第五章
ヘブライ語によるマタイの福音書
ヘブライ語と写本の研究はクリスチャンギリシア語聖書の正確な理解するときには重要である。ヘブライの言語と文化は、クリスチャン聖書に見られるギリシア語と思考様式に強く影響を与えた。ヘブライ語聖書の引用の大多数は、セプチュアギンタに由来するが、それがいつもすべて当てはまるわけではない。ヘブル人への手紙のように、書記者が聖句を引用するとき、直接ヘブライ語からギリシア語に訳したこともある。
だからクリスチャン聖書の広範囲な研究には、ヘブライ語の文書も考慮すべきである。しかし目下、進行している研究の場合には、ヘブライ語テキストを十分に熟知しておく必要がある。新世界訳聖書のクリスチャン・ギリシア語聖書における神の名の検証は、直接、ヘブライ語の源泉に由来するからだ。
この章と次の二つの章では、ヘブライ語写本を扱っている三つの話題を取り上げて考えよう。
古代ヘブライ語写本
「ものみの塔」1996/9/15号は、ジョージ・ハワードの書いた重要な書籍を紹介した。ジョージ・ハワード著『原始ヘブライ語テキストによるマタイの福音書』は、1380年代にShem-Tobben-Isaac ben-Shaprutによって公表された著作の中の最後の部分(ある「書」として区別される)を評価している。その人はユダヤ人内科医であり(以下、彼をシェム・トブと呼ぶ)17の「部分や書」からなる『エボン・ボーハン』(
『試みを経た石』)と題する論争の書を公表した。序文の巻頭で、ハワードはシェム・トブの作品を記述した。
その原文の第一巻でユダヤ人の信仰の原則が扱われる。続く六巻ではユダヤとクリスチャンの間で争いのある聖書の多様な箇所が扱われる。11巻目ではクリスチャンやキリスト教の改宗者が用いたタルムードの中のハガディク(解釈)の一部が扱われている。12巻目には文中にShem-Tobによる議論好きな意見を所々に添えて、ヘブライ語によるマタイ福音書全巻が含まれている。
ハワードの書は、このユダヤ人内科医シェム・トブが再現したヘブライ語によるマタイの福音書全巻が含まれている著作の最後の部分に関係している。
私たちの興味の根底
私たちは、二つの理由からハワードの著作に興味を覚える。まず、マタイが実際に書いたヘブライ語の福音書の新しい改訂版であるとする説得力ある証拠をハワードが示している事である。それが本当なら、このヘブライ語福音書はヘブライ語訳として位置付けられないはずであり、使徒自身の著作の実際の末裔に位置するに違いない。
ハワードは、もっと深い学術的な仕事は、この主張の有効性を確かなものにするためでなければならないと述べる。にもかかわらず、このヘブライ語によるマタイの福音書は、喪失した一世紀のへブライ語福音書の改訂として十分、証明されるべきだろうか‥‥‥。それは、クリスチャン聖書写本の研究に重要な文献的な光を発するだろう。それはわくわくするほどの発見だ。
二番目に、シェム・トブ写本は、王国行間逐語訳の脚注に上げられた”J”文書の一つである。J3、J4は改訂版として区別されるが、J2は実際のシェム・トブのマタイの福音書である。王国行間逐語訳(1969年版 28、29ページ)に上げられている三つの”J”参照のまとめを読む。
J2ヘブライ語のマタイによる書。スペインのカスティルのトデラのシェム・トブ・ベン・イサーク・イブン・シャプルトという名のユダヤ人が1385年頃、別々の章としてのヘブライ語マタイ福音書を一体にする「エボン・ボーハン」と称するキリスト教に論争を挑む著作を著した(シェム・トブの「エボン・ボーハン」の続き書きの写本は、ニューヨーク市アメリカ・ユダヤ教神学セミナで見られる)。
J3
ヘブライ語で書かれた「マタイによる書」と「ヘブル人への手紙」。セバスチャン・ミュンスターは、シェム・トブの「マタイによる書」の不完全な写本の写しを修正し、完成した。それは、1537年スイスのバーゼルで出版、印刷された。後に1557年、ミュンスターは、「ヘブル人への手紙」のヘブライ語版を出版した(写しはニューヨーク公共図書館で見られる)。
J4
ヘブライ語による「マタイによる書」。ミュンスターの「マタイによる書」の改訂版で、1551年パリのヨハン・クインカルボレウスが作成、出版した(写しはニューヨーク公共図書館で見られる)。
シェム・トブ写本の識別
