23. 延命治療のこと――自分の意思や希望は、正規の「遺言状」の形式をとって記しておくべきこと

 最近、マスコミの上では、医師の人工呼吸器取りはずしと関連して、延命治療問題が論じられています。今日(4月21日の『朝日新聞』にも、賛否両論が載っていました。)この問題には、私も関心がありますので、以前、お約束もしていましたし、連れ合いの死去の際の延命治療問題について、ご参考にご報告しておこうと思います。御用とお急ぎのかたは、読まないで結構です。

延命策についての連れ合いの意思
 連れ合いの祐子は、昨年6月に死去したのですが、そのだいぶ以前、まだ元気だったころ、「遺言書にかえて」という文書を、ワープロで書いていました。私も読まされましたし、「金庫にいれておくからね」と言われました。その中には、自分の銀行預金通帳の番号や、使用した印鑑などの説明ととともに、遺産の配分の仕方や、延命治療のことも書いてありました。
 延命治療等についての箇所はこうでした。「無意味な延命策は希望しません。痛みを和らげる措置はとってください。献体はいたしません。」
  彼女が倒れて意識を失い、救急車で入院した後、担当の医師からは、「心臓が停止していた期間が15分以上になっており、その間、脳に血液がいっていなかったから、脳死の状態になっており、意識が回復する可能性はまったくない。1週間以内に死去する可能性が大きい。長くても半年、短ければ2〜3日。その間は、事実上植物人間状態が続く。心電図をつけているが、いつそれが止まってもおかしくない状態だ。その際、人工呼吸器、心臓への電気ショック、その他、延命治療を希望なさいますか」と言われた。私は、祐子の「遺言書にかえて」のコピーを渡し、「延命治療は、このように本人も望んでいなかったし、私も希望しない」と答えました。CTスキャンをした脳の写真も見せられましたが、確かに、脳の襞がほとんどなくなっており、全体がすっかり黒ずんでいて、治療は不可能、意識は回復しないという医師の説明にも納得できました。

ワープロなどで打ったものは遺言書としての効力はない
 しかし、それで問題は解決しませんでした。というのは、この「遺言書にかえて」は、署名の欄だけは万年筆を用いて肉筆で書いてありましたが、それ以外のところは全部ワープロでプリントアウトしたものでした。ということは、法的に認められた正式な遺言状にはなっていないということです。遺言状は、自分で書く場合は(公証人等に依頼してしたためてもらうのでなければ)、全部が肉筆で書いたものでなければならず、パソコンのプリンターや、ワープロ、和文タイプなどを用いたものは、正規の遺言状とは認められないのです。そのことは、私も知っており、連れ合いにそれを見せられたときも、そ れは伝えたのでした。だから、彼女は、文書のタイトルを「遺言状」とせず、「遺言状にかえて」としたのでしょう。そのときは、二人とも、その文書が正規の遺言状の形式をとっていなくても、親類・縁者などから、その真偽を疑われたり、内容を否定されたりすることはまずありえないだろう、と思っていたからでもあります。
 でも、担当の医師からは「これは正規の遺言状ではないので、他の家族の方から異論が出る可能性もあります。ご主人だけでなく、奥様のご兄弟などの了承もとりつけるようにしてください」と言われました。私自身の弟妹たちにはまったく異存がありませんでした。祐子の方には姉1人、弟2人、妹2人がおりました。その祐子の姉弟妹たちには、当時日本にいなかった弟妹二人をのぞいて、「遺言書にかえて」のコピーも危篤状態になって以後、渡してありました。私は、彼らから異論が出るとは、まったく予想していませんでしたが、医師に、兄弟姉妹たちからもあらためて確認をとってほしいといわれたので、相談の上、意見を聞かせてほしいと伝え、祐子自身も、また夫である私も、無用な延命治療は断る、ということははっきりしているので、よろしくとも伝えました。

姉弟妹たちの反対
 意外なことに、彼女の姉弟妹たちが相談した結論だとして伝えられたことは、一致して延命治療を希望する、ということでした。私は びっくりして、祐子自身が「遺言書にかえて」の中で明言している希望を無視して、それと反対のことをしようというのか、と尋ねましたが、それに対する答えは、「実際に血を分けた肉親としては、1日でも1時間でも長く生きていてほしいと願うのは当然だ。それに、この文書は正規の遺言書ではなく、本当に祐子の意思を伝えているとは言えない」というものでした。私は、その希望は、夫として受け入れられない、再考してくれるようにと頼みました。
 しかし、その翌日には、心電図の波が停止し、医師が駆けつけてすぐに彼女は死去しました。延命治療などが行なわれる余裕もありませんでした。

