「対テロ戦争」という嘘

益岡賢
2003年11月26日


2003年11月21日、朝日新聞に、「私の視点 ◆中東和平(ママ)『分離壁』やむを得ない選択」と題する、駐日イスラエル大使イツハク・リオール氏の文章が掲載された。

テロリズムという疫病の広がりと断固、闘うことは正しいが、この闘いは文明的なやり方で実行されなければならない、といった考え方が最近のはやりだ。

という言葉で始まるこの文章は、全編が、オーウェル風の言葉遣いと恐るべき前提のすり替えから成り立っている。正直、読んで驚きを禁じ得ない内容である。全編紹介したいのだが、新聞記事という性質上、紹介できないので、分析の対象となる断片だけを取り上げながら、コメントをしておきたい(あまりに不正な前提から書かれているので、どこからどうこの驚きを表現してよいかさえ難しいのだが、いくつかの点を指摘しておくことにする)。

まず、第三段落目:

殺人という任務を帯びてイスラエルに送り込まれる者たちは、年若い子供たちを洗脳するシステム化された生産ラインの「最終製品」である。

ここでは、あたかも、パレスチナの人々が、イスラエルに出かけて、自爆攻撃を行なっていることが問題の中心であるかのような前提で記述がなされている。けれども、イスラエル・パレスチナの地図を見ても明らかなとおり、問題は、国連決議で明記されている、パレスチナ人の領土(これは、イスラエルの占領拡張により狭められ、もともとのパレスチナ領の4分の1ほどに過ぎない)を、イスラエル軍が不法に占領し、入植を続けているという事実である。

イスラエル軍兵士は、この不法占領を継続すべく、「イスラエル防衛」と称して、パレスチナの民間人を殺す任務をもってパレスチナに出かけていく。悲しいことに、こうした兵士こそが、「年若い子供たちを洗脳するシステム化された生産ラインの『最終製品』」というにふさわしい(ちなみに、処罰を恐れず、まさにこうしたことに気付いて、占領地での任務を拒否した人々が増えている)。

同じ段落の末尾:

不合理な憎悪を吹き込まれる。

次のようなデータがある。2000年9月に、いわゆる「第二次インティファーダ」が開始されてから、最初の3カ月間、イスラエルが不法に占領しているパレスチナの地でイスラエル軍に殺されたパレスチナ人は279人。そして、そのうち82人は子供である。同じ時期、イスラエル人の死者は41人、子供はゼロ。そして4人を除いて全員が、ガザと西岸地区、すなわち、国際的に認められたパレスチナ人の領土で犠牲になっている。

さらに言うと、第二次インティファーダが開始されてから、イスラエル領内で自爆攻撃が最初に起きたのは、イスラエルが不法に占領しているパレスチナの領土内で、イスラエル軍や入植者たちが5週間のうちに200人以上のパレスチナ人を殺した後のことである。

こう、問うことができるだろう。わざわざパレスチナの領土まで出かけていってそこで暮らす人々を殺すよう訓練された人々こそ、不合理な憎悪を吹き込まれているのではないだろうか?

自分たちが暮らす土地を侵略され、分断され、家族を殺され、家を破壊され、追放され、嫌がらせを受けた人々が、侵略者に対して抱く憎悪のほうが、敢えて言えば、理解可能という意味で「合理的」なのではないだろうか?

そして第四段落は、次のように続く。

「洗脳」という言葉を使ったのは、これらの若い人たちは、意図的に真実から遠ざけられているからだ。

その後の説明は、56年前の国連決議、1948年の出来事、1967年の戦争を、すべて、アラブが拒否したもの、アラブが仕掛けたものと述べているだけである。

イスラエルの人々は自分たちが入植した土地が人々の暴力的追放によりイスラエルが入手した土地だということを知らされていない。また、大使のこのような記述は、現在暴力行為が大規模に起きているところが、国際的に認められたパレスチナ領であること、イスラエル軍はその地を不法に占領し、イスラエル政府はその地に不法に入植を進めていることを完全に隠蔽している。

そうしたことを知らされないままに、不法占領地に出かけ、家屋の破壊や人々の弾圧を行なっているイスラエルの人々は、意図的に真実から遠ざけられているというのでなければ、何と言えばよいのだろうか。

ついで、真ん中へんにある言葉:

これがイスラエルに難問を突きつけている。無慈悲なテロリズムに対して、民主主義はどうやって効果的で「きれいな」対策を取れるのかという問題である。

上のデータからも分かるように、そして少し調べればわかるように、問題の根本は、イスラエルによるパレスチナ領土の不法占領にある。これは、国連決議で何度も確認されてきたことである。他人の領土を不法占領し、そこで家屋の破壊や民間人の殺害を行なっている国が「きれいな」云々という言葉を、あたかも、自分が被害者で、やむなく暴力を止めようとしているかのように見せかけるのは、大きな事実の曲解であろう。

再び、こうした記述そのものが、意図的に人々を真実から遠ざけようとするものである。

さらに、「治安フェンス」なるものが、国際的に認められたパレスチナの領土内に建設されていること、また、

この治安目的のフェンスが、その反対側の人々の生活を「不便」にするという議論がなされた。ある程度は正しいだろう。遠回りを余儀なくされる農民もいるだろうし、イスラエルを通過する人々は検問で身分を証明する必要が出てくる。

とあるが、分離壁周辺では、分離壁を作るために家々が破壊され、人々は追放され、畑は破壊され、交通は遮断され、農作物の流通は阻害されてせっかくの産物が腐らされ、そして検問所では、しばしばイスラエル軍兵士が人々にいやがらせばかりか暴力をふるい、殺害することさえある、という現状は、どこに消えてしまったのだろう?

しかも、繰り返すが、こうしたことが起こっているのは、基本的に、国際的に認められたパレスチナの領土内でのことなのである。

この意見が掲載された新聞の前身である新聞社は、日本のアジア侵略と第二次世界大戦での日本の行動を美化し、他の人々の暮らす土地の不法な占領と侵略を擁護した。私たちは、最低限、その反省にたって、第二次世界大戦後、様々な出来事の判断基準を培ってきたはずである。

などは、その、最も基本となる最低限のことであろう。

歴史的にほとんどの場合観察される単純な事実がある。占領が終われば被占領者による暴力は終わること。一方で、被占領者が暴力を止めても、占領は終わらないこと。

リオール大使の記事において隠されている、国際法上の基準に従ったイスラエルによるパレスチナ侵略と不法占領という事実をきちんと伝えずに(22日朝日新聞朝刊9面には、イスラエルの平和運動が「占領政策を止めなくてはならない」と呼びかけているという記事が掲載されはしたが)、リオール大使による、「意図的に人々を真実から遠ざけようとするものである」と不当に相手を批判するまさにそのことにより「「意図的に人々を真実から遠ざけようとする」コメントを掲載することは、占領に、そして占領の暴力に荷担することに他ならない。

1999年、国連合意によって武力による抵抗活動を停止していた東チモール民族解放軍(ファリンティル)を、フレテリンと誤記することで無知を露呈しつつ、また、インドネシア軍が不法侵略・占領者であることを明記せずに、インドネシア軍と手先の民兵が進めていた大規模なテロにも十分言及せずに、「フレテリン、山岳部でテロ」と書いた記事を掲載した新聞らしい態度では、ある。

あらためて、真実をつぶやいておこう。不法占領を行う軍隊への攻撃行為は、「武装抵抗」である。不法占領を行う軍隊の民間人への攻撃は、一般語ではテロであり、法的には戦争犯罪を構成する。小泉やブレア、ブッシュがどんな嘘をつこうとも

因果的な関係を明晰にせず、法的な基準を曖昧にしたままで、「テロテロ」と「我々」に起きた日々の出来事の悲惨を伝えることは、何ら暴力を止めるために貢献しない。

テロを止めたいなら、占領とそのもとでの弾圧というテロを止めればよい(ここでは、「テロ」という言葉を、米軍の1984年の作戦マニュアルの定義:「脅迫や強制、恐怖を植え付けることにより・・・政治的、宗教的あるいはイデオロギー的な性格の目的を達成するために、計算して暴力あるいは暴力による威嚇を用いること」に従って用いている)。

イツハク・リオール大使とは対局にある、心をゆさぶる力の強い、イスラエル人の言葉を、下に挙げよう。


イスラエルの兵役拒否者から米国の兵役拒否者への手紙
マータン・カミネール
"Open Detention,"
Tel Hashomer Camp,
Israel
2003年8月12日

親愛なるスティーブン

これが、彼らが言う「グローバリゼーション」というものだろうか?