ハワードは彼の研究で用いられる9冊のシェム・トブ写本を個々に区別する(9冊から成るシェム・トブの「マタイの福音書」の個々の写本は比較する上で役に立つのだ)。9冊のうちの一冊は、恐らく、新世界訳聖書翻訳委員会が用いた実際の写本J2であり、ニューヨークのアメリカ・ユダヤ人神学セミナの図書館に収容されている。 早くも私たちは原本による批判と異なる写本の研究を論じた。9冊のシェム・トブ写本は、この過程の実例となる。その序文の10、11ページでハワードは、これらの写本が15世紀か17世紀の複写であると識別する。それらは文法の変化に伴った大量の改訂版を立証し、ギリシア語のマタイ福音書のことば遣いに一致する考えで編集されたけれども、そのいくつかは、立派な品質を持つと識別される。彼はそのほかの写本は平凡な品質であると区分けしている。いくつかの写本は未完である。2冊の写本は、写字生の編集がもっとも少なくて、品質が高いと識別される。ハワードは書物の中に含まれるマタイの福音書の解釈のため、ふつう、品質の高いその2冊の写本に頼っている。
ヘブライ語のマタイ福音書を支持する証拠
マタイがヘブライ語で福音書を書いたとする古い証拠は豊富にある。4世紀に書いていたヒエロ二ムスは次のように『参考資料付 新世界訳聖書』に引用されている。(1756ページ)。
取税史から使徒になり, レビとも呼ばれたマタイはそもそもキリストの福音書をユダヤにおいて, ヘブライ語を用い、ヘブライ語で編纂した。それは割礼を受けた者たちのうちの信者となった人々のためであった。その後だれがそれをギリシャ語に訳したかは十分定かではない。また, そのヘブライ語の書物そのものは今日に至るまでカエサレアの図書館に保存されている。殉教者パンフィロスが多くの努力を重ねてこれを収集したのである。シリアのベレア市でこの書を用いているナザレ派の人々から, わたしはこれを書き写す許可を得た。
ヒエロ二ムスの記述の真実性を疑う理由はない。ほぼ間違いなく、徴税人としてローマ帝国に雇われていたマタイは、ヘブライ語、ラテン語とギリシア語を書く能力があっただろう。その時代の話しことばでイスラエル人仲間のために福音書の箇所を書いたことは、確かに可能性が高い。今日私たちが手にしている福音書はマタイ自身の手になるへブライ語のマタイの福音書を翻訳したものである可能性はまったく高い。ヒエロ二ムスが書き写したヘブライ語文は、マタイのギリシア語福音書に平行していると識別できることをヒエロ二ムスの記述は暗示している。
調べているジョージ・ハワードの本の中で、彼はヘブライ語で書かれたマタイの福音書の証拠をさらに上げている(156から157ぺージ)。古い書記者からの次の引用は、さらによく保存された参照資料を表わしているに過ぎない。
イレナエス Adv.Haer.3.3.3ペテロとパウロがローマで伝道し、教会の基礎を築いていたとき、マタイはヘブライ人の間に自分たちの方言で書かれた福音書をも発表した。
エウスビオスが引用したオリゲネース H.E.3.24.6
初め、マタイは徴税人だったが、後にイエス・キリストの使徒となり、四福音書に関係する伝統に習い(福音書は地上の神の教会には疑う余地のないものである)、福音書をヘブライ語で著した(彼はそれをユダヤ教から信仰に至った者のために公表した)。
エウスビオス H.E.3.24.6
マタイは初めヘブライ人に伝道した。彼自身によれば、よその土地に行くときに、話しことばで福音を書いて伝達した。彼を送り出した者がいなくとも、その不足を書き物で埋め合わせた。
入手できる豊富な資料によれば、実際に使徒マタイがヘブライ語で書かれた福音書を作ったことに疑いを挟む理由はないだろう。加えて、長い間、ヘブライ語を話す読者の間でこのヘブライ語福音書が書き写され、広く読まれたことに確信が持てる。
ヘブライ語によるマタイの福音書の改訂版としてのシェム・トブ
この短い章では、私たちがハワードの価値のある著作を適切に表現することはできない。少なくとも、私たちは、元々のヘブライ語福音書の改訂としてのシェム・トブのマタイ福音書の関係の複雑さを過度に単純化してしまうだろう。ハワードはマタイ自身の手になるヘブライ語福音書としてのJ2(シェム・トブのマタイ福音書)を識別する単なる言表よりも、高い能力が必要とされる結論に導くテキスト上の著作を大量に残した。
無名の写字生や編集者の継続する世代が過ぎ去ったにもかかわらず、私たちには使徒パウロのへブライ語福音書の写しをJ2の中に残されているという、興味をそそられる可能性が残されている。編集によって、福音の十分に衝撃的な効果を弱められるにしろ、今日、存在するほかのどの情報源よりも、ヘブライ語のマタイの作品に対する豊富な洞察を私たちに与えてくれる。