感情的なしこりも残った
 彼女の妹などからは「血を分けた肉親として」という表現を、私は何度も聞かされました。正直言って、いい気持ちはしませんでした。肉親の感情はわからないでもありませんが、「血を分けた肉親ではないあなたには分からないだろうが……」と、非難されているようにも受け取れました。口に出して反論はしませんでしたが、「冗談ではない、あなた方が彼女と一緒に生活したのはせいぜい二十数年だろう、私のほうは四十七年間も生活を共にしているんだ」と言いたい気持ちでした。私は、連れ合いが、意識を回復できる望みがまったくなく、体のあちこちにいろいろなパイプや電線や機械をつながれた病院のベッドで、ただ呼吸をしているだけという植物人間の状態を、半年も、いや、1週間にせよ、続けさせることは、彼女の尊厳にもかかわることであり、耐え難いという思いだったのです。
 死去が速かったため、結果として、彼女の姉弟妹たちと私との間で、延命治療をめぐる争いが長く続くことはなかったものの、この問題はあとをひきました。彼女の死後、妹と電話で会話を交わした際に「あなたは、祐子ちゃんの生存に必要な治療さえ拒否したような人なんですから」と言われて、愕然としました。もう、反論する気もなく、「ああ、そうですか。そんな風にお考えなんですか」とだけ言って電話を切りました。彼女の姉弟妹たちへの遺産相続も、法の規定どおりに行ない、配分も終わりましたので、もう、これ以上、お付き合いをすることはお断りしたい 気持ちです。感情的なしこりは残ったままです。

正規な遺言書で意思は残すように
 それにしても、やはり、遺言状は、法的に効力があるようなものとして、絶対に作成しておくべきでした。少なくとも、危篤状態になったときの延命治療の問題、苦痛の緩和策の希望、そして遺産相続についての意思だけは、肉筆で書き、日付と署名も入れてつくっておくべきです。まだの方は、ぜひ、実行くださいますよう。

遺産相続についても
 ついでに、遺産相続のことについても書いておきましょう。
 遺産は、遺言書で特に指定がしてない限り、法律は、死者の夫、もしくは妻、子ども、実の両親などに相続権を認めています。子どもがいない場合には、実の兄弟姉妹にも相続権が生じます。実の兄弟姉妹が死亡していても、その子どもたちに相続権は残ります。配分の比率は、残された夫、もしくは妻に 四分の三、残りの四分の一が、実の兄弟姉妹に等分に権利が生じます。私たちの場合、彼女の両親はすでに死去しており、また子どもはいませんので、相続権は、夫である私と、彼女の実の姉弟妹(5人)に生じます。
 連れ合いは、先に触れた「遺言書にかえて」の中で、「入会中の団体の未払い会費などを精算したあと、残った預金等は、すべて夫である勇一が相続するように」と記していました。 それで私は、彼女の姉弟妹たちにこれを示して遺産相続放棄の手続きを求めたのでしたが、しかし、この記述も「正規の遺言書ではないから、その文面が本当に祐子の意思であるかどうかは分からない」という理由で受け入れられず、遺産の分割を要求されました。私は、それ以上争うつもりもなく、分割に承諾しました。面倒なのは、住んでいた建物の所有権でした。今の家を建てる際、住宅金融公庫から融資を受けたのですが、その際、建物の登記は、私の名義だけでなく、連れ合いとの両方でする必要が生じ、すでに公庫からの借入金は全部返済が済んでいたのですが、登記は二人の名義のままになっていました。それで、遺産の分割に際しては、この祐子名義になっている分を私が現金で買い取り、登記を私一人だけのものにするとともに、この買い取った額の金を祐子の遺産として、他の祐子名義の預貯金と合わせて分割することにしたのです。
  細かい手続きについては、あまりに煩雑になるので、省略しますが、遺産分割には、えらく面倒な手続きが必要です。たとえば、彼女の実の兄弟姉妹が、実際に5人だけなのか否かの証明がいるのです。これは戸籍謄本1通だけでは解決しません。つまり、彼女の両親から生まれた子どもは、彼女を含めて6人だったにせよ、それ以外に、彼女の母親が、彼女の父親と結婚以前に、別の男性との間で子どもを生んでいなかった、というような証明まで必要になるからです。そのためには、現在の戸籍謄本以外に、「原戸籍」というものや、すでに抹消された古い戸籍謄本やら、何通も、それらの戸籍のある各役所から取り寄せなければならなくなります。私はその手続きや家庭裁判所への申請などを弁護士さんに頼んでやってもらったのですが、それにも20万以上の費用を要しました。
 相続分の遺産を全部支払い終わり、すべてが終わるまでには、半年以上がかかりました。
 皆さんの中でも、子どもがいればあまり問題はないと思うのですが、子どもがいない人は、遺産相続についての意思を、やはり正規の遺言書の中にきちんと記入しておくべきだと思います。遺産相続での揉め事などは、西武の社長一家とか、横綱の遺族とか、何十億という遺産のある 家族のことだと思っていたのですが、そうでもありませんでした。百万単位の財産でも、やはり、金のこととなると、すんなりとかたがつくというわけではないようです。  

(2006/04/21記)

 なお、最初に発表したこの文を読まれたある行政書士の方から、遺産の分割の割合が間違っているというご指摘を受けました。ありがとうございました。私の勘違いで誤記していました ので、現在はすでに訂正してあります。
 この配分率は、民法第900条で規定されており、その部分を以下に引用しておきます。


民法第九百条  同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
一  子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各二分の一とする。
二  配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二とし、直系尊属の相続分は、三分の一とする。
三  配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三とし、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。
四  子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一とし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。
 

 (2006/04/24追記)