実が実際にどうであるかにかかわらず、誤った予測でも繰り返して語り続ければ、信頼を失うどころか、「専門家」とさえ見なされる。
ラフール・マハジャン
ファルージャ2004年4月』著者の一人


もちろん人々は戦争を欲しない。しかし結局は国の指導者が政策を決定する。そして人々をその政策に引きずりこむのは、実に簡単なことだ。それは民主政治だろうが、ファシズム独裁政治だろうが、議会政治だろうが、共産主義独裁政治だろうが、変わりはない。反対の声があろうがなかろうが、人々が政治指導者の望むようになる簡単な方法とは・・・・・・。国が攻撃された、と彼らに告げればいいだけだ。それでも戦争回避を主張する者たちには、愛国心がないと批判すれば良い。そして国を更なる危険にさらすこと、これだけで充分だ。
ヘルマン・ゲーリング、1945年
ヒトラーの軍事参謀


遠くから、書いています。

童話屋という出版社さんが、「小さな学問の書」というシリーズを出しています。文庫版でそれぞれ80ページくらいの、小さな本のシリーズ。

その中に、『あたらしい憲法のはなし』(税込み300円)というのがあります。「日本国憲法」が公布された次の年に、文部省が作った中学1年用の教科書を復刊したもの。

ここから、いくつか引用してみましょう。

一.憲法

・・・・・・国を治めてゆく仕事のやりかたは、はっきりときめておかなくてはなりません。そのためには、いろいろ規則がいるのです。・・・・・・いちばん大事な規則が憲法です。

[憲法の]中には、だいたい二つのことが記されています。その一つは、国の治めかた、国の仕事のやりかたをきめた規則です。もう一つは、国民のいちばn大事な権利、すなわち「基本的人権」をきめた規則です。

多少微妙な文言もありますが、憲法が、「国」を規定し、政府や行政のあり方を規定するものであることが示されています。

三.国際平和主義

・・・・・・じぶんの国のことばかりを考え、じぶんの国のためばかりを考えて、ほかの国の立場を考えないでは、世界中の国がなかよくしてゆくことはできません。世界中の国が、いくさをしないで、なかよくやってゆくことを、国際平和主義といいます。・・・・・・この国際平和主義をわすれて、じぶんの国のことばかり考えていたので、とうとう戦争をはじめてしまったのです。

全般に、特に小泉首相以来、アメリカ合衆国というご主人様のためばかりを考えていたので、戦争に加担したわけですが。

六.戦争放棄

・・・・・・これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これは戦力の放棄といいます。・・・・・・しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。・・・・・・これを戦争の放棄というのです。

「日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです」。

文部省の、言葉です。

「軍隊/戦争の放棄はおかしい、戦争反対はおかしい、だってよその国ではやってるじゃないか」という議論を最近ときおり耳にするようになりました。「だから日本も普通の国になろう」と。それが、日本が「美しい国へ」と至る道であるかのように。

「私は人殺しをしない」。こう決めた人が、回りで殺人事件が起きているからという理由で自分も殺人をしてよいと方針変更することが「美しい人へ」至る道であり、それが「普通の人」へ至る道であるというのは、奇妙な理屈です。

「そんなきれい事を言ったって、実際に戦争は至る所で起きているじゃないか」。

第一。イラクをはじめ、そのうち少なからぬものが、まさにそうした主張をする人たちと同じグループにより行われています。これは、仲間が人を殺してしまったときに、「だから人を殺すのは普通だ、私もやってよい」と強弁するのと同じです。

第二。確かに、戦争や犯罪のニュースがメディアを跋扈しています。けれども、ニュースが希少価値にもとづいて決定されることを考えると、まさに圧倒的多数の地域、コミュニティ、人々は、戦争も犯罪も犯していないからこそ、それらがニュースになるのです。たとえ、ニュースに現れる戦争や犯罪がいかに多く見えようとも。

「美しい国へ」日本が転身を遂げたあとは、どんなニュースを目にするのでしょうか。 「XXX町」では、今日は犯罪が起きませんでした、というニュース? それとも、犯罪を名誉行為として伝えるニュース? ファシスト下のドイツでも、現在のアメリカ合衆国でも、戦前の日本でも、どちらかというと後者だったようです。

戦争や犯罪が報道されなくなるのは、戦争や犯罪がそれとして見なされなくなる場合か、あまりに日常化してニュース価値がなくなる場合のどちらかなのでしょう。

イラクで起きている様々な暴力について、日本の大手メディアは、もはやほとんど報道しません。これは、この二ついずれもが関わっています。

ちなみに、「美しい国」を求めてやまない安倍首相は、「時代にそぐわない条文として、典型的なものは憲法九条だ。日本を守るという観点、国際貢献を行っていく上でも九条を改正すべきだ」と述べています。

七.基本的人権

人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、じぶんのすきな所に行き、じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなどが必要です。これらのことが人間の自由であって、この自由は、けっして奪われてはなりません。また、国の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えてはなりません。

最近は、自らの信念を表明したことで停職や免職処分を受ける先生が出るなどしています。


教育基本法「改正」、共謀罪、防衛庁の防衛省昇格、憲法改定手続き法案。まさに今現在、進んでいる政治上の様々な動きは、憲法が謳っているこれら様々な規定を根本から覆そうとするものです。