ハワードは、シェム・トブのへブライ語テキストと聖典とされたギリシア語のマタイの福音書を比較した後、176から177ぺージで次の意見を述べている。
これらの例は、シェム・トブの最初の福音書は、原始時代に始まり6世紀にドゥ・ティエ(J1)で頂点を迎えたテキストの変化の過程と適合していることを示している。私たちの調査がマタイのその後のヘブライ語テキストを含むなら、さらに後に及ぶだろう。ここではイボン・ボーハンの中にまとめられた福音のテキストは、シェム・トブによる最初の福音書の翻訳から新たに作られた翻訳であるとは、暗示していない。それは、しばらく変化の過程にあった既存のヘブライ文字の伝統による再現であり、シェム・トブ自身による校訂もあっただろう。
ハワードは223頁に次の意見を付け加える
そのテキストは、初世紀に作られ、後の時代のラビの写本の中に保存された文書に期待できる、ある種のヘブライ語で書かれてもいる。それは、基本的にミシュナのヘブライ語と後のラビの語彙とイデオムが健全に混合された、聖書的なヘブライ語から組み立てられている。
これらまとめの記述の中で、シェム・トブによるマタイの福音書は、使徒マタイがヘブライ語で書いた元々の福音書に遡って原本を写した一連の写本から書き写された(そしてシェム・トブ自身がさらに手を加えたかもしれない)と、ハワードが語っている。たとえ私たちが今、世代を超えた継続した写筆によるテキストの中にもたらされた変化を理解するにしろ、現在のシェム・トブのマタイの福音書は「テキストの変化の過程に一致する」と述べているハワードの専門用語が分かる。にもかかわらず、この記述に話を導く著作の重要性から、ハワードの著作はクリスチャン聖書の研究での劇的なテキストの変化の中に位置付けられる(それは後々の学者の努力で十分根拠付けられると仮定して)。
1987年に出版されたこの本が単なるシェム・トブによる翻訳の著作に関係していると考えるのではなく、使徒自身の手による著作の実際の写し(損なわれたにもかかわらず)であるかもしれないと認識することは好奇心をそそるものである。
シェム・トブによるマタイの福音書にある神の名
この本の文脈から言って、ヘブライ語のマタイの福音書で私たちに興味があるのは、テトラグラマトンの使用である。シェム・トブは神の名を用いているのか。
ハワードはもっとも価値のある、現存する写本に従って、ヘブライ語福音書全巻を書き写した。その写しで彼が言うには、
印刷された(ヘブライ語)テキストは、綴り方と文法に間違いと食い違いが付随している英国図書館写本と関連する節Dを保っている。編集のために、印刷されたヘブライ語には、終止符と疑問符が付されている。元になるテキストに欠文(テキストの中での間違い)があるとき、ほかの写本のテキストが括弧の中に印刷されている場合もある。
ヘブライ語のテキストに加えて、ハワードは該当のページに平行する英語の訳を書く。行の書式と聖句の番号は、ヘブライ語に不馴れな読者が無理のない確かさを持って神の名のテキストを吟味するために書かれている。
ヘブライ語テキストそのものを評価する前に、201ページから203ページにある「神の名」の、見出しの下にあるハワードの本の興味ある節を見直さないといけない。201ページで彼は、こう語っている。
シェム・トブのヘブライ語マタイ福音書にある一群の興味深い読物は、ヘブライ文字で象徴される「神の名」を組み立てている一連の箇所である(明らかに
即ち「神の名」の婉曲な言い回しである)。それはおよそ19回ほど出現する(完全に
と書かれた文字は、28:9に現れ、19回の中に含まれる)。通常、「神の名」はギリシア語で
(Lord)と読む箇所、
(God)と読む二つの箇所(21:12、22:31)、孤立して現れる二つの箇所(22:32、27:9)に出現する。(1)それは通常はマソラの学者がテキストにテトラグラマトンを含めているヘブライ語聖書からの引用の箇所で出現する。(2)たとえば、「このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった」(1:22)や「それに、死人の復活については、神があなたがたに語られた事を、あなたがたは読んだことがないのですか」(22:31)のように引用文の紹介の中で出現する。(3)引用とは別に、物語風の部分で「主のみ使い」または「王の家」のような聖句の中に出現する。さらに、「彼らが帰って行ったとき、見よ、主の使いが夢でヨセフに現れて言った」(2:13)、「エロデが死ぬと、見よ、主の使いが、夢でエジプトにいるヨセフに現れて、言った」(2:19)、「それから、イエスは宮にはいって、」(21:12)、「すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りてきて、石をわきにころがして、その上にすわったからである」(28:2)にも出現する。
