26 近況、心境のご報告 (2006年12月02日 午前3時 掲載)

最近の政治: 教育基本法、防衛庁の省昇格など、国会における自民・公明の傍若無人の振る舞いには、みなさまと同じく、激しい憤りを感じています。毎日でもデモに繰り出したい思いなのですが、関わっている市民運動の仕事がたてこんでいて、なかなか参加できません。明日の三里塚集会だけは、何としてでも出かけようと思っていますが……。憲法に次ぐ重要な基本法、教育基本法の改悪が強行されれば、「変えてもいいんだ」という空気が広がり、次はいよいよ憲法だ、という勢いが増すものと懸念されます。私の関係する運動では、来年5月3日の憲法記念日に、反改憲の意見広告を出そうという第6期の市民意見広告運動にとりかかっていますが、しばらくは、この運動との関連での仕事に忙殺されることになると思います。みなさまにも、この運動へご支持を願うこと切です。
 しかし、今日、ここでは、個人的な近況のご報告をすることにします。
相次ぐ訃報:  年末に入って、訃報が相次いでいます。先輩の木下順二さんほか、私とほぼ同年の宇井純さん、灰谷健次郎さん、丸山昇さんなどです。そのほかにも、喪中につき賀状を遠慮するという、はがきが続々届いていますが、私の小学生時代に兄のようにつきあっていた従兄や、疎開先でいっしょだった別の従兄の娘さんなど、親戚の中にもかなり死去した人がいます。こうなると、いやでも自分の死のことも切実に考えざるを得なくなりますが、最近受けとった名古屋の知人、伊藤幹彦さんらが出している個人誌『雑記通信』の12月号に、伊藤さんが瀬戸内寂聴の「寂庵だより」10月号を引用しながら、「いつ死んででもいい」といったことを軽々しく書くのは慎んだほうがいいという趣旨の文を載せておられました。でも同時に、「時には泣き言を言える場も必要」とも書いておられます。泣き言ではありませんが、準備だけはきちんとしておかねば……とは思います。関わっている運動との関連でも、私が突然いなくなっても、仕事が中断してしまうようなことがないような手は、早くうっておかなければならないと、年が明けたら、その面でも整理を始めねばと考えています。運動の事務所は、私が借りていた部屋を使っているわけで、その大家さんとの契約関係など、だれも知っていないからです。
連れ合いの遺骨の散骨・住居の移転計画: 同時に、もっと私的な面でも、やっておかねばならぬことが、かなりそのままになっています。
 昨年死んだ連れ合いの散骨もまだ済んでいませんし、なかば公約になってしまっている電子ピアノの購入、練習も、もうこれ以上は延期できないと思っています。
 今住んでいる家も、一人暮らしでは大きすぎ、それを処分して、もっと小さなマンションに移ることも必要です。一人暮らしになったからといっても、土地や建物の固定資産税は減りませんし、入浴の湯の温度を半分にするわけにもいきません。家計はもちろんかなりの赤字続きで、予備校時代の荒稼ぎで貯めた貯金もどんどんなくなってゆきます。それでベ平連以来の若い仲間で、かなり大きく不動産業をやっている知人に、相談をもちかけたところ、早速飛んできてくれて、全面的に段取りをつけてくれることになりました。おそらく、明年半ばには、今の家を売却して、老人の一人暮らし相応のマンションに移転することになるでしょう。その差額で将来(といっても、そんな先ではなく、5〜6年先ぐらいでしょうか)、介護つき老人ホームへ入れるぐらいの資金も残しておきたいと計画しています。鶴見良行さんとよく話していたことですが、人間、いつ寿命が来るのかがわかれば、ずいぶん暮らしやすくなるのだがな、と思いますが、こればかりはいかんともしがたいことです。鶴見和子さんの和歌に「おもむろに自然にちかくなりゆくを老いとはいわじ涅槃とぞいわむ」という一首があります。そうありたいと切に思います。しかしまた、鶴見さんの歌に「日本列島戦略基地に組み込まれ修羅を招くや我が去りし後に」という一首もあります。これは、そうであっては困ることなのですが……。
 その不動産業の知人にそんな話しをしていたら、彼は商用で、最近沖縄に何度も通っており、知人に離島への観光船の船長もいて、洋上の散骨の便宜も十分に図れるというので、それもぜひ、とお願いしました。早春頃、沖縄への散骨に出かけたいと予定しています。またまた鶴見和子さんの和歌の引用ですが、「熊楠が生命(いのち)をかけて守りたる神島(かしま)の海に灰を流さむ」という一首があります。鶴見さんは、死後は灰にして、川か海、水の中に戻すのが一番自然だろうと語っておられたということです。その通りかと思います。
家具や書籍の整理・処分: 問題は、膨大に溜まってしまっている家具、書籍、CD、書類、趣味で集めていた香炉や、羊のグッヅ類、それにガラクタ類です。 まず新居を定めて、そこで暮らすのに必要な最低限の家具、音響機器、書籍などを移したら、あとは、運動関係の書籍類は、再度埼玉大学の共生社会研究センターに移し、それでもかなり残るでしょうから、それは、兄弟姉妹や、友人知人を招いて、好きなものを何でも無料でもっていってもらうパーティを開こうか、などと考えています。ビデオテープだけでも1000本以上はあると思います。それでも残るものは、手数料を払って捨ててもらうということになるのでしょう。
 それが片付いたら、運動への関わりをやめるつもりはありませんが、それでも、電子ピアノやら、曼荼羅のジグソーパズルやら、たまのコンサートへ出かけることなど、少しは余裕をもって暮らせるようなこともやろうと希望しています。