たとえば教育基本法は、主権をもつ市民による教育の自主性を保証する法律ですが、「改正」案は国が教育を組織化することを規定し、それにあたって主権をもつ市民の意見を排除するように組み替えられています。

また、「共謀罪」は、「じぶんの思うことをい」う権利を剥奪し、「やたらに刑罰を加え」ることができるようにするものです。

さらに、憲法そのものを、主権を持つ市民が政府を規定するという位置づけから、お上が下々の国民・臣民のあるべきふるまいを決めるという位置づけに変えよう、また、戦争をできる国に退化させようという動きが、現政権の憲法改正方針となっています。

日本が戦争をし、アジア各国で2000万人を犠牲にし、日本人300万人の死者を出すプロセスが終わったのは、わずか60年前のことでした。

その途上で、国内では様々な不当逮捕や拷問が行われながら。

そして、広島と長崎で原子爆弾の恐ろしい被害を生みながら。

「美しい国」。実体のないこのキャッチフレーズの背後にあからさまに見えているのは、こうした戦前への退化。そしてあえて言うならば、現在日本が敵視している朝鮮民主主義人民共和国と似通った体制への移行。

回りを見てみましょう。この頃、歳をとったせいか、小さな子どもたちがやたらとかわいく目につきます。こうした子どもたちに、国のために戦争に行き、他人を殺し、自分の命も危険にさらし、反対すれば逮捕され拷問を受けるかも知れず、自由に意見を言えずにじっと下を向いて耐え暮らすような社会を残したいとは、私は、どうしても思えません。

それが「美しい国」だとも、まったく思えません。

今、根拠のない議論や誤った予測をただ声高に繰り返すだけの「専門家」が、様々なところで声を張り上げています。事実が実際にどうであるかはまったく意に介さず。

今度の「あたらしい憲法の話」は、牛山WEB SITEさんの漫画にあるように、次のようになるのでしょうか。



こんなときこそ、まったく逆に、根拠のない議論や誤った予測をただ声高に繰り返すだけの「専門家」が何を言うかにかかわらず、冷静に事態を把握して対処することが望ましいでしょう。


■11月3日 とめよう「戦争をする国」づくり11・3憲法集会

・東京〜ソウル同時連帯集会
・集団的自衛権の行使を許さない!
・教育基本法の改悪反対!
・改憲手続き法案を廃案へ!

日時:11月3日(金)14時開会(13時30分開場)から15時30分
終了後にパレード(原宿→表参道→青山通り→明治公園)
お話(手話あり):西原博史さん(早稲田大学教授)
カンヘジョンさん(アジアの平和と歴史教育連帯)
アトラクション:KP
資料代:500円
会場:千駄ヶ谷区民会館(原宿駅下車徒歩8分)
主催:11・3憲法集会実行委員会
問い合わせ先:03−3221−4668
許すな!憲法改悪・市民連絡会

■教育基本法について(緊急)

教育基本法改悪が緊迫しています。教育基本法に関する特別委員会委員に、「改悪法案を廃案に!」や「徹底審議を!」といった要請をファックス、メール、電話でぜひとも送りましょう。

●教育基本法・共謀罪が危ない! 安倍内閣の暴走を許さない!
 「ヒューマン・チェーン」(人間の鎖)を次のようにやるそうです。
 実施日程: 11月8日(水)午後4時
 場所: 衆議院議員面会所 集合(地下鉄丸の内線国会前下車)
 ぜひお集まり下さい。

国会前集会
日 時:11月7日(火) 18時〜19時
場 所:衆議院第2議員会館前
     (地下鉄千代田線・丸の内線「国会議事堂前」下車)
発 言:国会議員
     全国連絡会呼びかけ人
      (大内裕和、小森陽一、高橋哲哉、三宅晶子)
     さまざまな立場、各地から
参 加:その場に行けば参加できます。手続きなどはいりません。
主 催:教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会
連絡先:info@kyokiren.net

●教育基本法の改悪をとめよう!11・6えひめ集会
と き: 06年11月06日(月)18:30〜20:15
ところ: 松山市民会館 中ホール
内 容:講演・参加者からの発言
〔講師〕
  大内裕和さん
 (松山大学助教授/教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会呼びかけ人)
〔演題〕
  「教育基本法「改正」を問う―愛国心・格差社会・憲法」


■共謀罪について

グリーンピース・ジャパン共謀罪反対オンライン誓願などから、反対の声を関連各所に送ることができます。

衆議院の法務委員会名簿は「共謀罪」ってなんだ?さんのページにあります。とりわけFAXにて反対の声を!

また、共謀罪はどのようなものかについては、共謀罪事例集もご覧下さい。

共謀罪については一部で「今会期の採択はない」という情報もありますが、実際には、非常に危険な状況です。

■防衛庁・防衛省

「民主党は防衛省昇格反対の方向で調整しているが、党内には防衛省昇格賛成の声もあり」とのことです。民主党に、防衛省昇格反対を求める要請を。


 益岡賢 2006年11月3日

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