次に202ページ以下の脚注にある情報も考慮してみるべきだ。その一部を引用する)。
『エボン・ボーハン』におけるヘブライ語マタイ福音書を組み立てるまで、シェム・トブは、残りのテキストでも「神の名」を保存せざるを得ないと明確に考えていた。シェム・トブのマタイ伝にあるは、中世において書き写されたヘブライ語文書の慣例であったようなアドナイやテトラグラマトンに対する象徴として考えてはいけないはずだ。ヘブライ語マタイ伝の著者は、アドナイと
を使い分ける。イエスを指してアドナイを用い、神へ言及するときにだけ
を用いる。文章全体を通して、
(大概
と短縮された)は、神ではなく、イエスに言及するのだから、著者が
を用いることは、テトラグラマトンのためだけの象徴であり、
(「名」)に対する婉曲な言い回しに拠るのがもっともらしい。
次の箇所は、ハワード著「原始ヘブライ語テキストによるマタイの福音書」にあるシェム・トブのマタイ伝から再現した。同書から抜粋した英語文は、ヘブライ語文の下に再現した。マタイ伝1章の初めの箇所は、「名」を意味する婉曲な言い回し
を置き換える短縮形
が出現する22節、24節の中の二例を示している(この章では、以下、短縮された形もそれを長く書いた形も単に「婉曲法」と識別しよう)。この箇所は、新世界訳聖書とシェム・トブの間の不一致に見られる興味深い例を示してさえいる。20節では、シェム・トブで「天使」と読むところが、新世界訳聖書では、「エホバのみ使い」と読む。次の例では、新世界訳聖書の読み方は括弧の中の英語のテキストに挿入した。神の名は丸で囲まれ、英語のテキストの訳と対応している。
マタイ1:20-23

20 While he thought on this matterin his heart,behold an (Jehovah's NWT)angel appeare unto him ina dream and said:Joseph son of David do not fear to take yourwife Mary because she is pregnant by the Holy spirit.
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21 She will bear a son and you willcall his name Jesus because he will save my people from theirsins.
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22 all this was to compplete whatwas written by the prophet according to the Lord (Jehovah NWT)
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23 Behold the young woman will conceiveand bear a son and you will call his name Emmanuel.that is,Godwith us.
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24 Then Joseph awoke from his sleep,didaccording to all which the angel of the Lord(Jehovah NWT)commanded him and took his wife.
次の二例では、シェム・トブ写本そのものの中にある婉曲法の変化形に出会う。マタイ5:33の記述では、神の名に対する婉曲法と結びついてヘブライ文字El(神)と書かれていそうなヘブライ語Lamedhを加えている。
マタイ5:33
33 Again you have heard what was saidto those of long ago:You shall not swear by my name falsely,butyou shall return to the Lord(Jehovah NWT) your oath.
