確かなこと

益岡賢
2004年3月16日


ブッシュ政権によるイラク侵略開始から、一年が経とうとしている。この一年間、国際法的に完全に不法なイラク侵略・占領に荷担するために、日本政府は、完全に違憲の自衛隊派遣を強硬した。小泉首相はまったく意味のある説明をせず、マスメディアは、何の根拠もなしに「イラク復興支援」と言って、占領の実態を隠している。国内的には、それと呼応するように、「外国人」排斥、ビラ撒きへの不当逮捕等、人権弾圧が強まっている。

こうした状況の中、当初は戦争に積極的に反対しながら、次第に積極的な反対の表明や行動をしなくなった人も、少なくないだろう(自分自身を振り返っても、少し具体的な行動をしあぐねてきたことは否めない)。また、様々な気味の悪い動きに違和感を感じながら、何となく、それでも日常は続いているから、それに蓋をして、日々の生活を送っている人も、やはり少なくないだろう(私自身も、多くの違和感に蓋をして生活してきた)。

これまで書いてきたことの繰り返しになるが、ここで、少しだけ立ち止まって、確かなことだけを、ほんの少し確認しておこう。

確実なこと。今、知ること、考えること、自ら判断し、状況から目をそらさないこと、気味の悪い動きに少しでも声を挙げたり体を動かすこと、こうしたことを諦めてしまえば、現在進行中の暴力はますます悪化し、多くの人々が殺されたり、誘拐されたり、拷問を受けたり、ひっそりと失踪したり、貧困のどん底に突き落とされることになることは、確実である。

確実なこと。日本という国の中でも、今、一人一人が、声を挙げていかなければ、話す自由、意見を表明する自由、暴力を拒否する自由、政府の政策を批判する自由、自衛隊の家族に反戦を呼びかける自由、そうした自由がどんどん剥奪されていくことも確実である。

そうは言っても、米英の完全に不法で一方的な侵略を止められなかったではないか。イスラエルによるパレスチナでの虐殺や人権侵害を止められないではないか。日本の憲法に違反した自衛隊派遣すら阻止できなかったではないか。確かに、その通り。

私自身、東ティモールへの連帯運動に参加して10年以上たった。1999年、住民投票の際、インドネシア軍とその手先の民兵による殺害や放火を止めることができなかったことは、そのときのことは、今でもはっきりと覚えている。無力感と悔しさ、悲しみと怒りとともに。

けれども、一方で、「バグダッド近くで行なわれたの80名もの村人たちの殺害、子供たちの殺害、「邪魔だてした女」の殺害、こうした殺戮は、もしも、ロンドンや他の国々の首都や各地で何百万人もの人々が反対の声をあげ、若い人々が学校で授業を拒否していなかったら、もっと大量に生みだされていたかも知れない。反対の声をあげた人々は、無数の人々の命を救っているかも知れない」(ジョン・ピルジャー)。

確かに、私自身もその無数の人々の一人であった(侵略者インドネシアの国内の運動を含む)国際的な東ティモール連帯運動が、米国政府・オーストラリア政府・日本政府・英国政府・インドネシア政府そしてそれらの国々のメディアに粘り強く働きかけ、ときに自らも危険を負って東ティモールから情報を伝えてきたことは、東ティモールでこれまでに殺され命を落とした人々は救えなかったとしても、殺されたかも知れなかった人々の命を救い、決して実現することがなかったかも知れなかった自決権の行使を実現するために、役に立っているだろう。

およそ一年前、戦争が始まりすらしないうちから、世界中で、普通の人々が、これほどまでの抵抗を表明したことは、歴史上、なかった。何百万人という人が立ち上がったことをもう一度思い起こしておこう。それにより、少なからぬ政府が、米国の恫喝にもかかわらず、米国によるイラク不法侵略へのあからさまな荷担を拒否したことも。

そして、この1年、私自身、思いもかけない多くの勇気づけられる出会いを経験してきた。この文章を書いている中、スペインでイラクからの撤退を主張する社会労働党が議会選挙で勝利したという知らせも入った。いま、確実に、言えることがある。侵略や人間性の剥奪に反対する私たちは、絶滅しつつある少数派ではない。

私たちは、わずかではあれ、私たちがする事の一つ一つが、無意味ではないことを、単なる自己満足や自己憐憫ではなくて、知っている。「バグダッド近くで行なわれたの80名もの村人たちの殺害、子供たちの殺害、「邪魔だてした女」の殺害、こうした殺戮は、もしも、ロンドンや他の国々の首都や各地で何百万人もの人々が反対の声をあげ、若い人々が学校で授業を拒否していなかったら、もっと大量に生みだされていたかも知れない。反対の声をあげた人々は、無数の人々の命を救っているかも知れない」のだ。

ワシントン在住のジャーナリスト、サム・スミスは次のように書いている。

「歴史の中でわれわれは無力であると考える人々は、1830年代の奴隷廃止論者、1870年代のフェミニスト、1890年代の労働組合活動家、1910年代のゲイやレズビアン作家のことを思い起こすとよい。われわれ同様、こうした人々も、自分が生まれる時代を選ぶことはできなかった。けれども、なすべきことを選び取ったのだ・・・歴史がわれわれ一人一人の背中を少しだけ押すように、われわれが少しだけ歴史の背中を押してやれば、未来にどんな驚くべきことが起きるか、わからない」。

そう、どんな驚くべきことが、どんなすばらしいことがこれから起きるか、わからない。わからないからこそ、私たちが諦めずにすべきことをすることが、いっそう大切になる。わかりきっているならば、何もする必要などないだろう。

だから、少しだけ、歴史の背中を押してやろう。諦めずに、世の中のことを知ろうとし、考えて。未来に、できれば少しでも近い未来に、驚くべきすばらしいことを、もたらすために。

ノーム・チョムスキーは次のように言っている。

「もしあなたが、希望はないと考えてしまうならば、希望は確実になくなる。もしあなたが、人間には自由を求める本来的な力があり、ものごとを変える機会があると考えるならば、よりよい世界を作り出すためにあなた自身が貢献する機会があるかも知れない。それは、あなたが選択することである」。

これからについて、本当に確かなことがある。もし私たち一人一人が、希望がないと諦めてしまえば、希望は無くなるということ。私たちが顔を上げて、事態を知り、理解し、反対すべき事に反対する意志を失ってしまえば、希望はなくなるということ。米英によるイラク侵略開始から1年たった今、自分のためにも、繰り返しておこう。私たちは、意志と希望とを選択するのだ。どんなにささやかでも、ブッシュや小泉に、私たちの意志と希望とは破壊させないのだ、と。いつでも、それは何よりも大切な出発点であろう。

3月20日(土)、世界中のピースパレードで、お会いしましょう。

益岡賢 2004年3月16日 

一つ上へ] [トップ・ページ