世界のちょうど反対側に住み、ずいぶん違った生活をしてきたのに、僕らは同じ状況にいる。帝国主義の戦争と占領に反対する良心的兵役拒否者として、二人とも、この夏、軍事裁判にかけられている。君の声明を読んで、僕は、世界中で軍の論理が一緒であることに、微笑まざるを得なかった。戦争で人を殺しまた自分も死にに行くことに抵抗するほどに戦争に反対する人がいるということを、軍が理解できないと言う点も、同じだ。

君が僕の状況を知っていると仮定していたけれど、もしかして知らないときのために、少しだけ説明しておこう。僕は2002年イスラエル軍に徴兵されることになった。ユダヤ−アラブ青年運動で1年間ボランティアとして活動した後、僕は兵籍に入ることを拒否すると決めていた。僕と同じ状況にある他の若者たちとともに、僕は、シャロン首相に宛てた、高校最終学年生の手紙に署名し、そして僕自身の立場を完全にはっきりさせるために、軍当局に、兵役を拒否すると伝える個人的な手紙を送った。

軍当局は、僕に兵役拒否を許すわけにはいかないと知らせてきた:軍にとって例外は平和主義者だけであり(少なくとも彼らはそう主張している)、僕は、軍が決める平和主義者の定義には合致しないというのだ。そのため、12月の初頭から、僕は「規律手続き」(こんなものが海兵隊にもあるだろうか?)で28日の軍事刑務所入りを宣言された---続けて3度。3回目の刑務所入りの後、僕は軍法会議にかけられていた友人のハガイ・マタールにも加わるよう求め、それから数週間のうちに友人の3人---ノアム、シムーリ、アダムも、僕たちの仲間に加わった。

今、僕らは、兵籍に入れという命令を拒否したために、裁判を受けており、最大3年の禁固を受ける可能性に直面している。

どこかで聞いた話だとは思わないか?けれども、似ているのは、彼らが僕たちにしていることだけじゃない。他の人々に対してしていることも、似ている。つまり、テロを防止すると称して外国の土地を占領し、他の人々を弾圧しているということ。君や僕は、それが、支配エリートの経済的・政治的利益を追求するための単なる言い訳に過ぎないことを知っている。けれども、その代償を支払わなくてはならないのは、エリートたちじゃない。

代償を支払わされるのは、ジェニンやファルージャの、ラッマラーやバグダッドの、ティクリートやヘブロンの人々だ。代償を支払わされるのは、縛られて顔を床に押しつけらたり、学校に行く途中で射たれたりする、イラクやパレスチナの子供たち。けれどもまた、クーラーの効いたオフィスにいる将軍たちに大砲の運び屋として扱われるイスラエルやアメリカの兵士たちも、代償を支払わされることになる。こうした将軍たちが状況に対処する方法たるや、ただ非人間化---まずは奇妙な見かけの外国人を、そして自分たち自身を- --することだけのようだ。ベトナム戦争の退役兵士たちや、イスラエルの退役兵士に聞いてみるとわかると思う。

スティーブン、僕らくらいの年齢の人々は、自由に学び、働き、世界を変えようとしていなくてはいけない。僕らの年齢の人々は、パーティーや抗議に参加し、人々と会い、恋に落ちて、僕らの世界がどのようであるべきか議論しているべきなんだ。僕らの歳頃の人々が、移動標的となったり、人権や市民権を否定されたりすべきではない。心身に対して加えられる危害に自分をさらけ出し、M−16ライフルと罪の意識に引きずられながら、軍の歩兵をやっているべきではない。人を殺したくもないし死にたくもないという理由で、鉄格子の後ろに投げ込まれるべきではないんだ。

君の裁判がまもなく始まる予定だと聞いた。僕の裁判は既に始まっているから、少しだけ助言できるかも知れない。

裁判官の目を見つめること。自分が何故裁判にかけられているのか説明するために、あらゆるチャンスを使うこと。裁判官たちも、君と同じような人間だ。だけど、自分たち自身に、それを否定しようとしているんだ。そうさせないように。戦争はくそみたいなもので、裁判官だってそれを知っている。君を放免しなくてはならないということを、彼らだって知っているんだ。

結局、僕ら二人とも、刑務所に入れられる可能性は大きい。刑務所では暗いときがあるだろう。外にいる人々が皆、僕らのことを忘れてしまったと思えるような、そして僕らがしたことすべてが無駄だったのではないかと思われるような、暗いときが。そんなとき僕ならどうするか、わかっている。スティーブン、僕は君のことを考えるんだ。そうすれば、僕らが人間性のためにしたことは、何一つ無駄じゃないということが分かるだろう。

大きな連帯を込めて

マータン・カミネールより




直接イスラエル大使の投稿には関係しませんが、「おかしな報道には抗議しよう日記」というページを紹介していただきました。興味深い内容が色々ありますので、ご覧下さい。
益岡賢 2003年11月26日 

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