マタイ28:9

9 As they were going Jesus passed beforethem saying:May the Name deliver you ("Good day!" NWT).Theycame near to him and bowed down to him and worshipped him.
最後の例では、新世界訳聖書が神の名を用いないのに、シェム・トブの中では婉曲法をしている記述を見ることができる。
マタイ21:12

12 Jesus entered the house of theLord(temple NWT) and found there those who buy and sell. He overturnedthe tables of the money-changers and the seats of those who wereselling doves.
新世界訳聖書のマタイの福音書の中では、神の名が18回、使われる。反対に、シェム・トブのマタイの福音書の中では神の名に基づく婉曲法が、19回用いられる(書かれた形での変化形をすべて含めた)。表3は、二つのマタイ伝における記述を比較する。
表3 新世界訳と比較したシェム・トブのマタイ伝における神の名
| シェム・トブ | 新世界訳聖書 | |
| 1:20 | Φ | Jehovah |
| 1:22 | Jehovah | |
| 1:24 | Jehovah | |
| 2:13 | Jehovah | |
| 2:15 | Φ | Jehovah |
| 2:19 | Jehovah | |
| 3:3 | Jehovah | |
| 4:4 | Φ | Jehovah |
| 4:7 | Jehovah | |
| 4:10 | Jehovah | |
| 5:33 | Jehovah | |
| 21:9 | Jehovah | |
| 21:12 | |
temple |
| 21:42 | Jehovah | |
| 22:31 | God | |
| 22:32 | God | |
| 22:37 | Jehovah | |
| 22:44 | Jehovah | |
| 23:39 | Jehovah | |
| 27:9 | Φ | |
| 27:10 | Jehovah | |
| 28:2 | |
Jehovah |
| 28:9 | |
Goodday |
だれでも分かるように、シェム・トブのマタイの福音書にある婉曲法の使い方と新世界訳聖書での同一の箇所における神の名の間には、翻訳の「感覚」において食い違いはない。異文は単にことば遣いの上でのテキストの変更である(しかし付け加えないといけない。複数の写本の間のテキスト上の異文を扱うのにあたり、ある食い違いはささいなことであると言うかもしれない。それはテキストによる研究の最終的な結果とは、無関係だとはいささかも暗示していない。研究が終わったら、霊感を受けた聖書書記者の正確なことば遣いを守ることが私たちの目標である)。例えば、ウェストコットとホートのテキストがkyrios(
)を用いているのに、シェム・トブに神の名が書かれていない場合もある(1:20、2:15、4:4)。27:9では、その逆も言える。27:10の一例に限り、シェム・トブは、「名」の婉曲法ではなく、「アドナイ」を用いる。28:9においては、ウェストコットとホートのギリシア語テキストが「喜び」という語から由来した贈り物という語、chairete(Χαιρετε)を使っているのに、シェム・トブは贈り物の形式としての「名」を用いている。
それ自体、重要なテキストの差違はない。しかし面倒なことに、新世界訳聖書が本来のマタイの福音書をよく反映している修正されたテキストを示している推測から見て、何らかの異文が存在するのである。
この節を終わるにあたり、このヘブライ語の伝統に由来する4つの「J」参照に対応する王国行間逐語訳にある脚注の引用の頻度を比べることはためになるだろう。それは、J1−ジーン・ドゥ・ティエによるマタイ福音書(1555年)、J2−シェム・トブによるマタイの福音書(1385年)、J3−ミュンスターによるマタイ福音書(1537年)、J4−クインカルボレウスによるミュンスターのマタイ伝の改訂版である。表4は、ヘブライ語テキストにおけるテトラグラマトンの存在・非存在を示している(シェム・トブのテキストには、実際にテトラグラマトンが含まれていないが、示されたように、婉曲法を含んでいることに注意せよ。J1、J3、J4の場合、検証のために実際の文書を参照しないで王国行間逐語訳の脚注を引用している)。
表4 J1、J3、J4での神の名の使用と比べたシェム・トブでの神の名
| マタイ | シェム・トブ | J1 | J3 | J4 |
|---|---|---|---|---|
| 1:20 | 無し | 無し | 有り | 無し |
| 1:22 | 有り | 有り | 有り | 無し |
| 1:24 | 有り | 無し | 有り | 有り |
| 2:13 | 有り | 無し | 無し | 無し |
| 2:15 | 無し | 無し | 無し | 無し |
| 2:19 | 有り | 無し | 無し | 有り |
| 3:3 | 有り | 有り | 無し | 有り |
| 4:4 | 有り | 有り | 有り | 有り |
| 4:7 | 有り | 有り | 有り | 有り |
| 4:10 | 有り | 有り | 有り | 有り |
| 5:33 | 有り | 有り | 有り | 無し |
| 21:9 | 有り | 無し | 無し | 無し |
| 21:42 | 有り | 有り | 有り | 有り |
| 22:37 | 有り | 有り | 無し | 無し |
| 22:44 | 有り | 有り | 無し | 有り |
| 23:39 | 有り | 有り | 有り | 有り |
| 27:10 | 有り | 有り | 無し | 有り |
| 28:2 | 有り | 無し | 無し | 有り |
もしも四つの校訂版が元来のヘブライ語のマタイの福音書を完全に伝承しているなら、その出自を越えて各々が正しいか否かの反応を知るだろう。もちろん1300年を経過して原本から切り離された手書きの写しに完全なものは一つもない。上の表は、この時代、校訂版に徐々に入ってきた原本上の変化の考えを示している。
表4は、この古代ヘブライ語写本の慣習からの四つのヘブライ語校訂版を比較する興味のために含めただけだ。この変動はシェム・トブ写本の真実性への疑いを決して晴らしてはいない。
重大問題
シェム・トブの写本と新世界訳聖書のクリスチャン聖書のマタイ伝の表現はそれほど大きく隔たってはいない。にもかかわらず、新世界訳聖書が不注意や異教のために取り除かれた神の名を復元するという主張に照らすと、マタイの古代の福音書のありえそうな校訂版と新世界訳聖書のマタイの類似する二つの領域には驚かされる。
1.マタイの福音書の正確に復元するとなると、非常に正確なマタイのヘブライ語福音書の校訂版における神の名の用い方に類似することが期待されよう。しかし表3で見たように、そうとは言えない。シェム・トブが「名」(あるいは類似の形)を用い、新世界訳聖書が「エホバ」を用いている15の例は正確に対応しているにもかかわらず、8例では、神の名の用い方は正確に対応しないまま残されている。新世界訳聖書はクリスチャン聖書のことばを本来、書かれた形式に復元しているとする主張を考えると、受け入れるにしては、この差異はとても大きい。数学の専門用語を使用して言えば、0.65の相関関係があるだけだ。正しい復元のために1.0の相関関係に近いことが望まれるのだが(新世界訳聖書のマタイの福音書とシェム・トブのマタイの福音書の双方に神の名が出現する23の例のうち、15例が一致している。理想は23/23=1.0であるのに、現実は15/23=0.65である)。
2.テトラグラマトン(
)自体よりも、「名」
を意味する婉曲な言い回しが存在することは、正文批判研究の中で発見された典型的なテキストの差異と考えるほどには、大きな意味を持たない。しかしこれは心配の種である。マタイはテトラグラマトンを用いたと、新世界訳聖書翻訳委員会は保証する。それは、マタイの婉曲な言い回しと鋭く対立する。もしマタイが短縮形で
を書いたり、
(書き言葉で「名」)を書いたりしたのであれば、事実上、彼はテトラグラマトンを書いてはいなかった。すでに見た通り、シェム・トブのマタイ福音書は、「テキストの変化の過程に合致している」校訂版である。マタイ自身がテトラグラマトンを用いたし、また、それは時代とともに変えられたと考えてもよいかもしれない。しかし、それにもかかわらず、マタイによるヘブライ語の書物であると表示してくれる現存の文書は、テトラグラマトンを用いていないという現実問題に直面させられる。
ギリシア語聖書研究の新しい見方
この本での調査は、古代ギリシア語聖書写本への新しい見方をするためである。特に1940年代遅くに新世界訳聖書翻訳委員会には入手できなかった情報を捜し求めている。もっとも確かなことに、シェム・トブの著作は実際、もはやヘブライ語訳文とは考えられないという発見は「新しい見方」である。王国行間逐語訳の1969年版(16ページ)で新世界訳聖書翻訳委員会は次のように引用している。
マタイの記述のヘブライ語訳やアラム語訳の多様な校訂版がパレスチナやシリアにおける古代ユダヤ人クリスチャン共同体の間で何世紀も伝え続けられたとする証拠がある。パピアス、ヘゲシプス、ユスチン・マイティル、タティアン、シムナカス、イレナエウス、パンタエヌス、アレキサンドリアのクレメンテ、オリゲネース、パンピウス、エラセビオス、エピファニウス、ヒエロ二ムスのような古代書記者はヘブライ語あるいはアラム語で書かれたマタイの福音書を所有したり、あるいは目を通していた証拠を書いている。
今日、こうした人たちが古代の記述についてのハワードの著作に認められていると知ったら、どんなに喜ぶことだろう。1950年代、こうした人たちは、マタイの書のヘブル語の校訂版またはアラム語の校訂版を用いている証拠を思い出せるに過ぎなかった。今日の私たちは、再構築されたヘブライ語のマタイ伝そのものに注目できることは多いにありえる。
もしその文書が最終的にヘブライ語のマタイ伝の新しい写しであると検証されるにしても、現代の聖書研究で初めて、限定されながらも失われたヘブライ語の福音書に接触するだろう。もちろん、何世紀にもわたる編集の過程は、その正確さを損なってきた。それでも価値のある研究道具であることに変わりはない。
シェム・トブの著作は14世紀遅くに公表されたから、ユダヤ人学者とクリスチャン学者の間には知られていた。王国行間逐語訳の脚注の中では、J2で識別される学術用語が付されたヘブライ語訳として6回引用される。しかしハワードの最新の研究を用いて、1947年から49年の間の新世界訳聖書の著作を考察して初めて可能となるヘブライ語のマタイ伝の読み方へ全く新しい洞察を手に入れる。
使徒マタイの著作以降、もっともよく生き残っている校訂版は、表3に示された20の例の内での神の名の使用を検証することが分かる。またこれら20例は、テトラグラマトンよりもむしろ婉曲な言い方を用いていることも分かるし、新世界訳聖書の中のエホバの記述18例とは節の配置が異なることも分かる。
この章のまとめ
1380年代のユダヤ人内科医、シェム・トブの書物には、キリスト教に反対する議論を呼ぶ新しい本として、ヘブライ語のマタイ伝が含まれていた。この古いヘブライ語福音書は、使徒自身の手によって書かれたヘブライ語福音書の校訂版(多くの写字生と編集者の手を経た)であると確信できる根拠がある。もし、最終的にそれが真正であると証明されるなら、J2のように王国行間逐語訳の脚注で用いられる「J」参照は、事実上、この古代の著作にもっとも近い複製である。
1.マタイがヘブライ語福音書を書いたことには、もはや理論的な議論の余地はない。ヒエロ二ムス、イレニウス、オリゲネースやエリスビオスのような古い時代の作者は、その著作の証明を豊富に残した。
2.ジョージ・ハワードが示した証拠は、シェム・トブのマタイ伝がギリシア語源泉からの翻訳ではないことを示している。むしろ、一世紀に用いられた聖書的なヘブライ語で作られ、以降の世紀に継続して編集された文書としての特徴を持つヘブライ語の書き方のスタイルを含んでいる。
3.シェム・トブのマタイ伝は、神の名を用いる。しかしそれはテトラグラマトンの形式ではなく、むしろ
(「名」)の婉曲な言い方の短縮形である。現在のマタイの福音書からは、実際にマタイがテトラグラマトンを用いたかどうかは言えないが、現存する実際上の証拠はその主張を肯定する証拠にはならない。
4.シェム・トブのマタイ伝の中での神の名に対する婉曲な言い方の使い方と新世界訳聖書のギリシア語聖書における「エホバ」の使い方との間の相関関係は強くない。15箇所のうち、2例は一致するが、8例は変化している。0.65の相関関係があるだけだ。しかし反面、理想的なのは、1.0の相関関係である。保存されたマタイの福音書は、使徒自らの著作の校訂版にもっと近似していることが望ましい。
5.シェム・トブのマタイの福音書は、聖書テキストの新しい見方となるすばらしい模範を提供する。聖書翻訳委員会が1950年に新世界訳を出版した時以前には、このヘブライ語クリスチャン聖書についての知識は入手できなかった。
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